記憶にない年下キャラ
「これはもしかして、あなたのではありませんか?」
振り向くとそこにいたのは、男子生徒だった。細身だが引き締まった体つき。薄茶色の髪にチョコレート色の瞳。まつ毛の長い爽やかな美男子。見覚えはない。
――攻略対象になりそうな子だけど、いたかしら。
差し出した手にはダンスのクラスで使うヒールの靴が片方だけ乗っていた。
これからのダンスの授業で使うはずだったもの。
ダンス用の教室に行って履き替えようとしたら片方がなかった。
『またか』
とため息をついて教室を出てきたところだった。
靴がなければ踊れないし、パートナーになってくれる男子生徒もいない。
「ありがとう。私のもので間違いないです」
相手は笑みを浮かべて手渡してくれた。それから少し眉を顰めて言った。
「よかった。さっき、廊下の窓枠の上で見つけたのですが、一体誰がこんないたずらを」
この学院でハナの噂を知らない生徒はいない。
憤慨している様子がわざとらしく思える。
なんだろう、表情が作り物めいている。
いずれにせよ自分と関わったら何を言われるかわからない。
できるだけ早く会話を切り上げた方がいい。
「いつものことですから、大丈夫です。ありがとう」
踵を返そうとすると、大きな声で引き止められる。
「あの!ハイレーナ・デ・ヴァロネス様ですよね」
自然と眉が上がる。知っているだろうに、確認する意図がわからない。
「あなたは?」
「ディミトリ・ディ・エレブルーと申します。ハイレーナ様の1学年下です」
下級生なら尚更、関わらない方がいいだろう。
ハナは失礼にならないよう、声を柔らかくした。
「そう、見つけてくれてありがとう。エレブルー様。では」
わざと名前呼びはしなかった。
「そんな!ちょっと待って」
食い下がられるのが意外だった。少し煩わしいと思えるほど。
「急いでいるので、これで」
今度こそ踵を返して、ダンス教室の方向へ歩き出す。
「また、お話しさせてください!」
背中からディミトリの声が聞こえてきた。
翌日の昼食時。ハナは食堂でトレイを受け取り、隅の方の目立たない席を探した。
奥の席から立ち上がって手をふるディミトリが見えた。
「ハイレーナ様!ここ、空いてます。ここへどうぞ!」
あまりに無邪気に大きな声で呼びかけるものだから、ハナの方が焦ってしまう。
「あなた、どういうつもり?」
「僕のテーブルの席が空いているから、ご一緒にどうかとお誘いしてます。ハイレーナ様!」
「私の評判を知らないわけじゃないでしょう?あなたにとって良くないわ」
「僕は気にしません。空席を探している先輩を誘うのはそんなに変ですか?」
「でも!」
「だいたい、みんな嫉妬しているんです。ハナ先輩が可愛くてモテるからって、いじめみたいなことして。おかしいと思います」
「……」
いつの間にか愛称呼びになっている。
許したつもりはないのにな。と思いつつ、少し動揺していた。
新年度が始まってからハナを庇う言葉を聞いたのは初めてだ。咄嗟にかえす言葉が見つからない。
その隙にディミトリが椅子を引いてくれ、気がつけばその席にストンと座っていた。
ディミトリの香水だろうか、ふわっとハーブの香りがした。
「こんなことしたら、悪い噂が立つわよ。あとで後悔するかもしれないわ」
「僕のこと、心配してくれるんですか?優しい」
なんだか嬉しそうに言われて、拍子が抜ける。
どうも何を言ってもいい方向に解釈される気がしてきた。
「じゃない。……面倒なだけ……」
あえて冷たく言ってみる。
向かい側に腰掛けたディミトリはニコニコしながらハナを見ている。
そう簡単に警戒心は解かないぞ、とハナは相手を無視して食事を始めた。
極力ディミトリは見ない。
しかし、どうしても相手の気配は気にしてしまう。
ディミトリは自分の食事を始めないまま、机に両肘をついて顎を乗せているらしかった。
しばらくすると『ふふ』と笑い声が聞こえる。ムッとして顔を上げるとディミトリと目が合った。
「シャーって警戒してる猫みたいだ。かわいい」
「なっ!」
思わず顔が赤くなる。確かに警戒心満載だったから、図星だ。
「ふふふふ」
「ハナ先輩、やっぱり可愛い」
その夜、ハナはベッドに寝そべりながら考えに耽っていた。
あんな攻略対象はいただろうか。全て思い出せたわけじゃないけれど、確か年下の攻略対象はいなかったはず。
オットーが唯一の同学年。可愛い系キャラ。
あとはエステヴァン、ヴァレンス、アドリアン、ウイレム。全員1学年上。
見落としていた?それとも知らない間に続編とか、番外編が出ていたかも?
あの、あからさまなアプローチ。
確かにおしゃべりは楽しかったけれど、ハナを取り巻く状況の中であえて仲良くなろうとするなんて、おかしいと思わざるを得ない。何者なんだろう。どんな意図が隠されているのか。
熟考の末、起き上がるとライティングデスクに座ってアドリアンに手紙を書いた。
『忙しいところ悪いんだけれど、もし、ディミトリ・ディ・エレブルーについて知っていることがあったら教えて欲しい』
余計なことは書かず、簡潔に。
情報といったらアドリアンかオットー。
情報収集能力は拮抗しているのに、二人の視点は微妙に違う。
貴族社会の「内側から見る」のと「外から見る」差かもしれない。
そのあたりは二人とも興味深く思っているのか、二人で話し込んでいることも多かった。
お互いを評価して認め合っている感じだ。
ただし今回はアドリアン。内側に踏み込んだ情報が欲しいのと、オットーは今頃ラナスに向かっている途中だろうから、すぐに返事が来ると思えない。
アドリアンからはすぐに返信が届いた。
「エレブルー伯爵家は、アルバード建国時から続く由緒正しい家系。南部の穀倉地帯を収める有力貴族で経済基盤は盤石。長男は僕より一学年上だったはず。温厚でバランスの取れたよくできた人物だったと記憶している。次男のディミトリは兄より見目が良くて、運動神経も優れている。ただ少々軽い性格だと聞く。ディミトリと何かあったのですか?」
返事にどこまで書いたら良いのか悩んだ。ディミトリに直接何か仕掛けられたわけではない。
むしろ熱心にアプローチしてくる気がする。
けれど、ここ半年で警戒心が3倍ほどに膨れ上がっているから、素直に受け取れないだけかもしれない。
「特に何かされたわけじゃない。ただ、あからさまなので警戒しただけなの。忙しいのにごめんね」
そう返事をした。
読んでいただきありがとうございます。
ディミトリ登場です。そして、アドリアン久々です。
次回は事が動きます。
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