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閑話 第2話 良い響きの名前だな

イルミンスールの森 シャルラン湖 湖畔

- 第6紀 349年8月19日(水曜日)7刻



「「森長(もりおさ)様!」」

突然,姫騎士隊隊員であるアデールとセシルが恐怖を含んだ声音で叫ぶ.

ル・ルーは隙を見せないように振り向くと,森長と戦っていたはずの魔人が森長の生首を持って,楽しげな足取りでこちらに近づいてくる.

「そ,そんなこと.」ル・ルーの声は震えていた.

森長はイルミンスールの森で最も魔法にたけており,最も強いから森長の地位にいたのだ.その森長が殺された.しかも,こんな短時間で.


「アデール,セシル.あなたたちは走って,大婆様に状況を伝えるのよ!ここは私がくい止めるわ.」

「しかし!」「隊長!」

「早く行きなさい!」

「はっ!」「ううっ,はい!」泣き虫のセシルはもう泣いていた.

二人は森の奥へ走り出す.


「マドモワゼル,部下を逃がすとは,けなげだねぇ.大婆様とやらに連絡しなくても,森の目立つところにこの首を飾っておくから,すぐにどうなったか他のエルフたちも理解できるのだがね.」


魔人は“魔力励起”すると,2本の黒いいびつな角がまるで光を吸収したかのように黒角の間の空間が暗くなる.人指し指でアデールとセシルが走っていった方を指さし,魔法を発動すると,黒い魔法が飛び,森で大爆発が起こり,木々が薙ぎ払われ,森にいた鳥たちが驚いて一斉に飛び立つ.

「アデール!セシル!…おのれぇ!」


魔人が現れてから,イルミンスールの森の木々が魔人やヅォークへ向かって,魔力励起して魔法を撃とうと何度も試みている.ここはエルフの森なのである.森の木々はエルフの味方であり,エルフたちが危機的な状況になれば,魔法で援護してくれる.


そのはずなのにすべての魔法が魔人によってキャンセルされている.そして,魔法を使えるような樹齢数百歳の老齢な木々が軽々と狩られ続け,次々と切り倒されていく.周りから木が倒されるドーンという音が幾度となく聞こえる.普段なら生い茂った葉っぱで空が見えないはずなのに,ココでは満天の星空と赤い第3の月“クリス”が見えている.


ヅォークがブヒブヒ言っている.魔人が魔族語でそれに答える.ヅォークがブヒブヒ言って,その後,皆でニタニタ笑い合っている.言葉はまったくわからなかったが,ル・ルーにはろくでもない話題であることだけはわかった.


「私はグシオニブブ,“(マウト)(アルバア)(シャヤティン)”の一人だ.マドモワゼル,名前を聞いてもいいかな?」

「クリスティーヌ・ル・ルー.姫騎(シュヴァリエ)士隊(ヴィエルジュ)隊長よ.」

「ほう,月の女神から取ったファーストネームはありきたりだが,ル・ルー殿と言うのか.良い響きの名前だな.ヅォークたちが遊んでほしいらしい.相手してやってくれ.」

「ちっ!」

2匹のヅォークが攻撃し,残りの5匹は逃げ道をふさぐように遠巻きに取り囲んでいた.マギアス(魔法使い)であれば【物理絶対防御(アンキリア)】魔法に頼って武器による攻撃を防御するが,魔法が得意ではなかったル・ルーは足さばきと槍を巧みに使い,ヅォークたちの攻撃を躱し続けていた.あの魔人がいるので,魔法に頼ってはならない.ヅォークたちはまったく本気を出しておらず,ル・ルーの武器や腕,足などを狙い,明らかに戦闘不能にすることを目的に攻撃を仕掛けていた.


「なめてるんじゃないわよ!」

下から上に振り上げた槍が正面のヅォークの槍を真っ二つにして,ヅォークの鎧を切り裂き,傷を負わせた.しかし,致命傷にはなっていない.ヅォークの厚い脂肪とさらに厚い筋肉によって,急所に届いていないのだ.ル・ルーの体重が軽いため,全体重を乗せてもなかなか急所に届かない.


ル・ルーの槍は輝月銀*でできており,先端が二股に割れたような刃のある槍先になっている.これはマナ叉といい,音叉のように,特定のマナ振動を付与し続けるものだ.このマナ叉によって,【魔法障壁(マナバリーレ)】などの魔法陣を破壊し,物理攻撃を通している.強い魔法が使えないル・ルーにとても合っている武器である.

「ほほう,おもしろい武器だな.」と,魔人は言い,魔族語でヅォークたちに命令をだした.


