閑話 第10話 次の王に
ヴィッセンスブルク 王城 北棟 1階 女王の私室
― 第6紀 367年6月3日(風曜日)4刻
「妾は我が子のルークを次の王にしたいぞよ.でも,あの下品なライオネルが邪魔じゃとは思わんか.魔物狩りの際に都合良く,魔物のえさにでもなってくれないかしら.」
アラグニア王国の女王であるヴィクトリア・フォン・ストックデイル・ツー・アラグニアはとても美しい人であった.国王ジャック・フォン・ストックデイル・ツー・アラグニアと結婚するまでは大人しい女性という印象の人物であったが,その内心はとんでもない女であった.
結婚した後,これまで我慢していた欲望を隠すことなく発散し,好き放題やりはじめた.王もあきれはてたものの,簡単に第一夫人を切り捨てられるものではなかったため,側室を迎えてそちらを優遇して女王を放置した.
ヴィクトリア女王は自分の腹を痛めた息子である第一王子のルークを次の王にしたいと,ずっと考えていたのだが,一つだけ問題があった.息子は魔力が少なくて,術者級1位でしかなかったのである.マギアスが国を支配する上で,マギアスとしての魔法地位はとても重要であった.
見た目は母親に似て,美形であったが,性格は母親とは違って父親似であり,人望も,知性も,カリスマ性もあったのだが,魔力だけが足りなかった.そのせいで,次期王は第二王子なのではと噂され,第一王子を支援してくれる貴族が足りなかった.
一方の側室が産んだ第二王子ライオネルは,素行が悪すぎた.賢者級4位でトールマン最高レベルのマギアスであったが,学業は最底辺,しかも,手当たり次第に女に手を出し,孕ませまくっていたし,何か政務をするわけでもなく,趣味である魔物狩り,つまりウィルダネスに行っては魔物を狩り続けて,遊んでいた.魔物を狩って,その数を減らすことは王国の助けにはなるが,将来,王になったとしたら,それは王のする仕事ではない.
「女王陛下様,北方改革派をこちら側に引き入れたらどうでしょうか?」
「詳しく説明なさい.」
「北方改革派は,ユグドラシルの森の北に位置するアイゼンシュタット街のクライトン賢爵を中心とする派閥でございまして,豊かな穀倉地帯から取れる穀物の輸出によって得た収益で多額の富を得ております.その富を使って軍を強化しており,ウィルダネスへ進行して領土を増やす好戦的な施策をとっております.つまりは,軍事重視の施策に偏っています.第一王子に足りない“力“を彼らに補ってもらうのが良いのかと,具申したばかりでございます.」
「だが,あの者たちは“改革派“などと称しておるが,時代錯誤も甚だしい懐古主義者どもですぞ.領主は男に限定するという男尊女卑を謳っておりますからな.その最たるものが壁守制度に強く批判的なことですぞ.彼らの言う”改革“というのは,”壁守を廃止して,領主のみにしろ“,ですからな.」
「それは逆にうまく使えると思います.旧アラグニア魔導王朝時代は,支配者に求められるのは魔力量が全てだったので,若い女性が有利でした.ご存知の通り,女性は出産の時に自分のマナを子供に分け与える必要があるため,未婚及び未出産の女性は男性よりも遥かに多いマナを所有しています.そのせいで男性が座る椅子が減っているとそう考えていて,彼らはそれが気に入らないのです.もし,王家自ら魔力量第一主義を見直して,総合的に人格の資質を評価して,次の王を決めると宣言したら,彼らも自分たちの理想とする目標を達成できると考えて,第一王子を次期王に推薦するのではないかと,愚考しております.」
実際には,領主の椅子は余っており,なり手が足りずに優秀なマグニルに委託しているのが現状である.壁守になりたい女性マギアスは多いため,壁守の席は足りていないが,領主になろうと考える女性マギアスは少ないのである.北方改革派の考えは男の僻みであり,ただの自尊心を満足するためのものでしかなかった.
「妾の意思を尊重するのかしら.男尊女卑なのが気になるぞよ.そんな者たちに協力を頼んで,大丈夫なのかしら.」
「我ら,女王擁護派とは根本の部分は真逆と言っても間違っておりませんが,第一王子派は同然,第一王子を次の王に考えているでしょうから,女王擁護派は第一王子派を唆して裏から動かし,北方改革派と繋げたら良いかと思います.我らは裏から第一王子派と北方改革派,ひいては,アラグニア王国を操り,利益を貪り尽くしましょうぞ.」
「ふふふ,妾のために,よく働きなさい.」
「「ヤー ダイナ エーレ!」」
王にではなく,女王に栄光を讃えるのは王への不遜そのものである.
女王擁護派は女王の縁戚が中心で,わがままな女王の欲望を満たしながら,自分たちの私腹を肥やす,まさに王国腐敗の中心的な集団であった.彼らが投げた一石は王国に大きな影響を与えることになる.
女性はお腹の子供に自分のマナを分け与えると,簡単に言うが,与える母親側にも事情がある.女王のように賢者級6位のマギアス場合,子供に多くを与えると自分がクラスブレイクを起こし,その後どうなるかわからない.
魔法を使ってマナが減った場合,時間はかかるが睡眠で回復する.しかし,子供にマナを分け与える時は回復しない時があり,永遠にマナを失うおそれがある.マナを与えると言うよりも,マナとマナを入れておく“器”ごと子供に与えていると考えられていた.
それを心配して,女王は与えても自分の地位に影響がない量のマナしか第一王子のルークに与えなかったのだ.それが第一王子の魔力量が少ない理由の一つではないかと,涙を流すくらい後悔しつつ,だが,一国の女王として賢者級というステータスを手放したくはなかった.そういう事情があったのだが,しかし,ルーク王子を次期国王に推挙することは完全な女王のわがままにすぎない.




