家に帰ったら彼氏が私の妹と浮気をしていた
家に帰ったら彼氏が私の妹と浮気をしていた。
そんなドラマでしか聞かないシチュエーションが、突然私の身の上に降りかかってきた。唖然としてしまい、身動きが取れなかった。
「伊織これは違うんだ……」
恵斗が必死に弁解をした。額に汗が光っていた。身体に付いている汁は、誰のどの液体なのだろうか。
実家のリビングへと続くドアを開けたら、ソファーの上で彼氏と妹がまぐわっていた。
二人とも裸だった。しかし、茶色い毛布がかかっていたから、私はすべてを見なくて済んだ。だから、一つになっていたかどうかは、未だにわからない。最低最悪のシュレーディンガーの猫かもしれない。
恵斗は強がりながらも、弱々しい言い訳をした。目が面白いくらい右へ左へと動いていた。1秒も黒目がじっとしていない。
途中、妹の乳房に目を向けた瞬間があったのにはイラッとした。生理現象。思考を整理していた。そういう理由があったとしても、私の怒りを刺激するばかりだった。
当の本人、亜子はというと、黙ったままだった。恵斗の上に乗ったまま一言も喋らない。手はちょこんと、彼のお腹の上に置かれている。そのままの体勢で、1分前まで無邪気に揺れていたのかと思うと腹立たしかった。
恵斗は永遠に言い訳を喋り続けている。しかし、私の耳からすべての言葉が通り抜けていく。
人は諦めると、こんなにも冷静になれるんだ。
何も言葉が響かないし、むしろ、声がうるさいとさえ思えるほどだ。
「……もういい。さよなら」
すべてを手放したくなった。私は別れの言葉を口にした。
思えば、付き合ってすぐ、恵斗に妹の写真を見せたら「かわいい」「会ってみたい」とばかり言っていた。姉として、誇らしい気持ちになったけど、複雑だったのも事実だ。
恵斗は、その時から、亜子に高い関心を持っていたのだろう。
「お姉ちゃん、それはひどくない? 恵斗くんの話、ちゃんと聞いてあげなよ」
今まで黙っていた亜子が口を開いた。
「はぁ?」
やっと彼女と目が合った。亜子の頬は薄紅色に染まっていた。羞恥に悶えているのか。それとも。
「——恵斗くん、寂しかったんだって。最近、お姉ちゃん資格を取るために勉強ばかりしてたもんね? 恵斗くんと、ろくにデートもできてなかったでしょ。可哀想。だからね、亜子がね。仕方なく慰めてあげたの」
信じられなかった。
確かに、最近の私は宅建を取るために勉強する時間を作っていた。会社から資格手当が出るということで、正直なところ必死になっていた。
しかし、結果的に恵斗をほったらかすことになり、こんな風に浮気されるザマとなった。
相手は実の妹ということだけは予想外だけど。
声を荒げたかった。ふざけるなと二人の胸ぐらを掴んでかかりたかった。だけど、そうしたら、自分がますます惨めになりそうで、グッと堪えた。
一度だけ、二人をじっと見た。口元が緩んだ、だらしない顔をしていたのが印象的だった。
さよなら。と、心の中でつぶやいた。
私はそのままリビングから出た。玄関で靴を履いて、行き先もなく、夜の街に出た。
彼氏が妹と浮気をしたことで、実家暮らしだった私は、おかげで家を出る決意を固めることができた。
もう亜子とはしばらく顔を合わせたくなかった。
恵斗とは付き合って一年になる。出会いは、合コン。商社勤めで、タバコもお酒もしない好青年。
彼の隣にいるためには、自分を信じられる何かが欲しかった。今ちょうど、バラバラに砕け散ってしまったけど。
しかし、恵斗と別れたことで、ますます資格勉強にも身が入るようになった。辛い出来事と直面したくないがゆえなのか。かえって集中力が上がった。何か夢中になれるものがあることは、良いことだと信じてやまなかった。1分が秒で過ぎていった。
浮気されたおかげとは言いたくないが、無事、宅建の資格も取得することができた。
失恋で傷ついた私は、本当の自信を手に入れることができた気がした。それからは仕事に生きることに専念した。
妹とはもう半年も顔を合わせてはいない。きっと、まだ実家にいるはずだ。だけど、今年は正月に家に帰っていないから、どうなっているかはわからない。
そんなある日のことだった。突然、妹から連絡が来た。内容は『お母さんが大変』というものだった。何事かと思い、すぐに携帯に電話をした。
『あっ。お姉ちゃん』
妹の第一声は、軽かった。突き抜けるほど、元気だった。
「お母さんがどうしたの!?」
間髪入れずに、状況を聞いた。そしたら、
『え? あーね。さっき韓国ドラマ観ててさ、めっちゃ号泣してたの! それが、過呼吸になるんじゃないかってくらいだったから、ついお姉ちゃんにメッセージ送っちゃったの』
はっ?
