閑話 第6話 誰もついてはこないです
エルフ朝デュモンド 褐色エルフ独立自治区 イルミンスールの森
- 第6紀 365年2月58日(火曜日)3刻
「大婆様,俺には無理です.だいたい褐色エルフ族は女性を森長にする伝統です.男の俺が森長になっても,誰もついてはこないです.」と,エルフ軍の軍団長であるアベル・ル・ノートルは言った.
「誰がお前を森長にするなどと言ったのじゃ.わしはお前にこの状況を取り纏める“責任者”にと言っただけじゃ.勘違いも大概にせい.森長にはエメリーヌ・ラ・フォルジュを指名することはもう長老会で決定しておる.まだ,子供には荷が重いからお前に森長代行の職を与えるから,森長を補佐して,この状況を打開するように命令しているのじゃ.」
「大婆様,俺が“そうですか,わかりました.“と,答えるとお思いですか?俺はエルフ軍の責任者ですよ.政治の専門家じゃないし,俺にだって荷が重すぎます.連続して3人の森長が魔人に殺された後の森を治められるものなど,すぐにそんな重要な立場に立てるものなどいないでしょう.こんなに混乱しているというのに,政治のトップが素人とか,それこそ白エルフたちの笑いものにしかなりませんよ.」
「この時世じゃから,軍のトップを政治に入れようとしておるのが,わからんのか?この勢いのままで魔界が溢れてくるぞ.もう,イルミンスール単独では魔族どもを止めることができんのじゃ.お前の得意分野でなんとかせい.」
「それなら,大婆様が森長代行をして,俺が軍を率いたら良いだけではないですか.」
「ただ単に長生きしておるだけの実力のない老いぼれのわしが出しゃばってどうするのじゃ.まさに老害じゃろうて.各国に飛んで調整せんとならぬのに,お前のようなちょうどよい頃合いの血気盛んなものがやる仕事であろう.文句は言わさん.長老会の決定に従うのじゃ.」
(大婆様や長老会は面倒なことをしたくないだけだろう.)と,アベルは腹がたってきた.
「言うておくが,長老会ではお前の評価は高かったぞ.前任者が魔族軍との戦いで星に還った後,軍をまとめ上げ,森長が頻繁に交代する中で,派閥で揺れる行政と軍との間でうまく調整していたと,皆ほめておった.それがお前を推挙された理由じゃ.派閥争いはわしら長老会が調整する.お前は白エルフと諸外国と調整して,軍事協力を仰ぐのじゃ.これに成功した暁にはお前の地位も安泰じゃな.」
「….」アベルは不服ながらも,他国との軍事協力は必要なことは理解していたので,やけっぱち気味に好きにやらせてもらうことにした.
「おい,エリザベート.」
「はっ!」アベルと一緒に呼びつけられていた彼女は戦々恐々としていた.
「正直,状況が状況でなければ,お前は[私は無能です.]と首から看板を下げて,イルミンスールの森中を引きずり回してやりたい所じゃが,そうは言ってられん状況じゃ.お前は魔人を見たものの中で,一番の実力者であることは認める.アベルの秘書,兼,通訳,兼,雑務係として,どこにでもついて行け.」
「寛大なご沙汰,ありがとうございます.」
「それとじゃ.マリアンヌが殺された時,とんでもない失言をしたそうだな.」
「申し訳ございません.グシオニブブの発言の意味が分からず,兵士に聞いたのですが,言い回しが大変不適切だったと反省しております.」
「わしに謝ってどうする!遺族から謝罪を求められているぞ.お前が“独立維持派”として活動していたことは知っている.よいか? これを機に“イルミンスールの森”のために活動するのじゃ.よいな.」
不適切発言の本質が“独立維持派”と“褐色エルフ併合派”との派閥争いが根底にあったことについて,厳しく指摘された.
「はっ!」エリザベートは嫌な汗がだらだらと流れてきた.
「もう,下がって良い.今後の二人の活躍を期待しておる.」
「わたしはもうおしまいだ.はぁ,森から逃げてしまいたい.」
大婆様の住まう樫の木の家から出たエリザベートはしゃがみ込んで,頭を抱え込んでいた.
「エリザベート殿,お願いだから逃げないでくれ.俺が過労で死んでしまう.」
「アベル殿,私はどうすれば….」
「まずは,白エルフの女王陛下に謁見に行きたい.恥を忍んで援軍をお願いしようかと思う.そこで,エリザベート殿には魔人グシオニブブの情報を女王陛下に共有してほしいのだ.」
エルフ朝デュモンド ユグドラシルの森 首都フォレ・デ・ルミエ
- 第6紀 364年3月11日(火曜日)3刻
「アベル殿,まだなのか?」
転移門があれば,どこにでもあっという間行けるが,行った先ですぐにことが運ぶわけではない.
転移した先の白エルフたちの居住区であるユグドラシルの森にある首都フォレ・デ・ルミエの街中も,当然,森の中であった.アベルは白エルフの女王陛下への謁見を求めてから,すでに5恊週間も待たされていた.
エルフ朝デュモンドの首都フォレ・デ・ルミエは,直径10メルテクラスの樫の木が自発的に並んでおり,その巨木の間に魔法で板のように成長させた松などを床や壁にして,大きな葉をつける朴の木を屋根にした家が,生きた植物でできているロープを無数に張り巡らせて,固定され,ロープを使ったつり橋で家々をつないでいた.
褐色エルフたちは積極的に“死んだ木”を柱や板にして利用していたが,白エルフたちは“生きている木”そのものを使って,“死んだ木”を利用しない.ダークエルフという言い方は肌の色が褐色だからというよりも,“死んだ木”を利用していることが“暗い”ということが名前の理由だという.
アベルたちは木の家一軒を貸し与えられ,ずっと待機していた.しかも,未婚の男女を同じところに放り込む配慮のなさであった.エリザベートもアベルも大変居心地が悪かった.夫婦かと思われたのかもしれないが….
「そうだな.…さすがに催促しに行くべきか.」
コンコンコン.ちょうど向こうから来たようだ.
「はい,どうぞ.」
「失礼いたします.イルミンスールの森,森長代行,アベル・ル・ノートル様.来週の風曜日3刻に,白エルフの輝ける奇跡,至高の御方,ユグドラシルの恩寵を与えられし申し子,エルフ朝デュモンドの偉大なる女王陛下,風花輝月のフィユティーヌ・ラ・ベルファーマ陛下がお会いになられるとのことです.前々日の天曜日5刻までに“白麗神木の館”の東にある“控えの棟”までお越しくださいませ.」
「使者殿,ご丁寧なお招きありがとうございます.承知いたしました.では,天曜日5刻に伺います.」
使者は仰々しく礼をして帰っていった.
「はぁ,まだ1恊週間先なのか.白エルフたちは本当にのんびりしているな.」
「エリザベート殿,下手な発言をすると,看板に書く文章がさらにひどいものになるぞ.」
「ぐっ,アベル殿もとんでもない冗談を言うな.」
アベルとエリザベートは5恊週間何もしてなかったわけではない.軍事連合を成立させるために各国へのアプローチの方法やグシオニブブの討伐方法,魔族軍への対抗手段などいろいろと議論を続けていた.
もちろん,イルミンスールの森の森長代行が来ているという話は白エルフたちにも伝わっていたので,女王の外戚,貴族,役人,大商人,軍幹部,自然崇拝派という怪しい団体のリーダーなど,いろいろな人物たちといろいろな話をした.そう言った会話で遠回しに女王への話が重要な内容であり,価値のある物であることをほのめかしていた.




