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第13話 リエリ,会長になる

ヴィッセンスブルク センテル区 ラ・フォン商会 店員控室

― 第6紀 367年5月28日(天曜日)4刻



「クロエ,リエリ.今日は急に呼び出してしまって,ごめんなさいなの.素晴らしい本を見つけたのですの.新しい世界が開けること間違いなしですのよ.」

アンジェが一人でヴィッセンスブルクへ帰って来て,鼻高々とリエリとクロエにそう訴えて来た.

「どんな本なの? えっと,[女は女同士で,男は男同士で,愛し合えばいいのよ 作者:第6紀のピタゴラスス] えっ? んん?」

「あっ! この 本って, エリーの お姉さん の本だ. ちょっと 読みた かった の.」

「リエリ!あなた,タイトルだけでこれの良さが理解できるんですのね!同士.同士と呼ばせてもらうの.ちなみに,これはエリーのお姉さんが書いた本の写本なの.アビゲイルって言う人物が持っていたものなの.」

「うん, ちょっと 読ませて ほしい.」

「じゃあ,私もリエリの次に読みたいな.」


リエリはさっそく,家のベッドに寝転がり,“例の本”を読み始めた.男男,女女の組み合わせのペアでの,かなりドロドロした愛憎劇だったのだが,あまりにもの面白さに結局朝まで貫徹で読みふけってしまった.要はタイトル通りの本なのだが,第6紀では先進的すぎる代物だった.

(すごい! こんな 面白い 本が 世の中に あるだ なんて!)


さっそく,貫徹のハイテンションのまま,クロエの店が開く前に伺い,クロエに手渡した.

「クロエ すっごく よかった! ぜひ 読んで 見て!」

「あ,ありがとう.私の友達にこの手の本が好きな子たちがいるから,そちらにも進めてみるね.」

クロエはリエリの鼻息の荒さに違う意味で引いていた.


「どうでしたの?感想を聞かせてほしいですの.」と,次の天曜日にもアンジェはリエリとクロエを呼び出した.

「あのね 主人公の レオがね,・・・(とんでもなく腐っているので省略).」と,リエリは5恊分近くこの作品について,語り尽くした.

「同士!」アンジェは両手でリエリの両手を優しく包むように手を握った.

「同士!」今度はリエリがアンジェの手を同じように握り返す.

「…」クロエはあきれていた.


「同じような作品がたくさんあるんですの.これが一番の良作だから,他のはちょっと残念なところもあるのですけど,当然他のも読んでみませんこと?」同じようと,アンジェは言ったが,ほとんどが男同士の本で,しかも第6紀には“規制“と言うものもなかったので,なかなかの代物であった.挿絵も多く,もちろんこちらにも規制がかかっていなかった.

「もちろん 読む!」

「このお話たちは女子だけの秘密にしなければなりませんの.同士を集めて,秘密結社を作成したいですの.参加しませんこと?」

「もちろん 参加 する!」

「私も秘密結社には参加はするよ.私の友達7人くらいがすでに興味あるようなこと言っているの.アンジェ,具体的にどうするの?」

「まずは会の名前を決めて,会則を決めて,それから会長を決めないといけませんの.」


3人でいろいろ話した結果,会の名前はエリーのお姉さんを最大限に讃えつつ,プライバシーを守ることを考えて,“真祖メルを讃える会”とし,入会に金貨* 1枚を預け退会時に返却,もし不適切なことをして除名された場合には金貨は没収,本の一月レンタル費は郵送代+銅貨10枚,会には強い守秘義務を課した.

会長を誰にするのかで ややもめて,誰もがやりたがらなかった.アンジェとクロエは忙しいという理由で,リエリは責任というものを避けたかったのでやりたくないと言ったのだ.

「実際,簡単なお仕事何だけど,それなりに時間が必要なのがネックなのよ.」

「そうなの.わたくし,プッペンスタットに住んでいて,距離が遠いのも問題なの.」

リエリは二人にじっと見つめられる.


