6 ブレイドの過去
朝、目を覚ますと何やら外で声が聞こえた。
アイリスがベッドから起き上がってカーテンを開けると、そこには木剣を片手に向かい合っているブレイドとアランの姿があった。
すぐに着替えて一階に降りると、朝食をテーブルに並べていたフロリスが顔を上げた。
「おはよう、アイリス。どうしたの?そんなに急いで」
パタパタと走ってきたアイリスにそう問いかけると、アイリスは屋敷の外を指差した。
「ブレイドとアランが外にいるのが見えて・・・!」
「あぁ、見に行きたいのね!行ってらっしゃい。あとで朝食にするから早めに戻ってくるのよ?」
フロリスの言葉にアイリスは頷くと、すぐに玄関のドアを開けて外に出た。
朝日が昇ったばかりの少しひんやりとした空気がアイリスの頬を撫でて両手で自身の体を抱き締めた。
玄関を出てすぐの場所に立っていたルイスがアイリスに気づいて頭を下げた。
「おはようございます、アイリスお嬢様」
「おはようございます、ルイスさん!あの・・・ブレイドたちは何をしてるんですか?」
ルイスの隣に立ちながら尋ねると、ルイスは木剣で対峙するブレイドとアランに視線を戻しながら答えた。
「ブレイド様はアラン侯爵と手合わせをしているのですよ。」
「手合わせ?」
「はい。アイリスお嬢様が来られる前まではほぼ毎日手合わせしておりましたが、今回はかなり久しぶりですな」
ルイスはそう言ってフォッフォッと笑った。
カンカン、という木剣が激しくぶつかり合う音と二人の息遣いが響き渡っている。
初めて見る手合わせに、アイリスは木剣だと分かっていながらも怪我をするのではないかとドキドキしながら二人を見守った。
ブレイドが木剣を振るうときに、彼の手首にキラリと光るものが見えた。
「・・・?」
それは金色の腕輪だった。ブレイドの両手首にそれが付けられている。
「(ブレイド、あんな腕輪つけてたっけ・・・?)」
いつも少し大きめの長袖を着ているから彼が腕輪を付けていることに全く気付かなかった。
「・・・っ!」
一瞬、胸の奥がチリっと熱くなったような感じがした。
突然の感覚に息苦しくなって大きく息を吸うと、すぐに胸の熱さは消えていった。
「(なに、今の・・・)」
一瞬ブレイドがこちらを見た気がした。
すると次の瞬間。カンッ!という一際大きな音が鳴り、ブレイドの木剣が弾き飛ばされた。
「!」
それは弧を描いてアランの後方の地面へと突き刺さる。
「勝負あったね」
アランはブレイドの首元に木剣を突き付けてニッと口角を上げた。
「余所見はいけないよ、ブレイド」
「チッ・・・」
ブレイドは悔しそうに顔を歪めると、自身の首元に突き付けられたアランの木剣を払い除けて自分の木剣を地面から引き抜いた。
「おはよう、アイリス」
アランが近くに置いていたタオルを拾って汗を拭きながら言った。
その隣でブレイドがいつもよりも更に不機嫌そうな顔でルイスからタオルを受け取っている。
アイリスは少し残っている息苦しさと動悸を落ち着かせるようにゆっくりと息を吐くと、ルイスとブレイドに向かって微笑んだ。
「おはよう、・・・えと、私二人の邪魔しちゃったかな、ごめんなさい・・・」
アイリスが不機嫌そうなブレイドをちらりと見て申し訳なさそうに言った。
そんな彼女に対しアランはきょとんとすると、すぐに笑い始めた。
「いやいや、気にしなくていいんだよ!君に気を逸らして油断したブレイドが悪いんだから。ね?ブレイド?」
にこにこと笑いながらアランに問いかけられ、ブレイドは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「さ、なら手合わせはここまでにして、朝食にしようか」
そろそろフロリスの雷が落ちるころだ、と言って苦笑したアランにアイリスはクスクスと笑った。
フロリスは優しく穏やかだが、時間やルールを守らなかったりすると物凄く怒る。声を荒げる怒り方ではなく、にこにこと圧を込めた微笑みで。
「そうね、早くいかないと」
アイリスはそう言うと、ブレイドを振り返った。
「じゃあ、またあとでね、ブレイド」
「あぁ」
ブレイドが短く返事をしてくれたのを確認して、アイリスはアランと共に屋敷の方へと歩いて行った。
「・・・・・・」
ブレイドは、彼女のその後ろ姿を静かに見つめていた。
ルイスが彼にそっと声をかけた。
「さぁ、ブレイド様も一度お屋敷に戻りましょう。朝食の時間をとうに過ぎておりますので。」
ルイスに促されてブレイドはゆっくりと息を吐くと、自分の屋敷に向かって歩き出した。
朝食を終えてフロリスと共に片づけをした後、アイリスは書庫に入って次に読む本を選んでいた。
「(もう子供向けの物語はほとんど読めるようになったし、次は少し難しい本に挑戦してみようかな・・・)」
ブレイドもいるし、分からないところは彼に聞いたらなんでも教えてくれる。
