14 俺のために
「――・・・これが、あの日に起きた全てだ。」
ブレイドはゆっくりと息を吐いた。
あの後、目を覚ましたブレイドの隣のベッドで、ソフィアは眠るように穏やかな表情で息絶えていた。
後悔。
懺悔。
そんな思いに蝕まれてしまいそうな心を、必死に繋ぎとめていると、アイリスを抱き締めている自身の手に温かいものが落ちた。
そっと顔を下に向けると、アイリスは静かに涙を流していた。
その温かい涙が、ブレイドを現実へと引き戻してくれる。
腕の中にいる愛おしいアイリスの頬を伝う涙を、指先で優しく拭った。
それでも、金色の瞳から次々と溢れる綺麗な雫に、ブレイドは小さく微笑んだ。
「そんなに泣くな。もうすべて終わったことだ。」
「・・・っ、ごめん・・・」
「謝る必要はない。・・・ありがとうな。」
ブレイドはそう言って、アイリスの額にキスを落とした。
そのまま、アイリスの体を抱き締めて、髪を撫でる。
「その事件の後、問題の政務官たちは尋問にかけられる前に自ら命を絶った。暗殺者たちはすべて雇われた奴らばかりで、尋問しても"俺たちを襲うようにと政務官たちから指示された"ということしか分からなかった。」
政務官たちだけで暗殺計画、誘拐計画を立てたのか、
それとも、裏で糸を引いていた者がいたのか・・・。
「母上の身に起きたことが、アイリスにも起きる可能性がある。お前の治癒魔法は、この世界でお前一人しか使えない、特別なものだからな。生前の母上と状況が似ている。だから、"もしあの時と同じ事件が起きたら・・・"、そう考える者たちも多いんだろう。」
ブレイドは、こちらを見上げたアイリスを見つめた。
「俺にとってお前は、命よりも大切な存在だからな。」
「・・・っ」
「お前に何かあったら・・・俺はきっと感情を抑えられなくなる。
それが、"お前が引き金になる"と言われた理由だ。」
ブレイドの言葉に、アイリスは胸が締め付けられるようだった。
彼の言葉は愛に溢れているのに、それを喜ぶことも悲観することもできない。
複雑な感情が入り乱れ、アイリスは何も言えずにブレイドの瞳を見つめていると、そんなアイリスの想いが分かっているというように、ブレイドはアイリスの髪に指を通しながら頭を撫でた。
そして視線を下げると、左袖を捲り上げ、左手首に付けられた金の腕輪を撫でた。
「・・・今、この腕輪は寿命を迎えつつある。右に付けていた腕輪が外れたのも、俺の魔力を抑え込もうとしたというのもあるが、先に寿命を迎えてしまった、という理由の方が大きいだろうな。
・・・だが、この腕輪を作れるのはヘスス族だけだ。」
アイリスは息を呑んだ。
先程のブレイドの話で聞いたヘスス族。
彼らはソフィア皇妃を最後に滅びている。
「!じゃあ、この腕輪が壊れたら・・・!」
「あぁ・・・、俺の魔力を抑えられるものが無くなる。」
ブレイドはゆっくりと息を吐くと、アイリスの金色の瞳を見つめた。
揺れているその瞳を、深紅の瞳で真っ直ぐ見据える。
「黒竜の魔力は、本人ですらコントロールができないほどの量だと言われている。実際、五年前の俺も、自分ではどうすることもできなかった。
黒竜の魔力が一度暴走すれば、その魔力が尽きるまで暴れ続ける。
だから、もしこの最後の腕輪が壊れて、俺の感情が怒りに呑まれたら・・・
・・・俺は、命を落とすだろう。」
アイリスの目が見開かれた。
哀しみ、戸惑い、絶望・・・そんな感情が入り乱れる。
ブレイドはそんな彼女を見つめながら、口を開いた。
「・・・以前の俺は、そうなってしまう運命を受け入れていた。
その方が良いとさえ思っていた。
・・・だが、今は違う。」
ブレイドは、アイリスの頬に手を添えた。
「アイリス、お前がいる。」
「!」
「"お前と一緒に生きたい"。
・・・お前に好きだと伝え、それにお前が答えてくれたあの日から、俺はそう思うようになったんだ。
だから、この腕輪が壊れてしまっても、俺はどんな手を使ってでも生きてみせる。」
ブレイドの力強い眼差しが、真っ直ぐ向けられた。
覚悟を決めた彼の表情に、アイリスはまた涙が溢れ出してきた。
ブレイドは、その綺麗な涙を掬うように親指で撫でた。
「俺に、何ができるかわからない。でも、お前が傍にいてくれるなら、なんでもできるような気がするんだ。」
そう言って小さく笑ったブレイド。
アイリスは涙を流しながら、微笑んでくれた。
そんなアイリスを愛おしむように、ブレイドは目を細めた。
「お前がいるから、俺は変われた。
お前は、俺の生きる道そのものだ。
・・・だからお前も、
俺のために生きてくれ。」
ブレイドの瞳は、必死に訴えていた。
"金眼の天使"に、成人を迎えた者はいない。
過去三人も、存在を確認されてから数年で命を落としている。
それでも、その運命を受け入れるのではなく、共に抗ってほしい。
