表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乙女ゲームは終了したのに帰れません〜ハッピーエンドの後に、ひとりぼっちになったヒロインですが、自分の力で生きていきます〜  作者: 国枝 志歩
修行編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/36

オットーとトニス

「トニスおじ様」

「お嬢、おかえり」

 トニスは暖炉の前の席に座って、マーサのサンドイッチを頬張っているところだった。ハイレーナの後ろに控えるオットーを見とめると、ナプキンで口を拭いながら立ち上がった。

「ポロダンの末息子か。会うのは初めてだな。トニス・ペトリだ」

「オットヴァルド・ポロダンと申します。どうぞお見知り置きを」

 と言って、オットーは丁重に礼をした。

 一人前の商人の顔をしたオットーを横目で見ながら、ハイレーナはトニスに向き直った。

「今日はどうなさったの?」

「うん。――その前にお前さんたち、街はどうだった?」

 ハイレーナはオットーに目配せでソファーを勧める。自分もトニスの向かいに席を取った。

 マーサがお茶を準備するのを待って、話を続ける。

「楽しかったです。新しいお店でお食事も綺麗でおいしかった」

 トニスは黙って聞いている。

「それでね。オットーが今度紙産業を立ち上げると聞いて、蜜蝋紙の話をしてね」

 

 これは話して良いって言ったでしょ?

 とハイレーナは視線で訴える。

 

「見てみたいと言ってくれたから招待したの」

「――そうか。良いんじゃないか、見せてやれ」

 マーサに蜜蝋布をサロンに運ぶよう頼み、自分は自室へ上がった。

 試作を繰り返した蜜蝋紙を数枚選び、自作したノートを2冊掴んで階下へ降りる。

 サロンではオットーとトニスが額を突き合わせるようにして、蜜蝋布を覗き込んでいた。

 蜜蝋布に紅茶を垂らして、丸くなった水滴を見ている。

「なるほど、防水布になるのですね」

「布だから通気性はいい。食糧など包むには最適だ」

「しかし、蜜蝋ですか……」

 オットーが水滴をぬぐい、布を摘み上げて窓の光に当てた。

 鋭い目で布を見ながら動かない。

 ハイレーナは声をかけそびれた。

 小さく息を吐いたオットーは、トニスに布を差し出しながら言った。

「ペトリ様にお伺いしたい。蜜蝋でなくとも、他のもの、たとえば油のようなもので作ることは可能ですか?」

「そうだな。油なら乾性油、亜麻仁油あたりで代用可能だろう。それに松脂や蜜蝋を少量混ぜると、定着するし、硬さも出せるだろう。その方がいいかもしれんな。蜜蝋だと熱に弱い」

「亜麻仁油――なるほど」


「オットー、これ。蜜蝋紙」

 雰囲気が緩んだ隙に声をかける。

 振り向いたオットーは微笑んで紙束を受け取った。

「ああ、紙も面白いね。ちょっと透明になるんだ。こっちはパステル?インクのは滲まないんだね」

 ノートを手に取ると、懐かしそうに撫でた。

「この綴じ方、昔からやってたね。懐かしいな。確かにこういうノートにすると可愛らしいね」

「学院生の女の子には受けそうじゃない?」

「確かに」


 しばらくノートを触っていたオットーがトニスに視線を向けた。

「亜麻仁油を使うとして、ポロダン商会からペトリ様に、配分など開発をお願いすることは可能でしょうか」

「もちろん。だが、この蜜蝋布と紙の発案者はお嬢だ。それはどうする?」

「今の段階で、ハナの名前が表に出るのは好ましくないとお考えですか?」

「その通りだ。もちろんハロルドもだ」

「わかりました。では、発案者の名前を伏せて、ペトリ様の個人名、または研究室の名前ではどうでしょう。もちろんハイレーナ様には発案料をお支払いするということで」


「それはナニか。お嬢が特別だからか」

「採算があるからです。ポロダンは布の制作から販売まで一通り抱えています。加工を一つ足せば、防水布として出せる。雨具、傘、帆布、荷馬車の幌……可能性は膨大です。紙も同じ。いま紙産業を立ち上げている最中でして。売れる工夫はありがたい」