言葉を失った。そうだった。
亜子は根本的に構ってちゃんなところがあったのだ。おかしなことをして他人の気を引く癖がある。本当に呆れた。
私は、思わず額に手を当ててしまった。
「はぁ。……もういいや。恵斗とはどう?」
そんなことを聞けたのは、完全に気持ちが吹っ切れたからだろう。
私は仕事が順調で、最近では友達の紹介で、いい感じの男性ができていた。
だから、雑談の一環として、気軽にそんなことを聞けたのだろう。
『……はぁ?』
そしたら亜子の冷たい声が耳に入った。先ほどまでの温度感とは全然違う。
『お姉ちゃん何それ嫌味? 恵斗くんとは、あれから会ってないよ』
「えっ?」
耳を疑った。
『なんかね、亜子、恵斗くんに"可哀想"とか"慰めてあげた"とか言ったじゃん? それがムカついたみたいでさ。「俺は慰められるような男じゃない」とか言ってさ。それっきり。風の噂では、女関係にだらしないのがバレて、昇進にも影響あったらしいよ』
亜子は、ヤバいよね〜と続けた。その声は、楽しんでいるようにも聞こえた。
……何それ。
馬鹿みたいな浮気をするくらいだから、今も馬鹿みたいに関係を持っていると思っていた。
こんなにあっさり関係が途切れちゃうことってあるんだ。
恵斗も恵斗だよ。社内に広まるってことは、他にもヤバいことしてたんじゃない?
好青年だと思っていたのに。人は見かけによらないものなのかもね。
亜子は続けた。
『しかも、恵斗くんと浮気したのがバレて、本命の彼氏に別れ話も切り出されるし〜。本当に最悪っ。最近は何もかもだるくて、仕事も辞めちゃった! ……ねぇ。お姉ちゃんって今どのくらい貯金ある? 亜子にお金貸してくれない?』
彼女が媚びるような声を出してきた。本当に気分が悪い。
私はスマホを持つ手に力が入った。
「甘えるんじゃないよ! バカ! 私がどんな気持ちだったかわかってるの? 自分がしたことの責任はしっかり自分で取りなさい! さよなら!」
そう言い切ってから、通話を切った。再び、亜子からの着信が入ったけど無視した。
——亜子は恵斗を寝取った。(逆かもしれないけど、もうどっちだっていい)
結果的に二人の関係は上手くいかなかった。
リスクがある関係は長くは続かないものだということを思い知った。
亜子は、今お金がない。かつて馬鹿にした姉にまで、お金をせびるようになったなら、おしまいだ。自業自得というものだろう。
私と亜子は、物理的に離れた場所にいる。もう彼氏にちょっかいをかけてくることはないだろう。
これから私には、穏やかな日々が待っているはずだ。
お互い自分の人生の責任は、自分でしっかり取って生きていこうね。ねっ。亜子。




