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乙女ゲームは終了したのに帰れません〜ハッピーエンドの後に、ひとりぼっちになったヒロインですが、自分の力で生きていきます〜  作者: 国枝 志歩
修行編

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覚悟と4年の始まり

第二部の始まりです。

「おかえりなさいませ。侯爵邸はいかがでございました?」

「うん。なんかもう、すごかった」

 門の前で馬車を降り、迎えてくれたマーサに身振り手振りで報告する。大きくて、古くて、気品に溢れていて、どの調度品も一流の芸術品。

「シェルビニ公爵もいらしたの」

 ディミトリ事件の話を聞いて、研究者になりたい夢を語りまくってきた自分。

 馬車の中では余韻に浸っていたけれど、改めて思い出してみれば、身悶えするほど恥ずかしい。

 

 でももう『ハナ』には戻らない。

 

「お父様は?」

「先にお夕食をすまされて、書斎にいらっしゃいますよ」

「そう。じゃあ、着替えたら伺う。マーサ、手伝ってくれる?」


 自室でドレスを脱ぎながら、どんな風に話をしようか考える。

 ――どう切り出そう。

 

 普段着に着替え、化粧を落としてマーサが用意してくれた軽食をつまみ、ようやくお父様の書斎へ向かう。

 3階への階段を登る足取りは自然と遅くなる。一歩ずつ考えを巡らせて進む。ようやく扉の前に立つと遠慮がちなノックをした。

「どうぞ」

 中に足を踏み入れる。

「お父様、お邪魔じゃない?」

「ハイレーナ!どうぞお入り」

 初めて入った父の書斎は思っていたより小さかった。本と紙束に埋もれた机が大半を占めている。その後ろに座っていたハロルドが立ち上がって迎えにきてくれた。


「ここはあまり座るところがないから」

 確かに所狭しと本が積んである。


「ああ、あそこに椅子があったね」

 と窓際に置かれていた木の丸い椅子を指した。上には何冊もの本と紙束。ハロルドはよいしょと本を持ち上げ机の端に積み上げる。何枚か紙が滑り落ちた。ハイレーナが拾おうとするのを手でとめ、拾い集める。

「大丈夫、いつものことだから。僕以外が触ると後でわからなくなるからね」

 椅子の埃を払ってハイレーナの前へ置いた。

「それで、どうしたの?ハイレーナがここへくるのは初めてじゃないか?」

 

 腰を下ろすと、ハロルドは机の端に腰掛ける。じっと見られて、椅子の上でモゾモゾ動く。さっきまで練っていたはずの切り出し方が完全に飛んでしまった。


 ええい、こうなったら直球勝負だ。いくぞ。

 

「お父様、私、なりたいものが見つかったの」

「ハイレーナの決めたことなら、全力で応援するよ」

 即答だ。ニコニコしながらハイレーナを見ている。

 それで?と言外に即された気がして、覚悟を決めた。

 

「お父様と同じ、研究者になりたい」

「ほう!」

 

 言ってしまった。結構大きな声が出た。ハロルドの顔を観察する。

 驚いていない?厳しい顔をしていない?

 父は目を見開いてハイレーナを見ていた。微かな笑顔がよぎったけれど、すぐ真剣な表情に戻った。

 

 父の目を真っ直ぐ見返せない。

 

 ハイレーナは俯いて言った。

 

「自分の力で生きてゆくなら、研究者になる。でも、何をどこから始めたらいいかわからない」

 学院で学んだのは良妻賢母になるためのもの。専門性の高い教科は選択しなかった。あの頃はただ……。

 

「なるほど」

 しばらく腕を組んで考え込んでいたハロルドが、机の後ろに戻り、紙とペンをとってサラサラと何かを書き始めた。

 

「まずは本を読むことだね。僕は家庭教師がついたけれど、やっぱり本から学ぶことは貴重だよ。読み返すこともできるし、しっかり読み込めば身につくしね。ここにも本はあるけれど、最初は図書館だろうなぁ」

 と書き終わった紙を渡してくれる。

 

 そこには『読むべき本のリスト』とあった。

『ウォード基礎論』『回路構築原論』『伝達物質総覧 第一巻』

 びっしりと書き込まれている。

 

「王立図書館へ行くと良い。あそこは蔵書がしっかりしているし、論文も揃ってる。僕の娘なら使用許可が降りると思うんだ」

 ハロルドの手は止まらない。

 

 2枚目。3枚目。

 

「ハイレーナは古語が読めるかい?」

「えっと、授業で少し」

「うん、じゃあこれも読むといいな」

「ああそうだ、あの論文も、回路の基礎を学ぶならアレも必要か……」

 

『ウォード結晶構造解析』『筆記回路技法初歩』『回路交差干渉の実験報告』

 読んで、理解して、記憶して。

 じんわり手に汗が滲む。

 

 4枚目。

 ――タイトルさえ読めないベトランタ語の論文。

 

「よし。まずはこの辺りまで」

 ようやくペンを置いて5枚目を差し出した。

 

 最後の紙は見る気にもならなかった。どのくらい勉強すればこのリスト全部読みこなせるのだろう。

 古語だって怪しい。

 

「研究所に入るには国家試験を突破しないとならないのは知ってるね?実技もあるから、いずれはそちらも実習しないとダメだけれど、まずは知識の裾野を広げること」

「はい」


「どの本もわかりやすくて、興味深いよ」

「……そうですか」

 

「明日、早速許可証の申請をしてくるよ。楽しみだねえ。朝一緒に出かけられるね。だけど、帰りは遅くならないようにするんだよ。日が暮れる前には必ず帰っておくれ。夕食は一緒に食べられるよう僕も帰るから」

 嬉しそうなハロルドに送り出されて書斎を出た。

 

 リストを握ったまま、しばらく呆然と廊下に立ち尽くす。

 一体何冊あるのか。

 よろよろと自分の部屋へ戻りまっすぐベッドに倒れ込んだ。


 1枚、1枚とめくって最後まで読む。

「なにこれ、古語やレグステラ語、ラナス語の文献まである」

 レグステラやラナスは元々同じ国だったから、言葉も似ているけれど、ベトランタは全く別の言語だ。

 

「まずは」と言ったよね。

 そう、これを読破したら、実習がある。

 回路を引き伝達物質を配合する。激しく頭を振った。

 現実を目の前に突きつけられて、息が苦しい。


 こんなことなら、学院でもっと勉強していればよかった。研究者コースだってあったのに。

 

「家政科の学生が最高峰の物理科学を目指すようなもんだ」

 

 枕にぽふりと頭をつけてリストで顔を覆った。

 だけど、この世界で生きていくと決めたもの。

 そう。研究者以外になりたいものなんかない。

 

 大きく深呼吸して、起き上がる。サイドテーブルのお母様の日記を手に取った。

 

 お父様、一瞬だけ嬉しそうな顔したよね。

 

 最後のページの文字をなぞる。

 

 ――あなたは自由。

今度は逃げない。


これが『自由』を知るための4年間の始まりだった。

 



第二部はハイレーナが国家試験に挑戦するまでのお話です。

第二部は構成を密にしたいので、更新に幅を持たせようかと思案中です。

次の更新は3月6日(金)17時にさせてください。

もし、物語を楽しんでいただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

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