第9話 合格はしたけれど
ヴィッセンスブルク イルミナウ区 リエリの家 3階
―第6紀 366年8月6日(天曜日)3刻
「リエリ,ここの関係代名詞のかかり方を勘違いしているから訳が間違っているよ.」
「えっ? どういう こと?」
ティルールローゼ 種族混合 大学生部門 全国大会は準々決勝で敗退してベスト8となり,青春の一幕は終わりを告げた.全国大会ではリエリは補欠で,試合中はずっとベンチにいたが,プロリーグも行われているヴィッセンスブルク国立ティルールローゼ競技場に補欠とはいえ選手として競技場に立てたことは将来自慢できることである.リエリも競技場の砂を持って帰り,三日月柄のかわいい小さな飾りガラス瓶に入れて,鏡台に飾っている.
次は壁守認定試験の受験対策を始める時期である.今日はリエリの家にエリーとパスカルが来て,壁守認定試験の筆記試験の一科目である“魔術アラグニア語”の勉強をパスカルに教えてもらっている.
パスカルは魔術アラグニア語をネイティブかと言うくらい読み書きできるし,すらすら会話もできる.だいたい300年以上も前に使われていた言語で,現在では話している人は全くいないのに,なぜ試験科目になっているのか,まったく謎である.
まあ,魔導書が魔術アラグニア語で書かれているため,読めないと魔法を何種類も使いこなせない.そういう理由で魔法使い育成課程でも必須科目になっている.
この第6紀では,魔法省が中心になって,マギアスがマグニルに魔法の真実を知られないために,魔法が“呪文”を唱えて発動していると勘違いさせるという“掟”を作っており,魔術アラグニア語はマギアスがマグニルを“だます”ためにある言語でもあった.
パスカルの解説をリエリとエリーで聞いている.パスカルの説明はわかりやすい.家庭教師のアルバイトをしているので,教えるのも非常に上手だ.
「パスカルはすごいよ!計算も速いし,語学まで得意だなんて.わたしは計算だけだから,語学はちょっと苦手かな.
アンジェとクロエにエルフ語をちょっと教えてもらったけど,名詞が女性形,男性形,中性形があって,代名詞や前置詞がよく使うものだけでも100以上で,動詞の活用が72種類,形容詞の活用が36種類とか,聞いただけで断念したよ.発音もアクセントと抑揚が混じっているし,歌うように音階に意味をつけて話すしゃべり方があるとか,ほんとエルフが頭いいのはわかったよ.
共通語はすごく単純だからいいけど,魔術アラグニア語もだいぶエルフ語に近いものがあって,うんざりするよ.」
「でも, エリーは 指言葉 わかってるの,すごい よ.」
「うん,あれはパパのエルフ友達とアンジェに教えてもらったんだけど,わかるのは単語だけだよ.それでも,ティルールローゼにすごく役に立ったよ.あれがなかったら,わたしとアンジェ,クロエの連携はできなかったよ.はぁ,全国大会で負けてしまったのが,とても悔しいよ.もう,3恊週間も経つのに,悔して眠れないことがあるよ.」
「エリー, まずは 壁守 認定試験 だよ. ティルール ローゼは 働き だして からでも 再開 できるよ.」
「そうだね.わたしが不安なのは魔術アラグニア語だけだよ.法律は自信あるし,模擬断罪審判は大学校の授業でも教授に褒めてもらえているから,大丈夫かな.」
「ううう, わたし 模擬 断罪審判が 不安 すぎる.」
「リエリはゆっくりとおちついてしゃべれば,大丈夫だよ.まずは自信をもってがんばろう!」
「うん.」
リエリは仲良し6人組の中のみで考えれば,出来の悪い子だと思えるが,壁守育成課程全体で考えると上位25%を下回ったことは一度もなかった.彼女の友人たちが特別だった.エリーは2位以下を大きく引き離して,アラグニア大消失以降,指折りの実力と言われていたし,アンジェもクロエもたいてい10位以内に入っていた.専攻が違うがパスカルも1位だったし,成績ではウィリアムが唯一のライバルだった.