「失礼なのは承知で言わせてもらうの.リエリ,あなたには時間があるの.ぜひ,やってほしいの.会長として,やらないといけないことは,決めておくの.その~,この本への情熱を会のために,あなたの時間を分けてほしいの.」と,アンジェとしては実に丁寧にリエリにお願いした.

(アンジェ! あの アンジェが わたしを 必要と してくれて いる.)

リエリとしては驚きと共に,この一連の件でアンジェに対する印象を大きく変えた.

「うん,わかった. ちゃんと できるか わからない けど, やって みる. 創始者 アンジェ.」

「ありがとうなの.会長リエリ.」

再び,握手をし合う.

「…」クロエはこのノリについていけず,何と言ったらいいのかわからない顔をしていた.


こうして,リエリは初代会長となった.会員の管理方法とか,返却が滞っている時の対処方法とかを打ち合わせて,この日は解散となった.



「ひどいですの.メアリーったら,“私たちの本”を燃やすって,言いましたの.エリーもそれに賛成しましたの.」


翌日,アンジェがやや嘘っぽかったが,泣きながらリエリにそう訴えて来た.アンジェが言うには,エリーの秘書であるメアリーはこの本を所有していたアビゲイルと言う人物が過去に相当悪いことをしていたため,彼女が集めていた本などは不適切なものだから燃やしてしまったらいい様なことを言ったらしい.

エリーもこの手の本は好みではなく,自分の姉が書いたとはいえ,メアリーの考えに同意したらしい.


「もう エリー! 何で! ひどい! ひどいよ!」

アンジェはリエリがこんなに強くエリーを批判するところなど今まで一度もなかったので,とても驚きながら,その理由を悟り,それには触れずにおいた.


「全部ここに入っていますの.言葉鍵(パスワード)はかかってないの.」と,魔導具 収納輪(スパイヒャーリング)をリエリに渡した.

「うん, わかった. わたし から みんなに 貸したら いいんだね.」

「お願いできるかしら? 会長リエリ.」

「わかった, 創始者 アンジェ.…アンジェも リクエストが あったら 手紙 送って.」

と,リエリはアビゲイルが集めていた全ての本を手元に持つことになった.


部屋に帰り,早速どんな本があるのか楽しみに思い,ベッドに座り本を出してみる.

【収納輪 転移(トランスポート)アウト(アウス)

ドドドドドドドド.

「うわぁ~っ.」

アンジェは全部で6000冊以上あることをリエリに言うのを忘れていた.リエリもまさかそんなにもあるとは思っていなかったため,本に埋もれることになった.

「ぷはっ.」バサバサ.文字通りの本の山から頭を出し,

「ど,どう しよう.  こんなにも ある なんて お片付け だけでも 一恊月は かかりそう.  …でも,とりあえず 読もう.」リエリは欲望に素直に,本の山に埋もれたまま,本を読みはじめた.


家に帰って来たエリアーヌに激怒され,徹夜で片付けをすることになったが,その後は意外なほど順調に会長のお仕事をこなしていた.


はっきり言って,リエリはこう言う事務的なお仕事に向いていた.いっそのこと,壁守など諦めて事務職で就職した方が安定した生活ができるというものであった.

パスカルのことをいまだに諦めきれないのと同様に,壁守に対して強い固執があった.リエリはとにかく一途で,融通の効かない女である.



ヴィッセンスブルク イルミナウ区 リエリの家 3階

― 第6紀 368年2月38日(水曜日)4刻



「あわわ, 大変 な ことに.」

年が変わった頃,リエリは誰に言われるまでもなく,自ら進んで会誌を作り,それ以降,毎月1回会員に送った.その中でリエリはおすすめの本を紹介する記事を書いた.

すると,皆が読みたがって,長い順番待ちが生じた.そこで,アンジェに手紙を出した.


[親愛なる 創始者アンジェ へ


大変です.“真祖メルを讃える会”の存続が危ぶまれる危機が発生しました.人気ある本が3恊年待ちになっています.これでは会員の反乱と離脱が心配です. かしこ.