けがをしたヅォークは後ろに下がり,別のヅォークが前に出て来た.ミシェルを殺した奴だ.こいつらの中で一番醜い顔をしている.手に持っているのは先端が黒い金属でできた槍である.

「魔鉛鋼*なの?」

「マドモワゼル,よく知っているな.刺されたら,呪われるぞ.ははは.」


ル・ルーは慎重にヅォークと対峙する.

魔鉛鋼の槍を持っている奴が主力と見せかけて,後ろいる奴が先に動き,足を狙って来る.ル・ルーはきれいにその場で回転し,後ろのヅォークの右手首を切り落とし,前のヅォークの槍と合わせる.キーンと,良い音が響き渡る.

「ダンセ・デュ・ヴァン流槍術,第3の型 円華(フロレゾン)(シルキュレール).」


後ろのヅォークは左手で右手首をかばいブヒブヒ言いながら下がり,別のヅォークに交代する.

「ほほう,武器が良いだけでなく,技術もあるとは.ル・ルー殿はお強いのだな.…おい!お前たち,ゆっくり遊ぶ時間はないのだぞ.どうせお前たちは死体でも別に構わないんだろ? おっと,エルフ語だった.」と言い,魔族語で話し始めた.


「死体でも別に構わないとは…どういう意味よ.」と,ル・ルーはミシェルとソレーヌ,ミレーヌの遺体を見た.こいつらはル・ルーが思っている以上にろくでもない奴らだと気づき,

「お前たち,そんなことが許されるとでも,思っているのか!」

命令を受けたヅォークたちは,明らかに白けた顔をしており,そして,思い直したように,恐ろしい殺気を出してきた.ル・ルーはどうやら,遊びの時間は終わったようだと,理解した.


ル・ルーも長期戦を意識して戦っており,体力を温存していたのだが,短期決戦になると考えて,隠していた本気を出すことにした.

一瞬でとんでもない速度でミシェルを殺したヅォークに肉薄し,相手の槍を躱して,心臓に槍を突き刺した.

「ダンセ・デュ・ヴァン流槍術,第1の型 瞬跳舞(ソー デクレール).」

そのヅォークは愕然とした顔をして自分の槍を落としてよろけるが,寸前で踏みとどまる.槍が心臓に刺っているのに,ル・ルーの槍をがっちりと握り返し,槍をひねる動作をさせないようにしっかりと固定する.

「なぜ?なんで死なない.」


根性さえあれば,心臓を刺されても数周秒は生きていける.ル・ルーは槍を全く動かすことができなかった.体重56グラン*のル・ルーと254グランあるヅォークとの体格の差は如何ともし難い.槍が抜けない間に,後ろヅォークが迫り,槍で足を狙って来る.ル・ルーも自分の槍を手放し,落ちていた魔鉛鋼の槍を足で蹴り上げ,後ろのヅォークを下から槍を振り上げる.

「ブヒッ!」

そのヅォークはその場で,血だらけの股間を押さえて,ブヒブヒともがいている.心臓を突き刺されたヅォークは最後の力で,ル・ルーに抱きつき押し倒す.

「うわっ!」

ル・ルーはヅォークの下敷きになり一瞬動けなくなる.


勝負がついてしまった.


覆いかぶさっているヅォークは死に,ぐったりと動かなくなった.ヅォーク2匹が走って近づき,ル・ルーの両手をそれぞれ締め上げて,動けなく拘束する.

「ヅォークどもめ!くっ!殺せぇ!」



*) 輝月銀 : エルフ銀ともいう.錆びず,軽くて,丈夫で,邪悪な力を打ち消し,不死のものに致命傷を与えることができる金属.一般に言う「ミスリル」のこと.


*) 魔鉛鋼 : ゴブリン鉛ともいう.錆びやすく,重くて,柔らかく,聖なる力を打ち消し,定命のものに“短命の呪い”を付与することができる金属.鉄などの固い金属の上に魔鉛を溶着させて,不死の力で腐食させたもの.


*) グラン : 重さの単位.神話時代のドワーフの王,ギルベルト王が所有していたアーティファクト“不変の分銅モノグラン”の重さ.0.1×0.1×0.1立方メルテの容器に水を満たしたときの質量とほぼ一致する.1000グラン=1トン.このアーティファクトは行方不明になっているが,レプリカをユグドラシル中央図書館,聖山アラマト大神殿宝物庫,神聖ミカエリアス教会国 土極教会,ハイドワーフ アイゼンベルグ家が所有している.




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