ヴィッセンスブルク大学校 11号館前
―第6紀 366年9月14日(天曜日)2刻
「ど ど ど,どう しよう.今日 から 壁守認定 試験 だよ.」
エルフの2人は今年受験しないらしい.成人するまで,まだ数十年あるので,ゆっくり準備できる.
「落ち着いて,リエリ.十分に勉強したよね? さあ,深呼吸しよう.」
「ひっ,ひっ,ふー.ひっ,ひっ,ふー.」
「リエリ,なんか違うよ!でも,そんなボケができるなら,大丈夫だよ.筆記用具持ってきたかな? 受験票はある?」
「大丈夫 だよ. 昨日, 30回 くらい 確認 したから.」
「うん.よし,いくよー.」
「オー!」と,2人で腕を振り上げる.
受験会場でピリピリしている受験生の中で明らかに2人は浮いていた.
今日明日は筆記試験で,明後日から一人ずつ魔法実技試験と模擬断罪審判試験がある.毎年合格率が20%を超えないように合格者数が調整されている.長い1恊週間がはじまった.
ヴィッセンスブルク大学校 11号館 掲示版前
―第6紀 366年9月49日(天曜日)4刻
「1024,1024,1024.あっ! あった~. ママ~, あった よ! 合格 した!」リエリは合格発表の掲示板に自分の受験番号が書かれているのを見つけ,付き添いで来ていた母親のエリアーヌに抱きついた.
「リエリ,合格おめでとう.がんばったのね.1回目で合格なんてすごいわ.ママも,とてもうれしいわ.」エリアーヌはハンカチをだして,泣いていた.
「うん,大学校 のね, みんなが いたから 合格 できたん だよ. みんな に 感謝 しなく ちゃ.」
「いいお友達に恵まれたのね.ほんとうによかった.ママ,心配だったの.リエリは気が弱いから,いじめられるんじゃないかって.ううん,そんなことなかったのね.まずは,ひいおばあちゃんとの約束,叶えられてよかったわね.今日はお祝いしましょう.家族でおいしいものでも食べに行きましょうね.」
ヴィッセンスブルク リンデン区 エリーの家
―第6紀 366年11月10日(天曜日)5刻
「エリーは 街から 出て しまう の?」
「うん,採用されたら何処にでも行こうかと思っているんだよ.転移門でいつでも帰ってこれるから,距離なんて関係ないよ.」
二人とも壁守認定試験に合格し,次は採用試験を受ける訳だ.壁守は認定試験すら合格率が低いのに,採用試験も合格率が低い.
というのも,壁守の席の数が決まっているから,誰かが辞めないと,採用されることはない.そういう事もあって,内務省は毎年受験できる回数を3回に限定している.エリーは今年3枠すべてヴィッセンスブルク以外の街を受験すると言った.それに対して,リエリは家から箒で通えるヴィッセンスブルクのローデン区の壁守一択で勝負するつもりである.
「えへへ, エリーと 一緒 のとこ だったら, 合格 でき そうに ないもん.」
「もう,リエリ.そんなんじゃダメだよ.わたしにも勝つつもりじゃないと.」
「うん,がんばる.」
ヴィッセンスブルク ローデン区 高い塔 別館 地上階 大食堂
―第6紀 366年12月16日(水曜日)4刻
「さて,名前をどうぞ.」
「わ,わたしは,ガ,ガブリエリナ・フォレシガール です.」
リエリはがちがちに緊張していた.壁守を引退する高齢の現役ローデン区壁守と,内務省役人,エルフのマギアスの3人が壁守採用試験の審査官をしていた.壁守採用試験は願書の提出と面接だけである.テストは得意なリエリであったが,面接はとても苦手だった.実は願書の書き方も重要なポイントだったのだが,リエリは普通にあっさりと書いただけであった.
「そんなに,緊張しなくてもいいのですよ.落ち着いて,質問に答えてください.」
壁守はすごくやさしそうな人だったが,内務省の役人は無表情だし,エルフは最初からそっぽを向いていた.とても嫌な感じをリエリは感じていた.
