第16話 プッペンスタット魔族襲撃事件
魔族軍 マッサクレ湖畔前線基地 作戦会議室
―第6紀 369年9月55日(水曜日)4刻
「準備は万全です,ベレドゥラム大将軍.アルパ作戦,ベルテ作戦とも,勝率95%前提条件が成立.いつでも進攻をはじめられまス.不確定要素はないはず…でも…」と,考え過ぎのウァサーゴシュラゼズスは勝利できると断言し,その後,いつもの癖で考え込んだ.
緑,濃い緑,黒の3色の鱗がきれいな模様になっている彼が,考えるポーズはなかなか様になっている.リザードマン訛りが若干残っているが,他の魔族と同じようなきれいな発音をしている.口の構造が他の魔族と大きく異なるため,リザードマンは同じ言語を話しているとは思えないほど,聞き取れないものが多いのだ.
「よし,明日進行開始だ.」最後の部分は彼のいつもの独り言なので無視して,激発迅雷のベレドゥラムは作戦決行を宣言した.彼が魔王から北征の責任者に任命されていた.
「だが,過剰戦力ではないのか? マギアスが10名程しかいない街を攻め落とすのに8万の兵力で攻めるなど.」と,威風堂々のキマルザルドは暗に楽勝すぎるだろうと言ったのだが,
「いいえ,あの街の“白の魔法使い”は相当の実力でス.偵察隊を軽々と全滅させ,危うくこのマッサクレ湖畔前線基地を特定されるところでした.とても恐ろしい女でス.」
壁守としてプッペンスタットを守っていたエリーを魔族軍はとても高く評価していた.エリーがいつも白い魔法使いローブを着ていたため,魔族からは“白の魔法使い”と呼ばれていた.まるで第5紀の天才マギアスであり,そして,第5紀において最も魔族から恐れられていた女マギアス “白のアリエル”に倣ってそう呼んだかのようであった.
「それにあの街を落とすのはアルパ作戦の要でス.大人数での転移陣展開の実地訓練も兼ねています.本番はズーデンヴァルトの裏側で転移陣展開作戦を成功することでス.」
「うむ,承知した.」
「今回の攻略もグシオニブブ殿がキーになりまス.マギアスの内,強いものは“白の魔法使い”を除くと3者だけでス.よろしくお願いしまス.」
「わかったぞ,ウァサーゴシュラゼズス殿.ああ,それにしても,マリアンヌのそばを離れて仕事するのはめんどうだな.マリアンヌ,しばらくお留守番をしておいてくれるかね.いい子でいるんだよ.すぐに帰ってくるからな.ウァサーゴシュラゼズス殿,マリアンヌを預けておいてよいかね.」
「ええ,もちろんでス.」
「手を出したら,殺すからな.」
「食べたりしないでス.安心して作戦を実行してください.」
「そういえば,リザードマンは鱗がない女性に興味がなかったな.」
「シャシャシャ.」と,愛想笑いのような苦笑いをした.ウァサーゴシュラゼズスにはマリアンヌはただの熟成肉にしか見えなかった.
「さて,アルパ作戦を開始する前に再度説明しまス.まず,別動隊が敵の監視塔3つ付近に“組み立て転移門”を設置し,順次,グシオニブブ殿が転移して,監視塔を沈黙させまス.
足の速い第一陣 8隊で街の1.5キロメルテの位置に組み立て転移陣を設置,第二陣の転移門設置部隊はこのマッサクレ湖畔前線基地から第1陣が設置した転移門を通過して街の1.4キロメルテの位置に254門の転移陣を設置,第3陣として,キマルザルド将軍率いる軍団は第2陣が設置した転移門を通して順次転移,目標の街に接敵します.
第一陣は転移陣を持って北に移動し,そこからグシオニブブ殿が監視塔から街壁付近に転移し,北側から街に接敵しまス.転移終了後,第2陣の半分はこちらに帰還してください.
ソーサラー部隊が街を一囲みしたところで,グシオニブブ殿を中心に大規模広域魔法【魔法中断】で街の魔法陣を停止,【壁歩き】の魔法をかけて,街内に侵入と同時に戦略級攻撃魔法で高い建物を破壊.後は物量でマグニルたちを殲滅しまス.いいですか,白の魔法使いは強いでス.全力で潰してください.」
「もし,マグニルが箒で街外に出た場合,ベルテ作戦に移行しまス.魔法の物量でマギアスを撃墜しまス.もし撃墜できなかった場合は,行き先はズーデンヴァルトになりますから,そのままマギアスを追いかけてズーデンヴァルトへ奇襲をかけまス.私に連絡してください.連動して,私の軍団をクブールからシグリス河を渡河して,ズーデンヴァルトを強襲しまス.