真祖メルを讃える会 会長 リエリ より]


[親愛なる リエリ会長 へ


手を打ったの.その対策のため,アポなしでそちらに伺うかもしれませんの.しばし待つの. かしこ.


真祖メルを讃える会 創始者 アンジェ より]



ヴィッセンスブルク イルミナウ区 リエリの家 3階

― 第6紀 368年3月8日(天曜日)4刻



「ふにゃあ~っ!こ,これは,とても恥ずかしいのぢゃ.」と,ちょっとぽっちゃりぎみのハイドワーフであるイサラミナは淡いピンクと黒のおしゃれな服を着て,顔を真っ赤にして尋常ではないくらい悶えていた.手には例の本[女は女同士で,男は男同士で,愛し合えばいいのよ]を持っていて,先程までパラパラとめくって中身を見ていたのである.

悶えている様子をリエリとアンジェ2人とも目が点になって見ていた.ちょっと女子の恥じらい方ではなかった.でも,これは大丈夫な方,つまり,同志の反応である.


「イサラミナ先輩,落ち着いてくださいましなの.」

「はっ.すまんのぢゃ.ちょっと我を忘れてしもうて,恥ずかしい姿を見せてしまったのぢゃ.」

「そんなに良かったですの.」

「感想は言わないのぢゃ,こっ恥ずかしいのぢゃ.で,この本を多くの同志が良いと言っているんぢゃな.」

「そう です. でも, 1冊 しかない ので,待って いる人 が,いっぱい います.  3恊年 待ちに なってます.」

「そんなにか!うむ〜,わかったのぢゃ.すぐに写本しよう.費用はうちのおごりぢゃ.で,ココにあるのが,類似の本なのぢゃな.」

「そう です. アビゲイル・コレクション です.」

「かなり多いのぢゃな.なぁ,会長殿.会を運営する資金は足りているのぢゃろうか?」

「かなり 厳しい です. やりくり して, 何とか して います.」

「ぢゃろうな.個人運営にするにはかなりの規模ぢゃしな.よし!決めたのぢゃ.うちがパトロンになるのぢゃ.毎月,金貨5枚を出そう.」

「「!」」

「それで,人気のある本を写本していけばよいのぢゃ.」

「イサラミナ先輩,そんなにも援助してくださいますの?」

「あ,ありがとう ございます.」


「その代わりにぢゃ,この本全てを写本したいのぢゃ.それと,会誌を作っておるんぢゃろ? 会誌を送る時にうちの商工会“踊る針と歌う鎚“の宣伝,つまり広告を同封してほしいのぢゃ.

それと,すぐにはできんかもしれんが,そのうち,うちの商工会から商用本として販売したいのぢゃ.まあ,この会が秘密結社なのは理解しておる.ぢゃが,会員数が1万人を超えたら,会を解散して一般公開した方がよいのぢゃ.これで儲かると思うぢゃ.人の繋がりで伝播する方法は,限界があるし,孤立している個人や集団に届かないのはよくないのぢゃ.」


リエリとアンジェは見つめ合い,うなずく.リエリが返事する.

「写本も 広告も 問題 ない です. 大変 嬉しい お話です.」

「秘密結社の解散は時代の推移を見て,その時の運営が決めたらいいですの.」



「そうぢゃな.マジメな話をさせてもらうのぢゃが,今は世界が暗い方向に向かっておる.これらの本を世間に出すのはまだ早すぎると思うんぢゃ.北方改革派って,奴らを知っているぢゃろか?」

「ええ,知っていますの.壁守制度を廃止しろって,言っているトールマンたちですの.」

「え? 廃止 される の?」

「たぶん,されんぢゃろ.あやつら,女性が目立ったことをすると,意味不明な文句を言ってくる奴らなんぢゃ.ほんと腹立つ奴らぢゃ.この本は奴らに見つかるとだいぶやばいと思うのぢゃ.」

「なんとなくわかりますの.北方改革派が何したいのか,わたくしにはよくわかりませんの.・・・(政治談義は省略)」


リエリは難しい話になってきたので,すっかり興味をなくし,本をパラパラめくって流し読みをはじめた.


