第15話 壁守総会にて二人は再開する
ヴィッセンスブルク大学校 38号館 110号教室
- 第6紀 369年7月2日(火曜日)2刻
「さて,今年は3年に一度の壁守総会があります.来週の授業は壁守総会に参加します.といっても,観覧席から見るだけです.再来週にレポートを作成してもらいますので,しっかり聞いて,メモを取っておくのですよ.」
(校外 学習!)
リエリは退屈な授業に飽きていたので喜んでいた.
翌週,ヴィッセンスブルク公会堂にて,“壁守総会”が行われた.すごい人物がすごい数集まっている.
「ねえ,あの子が噂の子よ.」
「ふうん,見た感じ普通の子じゃない.どういうつもりなのかしら.」
(声が大きくて,聞こえてるよ.ほんと嫌な感じだよ.)
エリザリーナは思った以上に噂になっており驚いたが,一部の壁守に否定的に受け取られていることは知っていた.もちろん,前壁守アビゲイルを断罪裁判にかけて有罪にしたことについて批判されたのである.
マジメな彼女が前壁守アビゲイルのあまりにもひどい所業を許せなかったのでそうしたのだが,自分がプッペンスタットの壁守を引き継ぐために,彼女を断罪した方がその後の壁守の立場を盤石にできて有利になると言う計算もあったことは否定しない.エリーは他の街の壁守に否定されようが,自分の信念を曲げるつもりは全くなかった.許せないものは許せないのである.今日はそのことで発言する覚悟で参加していた.
壁守総会に参加するお供に,プッペンスタットからアンジェとメアリーを連れてきていた.
現在,壁守を任命されている者たちの内,正しく法律を守っている者たちはエリーがしたことを否定や心配することではなかったが,全員がそうである訳でもなかった.また,心配性の人は,自分の政敵などに後で貶められる可能性もあるのではないかと考えるのである.いろいろな考えの人たちがいるから,エリーの行動は大きな波紋として広がっていったのである.
壁守は内務省の管轄であるので,内務省役人が司会を行う.
「それではただ今より第69会 壁守総会を開催いたします.まずは内務省大臣ナイセル賢爵閣下より,お言葉をいただきます.」
内務省大臣は30歳後半の若い大臣である.魔法地位も術者級5位と低く,背後に貴族家の後押しがあったわけでもない.内務省の役人から選抜された叩き上げの人であった.運が良かったのは確かであるが,調整能力の高さで大抜擢された.事前に抜かりなく根回しして調整できる人物であった.大臣は短く無難な内容で挨拶を締める.今回の壁守総会は荒れるのを理解しており,集中力を残しておきたかった.
「私は北方改革派の代表として,この歴史ある荘厳な壁守総会に刷新的な提案をいたしたい.」と,北方改革派の代表を名乗る代弁師は,壁守たちの前で堂々とそしてつらつらと壁守制度を廃止して,各街は領主による統治に変更すべきであると.これは改革であると言った.
廃止する理由として,アビゲイル失踪事件をはじめとする3人の女性壁守が起こした事件を例にあげた.この説明の中で,女性は北方改革派の男性が理想とするような女性像であるべきと,押し付けがましい言いようで,廃止の理由を説明したのである.
会場からは盛大なブーイングと野次が起こる.毎回,シャンシャンで終わっているのに,今回はそうとう荒れていた.
内務省の役人であったモーガン女史が彼らの言う女性像について激怒して,代弁師に食ってかかった.発言席まで進んで,反論をはじめた.これには内務省大臣も唖然とし,総会をまとめる側が火に油を注ぐとは思っていなかった.
(勘弁してくれ.)
「聞き捨てなりませんね!改革派などと称しながら,前時代的でカビの生えたような価値観で,あなた方に都合が良いような女性像を良しとするような考え方は,女性マギアスにとって何の益ももたらさない有害な偏見ですね!いったい,何を食べればそんな考え方になるのか教えてほしいものです!特に女性が多い壁守制度を槍玉にあげるのは,女性の統治能力に対する意図的な中傷です!・・・(以下省略)」
「なんか,とんでも展開になったの.」アンジェはあきれた風にそう言った.