後は,転移門を使って,上手にズーデンヴァルトの内部に侵入するだけですから.要は,ベルテ作戦はズーデンヴァルトが1恊日早く陥落するわけでス.兵士たちにムリがかかり,損耗が増えることが予想されるのでできるだけ避けたいでス.できるだけ,マギアスを逃がさないようにしてください.」
「アルパ作戦に戻りますが,占領後,本体は休息し,工作部隊は街を駐屯基地に改造しまス.その後の作戦は現地で協議しまス.占領翌日にはズーデンヴァルトを南北から挟み撃ちにしますから,兵には十分な食事と休息をお願いしまス.現地には1万人くらいの人がいますから,食料には困らないと思いまス.ひさびさに“人”が食べられまス.楽しみでス.」と,下をチロチロだしていた.
プッペンスタット街壁の外側
―第6紀 369年9月56日(土曜日)4刻
「よし,ここまでは順調だな.」
訓練の成果もあり,転移陣の設置から進軍まではかなりきれいに進行することができたことをキマリザルドは満足げにそう言った.
「将軍,塔から魔法が来るぞ.」
街の一番高い塔がピカッと光ると同時に
「うごっ」ドゴーーーーン.
爆音が響き渡り,キマルザルドのほんの目の前にいたヅォークたちが業火にのまれ消滅する.街の塔からの砲撃で直線状に一列空白ができる.キマリザルドは恐れるそぶりすら見せず堂々と立ち尽くし,兵を前進させる.
「前進!前進だ! おい,下がるな!」と,砲撃を恐れ3歩下ったゴブリンを殴り倒す.少し殴りかたが強すぎたようで,ゴブリンの首があらぬ方向に曲がって,そのまま動かなくなった.
「ちっ!」
「ソーサラー部隊はまだ配置に着かんのか! 急がせろ!」
魔族のいろいろな種族のソーサラーたちが街壁を一周するように手を繋いで大きなソーサラーリングを作っていく.グシオニブブの両隣の魔人だけがグシオニブブと手を繋がず,彼の蟀谷に親指の付け根を押し付けている.そしてグシオニブブも手を両隣の魔人の蟀谷に親指を押し付ける.魔法陣はグシオニブブが提供し,魔法発動中心は両隣の魔人が担当する.
彼が超広範囲【魔法中断】を発動させると,高い塔の攻撃が停止し街壁の防御結界が消える.両隣の魔人は魔法負荷に体が耐えられず,頭が吹き飛ぶ.そして,首から噴水のように血を吹き出しながら,ゆっくりと倒れる.
「第1~第24大隊まで 街中に突入.第25~第36大隊まで突入準備.他の大隊は待機だ.」
「連絡兵,砲撃による損害を連絡せよ!」
「監視兵は街壁の高いところから,こちらに視覚を回せ!」
「たかがマギアス3人殺すのにどれだけ時間がかかっているのだ!グシオニブブ,あそんでいるのではないだろうな!」
「監視兵から連絡,グシオニブブ様が敵最後の一人,“白の魔法使い”と直接対峙されているとのこと.」
「よし,もうすぐ片が付くな.全軍,整列! 街中に移動できるように準備だ! 調理班はすぐに晩飯の準備だ!今日の晩飯は“人三昧”だぞ!」
「「「「おー!」」」」
ピカッ!と目が焼けるような強い発光が起こったかと思うと,キマルザルドの周りをとんでもない速度で無数の飛来物がビュンビュン通り過ぎて行ったが,一つが右足の付け根に,さらに一つが左の膝に直撃し,両足が吹き飛んだ.周りの兵士たちも街壁を形成していた魔導レンガなどの飛来物が当たり,肉片に変わっていく.
足を失ったのとほぼ同時に,とてつもない爆風によってキマルザルドを含む数万人の兵士全員が吹き飛ばされる.鼓膜が破れ,音が聞こえなくなる.恐ろしい熱波が襲い掛かってくる.キマルザルドは吹き飛ばされた後で地面をゴロゴロ転がった.
「ぐがぁああああああぁっ!!」
あまりの激痛に,さすがのキマリザルドも叫び声をあげる.手を使って,匍匐前進して街から離れる.周りのヅォーク,ゴブリン,コボルド,オーグル,トロールたちの全身がバラバラの肉塊になって,死んでいた.キマルザルドだけが生きていることがまるで奇跡のようだった.空を見上げる.巨大な火球がゆっくりと上昇しているのが見えた.
「これを“白の魔法使い”がやったのか? グシオニブブはどうなった? …我々は“白の魔法使い”をなめていたのか?」
皮膚がチリチリ焼ける.熱過ぎる.体中が痛い.
「ウァサーゴシュラゼズス! 失敗だ! ゴホ,ゴホッ.わしを転移させろ!ここから救い出せ!誰か,誰か返事をせよ!」
彼の世界は静寂に包まれていた.