 一呼吸おいたオットーが続ける。

「それに、これからもポロダン商会(ウチ)と密にお付き合いをしていただきたい、という打算もあります」

「ふーん。さすが、末っ子なのに後継に指名されるだけのことはあるな。だが、決定するのはちょっと待て。条件がある」

 挑むようなトニスの視線が注がれる。

「なんでしょう」

「ポロダンに協力する代わりに、別の製品の開発に出資しろ。それと、お嬢の名前を伏せて五年間の王立特許を申請してほしい。もちろん費用はそっち持ちだ。どうだ?」

 オットーが腕を組む。

「他にも、開発中の商品があるということですか?もちろん見てみないことにはなんともお答えできませんが」

「そりゃそうだろうよ。だが、見せたら契約してもらうしかなくなる。俺が保証する。絶対に売れるやつだ」

「わかりました。ペトリ様を信用致します」

 

 トニスは金属でできた重そうな機械を机の上に設置した。手のひらよりすこし大きい。丈夫にハンドルがついていて、プレス機に似ている。

 

 ――ホッチキスだ!


「コイツはまだ一回目の試作品だ。なんだか見当がつくか?」

「何かを押し込むものですか?」

「そうだな。見てろ」

 と言って、土台に紙を二枚挟んだ。プレスのハンドルを一度押す。ガチャンと場違いな音が響いた。

 そして、取り出した馬蹄型の針を溝に差し込み、もう一度プレスを押す。

 今度は「ごっ」という、くぐもった音がした。

 

 取り出された2枚の紙はしっかりと針で綴じられていた。

「すごい!おじさま、私の思っていた通りです!」

 ハイレーナは思わずその場でぴょんと跳ねた。

「これも……ハナが?」

 オットーは口元に手をやったまま動かない。トニスは得意げにオットーを見やった。

「どうだ。今はまだ二枚だけだが、せめて五、六枚は綴じられるようにしたい。将来的には十枚」

 オットーが閉じられた紙を手に取る。開いたり閉じたり。留め具の針を慎重に調べた。

「鋼、ですね。これは下手したら世の中を変える……」

「書類を扱う我々、役所の文官。明らかに欲しがるだろうよ。お嬢はその、可愛いノートとやらを作りたかったらしいがな」

 オットーとトニスがハイレーナを見る。

 目を見開いたオットーの視線は知らないものを見るようで、ハイレーナは居心地が悪くなる。

 もごもごと言い訳を口の中に含ませた時、トニスの声が響いた。

「それだけじゃないぜ。もう一つ。こっちはお嬢の手遊びだ」

 胸ポケットから小箱を取り出し、蓋を開けて机に置いた。

 中には白銀に光るクリップが大量に入っていた。

 トニスは一つをつまみ出し、先ほど綴じた2枚の紙の反対側に差し込んだ。

「紙挟み。どうだ」

 と言いながら、ハイレーナに片目をつぶって見せた。

 オットーは口を開けたまま、クリップから目を離さない。近づいて手に取り、自分でも紙に差す。何度も繰り返してからハイレーナを見た。口は開いたままだ。

「これを、ハナが……」

 もう一度クリップを摘み上げると目の前にかざした。そのまましばらく動かない。

 ゆっくり息を吐くと、トニスに向き直った。

 

「わかりました。研究所の開発、またはペトリ様の研究室でできたもの、として発案者の名前は伏せる。三者契約でハナとペトリ様で配当金各25%。プレス式の方は出資いたしましょう。どちらの王立特許もポロダンで申請いたします。独占販売権を取りましょう」

 

 トニスは満足げに頷いた。

 オットーはすぐに侍従を呼び、ポロダン商会の印を持って来させた。トニスと顔を突き合わせて覚書を作り始めている。

 

 ハイレーナはただ座って、冷めきった紅茶を飲んでいた。

 ほんの思いつき。前世の記憶。

 それが、どんどん大きなものになってゆく。

 

 そして何より――

 オットーのハイレーナを見る目が、変わってしまったことが寂しかった。


 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

次回更新は4月2日(木)17時の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