閑話 第3話 遊んでほしいそうだ
イルミンスールの森 シャルラン湖 湖畔
- 第6紀 349年8月19日(水曜日)8刻
「さてさて,終わったようだね.」
魔人が歩いてくる.パチンと指を鳴らすと,ル・ルーが切りつけて股間を押さえてもがいていたヅォークの首が飛んだ.右手を切られたヅォークは首を左右に振り,魔人を恐れ後退る.魔人はつまらなそうにして,再度,パチンと指を鳴らすと,そのヅォークも首が飛んだ.ル・ルーは何が起こっているのか理解できなかった.魔人はただ不要なお荷物を処分しただけだ.
「ル・ルー殿,先ほどから言っているのだが,ヅォークどもは遊んでほしいそうだ.」と,魔人はニタニタしながら,ル・ルーの顔の前まで近づいて,そう言った.やや灰色がかった肌の色をしており,黒い目に燃える炎のような瞳でル・ルーを見つめる.
ル・ルーは負けた.魔人のあまりにも規格外の強さを見て,ル・ルーは250恊年も武術に打ち込んできたのに,ヅォーク 一匹を殺すのがやっとだなんて,これまでの鍛錬はなんだったのか,まだ十分ではなかったのかと思うと,涙がにじむくらい悔しかった.今までの鍛錬の日々を思い出し,勝つためには何が足りなかったのかと,この期に及んで試合に負けた時と同じように脳内で一人反省会をして,一瞬考え込んだ.
ふと,物思いから覚めると,一匹のヅォークが腰巻を脱ぎ始めていた.ル・ルーはそれを見て,
「い,いやぁぁぁっ!」人生で初めて女らしい恐怖の悲鳴をあげた.
イルミンスールの森 シャルラン湖 湖畔付近
- 第6紀 349年8月20日(土曜日)3刻
「森長様が……魔人に……」
そう言い残して,セシルは息を引き取った.巡回部隊がとてつもなく広いイルミンスールの森の中から行方不明になっている森長を探しに来ていたところで,セシルをやっとのこと見つけた.両足はなくなり,背の方は一面炭化していたし,表の方もやけどで見られたものではなかった.凛々しく美しかった彼女がこんなひどい死に方をするなんて,女性ばかりの巡回部隊の隊員たちは涙した.重要な情報を伝えるために,この状態でよく生きていたと,ほめてあげるべきかもしれない.
「た,隊長,こちらにも炭化した遺体があります.バラバラになっていて,もう,誰だかわかりません.」
「森の木々が広い範囲でなぎ倒されています.相当強力な爆発系魔法だと思います.」
巡回部隊の隊員たちは口々に言う.隊長であるエリザベート・ラ・フィーユヴェルトはセシルの死に目を見て,怒りがふつふつと湧いてきていた.
「森長様がこの辺りにいらっしゃるようだ.それと魔人がいるぞ.全員,戦闘態勢!」
全員が緊張しながら,森を進む.やがて木々が切りとられたとしか表現できない場所にでた.約30000平方メルテの広さで,森の木々が根本だったり,半分の高さだったり,まちまちの高さで切り倒されていた.動くものの気配はなく,まったく静まり返っていた.森にいるはずの数々の動物たちが全く姿を見せない.あまりにも雰囲気がおかしすぎる.巡回部隊は慎重に森が切り倒されたところをさらに進む.
「隊長,あの木の上に何かありませんか?」
「全員,隠れよ.」【【探知 魔族】魔法で,周りに魔族がいないか警戒する.魔法では魔族は見つからなかった.
「よし,進むぞ.あれを確認だ.」
「た,隊長.木の上に置かれているのは,く,首ではありませんか.」
隊員の声は震えていた.2メルテ*の高さに揃えて5本の木がきれいに切られている.そこに5つの首が湖の方に向けて,置かれていた.巡回部隊は恐る恐る近づき,湖の方から誰の首かを確認した.
隊員の一人が腰を抜かし,しりもちをつく.そして,もう一人が恐怖のあまり気を失い,横向きに倒れ込んだ.残りの隊員はがたがたと震えていた.
首は森長とル・ルー隊長,ミシェル,ソレーヌ,ミレーヌの姫騎士隊の面々である.首が置かれていた木の側面には首から下の部分が杭で打ち付けられていた.全裸で,首を下にして,あらぬ格好で固定されていた.彼女らの尊厳を踏みにじり,完全に侮辱していた.しかも,残虐非道で悪趣味過ぎた.
「おのれぇ!魔族どもがぁ!!」エリザベートは,喉がつぶれるかと言うくらい大声で叫んだ.
腰を抜かした隊員が木を指さす.そこには
[湖を眺める華麗で妖艶なエルフたち 作 グシオニブブ]と書かれていた.
その10恊年後,第6紀 359年1月下旬にも“中断のグシオニブブ”が現れ,同様に次の森長を殺害し,森長の遺体を使って,イルミンスールの森に忌々しい“作品”[燦然たる日光を浴びる裸のエルフ 作 グシオニブブ]を残していった.
この時にもエリザベートは偶然近くにいて,その場面を見ることになった.魔族どもの蛮行にはらわたが煮えくり返る思いで,その場の復旧を手伝うことになった.
この2回の四魔殺 襲来と時を同じくして,魔族軍 |四魔将《クワド アルバア シャヤティン》 威風堂々のキマリザルドがイルミンスールの森の南部に攻め込んで来ており,エルフ軍は少なからず被害を受けていた.キマリザルドの個人の魔法戦闘技能が高いだけでなく,その指揮官としての才覚もただならぬものがあった.イルミンスールの森が手助けしてくれているから,エルフ軍は対等に戦えているようなものであった.
*) メルテ : 長さの単位.神話時代のドワーフ王,ゲオルク王の最愛の妻,メルテ夫人の身長として定義されていたが,第3紀に第20魔法領域の半径として,再定義された.なお,ドワーフ女性でも身長1メルテはかなり背が低い.小人族の女性くらいの身長である.