どんな本がいいか背表紙を眺めていると、ふと一冊の本に目が留まった。
黒地の表紙に金の文字で題名が書かれている。
「"金眼の天使"・・・?」
金眼・・・金色の瞳・・・。
「アイリスー?」
「!」
突然フロリスから声を掛けられ、咄嗟に持っていた本を背中に隠した。それと同時にフロリスが書庫の入り口から顔を覗かせた。
「ここにいたのね」
フロリスはアイリスの姿を見つけて微笑むと、手に持っていたティーセットを掲げた。
「紅茶を淹れたの。少しお話ししましょう?」
「ありがとう、本を選んだら行くから先に行ってて?」
「分かったわ」
フロリスは頷くと、そのままリビングへと歩いて行った。
「・・・・・・」
フロリスが行ったのを確認して、背中に隠していた本をそっと取り出す。
先日から気になっていた。
何故街へ出かけるのに瞳の色を変える必要があったのか。
それと、洋服専門店の店員が言っていた言葉――。
二人はアイリスに聞こえていないと思っていただろうが、静かな店内では離れた場所にいたアイリスにも二人の会話が聞こえていた。
"金眼の子が現れることは素晴らしいこと"。
そう店員は言っていた。
しかし、フロリスはその話に一切触れない。
きっと、聞いても教えてくれないような、そんな気がした。
アイリスは他の二冊の本の間にその本を挟むと、二階の自室へと駆け上がった。
本を自室の机に置いた後、一階に降りてフロリス、アラン、ブレイドと共にテーブルを囲んで座る。
いつものようにルイスはブレイドの後ろに立ってアイリスたちを見ていた。
「アイリス、君に伝えておかないといけないことがあるんだ」
紅茶を一口飲んだ後、アランはアイリスを見て言った。
真剣な表情なのはアランだけでなく、フロリス、ブレイドも同じだった。
アイリスはこくりと頷いてアランの言葉を待った。
「実はね、アイリス。近々私とフロリスはブレイドを連れて帝都に行かないといけなくなったんだ。帝都にはブレイドの親がいるからね」
「そうなの?」
「あぁ」
アランの言葉にブレイドは頷いた。
「それで・・・その、アイリス。君にはここに残っていて欲しいんだ」
「帝都でいくつか回らないといけなくて・・・アイリスを帝都の屋敷に一人残してしまうのは心配なのよ」
「ここなら慣れてるだろうし、ルイスが一緒に残ってくれるから・・・」
とても言いづらそうに伝えるアランとフロリス。
アイリスは微笑むとこくりと頷いた。
「分かった。私もここの方が落ち着くし、ルイスさんもいてくれるなら安心だもん」
そう言ってルイスを見ると、ルイスは微笑みながら右手を左胸に当てて頭を下げた。
アイリスの言葉にアランとフロリスはホッと息を吐いた。
「紅茶のおかわりいるかしら?」
「そういえば、ルイスがケーキを持ってきてくれてたね。切り分けて一緒に持ってこようか」
アランとフロリスは立ち上がると二人でキッチンへ入っていった。
アイリスはそんな二人を見送った後、ゆっくりと息を吐いた。
きっとこれも自分に話せない事情があるのだろうと分かった。たぶん、今回の金眼の話と繋がっている気がする。
早くあの本を読んで知りたい。そう考えていると、アラン達の話の時からずっとアイリスの顔をジッと見つめていたブレイドが唐突に口を開いた。
「――・・・なぁ、アイリス」
「!なぁに?ブレイド」
我に返ってブレイドを見ると、彼は真っ直ぐアイリスを見据えたまま言った。
「最近、変わったことはないか?」
「変わったこと?」
「あぁ、なんか体がおかしい・・・とか。」
ブレイドが目を細めながら言った。何か探るような視線に胸がどきりとする。
「何も、ないと思うけど・・・」
「・・・そうか。」
ブレイドはそう言うと、ティーカップを持ち上げて口へと運んだ。
そして小さく息を吐くと、またアイリスへと視線を戻して言った。
「少しでも息苦しいとかなんかあったらすぐ言えよ」
「え?」
「いいな?」
「・・・わかった」
真剣なブレイドの表情に、アイリスは頷いた。
息苦しい、か・・・。
「そういえば・・・」
「ん?」
「今朝、ちょっと息苦しい時があったかも」
アイリスの言葉にブレイドの眼差しが変わった。
「今朝?」
「う、うん。でもほんの一瞬だったし!全然大したことないから・・・」
一気にブレイドの空気感が変わって、たったの一回それがあっただけなのに重大なことのようにとらえられてしまったとアイリスは慌てて付け足した。
しかし、ブレイドの表情は変わらない。
「手、貸してみろ」
有無を言わさぬ雰囲気のブレイドに、アイリスはそっとブレイドに手を差し出した。すぐにその手を握るブレイド。そして、その様子を同じく真剣な表情で見守るルイス。
静かになったリビングにアイリスは戸惑いながら、目の前で私の手を握って目を伏せているブレイドの端正な顔を見つめた。