「…少なくともズーデンヴァルト軍がとんでもない量の軍需物資を購入しておるのぢゃ.王国は戦争の準備を本気で初めておるんぢゃ.気をつけるのぢゃぞ.」

「ええ,エリーともその話はしていますの.それで商工会が儲かっていますのね?」

「そうぢゃ.儲かっても,ほんと素直に喜べんのぢゃぞ.」


一通り話が終わった後,魔法で写本を6冊作ってもらった.



翌日,イサラミナはすごい人数をリエリの家に派遣してきて,4刻かけて,アビゲイル・コレクションの写本を3冊ずつ作り,一式を持って帰った.

作業を手伝った人たちは良い給金をもらえるので最初はイキイキした顔をしていたが,大多数は本の中身を見てすぐに死んだような眼に変わり,何も考えないようにして黙々と作業を行っていた.一方,数人の女子が目をキラキラさせていた.

作業の待ち時間で,リエリとイサラミナはいろんな話をして,だいぶ仲良くなった.

その話の中で,イサラミナから金貨をもらう方法として“踊る針と歌う鎚”の“預託証書”口座を紹介してもらい,“真祖メルを讃える会”の会費や入会金はこの口座で管理することにした.


「では,会長殿.今日はお邪魔したのぢゃ.これを貸してあげるのぢゃ.魔導具 個人(マイネ)図書館(ビブリオテーク)ぢゃ.本をたくさんしまっておけるのぢゃ.いつか図書館を建てた時に返してくれればいいのぢゃ.」

(えっ!  図書館… でも すごい 夢 かも….)

「わかり ました. 図書館 建てます ね.」

「イヒヒ,冗談ぢゃったが,すごくいいのぢゃ.“真祖メルを讃える会”で秘密図書館を建てるのぢゃ.」

「うん. イサラミナ 先輩に 感謝 しきれない です.」

「いいんぢゃ.うちはちょっとだけお金持ちぢゃから,芸術に投資するのは当然なのぢゃ.では,また,お話しをしにくるのぢゃ.」

「はい,さようなら.」

(すごい お金 持ち なんだ. 何してる 人 なのかな?)


リエリは,商工会“踊る針と歌う鎚“が最近大きくなった世界屈指の商工会であり,イサラミナがその創始者の一人であり,現在の”七賢“(商工会の中の7人のトップ経営者をそう呼んでいた)の一人でもあることを知らなかった.


リエリは会長業務に夢中になり,この仕事が楽しくて,去年の悪い出来事で凹んでいた気持ちからかなり持ち直してきていた.会員の皆からもらえる手紙を読んで,会長業務の忙しさを気遣ってくれてることで,仲間ができたと喜んだし,本や会誌の感想ももらって励みにもなった.


リエリは はまり過ぎてついつい自分のお気に入りを実名で[ガブリエリナ・セレクチオン(セレクション)]として,会誌に発表しはじめた.

見知らぬ人と面と向かって,しゃべることが苦手だったにも関わらず,会誌や手紙では自分の意見をしっかりと丁寧に主張した.そして,同意が得られれば,感謝を伝え,同意が得られなかったら,反論したりもした.


なぜ,それが人と,面と向かったら,できなくなるのか?


そして,一部の同志たちが新作を作り出すと,校正や製本をしてあげた.自分でも新作を書こうとして,大学校の文学系の授業を取ったりもした.とても充実した毎日だった.


こうして,1恊年が経ち,


2回目の壁守採用試験も,不採用で終わった…


なお,実名で会長をしていたことは後で,彼女の黒歴史となるのである.





*)金貨 : 金貨1枚で6人家族のマグニル庶民が2恊月暮らせる.価格設定からして,マギアスもしくは貴族や大商人のお嬢様向けである.



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