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乙女ゲームは終了したのに帰れません〜ハッピーエンドの後に、ひとりぼっちになったヒロインですが、自分の力で生きていきます〜  作者: 国枝 志歩
修行編

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王立図書館と蜜蝋布

 翌日から言われた通り「分からなくて良い」つもりで手当たり次第に読み始めた。

 5冊目に到達した時、初めて点と点が繋がってゆく感覚があった。言葉が意味を持ち始め脳に染み込んでくる。

 細部は霧の中。それでも輪郭は見えてきた。

 

 どうしても理解したい事柄が浮かび上がって、ノートに書き出す。

 これを調べるにはどうしたらいいのか。

 思い切って司書のいる受付に行った。顔馴染みの女性司書に声をかける。


「ああ、これでしたら」

 と言って幾つかの書架を回り、数冊の本を抜き出した。

 迷いがない。まるで図書館全てを把握している人の動き。


 ハイレーナの手には大小様々な本が積み上がった。

「ありがとうございます」

 とお礼を言うと、頷いて立ち去って行った。

 

 『新編アルバード術語大辞典 第七版』

 『術式記述法総覧』

 『転換エネルギー基礎論』

 そして、極め付けは『結晶均質化理論とその応用』ハロルド・デ・ヴァロネス著



 気がつくと正午の鐘が鳴っていた。

 本の数が多いのでまとめて受付台に持ってゆく。先ほどの女性司書の姿が見えた。

「すみません、昼食に行くので、預かっていただけますか?」

「許可証の提出をお願いします」

 許可証を手渡すとメモを取り、返してくれる。

「お預かりします」


 回廊に出ると、いつものベンチに座ってバスケットからサンドイッチを取り出す。手に取った布がじっとり湿っているのが気になる。

 今日のお昼は丸いパンを二つに切ってオムレツとチーズを挟んだもの、レタスと卵にハムを挟んだもの。

「このパンだったらハンバーガーいける」

 たっぷりお肉を挟みたい。

 

 だけど持ち運びが難しいなぁ。



 回廊から閲覧室に戻る途中、回廊の隅で衛兵が、男と話し込んでいるのを見つけた。初日にハイレーナの許可証をじっくり見ていた衛兵。目が合うと軽く会釈をする。相手の男も振り返ってハイレーナを見た。背の高い、洗練された感じの男だった。鋭い視線だと感じたのは、気のせいだったかもしれない。晴れやかな笑みで会釈された。すれ違った後に、微かに拾った単語はベトランタ語。視線を背中に感じていた。


 

 午後、開いた本の一文が目に飛び込んできた。

 

  897年、ハロルド・デ・ヴァロネス博士がウォード結晶の均一化に成功した。

  これによりウォード製品は画期的な進化を遂げる。

 

 お母様と結婚する前の年だ。お父様19歳だ。

 誇らしい気持ちになって、お父様の名前を指でなぞった。ノートにも書き写す。

 これで叙爵されてお母様と結婚できたのね。

 やっぱりすごい。

 

 私は17歳。

 19歳で世界を変えたお父様。

 入り口に立ったばかりの、息継ぎさえままならない自分。


 

 

 日暮れ前に屋敷に帰り着く。出迎えたマーサにお弁当の籠を渡し、部屋に上がって着替える。

 お弁当の汚れた布。ふと華の記憶が浮かんできた。

 

 推しの絵で作ったブックカバー。

 蝋引き。あれ、布でもいけるんじゃない?

 

 

 部屋にあった蝋燭を掴むと大急ぎで厨房に駆け込んだ。

「ねえマーサ。火熨斗ある?」

「なんですか藪から棒に。ありますよ」

「出してきて!ちょっと思いついたことがあるの。あと布も、お願い!」


 火熨斗を温めている間に蝋燭を削る。広げた布の上に均等に並べてもう一枚布を被せて火熨斗を当てる。一度冷ましてひっくり返してもう一度。

「あ、紙でもやりたい」

 前世のブックカバーが脳裏から離れない。部屋に戻って一枚の紙を手に取った。ささっと落書きをして下へ戻る。

 玄関ホールでちょうど帰宅したハロルドに行き合った。

「おお、ハイレーナ、どうしたの?」

「お父様、実験中なの」

 とだけ言って厨房へ走る。父が慌てて後ろをついてくる。


 落書きした紙に、削った蝋をふりかけ布を当てて火熨斗で抑える。

「ああ!滲んじゃった」

 インクが滲んで描いた文字が澱んでいる。

 

「ほう、蜜蝋で加工したのか」

 後ろから覗き込んだハロルド。

「布はうまくいったけれど、紙は失敗してしまいました」

「どれどれ?」

 出来上がった蜜蝋布を手に取り、ひっくり返しながら検分している。

 「なるほど、蜜蝋の匂いがするね。手の温度で柔らかさが変わるようだ。ふ〜ん水を弾くんだね。油にも強そうだ。紙の方はインクが滲んだか。熱のせいだね。インクが乾き切っていなかったんだろう」

 マーサに両方手渡しながら、ハロルドはハイレーナに向き直った。

 

「どうしてこれを作ろうと思った?蝋を溶かして布に貼るなんて発想はどこから?」

 華の経験とは言えない。ハイレーナはしばらく考えた。

「お弁当を包む布が毎回汚れるんです。だから、水に強い布があったらいいなと。で、扉の滑りを良くするために蝋を塗ったりするじゃないですか。水も弾くし。だから布にくっつけられないかなと」

 ハロルドは目を見開いた後、破顔した。

「ハイレーナの発想は素晴らしい。それに、よく観察してる」

 と言いながらハイレーナの頭を撫でた。

「お父様!」

 ちょっと嬉しいやら、恥ずかしいやら鬱陶しいやらで思わず頭を引っ込めた。

 

 蜜蝋布はマーサにも大好評だった。

「これは、使い出がありますわね。パンやチーズ、残った野菜を包めますし、お弁当も油や水分の心配をしなくて済みます」

「お嬢様、あと5枚ほど作りましょう」


 それから3人で蜜蝋布と紙作りが始まった。

 「紙を加工するなら、まず蝋を溶かしてから塗るほうがいいんじゃないか?」

 とハロルド。マーサに鍋を用意させて蝋を溶かす。

 「色鉛筆やパステルは滲むのかしら」

 ハイレーナは可愛い蜜蝋紙が欲しい。

「納戸にパステルや画材がたくさんありますよ。旦那様がお嬢様に大量に買ってきたものの残りが」

「取ってくる」

 パステルは滲む。なら滲みを利用してグラデーションを作る。

 「きれい……」

 こういうの表紙にしたら、可愛いノートが作れる。

 

「ハイレーナの可愛い絵もこうやって加工できるかもしれないな」

 ハロルドは子供の頃の落書きを加工したいらしい。


「いい加減になさいませ。これではお夕食が作れません!」

 とマーサに追い出されるまで、楽しい時間を過ごした。

 

 

 ベッドに潜り込んで、目を閉じると今日一日が浮かんでくる。

 

 「楽しかった」

 

 明日は蜜蝋布で包んだお弁当を持っていく。

 眠りに落ちる直前、昼休みに聞いたベトランタ語の響きが何故か耳に沈んだ。

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


王立図書館、まだしばらく通います。


次の更新は3月12日(木)とさせてください。

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