裏で起こっていたこと
二人は学院の食堂へ行った。がらんとした食堂はいつもより大きく感じた。真ん中のテーブルに陣取って、衛兵に願って寮から軽い食事とお茶を運んでもらった。
「ハナから手紙をもらって驚きました。ハナが僕を頼るなんて、よほど何か引っ掛かっているのだと。気合を入れて情報収集をしましたよ」
アドリアンがマカロニを口に運び、ゆっくり咀嚼する。
目で促されてハナもフォークを取った。
「ディミトリの線はあっという間にたどれました。テグナ子爵の経営する社交場があるのですが、そこに出入りしている。カジノで大金を使い、フレデリカ嬢と密会して怪しげな取引をしていたと」
アドリアンは淡々と食事を進める。
一息ついて喉を潤すと話を続けた。
「フレデリカ・ディ・テグナはエステヴァンにご執心でしたからね。手ひどく振られて、ハナを目の敵にしていたので記憶に残っていました」
フレデリカが社交場に現れるのを追って、薬草入りの飴を作らせている現場を発見した。
「料理人を買収し、そいつの自宅で飴を作らせていました」
あのハーブの匂い。ディミトリ以外の生徒からもしていた。
「ピン、ときましたよ。テグナ子爵の鎮痛剤は有名ですから。原料の薬草がダッカでは麻薬のように使われることも、治安部がテグナ子爵に目をつけていることも把握してました」
「テグナの領地はダッカと近いの?」
「大河のこちら側。エステヴァンの南隣ですよ。テグナの話はエステヴァンからも聞いていました。フレデリカ嬢との婚約話がきているが、親が『怪しい』上に娘は『鼻持ちならない我儘』だと嫌っていました」
調べた結果を持ってシェルビニ公爵に話を持ち込み、情報提供する代わりに調査に噛ませろとねじ込んだ。
「カジノは問題になっていました」
突然人が変わったように大金を掛けて破産する貴族や商人が増えたこと。それが皆テグナに都合の良い結果になる。
「エステヴァンの婚約破棄、あれもテグナが絡んでいました」
「お相手のお家が借金だらけで立ち行かなくなったって――」
「ええ。真面目な男だったのに、カジノ通いで大金を使ったんです。ただ、決定的な証拠がない。治安部も手をこまねいていました」
「なるほど、アドリアンが、フレデリカの飴を疑った理由がわかったわ」
「中毒性は薄いものの、高揚感をもたらし、気が大きくなるのだそうです。愉快な気分になるとか」
シェルビニ公爵は『フレデリカの飴』を調査しつつ、エステヴァンを巻き込んでテグナ領の実地調査を行った。
「学院内のことは婚約者のアメリア嬢に探らせたようです」
「アメリア様!婚約者!」
確かに並んで立つ姿はなんだかしっくりきてた。エスコートしてたし。
ハナの妄想はアドリアンの声で引き戻される。
「テグナに気を取られて、ディミトリをしばらく放置したのが失敗だった。金だけじゃなく、女でも問題を起こしていたのに。ハナを危険な目に合わせてしまった」
マカロニの皿を押しやって、アドリアンが頭を下げる。
「しかも、先に証拠品の押収を行ったので、ハナの元へ駆けつけるのが遅くなりました」
ハナもフォークを置いた。何か言葉をかけたかったけれど、何も浮かばなかった。
シェルビニ公爵は『飴』の方から証拠を上げてしまおうと考えた。
フレデリカは甘やかされて育ったわがままな子供。御しやすい。
学院の内部に踏み込む準備を進めていたところに、アメリアから連絡が入った。
「ハナが呼び出されたと伝令が飛んで来て『悪い予感がするからすぐに来い』と。シェルビニ閣下は『アメリアが暴走する』と言って大急ぎで出張ってきました」
半分以上残した皿を横によけて、冷めたお茶を飲み干した。
なんの味もしなかった。
「卒業パーティには出ないとさっき言っていましたね。それはディミトリを警戒していたからですか?」
「それもある。けど、元から出ないつもりだったの。試験が終わったら証明書をもらってここを出るつもり。この1年はあまり居心地のいい場所じゃなくなったから」
「そうですか。あの野郎、ピアスまで用意していましたね。ハナが簡単に引っ掛からなくて良かった」
「うん。おしゃべりは上手だったよ。褒めてくれたし、優しくしてくれた。けど、やっぱり何か変だった」
ハナは息を吐いて自分の耳に触れる。
「私、耳にピアスの穴が空いていないの。好きな子に贈り物するのに、そんなこと気が付かないなんてありえないでしょ?」
「――確かに」
外は暗く、霧のような小雨が降っていた。
アドリアンの上着を傘の代わりにして寮まで送ってもらった。
一人になると落ち着かず、机を拭いてみたり、クローゼットの中を整理したり、意味のないことを繰り返した。
アドリアンといた時は忘れていた頬の痛みが蘇る。
ディミトリに触られたところは汚れた気がして、気持ちが悪かった。
風呂場で肌が赤くなるほどゴシゴシこする。洗っても洗っても綺麗にならない。
深夜にやっとベッドへ入ったものの、眠りは浅かった。
数日間は授業を休んで寮の部屋で過ごした。週末も帰らなかった。
学院へ復帰するとフレデリカは流行病で欠席扱いになっていた。
とはいえ、寮の部屋まで衛兵が入り込んだのだから、おおよその噂はあった。
「子爵家が何か法に触れる事をやっていたらしい」と。
ディミトリをはじめ、関係者はさまざまな理由で学院から消えた。
色々な憶測が飛び交ったけれど、真実は伏せられたままだった。
アメリアはハナの姿を見てホッとした表情を浮かべていたけれど、すぐにいつもの無表情に戻った。
ハナは目を逸らして教室に逃げた。
ふとした拍子に、のしかかって来るディミトリの重みや、ハーブの匂いが蘇っては寒気がする。
授業に集中するのも難しかったし、夜一人になると落ち着かなくて少しの物音にもビクビクした。
アドリアンが心配して2度ほど外へ連れ出してくれた。
「忙しいのに大丈夫なの?」
「治安部に協力しているのです。事件の最後まで見届けます」
と顔半分だけで笑った。
連れ出された先が図書館で、みっちり勉強させられたのは想定外だったけれど。
それでも、卒業試験の準備にもなったし、何かに集中することは助けになった。
そして、ハナの周りは静かになった。
遠巻きの視線だけは無くならなかった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
夜にマカロニ食べたら太るよね、と思いながら書きました。
感想・ご評価をいただけると励みになります。




