8 アイリスの魔力
アイリスに"金眼の天使"について話し、ブレイドが皇帝陛下へ手紙を送ったその数日後。皇帝陛下から返事が届いた。
ブレイドはルイスから手紙を受け取ってそれを開いた。
【"金眼の天使の卵"を育てよ。花開くまで二年の猶予を与える。その間"金眼の天使の卵"の存在は秘匿とする。】
無機質な手紙にブレイドは鼻で笑ったが、二年も猶予を貰えたのは良かった。正直半年が限界だと思っていたからだ。
アイリスが人間だということを考慮しての事かもしれないが、助かった。
二年の猶予を貰えたと伝えた時、クレディ達が安堵した気持ちはよく分かる。
しかし、一つだけ。皇帝陛下から条件が付けられた。
【"金眼の天使の卵"に教育係をつけること】
その教育係は皇宮から派遣されるのだそうだ。どのみちアイリスはクレディ侯爵夫妻の令嬢だから、いずれは貴族の社交界に赴かなければならない。それの前準備だと思えば教育係が来るのも全く悪い話ではない。
それが信用に値する人物ならの話だが・・・。
教育係が来るのはまだ少し先だ。教育に忙しくなる前に、ある程度アイリスの魔力を増加させるための活路を見出しておきたかった。
そもそもこの世界の人間は魔力を持たないとされている。そのため前例が一切なかった。
しかし、"魔力は生命力そのものだ"という前提で物事を考えるならば、確かにこの世界の人間に多少の魔力があったとしてもおかしくない。
ブレイドは"金眼の天使"の本を数日かけて読み込んだ。
ブレイドにとってこの本は忌むべき存在だったから、今までまともにこの本を読んだことがなかった。
しかし、今はこの本をもっと早くに読んでおかなかった自分に少し後悔する。
そして、その中にあった一つのヒント・・・。
翌朝、ブレイドは草原にアイリスと向き合って座った。熟読した本のページを開いてアイリスに差し出す。
「治癒能力は、俺たちの使う魔法とは根本的に違う」
アイリスは本を受け取って開かれたページを見た。そこには"金眼の天使"が患者である獣人に手を翳している挿絵が描かれている。その子の手から光が出ているが、よく見るとその光は渦を描いているようにも見える。
ブレイドは本の文面を指でなぞりながら読み上げた。
「"天使は魔力消費を最小限に抑えるために、特殊な方法で治癒を行っているようだった。天使の少女に話を聞くと、'自身の魔力は患者の魔力を動かすことだけに使っている'と答えた。"」
ブレイドは顔を上げると、アイリスを見て言った。
「俺たち異種族は、魔法を使うときに自身の魔力を消費する。しかし、この本に書かれている内容を見る限り、"金眼の天使"は患者の魔力を外部から動かすことによって患者そのものの自己治癒を促すものだと推測できる。」
息絶えたものに治癒能力が効かない理由はきっとこれだろう。患者自身に既に魔力がないからだ。
「ここに"例外として瀕死の患者には治癒師の魔力を多く与えてそれを核として患者の魔力生成を促す"と書かれている。これがアイリスの魔力を増加させるヒントだ」
ブレイドはアイリスを見据えて言った。
「俺の魔力を少量流してアイリスの魔力を動かす。それで増えるかは分からないが、試してみる価値はあるんじゃないか?」
ブレイドの言葉に、アイリスは頷いた。
「うん。可能性が少しでもあるなら、やってみたい」
「わかった」
ブレイドはアイリスから本を受け取ると、それを横に置いた。そしてアイリスの両手を握ると真っ直ぐ彼女を見据えた。
「俺は魔力調節があまり得意じゃない。苦しくなったらすぐに言えよ」
「うん」
ブレイドは深呼吸をすると、自身の魔力をコントロールすることに集中した。
彼自身も人に魔力を流し込むことは初めての試みだった。針の穴に糸を通すような思いで細心の注意を払ってそっとアイリスに魔力を流し込んだ。
「―・・・!」
ブレイドに握られた両手から温かいものが流れてくる。そして、それは腕を伝ってアイリスの体の中心へと集まっていく。
「大丈夫か?」
「大丈夫、なんか体がポカポカする」
アイリスの言葉にブレイドは小さく笑った。
ブレイドの魔力がアイリスの体を通って一つの線を作っているような感覚だった。
胸の中心辺りに熱が増す。先日、ブレイドとアランの手合わせを見ていた時に感じたチリチリと燃えているような感覚がした。
「・・・少し、増やすぞ」
「うん」
細い線が少しだけ太くなったような気がした。
次の瞬間。
「!げほっ!!」
「!」
突然胸が苦しくなって勢いよく咳が出た。すぐにブレイドは手を離し、激しく咳込むアイリスの背中を撫でる。
「大丈夫か!?」
「ケホッ、うぅっ・・・!」
アイリスは何度か深呼吸をして息苦しさを緩和させた。そして、心配そうに自分を見ているブレイドに微笑みかけた。
「大丈夫・・・」
アイリスはそう言うと、ゆっくりと息を吐いてブレイドに手を差し出した。
「続けてくれる?」
「・・・あぁ」
ブレイドは頷くとそっとアイリスの手を握った。
初日はこれを三回して終わった。二年の猶予を貰っているのだからそんなに焦る必要はない、とアイリスに言い聞かせて、あとは今まで通りクレディ達と紅茶を飲んだり草原を散歩したりして過ごした。
二日目。少しだけ咳込む回数が減った。
「苦しくないか?」
「うん、昨日よりかは息苦しくないかな。魔力が増えてる感覚はないけど」
