第6話 大学校 壁守の授業
ヴィッセンスブルク街 上空 48メルテ
- 第6紀 364年4月48日(火曜日)1刻
「ど,ど,どいて くださ いー.」
朝寝坊したリエリはいつもの無地フード付き黒ローブを身にまとい,箒に乗って全速力で飛ばしている.他のマギアスは安全のため,ゆっくりと飛んでいる人たちが多く,リエリはその人たちを追い抜いて飛行していた.
【目覚まし】魔法をかけるのを忘れていたため,寝起きの髪の毛ぼさぼさのまま,三日月の髪留めをして,大学校へ通学する羽目になった.もうどんなに急いでも遅刻確定である.
大学校は街の最南端アラマト山のすそ野に旧アラグニア魔導王朝時代からずっとそこに存在している.リエリの家があるイルメナウ区は街の中心からやや南西側に位置している住宅街であり,比較的大学校には近いがその距離は22キロメルテもある.マギアスが店で購入できる飛行箒は最高速度が30メルテ/周秒以上は出ないようになっている.最高速度なら12周分強で到着できる計算である.もう始業の鐘が鳴っているだろう.
この時間でも箒で行きかうマギアスたちがたくさん見える.人口1200万人の巨大都市は伊達ではなく,本当に人であふれている.人類種が安全に住める土地はわずかしかないので,狭い土地に密集して暮らしているのだ.
箒は飛ぶ高さによって進む方向が決められており,リエリは45~50メルテの高さを南東の方向に全速力で飛んでいた.リエリの真正面から飛空艇が飛んでくるのが見える.飛空艇は100メルテ以上の高さを飛ぶ決まりなのでぶつかることはないが,全長400メルテ以上ある巨大なオリハルコン気球帆船はなかなかの迫力がある.オリハルコンでできた気球に木や鉄でできた船体がぶら下がっていて,帆で風を受けて進んでいる.もちろん,魔法で風を制御して進むこともできるが向かって来る飛行船は自然の風だけで飛んでいるようである.リエリは【風圧軽減】魔法で進行方向からの風を防いでいるが,それでも強い風で髪の毛をなびかせながら,飛行していたからだ.
「飛空艇 ヴェレゲフュール 号. えへへ. 変な 名前. 名前を つけた 人, 見て みたい.」
ヴィッセンスブルクの街は南側をアラマト山と南アラマト川に,蛇行しているエメゾニア河が街の南東~北東に接し,その支流であるヴィッセンスブルク川が北と北西を囲んでいて,自然の地形を有効利用して,6000平方キロメルテの土地を西側のたった110キロメルテの街壁のみで,効率よく囲うことができている.
その西側は平原となっており,いわゆる,“ベヒモス街道”である.ベヒモス*たちが南北に移動するときに使う獣道であり,ベヒモスが通るたびに植物たちがきれいさっぱりなくなり,そして,6恊年ごと,つまり,生えた揃った頃にまた現れる.
人類種の街はベヒモス街道に接していることが多い.森の近くには住めないため,必然的に森を食べて空き地を作ってくれるベヒモスに近寄ってしまうのだ.そして,文字通りの“街道”になっているのである.
大きな街であるため,街の中も魔導レンガで区分けしており,万が一,魔物に侵入されたときでも,区単位で隔離して,他の場所に魔物が行かないように工夫されている.なお,ヴィッセンスブルクは81の区に分かれていて,この区を分ける壁にも“高い塔”がある.
この街の建物はほとんどが魔導レンガで作られているし,洪水対策で川沿いにはもちろん魔導レンガの堤防が作られているし,街の中に兆の単位のレンガがあるはずである.
街並みは家よりも塔が多く,“住居塔”や”高い住居塔”などがたくさん並んでおり,低い建物はほとんどない.馬車が通る太い道,人が通る裏通りなどが入り組んでいて,複雑な街を形成している.
魔導レンガをいろいろな色に染めて,カラフルな街の様相が非常にきれいである.街の中心には最も高い立派な王城があり,その門前町であるセンテル区が商業地になっている.
川沿い南東部には工房が集まっており,錬金工房が街の一大産業になっている.世界最大のコンツェルン,商工会“賢者の錬金窯”の本部がある.北の方はヴィッセンスブルクの人口を支えるための農作地になっており,春は種まきの季節であるので,まだ土の色が目立つ.
アラグニア大消失を免れたヴィッセンスブルク大学校は前時代の作りであるため,古めかしくて仰々しく,そして,威厳があるような雰囲気の建物がいくつも建てられている.大学校の立派な門が見えてくる.
