閑話 第7話 言ったら逃げそうだったので
エルフ朝デュモンド ユグドラシルの森 白麗神木の館 控えの棟
- 第6紀 364年3月17日(風曜日)3刻
「女王陛下に失礼がないようしていただかないと困りますので,…(以下,省略)」
前々日に,参詣に行くと,まずは重度の女王崇拝派の役人たちが女王陛下に対する礼儀作法を講義し始めた.アベルは礼儀作法なら理解していると言ったものの,役人たちは聞く耳を持たず,淡々と説明を続けた.その中で,決して女王陛下と視線を交わされてはならないと何度も忠告された.
前日になると,豪華な食事に招待され,その後,沐浴させられ,丁寧に身を清められたのちに,参詣用の緑の衣のサイズ合わせをさせられた.
当日の朝,香をつけられて,その衣に着替えさせられて,女王陛下と対面する.
“白麗神木の館”はまるで森の中を歩いているような印象を受ける.というのも,壁が自然の木でできており,屋根は一面広葉樹の葉っぱが覆われているからであろう.床はつるつるの木でできているが,これらもすべて生きた木である.そんな参道が2キロメルテも続いており,館は非常に大きく,決して直線を使わない自然美あふれる美しい曲線の建物である.
前の面会者たちと思われるエルフたちとすれ違う.こちらが褐色エルフであることに驚いている.そして,コソコソとうちわで何か話をしている.感じ悪いなと思いながら,女王のいらっしゃる女王座の間に入る.ここまで案内してくれたエルフはお辞儀をして,下がっていく.
女王座の間も一言でいえば“森”である.立派な大木,きれいな池,緑薫る生い茂る草々,美しい色と形に甘い香りを放つ花々,輝く粒子が現れては消える清浄な空気,そして,一本の緑豊かな木が高い位置に女王座を形作る.
そこに白い飾り気のないくるぶし丈のドレスを着た容姿端麗な年齢不詳のエルフが品を作って座っている.その姿は芸術そのもの.金髪を腰まで伸ばし,アーモンド形の大きな目にふさふさで長いまつ毛が映える金色の瞳,弓のような細く美しい眉,淡いピンクの唇,透き通るような白い肌,手足はとても細くて長く,指も細く長い.エルフ特有の6本の指を持っている.体の線はしなやかで調和した曲線が柔らかさを感じられるようだ.その存在感は存在そのもののから放たれる輝きのようだ.もし,視線が合ってしまったら,この方に命を捧げても良いと思えるくらいの魅力があった.神にもっとも近い方,そういう神々しさがある.
女王座の周りには6人の姫騎士隊が立っており,その斜め前に六大臣たちが左右に分かれて机のような木の後ろに,椅子のような木にもたれるように座っていた.それ以外に下級官僚たちが優雅な歩みながら往来していた.
「イルミンスールの森,森長代行,アベル・ル・ノートル様.ご来訪ぅー.」と,進行官が声を上げる.
アベルとエリザベートは天井から光が差し込んでいるところまで進み,最高礼のお辞儀をする.机と椅子は用意してくれなかった.どうやら,独立自治区の代表は大臣たちとすら対等ではないらしい.
「白エルフの輝ける奇跡,ユグドラシルの恩寵を与えられし申し子,エルフ朝デュモンドの女王陛下,この度はご面会下さり,恐悦至極にございます.イルミンスールの森,次期森長エメリーヌ・ラ・フォルジュの代行,エルフ軍総大将アベル・ル・ノートルでございます.今日は御神木ユグドラシル様に赤い太陽ゾーラスのマナが降り注ぎ,益々ご清栄のこととお慶び申し上げます.ユグドラシル様の恩寵のもと,・・・(エルフ流の挨拶は長いので以下省略)」
「はじめまして使者殿.口利きをさせていただきます“女王の口”ウリエリーナ・ラ・フォルジュと,申します.はるばるイルミンスールの森からお越しいただきましたこと,そのご用向きをお聞かせいただきたく.」
エルフの女王は先ほどから右手の甲をあごにあてて,物静かに考え事をしながら,こちらを穏やかでどことなく冷めたような目で見つめていた.
大臣たちはそれぞれ難しい顔をしている者もいれば,興味のないような顔をしているものまで,それぞれだ.しかし,6人誰も歓迎しているような顔ではなかった.アベルは顔を上げ,しかし,エルフの女王の視線をわずかに避けるように,堂々と胸を張り発言した.
「率直に申し上げます.イルミンスールの森は三度魔族軍に侵攻されております.それと同時に,過去にもあったように“四魔殺”と呼ばれる暗殺者どもが暗躍して,たった15恊年の間に森長の3名を殺害されました.すでに独自でイルミンスールの森を防衛することはかなわず.恥を忍んでお願いに参りました.白エルフの軍勢をイルミンスールに駐屯させることができますでしょうか?」
「ほう,つまりイルミンスール自治区は自治権を放棄して,ユグドラシルの直轄領になる心づもりができたということか?」と,難しい顔をした大臣の一人が発言した.
「それは曲解がすぎるというものです,閣下.現在,褐色エルフ軍は軍の再編を進めており,3軍団あったものを整理して,2軍団に集約,空いた第1軍団の駐屯地を白エルフ軍の拠点としていただきたく考えております.現在,駐屯地の改修と白エルフ軍駐屯地との転移門出入口の作成を始めております.もし,駐屯いただけることになりましたら,イルミンスール自治区から駐屯費用の幾ばくかをお支払いいたします.」
「つまり,金と名誉は与えるから,助けてほしいと.我々,白エルフには何もメリットがないが如何に?」
「現状,我々が提供できるものは多くありません.金と名誉以外には現魔族軍 四魔殺の内,2名の弱点,四魔将の内,1名の戦術,魔族2名の名前だけです.四魔殺の内,1名は1周秒もあればハイエルフを一方的に殺せるとんでもない魔人です.私たちは奴の性状,使用する魔法,そして,討伐できる方法の情報を持っています.」
「ふん!褐色エルフが無能だから,瞬殺されただけではないの?」と,むっつり機嫌の悪い顔をした大臣が言った.
