7 金眼の天使
自室から本を持ってきてブレイドに手渡すと、彼はその本に右手を翳した。
ポウ、という音と共に魔法陣が現れて本が勝手に開いた。白紙のページがパラパラと動き、次々と文字が浮かび上がっていく。
その様子をアラン、フロリス、ルイスと共に見守った。
魔法陣が消えると、本は本来の姿を取り戻したくさんの文字が書き連ねられたものになっていた。
ブレイドはとあるページを開いてアイリスに手渡した。
「この本は、金色の瞳を持つ子供の存在について書かれている。」
アイリスが本に視線を落とすと、獣人や魚人らしき少女三人が描かれていた。
彼女たちは一様に十歳から十五歳くらいに見える。
「帝国で今まで把握してきた金眼を持つ子供はそこに載っている奴らだけだ」
帝国の歴史についてルイスさんから借りた本で少しだけ勉強したが、帝国は約二千年続いている。その二千年の間に現れた金眼の子供はたったの三人。
「金眼を持つ者は滅多に現れない。彼らが現れるのは帝国に厄災が舞い降りた時だけだと言われている。」
「厄災・・・」
「その理由は、金眼を持つ子供はみんな治癒能力を持っているからだ」
一枚ページを捲ると、そこには獣人の少女が人の怪我を癒しているような挿絵が描かれていた。
「この世には医者や薬師は多く存在するが、治癒師はいない。治癒師は患者が生きている限りどんな怪我や病気も治すことができると言われている、本当に特別な存在なんだ」
ブレイドは、アイリスを見た。
「アイリス、お前は金眼を持っているが、魔力を持たない人間だ」
「!」
「このまま帝都に行かせてしまえば、金眼というだけで治癒能力があるのではないかと周りは勝手に期待する。無理矢理お前を研究材料にする貴族も現れるかもしれない。
だから、そうならないよう、すぐにクレディ達の養子にする必要があったんだ」
ブレイドは半年前の、"あの日"の事を話し出した。
草原でアイリスを見つけた時、すぐにブレイドは彼女が人間だと分かった。
この世に存在する異種族と人間の混血は、異種族の特徴である耳や爪、牙などが必ず体のどこかに現れる。
アイリスにはその特徴が一切無かった。
クレディ達はすぐに帝国に知らせると同時にルイスに指示を出した。
「結界の張られたこの草原に、何故お前が入ってくることができたのか」
この屋敷を取り囲むように張られた大きな結界には、許可した者だけしか出入りすることができない。
なのに、その結界の内側にアイリスは現れた。
ルイスが鷲の姿になって巡回し、元となる魔法石などを確認した限りでは結界の綻びはどこにもなかった。
その間、クレディの報告を聞いた帝国はすぐにアイリスの身元を調べはじめた。
鼠の騎士団、近衛騎士団など情報漏洩を防ぐ事ができる少数精鋭部隊を集結させて。
そして、報告が来たのがあの手紙――。
アランはあの日に持っていた手紙を取り出すと、静かに読み上げた。
「少女の特徴と重なる行方不明者、遭難者、他国からの不正入国者、不法滞在者、その他・・・なし」
アランは手紙を折りたたむと、アイリスを見据えて言った。
「三人の金眼の少女たちには、共通して親がいない。当人も親の存在を覚えていなかったそうだよ」
「!」
「獣人や魚人なら特定できそうなのに、その子達も親の存在が確認できなかったんだ。
それが、神が地上に遣わせた子供、"金眼の天使"と呼ばれる理由だ」
アイリスは初めて聞く事実に口を押さえた。
今までアイリスは、この体には元の持ち主がいて、彼女の魂が消えたことにより、転生した自分の魂が偶然そこに入ったのだと思っていた。しかし、それは違ったのかもしれない。
もしかしたらこの本に描かれている三人も・・・。
自分がこの世に転生したことにより、その日だけで多くの者が動いた。それだけで金眼を持つ者という存在の大きさが分かる。
しかし、アイリスは金色の瞳を持っていて親がわからない出自がわからないということが共通しているだけで、一番肝心な魔力を持つ異種族ではない。
アイリスは膝の上で拳を握りしめて顔を俯かせると、ブレイドがそっとアイリスの手に自身の手を重ねた。
「俺もクレディも、ここでお前が能力に目覚めることなく平穏に暮らしてほしいと思っていた。だから今まで話さなかったんだ」
ブレイドはそう言うと、ゆっくりと息を吐いた。
「・・・でも、状況が変わった。」
ブレイドの言葉に、アランとフロリスが顔を上げた。
「それって・・・!」
ブレイドは俯いているアイリスの頬にそっと手を添えて顔を上げさせた。
深紅の瞳と金の瞳が交わる。
「アイリス、お前には魔力がある。」
ブレイドの言葉に、アランとフロリスの息を呑む声が聞こえた。
それは喜びの声ではなく、戸惑いと悲しみを含んだ声。
