閑話 第9話 ズーデンヴァルト
王都ヴィッセンスブルク 王城 祝典の間
―第6紀 366年2月1日(水曜日)3刻
「ハンティントン殿,本日付で貴殿を準爵に任命する.“エイブラム・フォン・ハンティントン準爵”を名乗ることを新生アラグニア王国国王陛下のご承認により許可する.貴殿はズーデンヴァルト軍 偵察監視部隊に配属される.今後は準爵の地位にふさわしい模範的な行動をすることを望み,より王国の発展に貢献することを切望する.」
「はっ!王国のために.」
「下がって良い.次,・・・・」
(準爵程度の地位だと,叙勲も簡単なものだ.)と,エイブラムはそっけなく思い,場に対して最高敬礼して退場する.次の叙勲者とすれ違う.
「偵察とは大変だな.ふっ.」
「そうだな.」
(何が大変なものか.駐屯陸軍なんかに配属されると,戦争がはじまるまで訓練ばかりの毎日を迎えることになる.いつはじまるかわからない“事態“を待ち続けるなんて,俺の性分に合わない.偵察部隊に入れば,毎日,軍用飛行箒で飛び回る毎日になる.シグリス河を渡って偵察することもあるだろうし,攻撃性森林の上を飛び回ることになるだろう.何があるかわからない毎日,それでいい.)そう思った.
ズーデンヴァルト 司令部 2階 偵察監視部隊 軍団長室
―第6紀 366年2月4日(火曜日)2刻
「本日配属になりましたエイブラム・フォン・ハンティントンです,軍団長閣下.」
「ごくろう.軍内部では“閣下“などの無駄な単語は不要だ.」
「はっ!軍団長.」
「では,貴殿の最初の任務を与える.魔族軍の侵略をいち早く発見するための新体制の構築だ.案を持ってくるように.」
「軍団長,いつまででしょうか? それと,誰か現状を把握している部下をください.」
「ふん,何も考えずに“ヤー”と言わないのは偉いが,クソ生意気だな.まあいい.このクリフを連れて行け.半恊月で提案しろ.」
「はっ!」
(いやはや,そんな大事な仕事を最初から新人に丸投げとか,大丈夫なのか? ここの軍団.…俺が期待されていると,いいように考えるか.)
エイブラムはハンティントン家の次男として生まれた.ハンティントン家は元々軍閥貴族であり,幼少期からかなりの軍事的な英才教育を受けていた.兄は陸軍に入ったが,彼は競争心が強かったため,兄とは別の部隊と言うことで,偵察を選んだという一面もある.大学校でも優秀な成績を修めていたので,ハンティントン家のぼんぼんがどの程度できるのかを入隊直後に試されているのである.
ズーデンヴァルトは遥か昔から人類種の土地を魔族軍の進軍から守ってきた城塞都市である.人類種の領域と魔族領の間には川幅5キロメルテのシグリス河が横たわり,元来この場所は天然の難所であった.
ズーデンヴァルトはシグリス河から630メルテ離れたところに長さおおよそ32キロメルテの防御城壁を構えており,約300メルテ置きに高い塔が設置されていて,壁が破壊されてもすぐに立て直せるようになっている.高い塔は尖四角錐の光槍が使用できるため,戦力としても人類種最強の街と言える.少なくとも新生アラグニア王国の防衛の要である.
神話時代にはこの場所に“神秘の九虹橋”と言う原初三柱神がかけたという橋が架かっていた.南へ行くにはココを通る必要があったため,交通の要所としても栄えていた時期もある.
ところが,魔族の進攻が激しくなり,戦局が苦しくなると,人類種は苦肉の策として,この橋を落してしまったのだ.数千恊年の時間を経ても,立派な橋脚だけが錆びることも朽ちることもなく残っている.それ以降,シグリス河は“魔界との境界“と言われた.
ズーデンヴァルトはシグリス河を渡ってくる魔族軍を迎撃するため,戦力を川に向けて配備しているのである.
シグリス河の北岸はズーデンヴァルト以外の部分は攻撃性森林によって,ふさがれている.しかし,森と壁は決して接することはない.人は木々を恐れる.壁よりも高く,魔法を撃つことができる木を近くに置いておきたいとは決して思わない.
そして,森の方も,動き回り何をするかわからないような生き物(それには,人類種も含まれる)を近寄らせたくない.すると,壁と森の間は自然に隙間ができるのである.
