オットー
「少し落ち着きなさいませ。よいお歳なのですから、もう少しお淑やかになさいませ」
背後からマーサの声が飛んだ。
ハイレーナは窓辺に向かっていた足を止める。さっきから落ち着かず、サロンで座り、立ち上がっては玄関の窓まで行く。そんなことを何度も繰り返していた。
今日は王立図書館の休館日。
ラナスから王都に帰ってきたオットーと約束をしている。
会うのは半年ぶりだ。
そしてなぜかハロルドも王立研究所に行かずサロンにいる。
マーサは腕を組んで二人を見比べた。
「旦那様、お仕事を休むなど」
「休む訳じゃないよ。ハイレーナの友人の顔を見たら出る」
「まったくお二人とも……」
ハイレーナは窓辺に立ち門の方を何度も確認した。
一台の馬車が近づいてくる。
ポロダン商会のエンブレムを確認した瞬間、スカートの裾をつまんで玄関を飛び出した。
「オットー!」
「ハナ!」
従者が門を開く。
馬車から降りたオットーがこちらへ歩いてくる。
半年ぶりだ。
以前より背が高い。肩周りも逞しくなってる。
二人は思わず手を取り合った。
「オットー元気そう!背が伸びた?逞しくなった?」
「ラナスで鉱山に入ったりしてるからね。ハナも元気そうだ。背が伸びたんじゃない?」
「そう?」
ハナはくるっと回ってみせた。
そういえば最近、スカートの丈が短くなったような気がしていた。
「ハイレーナ」
お父様の声が響く。
オットーはハッとして背筋を伸ばし、ハロルドに深く一礼した。
ハイレーナは慌てて紹介する。
「お父様、こちら私の同級生のオットー・ポロダン。父のハロルド・デ・ヴァロネスよ」
「オットヴァルド・ポロダンと申します。ハイレーナ様とは学院時代から親しくさせていただいております」
「うん。何度も夏休みに招待していただいたそうだね。お父上とは何度か会っているよ」
ハロルドは腕を組んだまま頷いた。
いつもより声が硬い。
「はい。父からも、くれぐれもヴァロネス博士に失礼のないようにと」
オットーはもう一度丁重に礼をした。
ハイレーナは待ちきれない。オットーの肘をつまんだ。
「オットーどうする?中に入っていく?」
「いや、街に出よう。新しいカフェ・レストランがオープンしたんだ。一緒に行こう」
オットーはハロルドに向き直って頭を下げた。
「ヴァロネス博士。従者兼護衛を同行させておりますので、どうぞご心配なきよう」
ハロルドは二人を見比べ、やがて不機嫌な顔で頷いた。
馬車が動き始めるのと同時に、ハイレーナは身を乗り出して話し始めた。
「城壁の外へ出るのは久しぶり。卒業以来だわ。しかも、街中のカフェ・レストランなんて!」
オットーがにっこりとハイレーナを見つめて言う。
「ヴァロネス博士がいらしたのに驚いたよ」
「今日はオットーに会いたいから、出発を遅らせたんですって」
「本当に和解したんだね。手紙に書いてくれた以上に、仲が良さそうだ」
「そう?でもお父様、今日はぶっきらぼうだった。ごめんなさい。いつもはもっと、にこやかなのよ」
「いや、それは……」
オットーは言葉を濁した。
カフェ・レストランで馬車を降りると、ハイレーナの耳に街のざわめきが飛び込んできた。秋晴れの空に石造りの白い建物が映えて、深呼吸した。
入り口で支配人が待っている。オットーとは顔見知りらしく短い挨拶を交わす。ハイレーナには微笑みながら礼をとった。にっこりと頷いて、目だけ動かして店内を観察した。貴族風サロン。たくさんの客が着飾って昼食をとっている。
個室へ案内されると、オットーが従者に小声で指示を出し、ハイレーナを室内へ促した。
テーブルを囲んで向かい合った。
白い壁に装飾を施された天井。壁には大きな絵がかかり、季節の花がそこここに生けてある。
視線を正面に戻すと、オットーがこちらを見ていた。
