トニス・ペトリと発明品のアイディア
「久しぶりだなぁ、お嬢!」
と馬車からお父様と一緒に降りてきたのはトニス・ペトリ。
夕暮れの庭に立つトニスの骨ばったシルエット。
出迎えたハイレーナはスカートの裾を摘んで礼をする。
「トニスおじ様、ご無沙汰しています」
「ありゃ、いつの間にレディになって。見違えたぞ。イレーネに似てるなぁ」
「まずはサロンでお茶を」
とマーサに誘われ、腰を落ち着けた。
「なんか、面白いものを作ったんだって?」
身を乗り出したのはトニス。
「面白いものですか?なんだろう」
ハロルドがニコニコして指をさした。
「ハイレーナが作った布と紙だよ」
「ああ!……あれは……見ます?」
私が発明したわけじゃないんだけど。言えないよね。
お父様ったら、余計なことを。
トニスの期待に満ちた視線には逆らえない。
蜜蝋布を手に取ったトニスは何度もひっくり返して隅々まで見た。
「蜜蝋か、溶かしたんだな。面白えな。どっからそんなもの思いつくんだか」
「お弁当を持ち歩くのに、油や水分が染みてくるのが気になって」
「そういやお嬢は昔っから発想が特別だったものな。木馬、覚えてるか?」
「おじさまが作ってくださったやつですね」
「あれも、3歳の子供の発想とは思えなかったもんな。しかも厳しいのなんの。『取っ手をもっと細くしろ』の、『もっと可愛い顔にしろ』の、何度も作り直させられて」
ハイレーナは身を縮めた。子供の頃のこととはいえ。
「ごめんなさい」
「いや、あれ大量に作らせて、大儲けさせてもらったからチャラだ」
トニスはかかかと豪快に笑った。
「それで?こっちはなんだ」
今度は蜜蝋紙を表紙にしたノートを手に取る。
「これは同じことを紙でやったんですけど、綴じてノートにしてしまいました」
学院時代によくやっていた簡単な製本方法。二つ折りにした紙の中心に四つ穴を開けて糸で閉じる。その表紙に使った。
「ほう、紙でやると透明度が出るな」
ソワソワしながらトニスを見ていたハロルドが口を出す。
「どうだい。ハイレーナの発想は素晴らしいだろう?」
お父様、やめてください、恥ずかしい。
「面白れえ。布もいいが紙も使えるな。破れにくいし、水に弱いものを保護には最適だ」
「だが、これをどうするつもりだ?」
「どうするって?家で使うつもりですけど」
「ならいい」
「どういうことですか?」
「商品にして売ろうってぇなら、無理が出る」
言われていることがよくわからない。
トニスはハイレーナに視線を合わせた。
「お嬢よ。蜜蝋の値段、知ってるか?」
考えてたこともなかった。
「まあ、貴族令嬢だもんな。市場には詳しくなくて当たり前だ。しかし、これから研究者を目指すならそういうことも考えなくちゃならない」
「布はともかく、紙も蜜蝋も高価だ。商品としては高くなりすぎる」
「それに、これは便利だが地味だ。日常に使うもんだ。貴族は食いつかねえ。庶民か、使用人が欲しがる。高かったら売れねえよ」
庶民が使うのは、牛脂や羊脂で安い蝋燭だ。匂いもきつい。
そう聞いて、ハイレーナは息を吐いた。そんなことも知らなかった。
「売ることなんて考えていなかったから……」
「まあ、家で使い回すには便利だな。作り方も単純で、使い道は多い。俺も作ってみようと思うくらいには面白え」
ハイレーナがしゅんとしているのを見て、トニスは言い添えた。
「だが、その自由な発想は抑えちゃなんねぇ。そこから生まれるもんは大きい。ただ、研究者を目指すなら、製品としてちゃんと売れるかどうかも考えないとダメってことだ」
「はい」
ダイニングルームに移って夕食を3人で食べる。
「相変わらず、マーサの料理は美味しいな」
「ありがとうございますペトリ様」
トニスは豪快な食べっぷりでマーサを喜ばせた。
ハイレーナはゆっくり咀嚼しながら物思いに沈んでいた。
――物の値段、制作の行程。欲しいもの。
「なんだ、まだ作りたいものがあるって顔をしてるぞ。なにを考えてる?」
パンをちぎりながらトニスが聞いてくる。
「あのね。でも、売れるとかそんなことまで考えていなかったんだけど」
「いいから、話してみな」
水を一口飲んで、考えをまとめながら口にする。
「さっきお見せしたノートあったでしょ?」
「ああ、面白い閉じかたをしていたな。あれもお嬢が作ったんだろ?」
「あの、糸の部分を針金でできないかと思っていて」
「ほう。どういうことだ?」
トニスがパンを置いた。
「紙束に穴をあけて、そこに針みたいな――」
皿を推しやって、テーブルクロスに絵を書きそうになったところでマーサの横槍が入った。
「その続きは後ほど、どうぞサロンで」
「それでね。こうやって馬蹄の形をした針にして、紙束に打ち込むの。で、受け鉄の部分に溝を切っておけば、当たった針が内側へ折り曲がる。そうすると、紙束を閉じることができるでしょう?」
サロンで片手に自作ノートを持ちながら身振り手振りで説明する。ハロルドが差し出した紙に絵を描いた。
トニスは蜜蝋布の時より真剣な表情で聞いている。
組んでいた腕を解き、ペンをハイレーナから奪うと、サラサラと紙に書き始めた。
「つまりこういうことか?馬蹄型の針を紙束に打ち込むんだな。じゃあ、押し出し機構が必要ってことだな。それもかなり強力な力が要る。針の強度が半端ない。受け鉄に溝を切るってか。こういう形の溝か?」
「そう。そうしたら針がこの形に沿って滑って折れ曲がる」
「ふむ」
ハロルドも横から覗き込んでいる。
「考え方はリベット留めに近いな。それを馬蹄型の針で両極でやろうということかい?」
「おい、何か針金ないか?」
庭師用の工具箱を持って来させる。その針金をトニスが10センチほどに切ってゆく。千枚通しで穴を開けた紙に通して端を折り曲げた。
「なるほど。面白え」
「針金の強度の問題なら、穴あけポンチを別にすればいいんじゃないか?」
とハロルドが言う。
トニスとハロルドが押し出し機構やら、設計の話をしている間、ハイレーナは目の前にある針金を手に取って、遊び出した。
針金。
紙。
そういえばクリップってこんな形だっけ。
折り曲げて、回して折り曲げる。
針金が指に食い込んだ。
ハイレーナは指先に息を吹きかけ、工具箱の中からペンチを手に取った。
もう一度。
出来上がった物を紙束に刺してみる。
あ、クリップだ。できた。
ニコニコしながら顔を上げるとハロルドとトニスが目を剥いてこちらを見ていた。
「お嬢、何をやった!」
紙束をひったくられる。
トニスはクリップを抜いて、もう一度差し込んだ。
ハロルドもトニスの手元に顔を近づける。
「これは……」
読んでくださって、ありがとうございます。
次回は3月21日(土)17時更新です。
と書いたのですが、本業の方が忙しく、1日遅らせてください。
3月22日(日)更新です。すみません。