「どうでしょう?」
「・・・」
ブレイドはゆっくりと息を吐いて閉じていた目を開けると、アイリスを見据えて言った。
「何かあったら小さいことでも何でもいい、すぐに言え」
ブレイドの言葉に、アイリスは頷いた。
それと同時に、胸の中が少しモヤモヤした。
「(私は、ブレイドのこともアランとフロリスのことも何も知らない。私に何か隠し事をしてることも分かってるけど、みんなを困らせたくないから黙ってた。なのに私には何でも言えって・・・)」
アイリスはブレイドに放されてひんやりとした手を自分の膝の上に乗せて拳を握りしめた。
「(私のことを思って言ってくれてるのは分かる。でも・・・)」
ブレイドのことを何も知らない、何も聞かない自分が無性に嫌になった。
アイリスは顔を上げると、ブレイドを見て言った。
「ねぇ、ブレイド」
「ん?」
「・・・ブレイドは、どうしてその腕輪をしてるの?」
ティーカップに手を伸ばそうとしていたブレイドの手が止まった。
ブレイドの視線がゆっくりとアイリスに向けられる。
今までブレイド自身のことについてアイリスはほとんど触れてこなかった。きっと、ブレイドが何の動物なのかを聞いた時以来だろう。
ブレイドは真剣な表情のアイリスを暫く見つめた後、そっと両袖のボタンを外して捲りあげた。
「!」
金色の腕輪。特に装飾もなく無機質な感じの物だった。
ブレイドはそれを撫でながら言った。
「これは、魔力を抑える腕輪だ」
アイリスにも見えるように腕を差し出してくれる。それにそっと触れると、ブレイドの体温が腕輪に伝わっているはずなのに少し冷たく感じた。
「俺は人よりも魔力が多い。だから、これで抑えてるんだ」
ブレイドは腕輪を見つめて言った。
「・・・昔、俺はこの腕輪が壊れて暴走した」
「!」
「だから俺は、この腕輪ばかりに頼らず、ある程度自分の魔力をコントロールできるようになるまで帝都から離れたこの別荘でクレディ達と過ごしているんだ」
ブレイドは過去の出来事を思い返しながら、一つ一つ言葉を紡いだ。
自身の魔力暴走により帝都に甚大な被害を招き、犠牲者を出さぬようにとたった一人でブレイドを抑え命を落とした大切な人――。
「・・・魔力はコントロールできるようになったの?」
「・・・・・・」
アイリスの言葉に、ブレイドはゆっくりと首を横に振った。
「無理だった。だからこのまま魔力に頼らず剣術や体術を磨こうとしたが、結局現実逃避してるだけだと一蹴された。いつまでもここに居続けるわけにいかないと」
ブレイドは苦し気にそう言った後、深くゆっくりと息を吐いた。
「・・・で?」
「え・・・?」
突然いつもの仏頂面に戻ったブレイドがアイリスを見た。
「他に聞きたいことはねぇの?」
テーブルに肘をつきながらいつもの調子で言うブレイドに、アイリスは視線を泳がせた。
今まで触れないようにしてきたブレイドのこと。まさか腕輪のことに続けてブレイドの過去の話も聞けるとは思っていなかったため、これ以上踏み込んだ話を聞いてもいいのか悩んだ。
繊細な部分に触れてしまった今、これ以上聞かない方がいいかもしれない。
「・・・ないよ」
アイリスがそういうと、ブレイドは少し目を細めた。
「あるだろ、他に」
そしてそっと上に向かって指を差した。
「お前が二階に持ってった本」
「!!」
「あれ、一人で読めんのか?」
ブレイドの言葉にアイリスは目を見開いた。
本を選んでいた時も、二階に持って行った時も、ブレイドはここにいなかった筈だ。なのに何故気付かれているのか。
アイリスの考えが読めたのか、ブレイドがククッと笑った。
「あの本、俺が保護魔法かけてんの。だからお前が持ってったところで読めねぇぞ。」
「なっ・・・!」
まさか先手を打たれていたとは思わなかった。しかし、そこまで厳重にするくらいだから、やはりあの本には金色の瞳に関する重要なことが書かれているのだと確信した。
ブレイドは小さく息を吐いて、アイリスを見据えて言った。
「お前には、知る権利がある。」
「・・・・・・」
「もう話してもいいだろ?クレディ」
ブレイドがそっとキッチンへ続く廊下を見て言うと、ケーキとティーポットをそれぞれ手に持ったアランとフロリスが入ってきた。
二人とも不安そうな、複雑そうな表情をしている。
「・・・アイリスが、それを望むなら」
アランはそう言って、少し哀しそうに微笑みながらアイリスにケーキを差し出した。
そっとアイリスの頭を撫でるフロリス。
アイリスは二人の思いに反することに少し心を痛めながら頷いた。
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作者のやる気に繋がります!
今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




