傷の手当てと事情聴取
引き続き緊張感のあるシーンです。苦手な方はご注意ください。
こちらに向き直った公爵が言った。
「ハイレーナ嬢はまず傷の手当てを。後ほど話を聞かせてもらおう。アドリアン、手当が終わったら応接室に連れてきてくれるか?」
「承知しました」
「アメリアは僕と一緒に」
「はい」
シェルビニ公爵はアメリアに腕を差し出すと、エスコートしながら去っていった。
アドリアンはずっとハナの背に手を添えていた。
「歩けますか?ハナ」
「――わからない」
笑おうとして、頬がひきつれる。手が震え、体全体が震えていた。
足が前に出ない。転びそうになってアドリアンの腕にしがみついた。
「クッ!」
背中に回された手に力がこもった。
「――大丈夫。終わったんですよ。呼吸して。もうハナに酷いことをする奴らはいません」
対してアドリアンの声は優しく静かだった。
アドリアンと一緒に何度も呼吸を繰り返し、やっと一歩が踏み出せた。
医務室へ入るとまず、アドリアンが校医を端に寄せて低い声で話を通す。
「……アルバード治安部隊……捜査……詮索無用…………」
校医は何度も頷きながら、ちらりとハナに視線をよこした。
それからベッドの上に座って、手当てを受けた。
張られた頬に冷やしたハンカチを当て、反対側の擦り傷は消毒してガーゼを貼った。
小刻みに震えるので、校医がガーゼを当てるのに苦労して、何度もやり直す。
その真剣な表情と制御できない震えが滑稽で、くすっと笑いが漏れた。
アドリアンはすぐ側に立ってる。
手当てを終えた後、暖かい茶を飲ませてもらってやっと震えが止まった。
「どうしてアドリアンがいるの?秘書課、クビになったの?」
問いかけると、アドリアンの硬い表情がわずかに緩んだ。
膝をついてハナと目線を合わせる。
「詳しい話はシェルビニ閣下からあると思います。が、ディミトリを探るうち色々面白いことになりましてね。治安部へ話を持ち込みました。今は秘書課から治安部へ出向中です」
「よかった。アドリアンがクビになってなくて」
微笑もうとしたのに、腫れた頬が邪魔をする。
「……来るのが遅くなりました」
低く、押し殺した声だった。
応接室のある階は、衛兵が踊り場から廊下まで等間隔に並び、直立不動で守りを固めていた。
手前の一人がアドリアンを認めると、ついて来いと合図を送った。
廊下を歩いていると、壁ごしに怒声が響き、別の部屋から泣き声が漏れてきた。
怖くなってアドリアンの袖を掴む。アドリアンがその手をポンと叩いて励ましてくれた。
衛兵は左の扉の前で立ち止まるとノックをし、扉を開けてアドリアンとハイレーナを中へ通した。
ソファーにシェルビニ公爵ともう一人、メモを携えた補佐官のような人物が待っていた。
テーブルを挟んだ席を薦められ、アドリアンと並んで腰を下ろす。
「傷はどうだ?痕が残らないと良いが」
世間話のように話が始まる。
「大丈夫です。少し痛みますが」
「そうか。辛いだろうが、記憶が新しいうちに調書を取りたい。話してくれるか?」
「はい」
ディミトリと出会った経緯から説明を求められる。
靴を見つけてくれたところから始めた。
それから昼食時に待ち伏せされたこと。
「あからさまだな」
隣でアドリアンが呟く。
シェルビニ閣下が一瞬アドリアンに鋭い視線を投げた。
「これで最後にする」と呼び出され、迷ったけれど、これ以上付き纏われないように会いに行ったこと。
「最初は穏やかに話していました。卒業パーティのパートナーになってほしいと言われて」
「断ったと?」
「はい。パーティには出ないので、と言うと態度が急変しました。そこへフレデリカが現れて」
アドリアンの握られた拳がピクッと動く。
「暴行を受けたのだな?具体的には?」
「腕を掴まれて……首を」
感覚が蘇ってきて、体が強張る。手が自然に首元に上がってゆく。
「絞められて……」
胸元で両手を握りしめた。
「地面に引き倒されました。……逃れようと動いたら平手打ちを」
隣から押し潰した低い唸りが漏れてきた。
「なるほど。その頰の傷はその時のものだな」
聞き終えた公爵はメモを取っていた補佐官と頷きあうと切り出した。
「詳細はわかった。ではこちらの質問にも答えてもらおう。ディミトリに何かもらったことは?」
「ありません」
「どこかへ誘われたことは?」
「ありません」
「飴や菓子もないか?」
「ありません」
そういえば、水路で振り返ったとき、ディミトリは飴を舐めていた。漂ってくるハーブの香りまで脳に蘇る。
「証言は一致している。アドリアンから何か聞いたか?」
「いえ、閣下がお話しくださるとのことだったので」
「そうか。しかし僕はこれからまだ後始末があるからアドリアン、君に任せよう。今日は報告に戻らなくていいぞ」
「ありがとうございます」
シェルビニ公爵たちが部屋を出て、アドリアンと二人残された。
「大丈夫ですかハナ。お茶でももらって来ましょうか?それとも屋敷まで送りましょうか」
「ううん、家には帰らない。マーサに心配かけるだけだし。まだ一人になりたくない。アドリアン、このまま話を聞かせて」
アドリアンの目尻がわずかに下がった。
「――そうしましょう。いくらでも付き合います」
ご拝読ありがとうございます。
アドリアンも意外とカッコいい。と思っていただけたら嬉しいです。