校内は箒飛行禁止のため,門のすぐ外にある大きな円形の箒離着陸場に時計回りで螺旋を描くように着地する.離着陸場の周りには馬車やゴーレム馬車が止まっており,リエリと同じように遅刻してきている生徒たちがちらほらいるのが見える.
「ち,遅刻 した!」
箒とカバンを持って,教室に向かって走る.風でフードが脱げており,ぼさぼさの髪の毛を風でなびかせながら走っていた.
「リエリ,乙女としてどうなんですの? 遅刻になったのは仕方ないとしても,髪の毛ボサボサじゃないですの? 直してあげるの.」
「だ 大丈夫.」
「遠慮しないの.」
「私も手伝うよ.ねぇねぇ,どんな髪型にする?」
この会話の前,ボサボサの髪のまま,1枠目の授業の途中で,しかも間違って教室の前から勢いよく入ってきたリエリは全員の注目を浴びた後,恥ずかしさの余り,後ろ向きに下がり,教室を出て勢いよく扉を閉めた.
すぐさま教授が扉を開け,扉の裏に隠れていたリエリに声をかける.
「入りなさい,フォレシガールさん.」
「…はい.」
真っ赤な顔をして授業に加わった.
そんな1枠目の授業が終わった休み時間に,アンジェとクロエでキャッキャ言いながら,リエリの髪の毛をもて遊ぶ.
「リエリが弄ばれているよ….」
「やっぱり,いつもと違う髪型がいいよね.」
「そうなの.可愛くするの.」
「あわわ.」
その日は複雑な編み込みにして,髪を後ろでお団子にしてもらった.エルフ二人の女子力が爆発していた.
「「かわいい.」の.」
「うん,かわいいよ.」
「あわわ.」
お昼休み時間に第二食堂に行くところで,すれ違う男子生徒が振り返る.
「あんなかわいい娘,いたっけ?」
「あわわ.」
リエリは恥ずかし過ぎて,背の高いエリーの後ろに隠れる.
「リエリも元がいいんだから,もっとおしゃれをしたらいいよね.」
「そうなの.おさげなんて,野暮ったいの.」
「朝 時間が ない よ.」
「おしゃれのために早起きするんですの,そこは!」
「まずはおしゃれ心を育てるのが先だよね.」
ヴィッセンスブルク大学校 24号館 301号教室
- 第6紀 363年5月6日(火曜日)2刻
「壁守の専門課程はだいぶ難しいよね.」
壁守育成課程は2恊年目から専門性が上がってきて,1恊年目の前提授業(つまり,一般教養)とは大きく違っていた.壁守育成課程は“高い塔”から“街壁”を制御する方法とメンテナンスなどに必要な魔法についての講義と,断罪官としての法令や裁判の進行方法などについて講義があり,授業内容は難しいだけでなく,盛り沢山であった.大学校自体がたくさん学生を入学させて,在学中にふるい落とすと言う位置づけなので,授業は非常に厳しいものがあった.やる気がないとついていけないのである.
「うん. 宿題も 多い よ. 知らない うちに 溜まってる. もう 4科目 手が つけられて ない. …どうしよう.」
「リエリ,そんなことではダメじゃないですの? わたくしは家で毎日1刻宿題するって,決めてますの.」
アンジェはリエリのことをかなり心配してそう言ったのだが,リエリはそれを忠告とは受け取らず,嫌味だと受け取った.リエリはハーフであるので,エルフを少し苦手としていた.アンジェはずけずけと思ったことを言ってしまう性格だったため,特に,出会った頃はアンジェを苦手としていた.
しかし,アンジェはもしも自分が悪いと思ったら,それもすぐに言ってしまうので,わかりやすい人物だったのだが,リエリはいまだに第一印象に引っ張られているところがあった.
今回,アンジェが言っていることはもっともであり,宿題はすぐにやらないと溜まってしまうのである.
リエリは嫌なことは後回しにするところがあった.そんなことをすると,大学校ではすぐに置いていかれるのである.2年目はこの3人がうまく,リエリを引っ張っていっていた.
それがなければ,すぐにでも落ちこぼれになっていたかもしれない.彼女は後日,この時のことをとても感謝することになる.
*)ベヒモス : 地竜ともいう.植物や木を主食にする巨大な魔獣.竜の仲間と信じられているが,実は違う.とてつもない魔力量を誇り,人類種ではまったく歯が立たない.攻撃性森林の最大の天敵.