「わたしも壁守制度の改革を提案しようかと思ってたんだけど,場を荒らさないでほしいよ.もっと,冷静に話合いできないものかな? …でも,これはいい流れなのかも.メアリー,内務省大臣のところに行って,私からも北方改革派と正反対の提案をしたいけど,この場で提案しても良いか,こっそり聞いてきてくれないかな?」
「わかりました.提案できるように交渉してまいります.」
メアリーは目立たないように大臣と話をして,了承をもらい,エリーに向かって腕で〇をした.
「さて,アンジェ.私たちも参戦しに行こうよ.」
「えっ?わたくしも行くんですの?」
「うん,ひとりじゃ心細いからね.後ろに立っているだけでいいから,お願いだよ.」
「どの口が言っていますの.自信満々ですのに.前に行くからには,わたくしも参戦しますの.」
と,エリーとアンジェは発言席へ向かう.噂の人物が壇上に上がると,会場は静まった.
「プッペンスタットの壁守,エリザリーナ・フォン・エインズワースです.わたしも議論に参加させてください.北方改革派の皆さまの斬新なご提案拝聴させていただきました.また,内務省モーガン女史,女性視点での反論ごもっともと思います.わたしは壁守になって,3年にも満たない若輩者ではございますが,北方改革派の皆さまと同様に壁守制度には大きな欠陥があると思っています.しかし,壁守制度は法制度を見直すことで,より良い形に発展可能であるとわたしは考えております.」と,丁寧に話し始めた.
エリーは刑の裁量に最低刑と最高刑を定めておいて,不必要に重い刑にならないように,かつ,軽すぎる刑にならないように法整備することと,追放刑や魔力強制徴収刑のような重犯罪の執行には3人の壁守で協議して2人以上の合意が必要なようにすること,つまりは壁守が一人よがりで好き勝手できるようになっていることを是正することを提案した.そして,この新制度を維持するために壁守の椅子の数を増やすことを提案した.
リエリは観覧席でマジメにメモを取っていたが,途中から場が荒れ始めると,唖然としてただ様子を見ていた.リエリは壁守育成課程を受講していた時にも,一度,壁守総会を見に来ていたのだが,その時とは大違いで,今回は喧嘩みたいになり,どうなるのだろうとハラハラしていた.そこに,白い魔法使いローブを着たエリーが出てきて,颯爽と場の賛同をまとめていった.なんとなくリエリには,エリーとパスカルとで考えた提案だと思った.もちろん,その通りである.
「わたしは壁守には法令をつかさどるものとしての守るべき矜持があるように思います.ご清聴ありがとうございました.」
内務省大臣が立ち上がり,拍手を送る.すると,かなりの参加者からも盛大な拍手が起こった.
(エリーは やっぱり すごい. こんなに 堂々と 自分たちの 意見が 言えて, しかも,皆に 認められる んだもの.…わたし,3恊年 何を してたん だろう. 大学校に いたころは,隣に 並んでいれた のに,今は 舞台の上と 観覧席の 隅っこなんだ. はぁ…なんで こんなにも 差が あるんだろう. わたしが こんなの だから, パスカルは エリーを 選んだ のかな.)
リエリは急に悲しくなり,目尻に涙を浮かべた.そういえば,パスカルにはあれ以来会っていなかった.
(パスカルは どうして いるの だろう? いや, エリーと 一緒 なんだろう けど.)
総会は北方改革派の提案を反対多数で棄却し,エリーの案を概ね了承して,詳細について検討を継続することになった.授業的にはレポートが書きやすい内容だったが,リエリは内心凹んでしまった.とぼとぼと観覧席から階段を下りて地上階へ降りていくと,ばったりとエリー,アンジェ,メアリーの3人に出くわした.
「あれ?リエリ!」
「会長,こんなところで何をしているの?」と,アンジェにがっちり腕をつかまれてしまった.
リエリは内心エリーから逃げたかったのだが,引き止められてしまった.
「エリー お久しぶり です. えっと 補習 授業だよ. アンジェ,あれ以降 どう?」
「あれの件は内緒ですの.」と,アンジェは小声で言い,エリーとメアリーを見る.
「わかった.」と,アンジェだけに聞こえるように答える.
