秋 新年度 オットーと再会
新年度が始まる。
前日に寮へ向かう。
別れ際、マーサに両手を握ってお願いされた。
「時々お顔を見せてくださると、マーサは嬉しゅうございます」
夏休み期間中、何度か言われたセリフだった。
意外と楽しかった時間を思い浮かべて返事をした。
「わかった。次の休暇は必ず戻るから」
初日、寮の食堂へ降りた時から、遠巻きの視線は感じていた。ハナが近づくと会話が止まり、離れるとまたヒソヒソと始まる。
この4年間、攻略対象のこと以外何も見ていなかった。
そういえば寮でも学院でも女子生徒と仲良く話した記憶がない。
寮での食事と授業以外の時間は全て彼らと過ごし、それ以外は外野のざわめきでしかなかった。
気がついてみれば攻略対象以外の友人は一人もいなかった。
貴族の手本のような美しい紳士のエステヴァンは女子に大人気だったし、ヴァレンスはその強さで男子生徒の憧れ。野生的で男らしいと一部の女子に人気があった。アドリアンは主席で尊敬されていて、ウイレムは憧れの王子様。オットーは平民と下に見られても、多くの貴族を顧客にもつ大商人の息子。持ち前の愛嬌も手伝って一目置かれている。
そんな彼らを独り占めして、その他には目もくれなかった女の評判が良いわけはない。ただ、去年までは彼らがハナの周りを固めていたので、表立ってハナを攻め立てるような言動はなかった。それはハナに好意を持っている彼らに嫌われて目をつけられる方が将来的にも不利だから。
ただ今年度は違う。実力と地位を持ち合わせた彼らが卒業した今、ハナのそばに残るのは身分の劣るオットーだけ。ハナは後ろ盾のいない、しがない男爵令嬢でしかない。
ハナに向けられた悪感情は知っていたけれど、卒業パーティの後はこの世界にいないと確信していたから、気にも留めなかった。
今までの自分の行動の大きなしっぺ返しを受けた気分。
教室へ向かう途中これみよがしに囁かれる嘲笑混じりの声。
「まあ、お可哀想。今年はひとりぼっち」
「周りは素晴らしかったけれど、ご本人は凡庸な方ですもの」
「あの方が原因で、エステヴァン様は婚約破棄されたと聞きましたわ」
「第2王子殿下にも敬語を使わないんですって。信じられない」
今まで、言えなかった不満が火のように吹き出てきた感じだ。
気にしないと思いつつ、胃の辺りが重くなる。足取りが重い。
教室に入る。
ハナはまず、オットーを目で探した。
いつもは一番早いくらいに教室に入って、予習をしているオットーなのに、その姿が見えない。
不安になりつつもハナは席に着いた。
オットーは始業ギリギリに教室へやってきた。すぐ後ろから担当教授がついてきている。
急いでハナの隣に腰を下ろす。
「ハナ、おはよう。後で話がある」
と小声で言った。
オットーが気になって午前中の授業は、身が入らなかった。
食堂で注文したサンドイッチを持って、オットーと二人で校舎の裏の木立へ向かう。
そこが私たちみんなの溜まり場だった。
「ハナ。大丈夫?随分ひどいことを言われているみたいだ」
オットーが最初に言ったのはハナを気遣う言葉だった。
オットーがいる前では、あからさまな嘲笑は聞こえないはずだけれど、人をよく見ているオットーは気がついたのかもしれない。
「――うん。大丈夫。」
一呼吸遅れたけれど、なんとか笑顔を向けた。単純に誰かに心配してもらえることが嬉しい。
それにオットーだって、なんだか思い詰めたような表情をしている。
「オットーこそどうしたの?」
「ああ。えっと。こんな状況ですごく言い出しにくいんだけど」
と前置きしながら頭を振った。
「夏休み中に修行の旅に出ただろう?とても厳しくて大変だったけれど、充実して面白かった。すごいやりがいを感じてね。支店を出す予定の隣国のラナスへも行ったんだ。あの国では初めての支店だから気合いが入っていてさ。それで、親父とも話し合ったんだけれど、半年繰り上げで卒業できたら、その支店で働かせてもらうことになった。来年5月には開店予定だから、それに間に合うように」
話し続けるうち声に熱がこもってゆく。目を輝かせた、オットーのこんな表情初めて見る。
「すごい。素晴らしいわ。本気でやりたいことが見つかったんだね」
素敵、と思いながらほんの少しだけ秋の風を冷たく感じた。
「うん!」
勢い込んで返事をした後、しばらく言い淀んだ。
「それで――学園にはあまり顔を出せなくなる」
オットーまでいなくなるってこと?
「家庭教師が付くんだ。学院のペースで授業を受けていても、半年で卒業は難しいから。同時に商売のため必要な知識も詰め込むことになる。で、準備が出来次第、学院に来て試験を受けたりレポートを提出したりするつもり」
オットーは済まなそうにハナを見た。
「まさか、ここまでハナに当たりがキツくなるとは思っていなかったから、ごめん、本当にごめん」
「オットーが謝ることない。少しは予測できていたし、今までみんなに甘えて女友達も作ってこなかったし。学院で一番人気のみんなを独り占めしてきたんだから、妬まれたって仕方がないの。――一緒に、もう1年過ごしたかったけど……」
仕方がないけど、自業自得だけど。
今頃は元の世界に戻っているつもりだったからどうでも良いと思ってただけ。
帰れなかったせいで、こんな事態に陥るなんて。
それでも、オットーが自分の道を見つけたなら頑張ってほしい。
一呼吸おいて気持ちを整えた。
「大丈夫。私頑張る。新しくお友達を作ればいいんだもの。オットーのこと応援する。思う存分勉強して、平民だって馬鹿にしてた奴らを見返してやって!」
「ありがとう、ハナ」
と言いながらオットーのハナを見る目は、心配そうだった。
「できるだけ学院に顔を出すから。困ったことが起こったら、絶対知らせて。遠慮はなしだよ」
「わかった」
約束を交わして、オットーの姿は学院から消えた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
頼みの綱のオットーまで学院を去ってしまいました。
ここからハナの孤軍奮闘が始まります。
毎日17時に更新中です。