ブレイドはアイリスの頬を撫でながら言った。
「"金眼の天使"と呼ばれる理由はもう一つある。
どんな怪我も生きている限り治せるという貴重な存在が故に誰もがその力を利用しようとし他国家や貴族間で争いが生まれる。そして、戦争や災害が起きた時に国から駆り出される。
魔力は生命力そのものだ。帝国や貴族が好き放題に使って魔力が無くなれば・・・命を落とす」
ブレイドは眉間に皺を寄せた。
「だから、"金眼の天使"に十六歳の成人を迎えられた者は、いない」
頭を殴られたようだった。
洋服屋の店員が"金眼の子供が現れるのは喜ばしいことだ"と言っていた。
確かにそうだ。帝国にとって治癒師という存在は貴重で、金眼の者が現れたという情報だけでみんな喜ぶ。
しかし、現実は"金眼の天使"を酷使して短命で終わらせてしまう残酷なものだった。
「アイリス」
ブレイドは頬から手を離し、アイリスの両手を包むように握って言った。
「お前はどうしたい?」
「え・・・?」
アイリスはブレイドを見た。ブレイドは変わらずアイリスを見据えている。彼の口が言葉を紡いだ。
「まだお前の魔力はとても小さい。だからこのまま、今まで通りここで平穏に過ごすことができる」
「!」
彼は選べと言っているのだ。
今までと変わらずここで過ごすか、"金眼の天使"として治癒師になるか。
静かなリビングに時計が時を刻む音と、自分の心臓の音だけが響く。
アイリスは大きく深呼吸をした。
一度にたくさんの事を聞いたから頭が少しクラクラした。
でも、アイリスの気持ちは、既に決まっていた。
「私は、後悔する生き方をしたくない。」
自分が治癒師だったら大切な人を助けられたかもしれない。そんな後悔をしながら人生を終わらせたくない。
"私"が命を落としたあの日のように・・・。
「私は、治癒師になりたいっ」
アイリスの言葉が静かなリビングに響いた。
ブレイドはゆっくりと息を吐いた。
「・・・わかった」
そう言ってアイリスの頭にポンと手を乗せると、小さく微笑んだ。
アイリスがアランとフロリスを見ると、二人も微笑みながら頷いてくれた。
「アイリスは私達の大切な娘だ。治癒師になったら、君が幸せに長寿を全うできるよう精一杯口出しさせてもらうよ」
そう言って笑ったアランにアイリスはクスクスと笑った。
「アイリス」
フロリスは椅子から立ち上がると、アイリスの前に屈んで彼女の体をそっと抱き寄せた。
「とっても愛おしい子。私は貴女が金色の瞳でも、そうじゃなくても、貴女を私の子供にしていたわ」
「フロリス・・・」
「大好きよ、アイリス」
アイリスの頭を優しく撫でながら紡がれたフロリスの愛の込もった言葉に、アイリスはフロリスの背中に腕を回して彼女の温かさに目を閉じた。
その後、ブレイドはクレディ家の客間に入り、手紙を書き始めた。
「それは、皇帝陛下への手紙でしょうか?」
「あぁ。アイリスと・・・今後について報告する為にな」
ブレイドは手紙を書き終えると、便箋に入れてその上に溶かした蝋を垂らした。そしてそこに印を押し付ける。
ブレイドは部屋のドアの前に立つルイスとアランを振り返った。
「帝都・・・宮廷に行く日を少し延ばしてもらうように書いた」
「!」
「俺は、アイリスの魔力が落ち着いてから行く。」
ブレイドの言葉に、アランとルイスが頷いた。
「分かった。そうフロリスにも伝えておくよ」
「あぁ」
ブレイドは短く返事をすると、深く息を吐いた。
何か思い詰めている様子のブレイドに、アランは言った。
「・・・アイリスに、君自身のことを伝えるか、悩んでいるのかい?」
アランの言葉に、ブレイドの肩が小さく揺れた。ブレイドの瞳がアランへと向けられ、小さく鼻で笑った。
「悩まないと思うか?」
「・・・すまない」
アランは失言だったと思いながらブレイドに謝罪の言葉を呟いた。
ブレイドはそっと窓の外を見た。屋敷の前でライオンになったフロリスを撫でているアイリスを静かに見つめる。
すると、ブレイドの視線に気づいたアイリスがこちらに向かって少し恥ずかしそうに手を振った。
そんな純粋で綺麗な彼女に、ブレイドの心はズキズキと音を立てて傷がつけてられていく。
「言わなければならないことは分かってるんだ。」
それでも・・・
「それでも、今だけは・・・、俺のことを"ただの異種族の男"としてアイリスには見ていてほしいんだ」
ブレイドの言葉が哀し気に響いた。
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今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




