春 ウイレムの立太子と婚約
4月に入ると暖かい日差しが降り注ぎ、緑が一気に芽吹く。
そんな中、アルバード国王から公示があった。
王太子オリビアンが土砂崩れに巻き込まれ、先日亡くなったと。
詳細は伏せられたままだった。
夏に流れた噂は本当だったらしい。
王太子負傷の情報が漏れれば「国境がきな臭く」なるはずだ。
そしてもう1つは、ウイレム王子の立太子と西の隣国レグステラ王女との婚約。
レグステラは同盟国。王女はオリビアンの元婚約者だ。
北の大国を牽制するためにも同盟国との絆は失ってはならない。
婚約の継続は妥当だろう。
なるほど。そういう事情なら、しがない男爵令嬢の私と結婚するわけにはい。
と冷めた気持ちの中に、ウイレムを思う情も残っていた。
優秀な兄に嫉妬とコンプレックスを抱きながら、敬愛していたウイレム。
王子が負傷して帰って来た時、どんなに心を痛めただろう。
亡くなった時の悲しみ。
その後の目まぐるしい展開。
「王様なんてなるもんじゃない。僕はあれほどの責務には耐えられない。そんな器じゃないしね」
と言っていた。それが立太子すると決定した時、どんな気持ちだっただろう。
重責から逃れて、気楽に生きたいと願っていた人なのに。
ウイレムの国民の人気は今ひとつ。
悪くはないが、全てにおいて兄王子に一歩足りないというのが一般的な評価だった。
これから先、優秀だった兄と比較されながら、王太子に相応しいと証明していかなければならない。
茨の道だろうな。
もう会うこともないだろうけど「頑張れ」と遠くからエールを送る。
まずは盛大な葬儀が行われる。国中で1週間喪に服す。
その間は黒いスカーフを身につけ音楽や娯楽は控る。夜間の外出は禁止。
喪が明けると同時にウイレム王子の立太子と婚約式が行われる。
ハナは嘲笑の的だった。あれだけウイレム王子の恋人と周知されていたのだから、当然の成り行きだろう。
「遊ばれた可哀想な男爵令嬢」
「本気にして恋人気取りだった、哀れな女」
「身の程知らずがやっと身分差を自覚しただろう」
要は「ざまあみろ」と言いたいらしかった。
「ああ、もうどうでもいい」
こうなることはウイレムに別れを告げられた時からわかっていた。
今までだって、悪口を言われ続けてきたのだから、今更何が変わるわけでもない。
寮の食堂へ降りるのが億劫で、朝食は食べずにギリギリまで部屋で過ごす。
パラパラとノートをめくりながら考えた。
私は結局ウイレムの事が好きだったんだろうか。
文字通り王子様が、お姫様みたいに自分を扱ってくれる。
洗練された仕草でエスコートされ、歯の浮くような愛の言葉。ファーストキスも甘かった。
でも――ウイレムのことが気に入っていたけれど、「帰る」ほうが大事だったな。
振られたことよりも、帰れる可能性が消えたショックの方が大きい。
それより憂鬱なのは学院のこと。
王子の後ろ盾が完全に消えたので、よりあからさまになるだろう。
嫌がらせの激しさも増してくるに違いない。
「もうやめよっかな」
こんなところに居ても辛いだけ。
ただ、家へ逃げ帰ってマーサに心配をかけるのも、何があったか話すのも気が重い。
お父様と会うのはもっと気まずい。
学院を辞めるなんて言ったらなんと言われるんだろう。
で、辞めてからどうする?
働く?
何をして働く?
いつか元の世界に帰れるの?
それとも諦めてハイレーナとして生きていかなきゃダメなの?
