第10話 転落
ヴィッセンスブルク イルミナウ区 リエリの家 3階
― 第6紀 367年1月5日(土曜日)1刻
「リエリ!いつまで寝ているの!今日が締め切りの日じゃないの?」
「う,う~ん,起きる.」
リエリの母親エリアーヌは,壁守試験に合格した後,リエリは簡単には壁守にはなれないだろうと薄々わかっていたのだが,採用試験に落ちた後,リエリのあまりにもひどい凹みようにしばらくは放っておいたのだが,さすがに今日はダメだと思った.今日が大学校 壁守補習課程の今年度の受講応募の締切日である.
リエリはのそのそと黒い一体もののローブに着替えて,髪の毛を直して,三日月の髪留めをして,パンを食べた後,箒を持ってふらふらと大学校へ出かけて行った.
大学校の受講申込期間は1年中受け付けているのだがが,その年に入るためには今日が締切日である.明日申し込みに行くと,入学は来年になるのである.当たり前だが大学校側にも準備というものが必要だ.
卒業生は試験なしで授業を再履修できる.それが20万人も学生がいる理由である.
こんなギリギリに申し込みに来る人はいない.だいたいもう新年休みの期間に入っている.トールマンたちの新年休みが遅いから,まだ窓口が開いているだけである.
「お願い します.」と,申込書を受け付けの中年女性に提出する.
「確認しますね.」
しばらく待っていると,
「あの,ココとココが記載漏れで,ココとココ,ココ,ココ,ココが間違っています.」
「ええっ?!…すみま せん.」と,20箇所くらいしか記入欄がないのに全くダメダメであった.
指摘された部分を訂正して,名前と住所が間違っていないかちゃんと確認して提出し,お金を払って受け付けてもらうと,受講案内パンフレットをもらった.それを読みながら歩く.
どうやら,買い物が必要のようだ.改めて外出するのも面倒だと思い,大学校門前広場に買い物に行った.
「あれ?リエリ.久しぶり~.」「やあ!リエリ.」
よく買い物に行く店の内,適当に入ったお店で,エリーとパスカルの二人組にバッタリ出会った.パスカルはエリーの荷物持ちをしている.エリーはプッペンスタットの壁守として赴任していたはずと一瞬思ったが,新年休みに帰省しているんだと理解した.
「え! エリー,帰って きてたんだ ね.おかえり. パスカル,こんにちは.」
「そうそう今日帰って来たんだよ.3日後,私の家で大学校の同期みんなでパーティするの,リエリにも招待状出したよ.届いてるかな?」
「うん, 届いて いるよ. もちろん, 参加する ね.」
ガブリエリナはエリーとパスカルを何度も交互に見た.
(まるで 恋人 みたい.)と思った.
「それよりひとりなの?この時期なんだから,だれかと一緒じゃないとあぶないよ.」
新年はどの種族も発情期を迎える季節であり,この時期は女性一人でウロウロしないのが,ココでの常識である.
「大丈夫 だよ.わたし, 影薄い から だれにも 気づかれない の.」
「とにかく気を付けてよ.また,3日後に会おうよ!」
「うん,楽しみに してる ね.」
「じゃあ.」
「うん,じゃあ ね.」
(どう いう こと? 二人は 付き合って いるの?……どう して?)
リエリは店の中でしばらくぼんやりと考え込んでいた.確かに,二人の関係はあやしいところがあった.しかし,リエリは気づかないふりをしていた.エリーは大切なお友達だったし,あのエリーがわたしのパスカルをとったりしないと,根拠もなくどこかそう信じていた.
(3日後に 聞いて みよう かな? でも,もし, そうだよ と,言われたら, わたし,どうしたら いいの? わたし,わからない よ.)
「ねぇ,彼女.ひとりなんだろ?オレと…」知らない男子学生ぽい人物が声をかけてきた.
「間に 合って ます!」
リエリは走って逃げた.