内務省の役人が最初に一般的な質問事項を次々としていく,これは答えればよいので,なんとか回答することができた.少しだけ落ち着けた.
次に,壁守が壁守業務に関する考えや心構えを質問していく.
「法令の解釈が告発官と代弁官とで2通りの異なる主張をされた場合,どちらも主張が正しいと思われるケースは多々あります.その場合,どのように判断しますか?」
「えっと, 法令の 原文を 再度 読み ます. それで,次席 断罪官と 相談 します.」
「なるほど.では,主席断罪官になるあなたと,次席断罪官で支持する方が違う場合はどうするのですか?」
「そ,それは………次席断 罪官と 相談 します.」
「あの,ガブリエリナさん? 相談ばかりですね.」
「もちろん, 次席 断罪官が 間違って ない なら,次席 断罪官 の 意見を 採用 します.」
「「「!」」」
突然3人とも,リエリを凝視する.そっぽを向いていたエルフまでがこっちを向いたので,リエリは間違った発言をしてしまったと,かなりパニック気味になった.
「いや,あの,その…」
「ガブリエリナさん,ちょっと落ち着いて.あなたの言葉足らずです.あなたの意見より次席断罪官の意見が優れていると感じたら,次席断罪官の意見を採用する,そういう意味ですね?」
「いいえ…じゃ なくて,…はい.そういう 意味 です.」
「今のはダメだな.」と,エルフは言った.壁守はエルフをにらんで,
「私からの質問は以上です.」と,そこで質問を打ち切った.
「では,私から一つだけ質問しよう.」と,エルフのマギアスがだるそうにしながら言った.
「仮に罪人だと思われるエルフがいたとする.まあ,エルフは犯罪などしないのだが.そのエルフが貴殿の判決に不服だと言ったとする.
その理由が,貴殿がハーフトールマンだからと言われたら,どうするかね?」
「「「!」」」
「なんていうことを質問するのです!」
壁守は抗議してくれた.しかし,リエリは恐怖で目を見開いて,エルフを見ていた.
「あ,あ,あ,…」
リエリは理解してしまった.このエルフはリエリを合格とするつもりが全くないことに.その理由の一つが,リエリがハーフエルフハーフトールマンであるということだと,暗に言っていた.
リエリはその場で“ポキッ“と,心が折れてしまった.
そして,そのまま90°より深々とお辞儀をした後,無言で面接会場を後にした.
リエリはどうやって,家にたどり着いたか,全く覚えていなかった.気が付いたら,自宅のベッドの上で,泣いていた.きっと悪い夢に違いないと,現実逃避しながら,泣き続けていた.
大学校では恵まれ過ぎていた.入学式の日に,エリーに助けてもらって,エリーの影響下でハーフエルフハーフトールマンだからとエルフから蔑まれていたことを忘れていた.エルフであるクロエは全くそういう感じを見せなかったし,アンジェでさえ,時々そういう態度を見せたことはあるけれども,なんやかんやとリエリをとても認めていた.
でも,世間は全く違うということを思い知らされた.
いまだに強い差別があるのだと,再認識させられた.
ハーフトールマンというだけで,ダメなのだと,リエリはそう思えた.そして,自分にトールマンの血が流れていることをひどく嫌った.
リエリは面接中に途中退席したので,もちろん不採用となった.
一方,エリーは受けた3か所の内,2か所から採用通知が来たのだが,内務省大臣から直接呼出しがあり,合理的な理由がない限りプッペンスタットと言う小さな街の壁守を優先するようにと大臣令があった.
給金を上げてくれることを条件に承諾し,プッペンスタットの壁守に就任することになった.そして,プッペンスタットの壁守になることを承認されたことで,大学校卒すぐに“準爵”位*の貴族にまで任命された.
リエリは,かなり凹んでいた.
しかしこの後,追い打ちをかけるようにさらに凹むことになる.
リエリは輝いていた大学校生活4恊年間から急に坂を転げ落ちて行った.
*) 貴族の爵位:上から,統爵,賢爵,法爵,書爵,杖爵,準爵.なお,準爵は民を支配しない階級の貴族.