ヴィッセンスブルク イルミナウ区 リエリの家 3階
―第6紀 369年9月58日(火曜日)1刻
ダン!
エリアーヌはリエリの部屋のドアを勢いよく開けた.
「ふぁっ!」爆睡していたリエリは驚いて飛び起きた.
「リエリ!大変よ!エリーちゃんが!」
第6紀にも新聞はあったが,紙1枚両面程度の簡単なものであったし,情報がかなり遅かった.プッペンスタットが魔族に襲撃されて,街が壊滅したような大事件でも新聞に載ったのは翌々日であった.
[ プッペンスタット街 壊滅.
ズーデンヴァルトの北にある街 プッペンスタット街(人口:14,000人)が魔族に襲撃され,街が壊滅しているとズーデンヴァルト軍が発表した.襲撃時に街の住民の多くは取り残されていたが,現時点で壁守 エインズワース準爵,マクローリン市長を含む約1万人が行方不明になっている.軍の話では彼らの生存は絶望的であるとのことである.プッペンスタット街の跡地の周辺に数万匹の魔族の死骸が発見されているとのこと.何が起ったのか,ズーデンヴァルト軍が調査を行っている. ]
リエリはリビングで新聞を読み,再度,読み直した.なぜか,二回読んでも,意味が理解できなかった.
「ねぇ,パパ ママ これ どういう こと?」
新聞を持つリエリの手は恐ろしく震えていた.
目の前が歪んで見える.
リエリは立っていられなくなり,床にぺたんと倒れるように座り込む.
「「リエリ!」」リエリの両親は両脇を支えてリエリを椅子に座らせた.
「エリー? 行方不明? 絶望的? アンジェは? パスカルは?」
「ねぇ,リエリ.落ち着いて.だれか詳しく知っている人は?」
すると,玄関の扉が雑にドンドンドンとたたかれている.エリアーヌが玄関に行くと,クロエが箒を持って立っていた.泣いているクロエは挨拶も適当にリエリを見つけると,抱きついてきた.
「リエリ,ぐすん.エリーとアンジェがね.ぐすん.魔族に殺されたのよ!うううう,うわぁぁん.」
「うそ うそよ. この前ね. また 6人で あそぼって 約束した もん. うううう,うわぁぁん.」
「おぎゃぁ~.おぎゃぁ~,…」妹のラファエリーナまで,エリーとアンジェの死を悲しむかのように泣き出した.リエリとクロエはそのまま泣き続けた.
「パスカルとも連絡がつかないの.【念話】が届かないの.」
おおよそ1刻後,何かできることがあるのではないかと,二人で話をする.
「何 してるの? パスカル! エリーと アンジェが ・・・・.パスカル どうして 大事な 時に いない の?」
「あっ,ウィリアムから【念話】がきた.ちょっと待って.…もしもし,わたし.うん,今リエリの家にいる.うん,こっちに?うん,待ってる.…ウィリアムもこっちに来るって.」
ウィリアムが来るまで,20周分くらいは待ったと思う.二人とも黙ったまま,待っていた.
「すまん,待ったか? パスカルは今ズーデンヴァルトにいるぜ.昨日の朝には現地へ行ってて,現地の惨状を見たらしい.エリーとアンジェは,…….本当に残念だ.何でこんなことに.クソ魔族どもが!許さない!許せるわけがない!」
「私たちもズーデンヴァルトへ行く?」
「たぶん,パスカルは軍の人に事情を聞かれているから,連絡がつかないんだと思う.行っても,邪魔になるだけさ.パスカルは,…ぶちぎれているぜ.」
「「!」」
そう聞いて,二人は黙った.
「パスカルがヴィッセンスブルクへ帰ってきたら,オレから連絡するさ.それまで,二人は待っていてくれないか?」
「うん,私たちには今すぐにできることはないのね.大切な友達が亡くなったのに,何もできないなんて,私….」
「そんなことはない.もうすぐできることがたくさん増えるから,どうするか考えておくといいさ.」
リエリは新しい情報がないかと,翌朝早起きして新聞を読んだ.それには,
[ 北方改革派が壁守制度廃止を再提案.
北方改革派の代表であるアイゼンシュタット街の領主クライトン賢爵は,プッペンスタット魔族襲撃事件の再発防止策として,すべての街に領主が必要であり,現在の壁守制度には軍事的,政治的に大きな欠陥があるのではないかと,再度,廃止案を再提出すると発言した.なお,本年に実施された壁守総会で同案は否決されていた. ]
リエリはイラッとして,新聞をビリビリ破った.
「あっ,リエリ.…パパ,まだ新聞読んでないのだけど.」
リエリは父ジョエルをにらみつけた.
「パパ 嫌い!」
「なんで??」