ヴィッセンスブルク リンデン区 エリーの実家 メルの部屋
― 第6紀 367年1月8日(風曜日)4刻
「みんな,今日は集まってくれて,ありがとう!私,プッペンスタットの壁守,がんばってるんだよ.お給金ももらえたし,今日はパーティを企画したので,みんなでいっぱい楽しんでほしいよ.」
「「「「「ウェ~イ!」」」」」
今日はエリーにお呼ばれして大学校の頃の仲間,エリー,パスカル,アンジェ,クロエ,ウィリアム,そして,リエリの6人で久しぶりに集まって,エリー主催のちょっとしたパーティに参加していた.3日前に二人と出会ったことについて問いただそうかと思っていたが,全くそんな雰囲気でもなかった.
皆それぞれが卒業後にどうしているかを話した,エリーとアンジェはプッペンスタットで壁守の仕事をしているし,パスカルは進学し,クロエは実家の店で店員として働いていて,ウィリアムも魔道具工房に就職が決まっているらしい.
新しい生活について,5人とも期待と希望のある話をしていた.リエリ一人だけ就職が決まっていなくて,ちょっとみじめで悲しくなった.パーティの雰囲気の明るさと対照的に,リエリの心の中は一人暗く沈んだ気持ちになっていた.
それでも,リエリはこのメンバーでいると,何となく落ち着くと思えた.最近,いいことがなかったリエリはみんなと一緒がいいなと思いながら,これからはそれぞれの道に進み,なかなか会えなくなってくると考えると,寂しさも感じていた.
「でもすごいよね,この本の数.成績優秀な人は読んでいる本の数が違うよね.」と,クロエが言う.
「ほんと そう 思う.お金持ち でないと, こんなに 本 買えないし ね?」と,リエリはぼんやりと本を眺めていたが,ある本のタイトルを見て,
(えっ? [女は女同士で,男は男同士で,愛し合えばいいのよ]って,本,とても 内容が 気になる.)
と,まじまじとその本を見つめてしまった.
(いや,今は,そんな 場合 じゃなかった.…二人の 関係を 聞きたい.)
「ええ~,これはお姉ちゃんが集めた本だよ.写本も多いし.この部屋もね,元々お姉ちゃんの部屋だったんだよ.まあ,私もここの本はだいたい全部読んだよ.この辺りは,お姉ちゃんが書いた本だよ.作者が“第6紀のピタゴラスス”ってのが,ペンネームなんだ.この[行列解演算法]とか,学者じゃない素人が作った本とは思えないすごいできなんだよ.」
「わたくしもエリーに薦められて,ちょっと読んだの.数字で頭が痛くなって無理でしたの.」
「ぼくも読んだよ.ほんと参考になる,ためになる本だったよ.」
「エリーの魔法制御の秘密の本だよね?」
「そうだよ.わたしの秘密の本なんだよ.」
「今日はお姉さんの部屋で騒いでよかったの?」
「あはは,お姉ちゃんもたまには騒いでも許してくれるよ.」
(なんか 言い出せ ない.)
「はい,みんな聞いてよ!重大発表があります!」と,突然,エリーが叫ぶ.
「なんですの?」
「とうとう?」
「…えっ?」
(うそ? やっぱり そう なの?)
エリーとパスカルが仲良さそうにしているのを見て,悪い予想が当たったと,リエリは怖くて震えていた.リエリが聞こうとしていた質問について,聞きたくない方の答えを二人が今から言おうとしているのだとわかってしまった.
「はい,パスカルどうぞ.」
「え?僕が言うの?」
「そこは…そうだよね?」
「ま,いいか.えーと,改めまして.エリーと僕はこの前,正式に婚約しました.ぼくが卒業する3恊年後に結婚します!」
「二人はとてもお似合いですよ.おめでとうございます.」
「よっ!おめでとう!」
「そんなこと知ってたの.おめでとうなの!」
「あっ,お,おめで …とう.」
(エリー と パスカル が,…結婚 する の? うそ! いやよ! わたし,わたし, パスカルが 好き なの! わたしの パスカルを 取ら ないで, エリー!)
リエリは頭の中が真っ白になった.そして部屋の隅で一人震えていた.




