家族の晩餐
「夕食の準備ができた」
とマーサが呼びに来た時、ハロルドとハイレーナの涙はやっと乾いたところだった。
照れて視線を外したまま立ち上がった二人の顔を、交互に見たマーサはゆっくり微笑んだ。
「さあさ、久しぶりに腕を振いましたよ。ゆっくり召し上がってくださいましね」
父がどんな表情をしているのか気になって、隣の父をそっと見た。
口角が柔くあがっているのを確認する。
ダイニングテーブルには花が添えられ、来客用のディナーセットが二人分。
「お祝いですもの。さ、席についてくださいませ」
当然ですと言わんばかりに、ワインの栓を抜くマーサ。
「足りないわよマーサ。一人分足りない」
椅子の前で足を止めてマーサを見やる。
そしてハロルドに目で尋ねる。
父はしっかり頷いてくれた。
「マーサの分がないな」
「マーサも家族だ。一緒に食べよう」
眉をハの字に下げたマーサ。ワインの瓶をあげたり下げたりしている。
そのボトルを取り上げ、椅子を引く。
「ほらほら、座って」
強引にマーサを座らせると、食器を並べた。
そうして三人で食卓を囲んだ。
ハロルドが立ち上がって、グラスに三人分のワインを注ぐ。
ハイレーナはグラスを上げてマーサを見る。
「マーサ、いつもありがとう」
「これまで苦労をかけたね、マーサ。本当にありがとう」
とハロルドもグラスを上げた。
マーサは一瞬言葉を失って、それからグラスを上げた。
「何ですか。今日はお嬢様の卒業と成人祝いですよ旦那様。おめでとうございます、ハイレーナお嬢様!」
そして三人で乾杯した。
「まずはいただきましょう。せっかく腕によりをかけたのだから、冷めてしまう前にぜひ」
マーサの料理はいつもに増して美味しかった。
枝豆のスープに、溶けたチーズとこんがり焼けたベーコンが挟まった豚のロースト。
散々泣いた後で、お腹が空いたのかもわからなかったのに、一口味わった後は、止まらなくなった。
「久しぶりのマーサの料理は美味しいな」
父もいい食べっぷりだ。
「外国で美味しいものをたくさん召し上がったのではありませんか?」
「珍しい料理が多かったけれど、やっぱり家のご飯が一番だね。家族揃って食卓を囲むのがこんなに幸せなものだと、長い間忘れていたよ」
本当に、こんなに幸せな食卓は、お母様がまだ元気だった頃以来かもしれない。
マーサがハロルドに旅の話を聞いている。
二人の声を聞きながら、空っぽだった胸の奥が少しづつ満たされてゆく。
「では、旅程はすべて終わったのですね」
「うん、これからは少し時間ができるよ。ハイレーナも帰ってきたことだし、たくさん話がしたい」
父の視線がハイレーナに向いている。
デザートのレモンタルトまでしっかり頂き、サロンに場所を移した。
マーサが入れてくれた紅茶を飲む。
初夏の爽やか風が開いた窓から入ってくる。
向かいのソファーに座った父が、窓の方を見ながらポツリと言った。
「マーサに、ハイレーナが辛そうだと何度も聞いていたのに、何もしなかった。家のことはマーサとイレーネにまかせっきりだった。だから――」
「娘に……どう接したら良いのか、わからなかった」
「旦那様は昔から、夢中になられるとすっかり他のことはお忘れになるのですよ」
マーサが揶揄うような視線を向ける。
「以前、お食事の途中でフォークにお肉を刺したまま固まってしまわれて」
ハイレーナに向かって内緒話をするように説明する。
「彫像かと思うくらい長い時間でしたわ。突然ガタッと席を立ったと思ったら、フォークを持ったまま書斎へ走ってゆかれたのですよ」
マーサが含み笑いをする。
「イレーネ様と顔を見合わせて大笑いいたしました」
父は苦笑いしながら照れている。
「お父様。終わったことは――もう、良いんです。だってこれから側にいてくださるのでしょう?これから先のことも一緒に考えてくださるのでしょう?」
「もちろん。今までの分もハイレーナの側にいる」
マーサが手を組んでハイレーナとハロルドを見守っている。
「ようございました。お二人に必要なのはたくさんお話になることですよ。五年分のお喋りをなさいませ。イレーネ様もきっとお喜びです」
頷いたハロルドはしばらく何かを考えていた。
ハイレーナはゆっくり紅茶を味わう。
昼過ぎに学院を出てきた時は、一人ぼっちで空っぽだったのに、それがもう遠い昔のように思える。
「ハイレーナ、明日お母様の部屋へいってみないか?」
とハロルドが言った。
「あれから一度も入れなかった。ハイレーナと一緒なら入る勇気が出そうだ。一緒に行ってくれるかい?」
お母様の部屋。
最後の日、亡骸に取り縋って泣いて以来、ハイレーナも入ることができなくなった。
お父様も同じ。
お父様の目が、しっかりとハイレーナを見ている。
ハイレーナは静かに頷いた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
やっと誤解が解けました。次回、お母様のことが少しずつわかってきます。ハイレーナの薄れてきた記憶も少しづつ戻ってきます。
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