「!」エリザベートは激怒として,殺気を放つ.アベルは手をエリザベートの顔の前に出して,視線をさえぎる.
「大臣閣下.大変失礼ですが,アラグニア大消失の時に,四魔殺になるような魔人どもがとてつもなく強いという記憶まで消失されてしまったのですか?」
「なっ!」
「たった350恊年で,平和ボケされたのですか? 大消失までエルフと魔族は1万年も血みどろの争い続けていたという歴史はどうなされたのです.イルミンスール自治区はユグドラシルの南に位置していて最も魔族領に近いエルフ領です.昔から魔族の脅威を最初に受け止めたのはイルミンスールです.当然,殺された森長たちは戦闘を得意としていたのです.決して弱くはありませんでした.そんな彼女らを1周秒以内に一方的に殺せる魔法を持つ魔人です.脅威にお感じにならないとはどういうご了見で!」
「イルミンスールの使者殿!あなたたち白エルフに喧嘩を売りに来たの?」
「おやめ!」と,凛とした声で女王が言った.あまりにも美しい声であったため,全員が静まり,場に静寂さが訪れる.
「使者殿,ハイエルフを一方的に殺せるのは非常に脅威だと,女王陛下は考えでおられます.」と,“女王の口”と名乗った大臣が女王の言葉を続けた.
「失礼な物言いになり,大変申し訳ございません.女王陛下のご理解の通り,脅威なのは間違いございません.我々,褐色エルフ278名の命と引き換えに得た情報です.駐軍のお約束以上の価値がございます.」
「少しお時間をください.」
白エルフの大臣たちは向き合い声に出さずに,念話で相談しているようだ.というより,いままでもずっと念話で相談しながら,アベルの相手をしていたのだろう.決断は早かった.
「女王陛下,以下,六大臣とも全員の賛成のこと,その情報と引き換えに駐軍を了承しましょう.」と,“女王の口”は言った.「では,情報の開示を.」
「さあエリザベート殿,ここで仰向けに寝て.」と,小声で言った.
「はっ? 何を?」
「いいから早く.」
「…失礼いたします.」そう言い,エリザベートは女王陛下の御前で横たわる.
「偉大なる女王陛下,並びに,六大臣様.この者,エリザベート・ラ・フィーユヴェルトがすべてを見ております.口で説明するよりもわかりやすいと思います.ご覧ください.」
「えっ!【記憶閲覧】されるなんて,聞いてないぞ.」皆に聞こえている.
「言ったら逃げそうだったので,仕方なくだ.許してくれ.後で,お詫びするから.」と,小声で詫びる.
「ア,アベル殿.そんな….」エリザベートは真っ青になる.
「おほん! では,遠慮なく拝見させていただきます.」白エルフ側には本当に遠慮がなかった.
大臣の一人が歩み出て,エリザベートの額に左手を当てて,記憶を閲覧しながら,女王陛下と他の大臣たちに記憶を共有する.エリザベートが見てきたあまりにも凄惨な状況に,白エルフたちもさすがに激怒した.もう,他人事などと言っていられる状況ではなかったことを十分に理解した.
「女王陛下と六大臣閣下には,大変お見苦しいものをお見せしたこと,心苦しい限りです.」
「のう,使者殿.この魔人の討伐方法も判明したと言っておったが,そなたらはどうするつもりであったのじゃ.さらに屍を積むつもりじゃったのか?」
「ええ,おっしゃる通り,イルミンスールには現在,この魔人を討伐できる可能性があるのはハイエルフの姫君しかおりませんので,姫君が相打ち覚悟で差し違えるか,それか多数のエルフ兵士の屍を積んで殺すかの2択しかございません.」
「それは作戦とは呼べんのう.」
「女王陛下はことの重大さを十分に理解なされたとお考えです.派遣する軍にはこの魔人を殺せるマギアスを含めることを約束すると仰せです.この情報がなければ,女王陛下であれ,差し違えることができたかどうかとのこと.陛下におかれましては,もう対策はできたとおっしゃられております.」
「さすがは,人類種最強の女王陛下でいらっしゃる.女王陛下は人類種の希望です.私どもの情報が女王陛下のご安全をより確保できたのなら,ここに参りましたこと無駄足ではなかったと感じております.では,詳細なお話をどなたと打合せさせていただけますのでしょうか?」
「わしじゃ.明後日の朝2刻から“女王の頭脳”の館に来るとよい.今度はちゃんと机と椅子を用意しておく.今日は大変失礼したな.」
その後は話がとんとん拍子に進み,白エルフ軍12,000人を常時派遣してもらうことが決定し,着々と準備を進めていた.
「アベル殿,ここは終了したようだから,もうイルミンスールへ帰るのだろう.」エリザベートはちょっと怒っていた.
「エリザベート殿,まだ怒っているのか.本当にすまなかった.申し訳ないが,旅はこれからだ.次はヴィッセンスブルクへ行く.アラグニア王国政府と話をする.その後は,東方蓬莱朝,最後に,神聖ミカエリアス教会国だ.」
「まさか,他種族に対しても【記憶閲覧】させるとか,言わないだろうな!」
「本当にすまなかった.他種族にはエリザベート殿が説明してくれればいい.」