そう言って苦笑するアイリス。確かに昨日に比べたら呼吸も安定している。そんなに早く効果が出るものだろうかと思ったが、暫く様子を見ることにした。
初日と同じく三回で切り上げて、あとは読書をしたりして好きなように過ごした。
毎日これを繰り返して一週間後。
アイリスは高熱を出した。
「頭がクラクラして気持ち悪い・・・」
「すぐにお医者様が来てくれるから大丈夫よ」
口元を抑えるアイリスの背中をフロリスは何度も摩り続けた。
近衛騎士に連れられてきた宮廷医師によりすぐに処置を受ける。
アイリスのことが露見しないためには、なるべく人の出入りを減らすべきだと分かっているが、今はそんなことを言ってる場合ではない。宮廷の対応の早さに感謝する。
診察を終えた宮廷医師はアイリスからそっと手を離して、心配そうに見ているクレディ夫妻を振り返った。
「元々人間には魔力はないのですから、自身に宿った魔力が増えてきて体のバランスが崩れたのでしょう。暫く安静にしていれば回復するはずです。」
医師はそう言ってアイリス用に魔力安定剤を調合してフロリスに渡した。
「これを一日三回服用するようにしてください。一時的に増加を抑えることができる筈です。」
「分かりました、ありがとうございます」
フロリスは深々と頭を下げると、医師はにっこりと微笑んだ。
「お嬢さんは大丈夫ですよ。だって"金眼の天使"様ですから。きっと女神様がお守りしてくださる筈です」
そう言って医師は近衛騎士団と共に宮廷へ帰って行った。
それから一週間が経っても、アイリスの熱は下がることはなかった。
数日おきに宮廷医師が来て診察し、点滴をした後薬を処方して帰るのを繰り返して徐々に体調は良くなっているようだったが、それでも眠っている時間の方が長い日々が続いた。
静かなリビングにいつものようにアランとブレイドが座り、ルイスが立って控えている。
以前はこの静けさが当たり前だったが、アイリスが来てから明るくて賑やかな時間がいつの間にか当たり前になっていたことに今更気づいた。
トントン、と階段を下りてくる足音に、アランとブレイドは顔を上げた。
アイリスに魔力安定剤を飲ませるために二階に上がっていたフロリスが戻ってきたのだ。
「アイリスの様子は・・・?」
二階から降りてきたフロリスにリビングにいたアランが尋ねると、フロリスは小さく息を吐きながら言った。
「薬を飲んでまた眠ったわ。」
「そうか・・・」
アランは溜息をつくと、すっかり冷たくなった紅茶を口へ運んだ。
アイリスが熱を出して十日。ようやく熱が下がり始めたが、アイリスはその日の夕方になっても眠り続けていた。
リビングの空気は重く、時間の経過が異様に長く感じられた。
「・・・少しアイリスの様子を見てくる。」
ブレイドは立ち上がって、二階へと続く階段へ向かった。
この十日間、何度この階段を上がっただろう。
アイリスの部屋のドアを控えめにノックする。返事は返ってこないから、今日もまだ眠っているのだろう。
音を立てないようにそっと開けて中に入った。
静かにベッドに歩み寄ると、薄暗い部屋の中でアイリスは静かに眠っていた。
薬が効いているのか、今朝よりも顔色は良く、呼吸も安定していた。
滲んだ汗で前髪がアイリスの額に張り付いている。ブレイドはそっとアイリスの髪を払った。
「(わざわざ苦しんでまでやることなのか・・・?)」
ずっと胸に抱えていた疑問。
"このまま、上手くいかなければいい・・・"
そう囁く自分がいる。このままアイリスが目覚め、彼女の魔力が増えず、治癒能力が使えるレベルにならなければ、アイリスはこのまま・・・ここで平和に暮らせる。
こんなに苦しまなくて済む・・・。
ベッドで眠るアイリスを静かに見つめていると、彼女の瞼が震えてゆっくりと金色の瞳が現れた。
「!」
「ブレイド・・・?」
掠れた声で名前を呼ばれて、ブレイドは頷いた。そっと頭を撫でてやると、ブレイドの手がひんやりと冷たくて、その心地よさにアイリスはホッと息を吐いた。
「大丈夫か?」
「うん、大分楽になったよ」
アイリスはそう言って控えめに微笑んだ。
「・・・」
ブレイドはアイリスの手をそっと持ち上げて握り締めた。
「(アイリスに、もう治癒師になるのは止めるように言ってしまおう。もうお前が苦しむところを見たくない・・・)」
ゆっくりと息を吐いてそっと口を開くと、ブレイドが言葉を発するよりも先にアイリスが話し始めた。
「さっきね、お医者様が私の魔力量が増えたから熱が出てたんだって言ってた。一気に増えすぎて魔力が体に馴染むのに時間がかかってるんだって。・・・ふふっ、成果ありだね?」
そう言って笑ったアイリスに、胸が苦しくなった。
アイリスは、ただひたすら前を向いて歩いている。
今回の高熱も、ブレイド達のようにマイナスにばかり考えているのではなく、好転反応なのだと彼女はプラスに捉えていた。
アイリスはブレイドに繋がれたままの手を自身の頬に持っていき、ブレイドの手をそっと当てた。
「熱が下がったらさ・・・練習、付き合ってくれる?」
ニコッと小首を傾げて弱々しくも綺麗に微笑んだアイリスに、ブレイドはただ頷くことしかできなかった。
少しでも面白いと思っていただけましたら、ブックマークやいいね、評価を頂けますと嬉しいです。
作者のやる気に繋がります!
今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