この隙間はウィルダネスの魔獣たちの通り道になる.通り道になるとさらに森ができにくくなるのである.この隙間は魔獣だけでなく,もちろん魔族どもも通ることができる.
「まず,監視塔の増設が必要に思います.」
半恊月後,エイブラムはクリフと現状を確認して,新しい監視体制について,軍団長以下複数の古参中隊長クラスを前に説明している.
「過去,3回に渡り魔族軍は船や飛行できる魔物使ってシグリス河を渡ってきました.その後,イルミンスールの森へ向かっています.監視塔は川沿いにしかないため,ズーデンヴァルトと攻撃性森林の間を通過した魔族たちが野放しになっています.」
「3回とも,イルミンスールへ向かったのですが,これからも同じだと言えますでしょうか?
小官はシグリス河より北で魔物どもを自由に行動させるのはリスクがあると考えています.
主要なベヒモス街道に監視塔を建てる必要があると考えます.監視塔だけでなく,周辺の街に協力を仰ぐ必要があります.戦略的にはイルミンスールとの協力が必要であり,ズーデンヴァルトとイルミンスールの通り道にあるプッペンスタットとも協力が必要に思います.」
「よし,貴殿にまずイルミンスールへ交渉に行ってくれ.イルミンスールのエルフ軍司令官に合うときは,私の名前を出したら,新人の君でもエルフに無下にはされないはずだ.それとプッペンスタットの領主,いや,あの街には領主がいないな.壁守と協力関係を得られるように交渉に行け.プッペンスタットの壁守は…私は知らん.内務省に問い合わせて,自分でアポを取れ.」
「ヤー,軍団長.」
「どこに監視塔を建てるかも,検討しているのだな?」
「もちろんです,工作部隊長.こちらが配置案の地図になります.」
「ああ,良い案だ. 工作部隊長,さっそく建築にかかってくれ.」
「ヤー,軍団長.」
こうして,監視塔#19から#33まで建築されていった.
こういった軍の活性化は偵察監視部隊だけでなく,ズーデンヴァルト陸軍本体も人員強化を開始しており,ズーデンヴァルト軍だけで目標として8万人の軍人を確保するように募集や徴兵を行っていた.
防壁を守護する第1軍は3万人,遊撃する第2軍も3万人,偵察や工作などの特殊兵部隊が1万人,後方支援部隊が1万人を計画した.
もちろん,街自体でも食料の備蓄量を増加し,軍需産業を活性化していった.こうして,ズーデンヴァルトは戦争が近づいている雰囲気を醸しながらも,徐々に活気づいていった.そこに目ざとい商人たちがどんどんと進出していったのであった.
シグリス河北岸には,ズーデンヴァルトを中心に東側にはクルメルフルス街,西にはズュドリヒツィターデル要塞があり,この三拠点と,プッペンスタットを含む11の小さな街でシグリス河北岸を防衛している形になっている.
対する魔族領はズーデンヴァルトの対岸にヅォーク領のクブールがあり,さらに南に,同じくヅォーク領のドンナーハルがある.逆に人類種は魔族領に進攻した経験は少なく,未知の領域でもある.
なお,東にあるクルメルフルスの周りは3つの巨大な攻撃性森林に囲まれる形になっており,人類種も魔族も進行不可領域になっている.
西にあるズュドリヒツィターデル要塞の南には巨大なマッサクレ湖がある.この湖にすむ主一族“マッサクレ=イール”があまりにも強力であり,金属でできた船ですら破壊されてしまうので,ここも突破することができないのである.マッサクレ湖の北西岸とヴェステローテヴァル山脈の間は通行することができるが,ここはズュドリヒツィターデル要塞の守備範囲になっている.要塞の主砲“レーヴァテイン”と要塞遊撃隊がここを通過する魔族軍を抑えている.
ヴェステローテヴァル山脈にあるドワーフ領であったフィーレリザーフェン鉱山が魔族軍に陥落したことで,魔族軍は鉱山を通って,山脈の南から北へ抜ける通路を確保できていたのであるが,鉱山で大規模な崩落事故が起こり,大部分が埋まってしまったのである.
そういうこともあり,ズーデンヴァルトとクブールの間が唯一の渡し場だったともいえるのである.