記憶より大人びた顔。
なんだか急に気まずくなって、ハイレーナは目をそらす。
話したいことは山ほどあるのに、言葉が出てこない。
オットーが軽く咳払いをした。
顔を上げると、彼は背筋をすっと伸ばし、わざとらしく顎を上げた。
「え〜、本日はお日柄もよく〜」
あっけに取られて、口をぽかんと開ける。
「なにそれ!」
オットーと目を合わせた瞬間、二人とも笑い出した。
目尻に涙を溜めながら笑っているとコンコンと扉がノックされる。
慌ててハンカチで口元を押さえ表情を取り繕った。
目元に笑みを残したままのオットー。
銀のワゴンで運ばれてきたお料理は、色とりどりの花が添えられ美しかった。
「綺麗。食べるのが勿体ないくらい」
「こちらは食用花ですので、全て召し上がっていただけます」
見た目が美しいだけでなく、味のバランスがよく、洗練されていた。
季節の果物をふんだんに使ったデザートをいただきながら、オットーの近況を聞く。
「ラナスはどう?」
「あちらはだいぶ軌道に乗ってきた。僕が常駐していなくてもしっかり回る」
「それでね。これからは新しい仕事を始めるんだ」
オットーが気遣うような視線をよこす。
「テグナ領がベドレイン伯爵領に併合されたのは知っている?」
テグナ。
封印したはずの記憶にぶるっと身を震わせて、カップを手に取った。
エステヴァンには「捜査に協力した褒賞が出るだろう」とシェルビニ公爵様が言っていた。
それがテグナ領を賜ることだったんだ。
「新しい産業を起こすのに協力してくれないかと言われてね。視察に行ったんだ」
テグナ領は山と支流の多い土地で清流に恵まれている。鎮痛薬用の薬草を育てるには最適だ。平地が少ないため農業には向かない。
「鎮痛薬は王家の管理となったため、ベドレイン家の収入にはつながらない」
と説明してくれる。
「それでね」
オットーが腕を組んでテーブルの上に乗せた。目がキラキラ輝いている。
「紙産業を起こすことになった」
「じゃあ、エステヴァンと仕事するの?」
「そう。しばらくは王都とベドレイン家を行ったり来たりする。久しぶりに、エステヴァン様に会ったよ」
「エステヴァン様って!?」
「ああ、いくら呼び捨てが許されているとはいえ、これからは大事な取引先の若君。普段から気をつけていないとポロッと出てしまいそうだから」
けじめだと言ってオットーは襟を正した。
ハイレーナは考え込む。
もう学院生ではない。お互いの立場があるのだ。
「でもどうかハナはそのままで。必要な時が来たら変えればいいよ」
しばらくオットーの顔を見つめてから、ハイレーナは頷いた。
帰りの馬車で窓の外を流れてゆく景色を見ながら、ふと思い出した。
「紙といえばね」
と前置いて、蜜蝋布と蜜蝋紙の話をした。
「トニスおじ様に、『売り物にはならねえ』『そこまで考えろ』って言われちゃった」
口ぶりを真似て面白おかしく聴かせる。
オットーは眉を持ち上げて興味を示した。
「へぇ、面白そうだね。その紙見てみたいな」
馬車が屋敷に近づくと、門前に止まる研究所の馬車が目に入った。
「少し手前で止めます」
と御者の声が響き、しばらくして揺れが止まった。侍従が扉を開けオットーが先に降り、ハイレーナに手を差し出す。自分のより大きくて肉厚な手に手を重ね馬車を降りた。
オットーを連れて玄関を入るとマーサが出迎えてくれる。
「ペトリ様がお待ちでらっしゃいます」
とサロンの方を目で指した。
お読みいただき、ありがとうございます。
久しぶりのオットー登場、楽しく書きました。次回はトニスとオットー初対面です。
3月29日(日)17時更新です。
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