そんなことをぐだぐだ考えながら、身支度を整え重い足を引きずって教室へ向かう。
周りの学生たちからの視線が痛い。全員が自分を嘲っているように思える。
教室の入り口が近づくと、そこにっ立って誰かを待っている小柄なシルエットが目に入った。
オットーはハナを見つけると、両手をあげて歩み寄ってきた。
「ごめん、もっと早く様子を見に来ようと思っていたんだけど、なかなか抜けられなくて」
「オットー、嬉しい。元気だった?ちょっと背が伸びた?」
自分に向けられる温かい笑顔が嬉しい。優しさが身に染みる。
「いやあ、ほんのちょっとね。それよりハナはどうしてる?辛くない?」
「……大丈夫。思ったより平気。でも、いっぱい話したい。今日は一緒にいられるの?」
「うん、今日は一日学院で過ごすつもり」
話しながら二人は連れ立って教室に入り隣同士の席につく。
「実は、卒業の目処がたったんだ。午後は口頭試験を2教科受けてくる。その結果が良ければ卒業だ」
「ほんとに?すごい。頑張ったんだね。午後の試験に備えないで、ここにいていいの?」
「いいの。準備は万端だし、ハナと一緒にいる方が気が紛れる。それに、これが学院最後になるかもしれないから。午前中はクラスにいるよ。お昼を一緒に食べよう。そして、放課後、結果が出るまで待っていてくれる?」
「もちろん」
オットーの柔らかい声を聞いていると、さっきまでの憂いが消えてゆく。
友達が側にいるだけでこんなに違う。外野の声もほぼ気にならない。
昼食はいつもの場所でオットーが持ってきたお弁当を分け合って食べた。
「ハナの分もお願いしておいたから遠慮なく食べて」
「ありがとう。私の好きなものばかり」
優しいオットー。
「ウイレム殿下のこと、ショックだったでしょう?」
「一月前くらいに会ったの。ウイレムが馬車で屋敷の近くまで来て。その時に『事情は話せないけど、結婚できない』と言われた。だから、公示で知って驚いたわけじゃないの。直接言いにきてくれただけ、優しかったのかなって」
「そうか、殿下が直接……」
「オットーはもしかして知ってた?」
大商人であるオットーの父は類い稀なる情報網を持っている。情報は商売の命綱なのだそうだ。
だから王太子の事故や怪我の状態から、ウイレムの立太子や婚約まで随分前から掴んでいた可能性はある。
「うん、そうだね。王族のことだから、確証はなかったけどね」
「やっぱり」
「あのね。馬車でウイレムに会った時、王子様だったの。今までも制服姿じゃないウイレムを見たことあったけど、あの時は何故か、『この人は王子様なんだな』て実感した。だから、今更だけど、住む世界が違う人なんだって。同じ人間だと思って普通に付き合ってきたのが、不思議に思えるくらい。不相応だなって。今更ながらみんなの言ってたことがわかっていうか」
最後は自嘲的になった。
心配そうにハナを見るオットー。
「ハナのそういうところに救われたんだよ。僕も殿下も。アドリアンもエステヴァンもヴァレンスも。明るくて可愛くて、優しくて、誰にでも態度が変わらなくて。肩書きや身分じゃなく人間として接してくれるところ」
それはね。華には身分制度が分からなかったからだよ。普通のクラスメートみたいな感覚だったんだ。
「イジメはひどいの?」
「――どうかな。無視はされてる。物を隠されたりもある。でも、一人でいることにも慣れた。どうせ後2ヶ月くらい我慢すれば、卒業だし」
「もし、あまり辛いなら、僕と一緒に来るかい?」
えっと驚いて見つめたオットーの目は怖いくらい真剣だった。
美男子ではないけれど、愛嬌のある顔立ちにいつも柔和な笑顔なのに、今は噛みつきそうな目をしている。
「一緒にって、ラナスへ行くってこと?」
「そう。商会で働いてもいいし、しばらく休んでもいい。ハナ一人くらいなんとでもなる。少しアルバードを離れるのもアリだよ。世界は広い。別の場所に行くだけでも気分が変わるから。どうかな」
働く?卒業しないで、アルバードから離れて?
渡りに船なのかもしれない。
あれだけ消えたいと思っていたハイレーナと、帰れないならここで生きて行く方法を探らなければならない華。
この体に同居する2つの人格にとって、ありがたい申し出だった。
「今すぐ返事しなくてもいいよ。でも、そんなに長くは待てない。午後の試験が終わるまでゆっくり考えて。もし、ハナが来たいと思うなら、僕が父さんに話を通す」
そう言ってオットーは昼食を片付け始めた。
読んでいただいてありがとうございました。
次回は決断の回。
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