「あの,ガブリエリナ様でしょうか.わたし,エリザリーナ様の秘書をしておりますメアリー・フォスターです.術者級5位マギアス,トールマンです.よくお二人からお話を聞いております.」
「初めまして リエリ です. よろしく お願い します. あの~…本は 燃やしては ダメ です.」
「???」「リエリ!」「…」
「それより,リエリ.どうなったのかな? 実は心配しているんだよ.今日の話,聞いてくれたかな.内務省大臣閣下が壁守の定員を増やしてくれるかもしれないよ.」
「うん,聞いてた. まだ 壁守に 採用 されて ない.」
「あの,エリザリーナさん.よろしいですか?」
突然,女性が割り込んでくる.
「あっ,モーガンさん.」
リエリは舞台上で喧嘩していた怖い人だ,と思った.
「お話しする時間をいただけないでしょうか?」
「わかりました.ちょっとだけ,お待ちください.
リエリ,今度,リエリのうちに遊びに行くから,その時にゆっくり話がしたいよ.約束だよ.」
「うん,わかった. じゃあ ね.」
エリーが知らない人たちに囲まれ,総会の話の続きをし始めた.リエリは一人,振り向いて家に帰った.
ヴィッセンスブルク イルミナウ区 リエリの家 3階
― 第6紀 369年8月74日(天曜日)5刻
「リエリ,ごめん.もっと早くに遊びにこようと思っていたんだけど,壁守のお仕事が忙しくて,時間がなかったんだよ.プッペンスタットは小さな街で壁守が一人だけだから,仕事が多すぎるんだよ.」
「大変 そう.」
「エリーは次から次へといろんなことに首を突っ込むから忙しくなるのですの.関係ないことは放っておいたらいいんですの.」
「アンジェ,わたしは新人だから頑張っているんだよ.」
「そうですの? 最近,おせっかいが好きなのかと思いはじめていましたの.」
「ひどい!そんなことはないよ.で,リエリはどうしていたのかな?」
「う~ん, 大学校 行って, 清書屋で 働いて, 趣味に 生きている そんな感じ? 妹が できた.」
「かわいいですの?」
「ちいさくて とても かわいい.」
エリーは急に真面目な顔をして,両手でリエリの左手を握って,一呼吸した.エリーは今日も白い魔法使いローブを着ていた.そういえば,大学校の時も,よく白い色の服を着ていた.
「リエリ,わたし,知っていたんだよ.リエリがパスカルのこと,好きだってこと,…知っていたんだよ.でも,わたしもパスカルのこと,好きになってしまったんだよ.わたし,わたし….」
「…」リエリは黙って,エリーの瞳をじっと見つめていた.
(やっぱり 知ってて パスカル を とったんだ. ひどい! …でも, …でも, エリーが いなかったら わたし わたし)
エリーは瞳をふらふらさせて,やたらと瞬きを繰り返し,見つめ返していた.
「ずうずうしいとは思っているけど,わたし,リエリとはずっと友達でいたいんだよ.こんな状況になったら,もうダメなのかな?」
「わからない. わたし わからない.…わたし にも エリーに 思うところ あるよ.でも, ここ最近 ひとりで さみしかった. わたし エリー たちが いないと, どんどん ダメに, なって いるの.」
と,心境を打ち明けると,ポロポロと涙がこぼれて来た.
「リエリっ」,エリーはリエリをやさしく抱きしめて,それからぎゅっと抱きしめた.
(わかってる. エリーが いたから パスカル と 一緒に 遊べる 仲の いい 仲間に なれたん だって. 入学式の時, エリー が 助けて くれな ければ, きっと 今も パスカル を 遠くから 見ている だけだった そう 思う. エリーと パスカル が お似合い だってことだって わかってた. 最初から わかってた.)
リエリはしばらく静かに泣き,それからエリーを離した.
「ときどき 昔みたいに 6人で あそぼ.」
「うん,そうしよう.また,連絡するよ.」
「リエリ会長,わたくしたちは仲良しの友達ですの.何があっても,どんなに大変なことがあったとしてもですのよ.」
「うん.わかった.」
太陽のように輝くエリーがいないと,“三日月”であるリエリは輝けない.そういうことだったのかもしれない.
まだ二人にはぎこちなさがあったものの,再開を約束して別れた.
しかし,これが最後になるだなんてリエリは考えだにしなかった.