その強い思いが、アイリスにも伝わってきた。
ブレイドの言葉に、アイリスは小さく何度も頷いた。
そして、涙を拭うと、ブレイドに向かって綺麗に微笑んだ。
「・・・えぇ!貴方のために、生きてみせるわっ」
アイリスの言葉に、ブレイドは口角を上げて嬉しそうに笑った。
きっと、今まで見た中で、一番の笑顔。
そんな彼にそっと手を伸ばすと、彼はその手に指を絡めて握り締めてくれた。
確証のない約束たち。
それでも、私が生きることで貴方の道が開けるのなら、貴方のために前を向いて生きていこう。
そして、いつか起きてしまうであろう時に、貴方の力になれるよう、貴方を救うための道を探していこう。
・・・そう、心に誓った。
その日は夜遅くまで、二人でベッドに横になって色んな話をした。
この数か月に起きたことを振り返ったり、
たまに草原での出来事を思い出して懐かしんだり・・・。
たった数年で起きたことばかり。
それでも、
"この数年が俺にとって一生分の価値があった"
そう言ってブレイドは笑った。
―――翌日。
いつものようにアイリスを医療棟に送り届けた後、ブレイドはルイスと共に自分の執務室ではなく、父であるゼインの執務室へ真っ直ぐ向かった。
「失礼します。」
ゼインの執務室に入ると、そこには執務机に向かって座るゼインと、彼の前に立つアランの姿があった。
「!クレディ」
「やぁ、ブレイド。久しぶりだね。」
アランはこちらへ向かって歩いてきたブレイドの頭に手を乗せてポンポンと優しく撫でた。
「今日はみんなで宮廷に遊びに来たんだよ。フロリスとテオは先にアイリスのところに行ったんだけど、君とは入れ違いになってしまったようだね」
ニコッと笑いかけたアランに、ブレイドは頷いた。
「後でまた医療棟に行くから、その時に会えるだろう。・・・クレディが来ていたなら丁度良かった。ルイス、お前も入ってくれ。」
「・・・?承知いたしました。」
ブレイドがそう言うと、頭を下げながら退室しようとしていたルイスが顔を上げた。
ゼインとアランは顔を見合わせた後、ブレイドへと視線を戻した。
ルイスがアランの隣に立つと、ブレイドはゆっくりと深呼吸をして三人を・・・ゼインを見据えた。
「・・・ゼイン陛下。俺が魔力暴走を起こした場合の対処についてお話があります。」
「「「!」」」
ブレイドの言葉に、ゼイン達の目つきが変わった。
一気に空気が張り詰める。
真剣なブレイドの表情を見て、ゼイン達はブレイドの次の言葉を待った。
ブレイドは、またゆっくりと息を吐くと、口を開いた。
「俺が魔力暴走を起こした時の対処・・・。
"俺が暴走を起こしたと分かった時点で、ルイス卿が俺を殺す"。
そう決めていたと思います。」
「・・・あぁ。」
ゼインは眉間に皺を寄せたまま頷いた。
魔力を抑える腕輪がいつ壊れて魔力が暴走するか分からない。
だから、その取り決めがなされてから今まで、ルイスをブレイドの従者として傍に置かせてきた。
"暴走が始まったら、誰かを怪我させる前に俺を殺してください"
それが、ブレイドの望みだったから・・・。
ブレイドは、険しい表情の三人を見渡すと、ゼインを真っ直ぐ見据えて言った。
「・・・お願いがあります。
その取り決めの見直しをさせてください。」
「!」
ゼインは目を見開いた。
ブレイドの言葉が、静かな部屋に響いている。
「できるか分かりませんが、自分の力で魔力暴走を止めるよう抗いたいのです。
最後まで抗って・・・まだ俺がこの世界に存在していいのであれば、天寿を全うできるまで生き続けたいです。」
「・・・っ」
「また帝都を破壊してしまうかもしれません。ですが、そうならないようゼイン陛下、クレディ侯爵、ルイス卿のお力を貸していただきたいのです。
・・・どうか、共に模索していただけないでしょうか。」
ブレイドの深紅の瞳が、力強くこちらを見ている。
ゼインは、手が震えそうになる中、彼の瞳を見つめた。
・・・これは、夢なのだろうか。
自分の願望が見せる幻覚なのだろうか。
そんなことが頭をよぎるが、自分と同じように驚きと喜びの感情を滲ませているアランとルイスの姿が見えて、ゼインはこれが現実なのだと実感した。
ゼインは歯を食いしばると、深く頷いた。
「・・・あぁ、策を考えよう。」
ゼインの言葉に、アランとルイスも力強く頷いた。
それに安心したようにブレイドは息を吐いて小さく笑った。
「ありがとうございます。」
ブレイドは、深々と頭を下げた。
「用はこれだけでしたので、自分の政務に戻ります。」
ブレイドはそう言うと、踵を返して歩き出した。
いつも見ているはずのその後ろ姿が、一回り大きく逞しくなったように見える。
ルイスがゼインに頭を下げると、ブレイドの後に続いて踵を返して歩き出した。
その拍子に、彼の瞳から光る雫が落ちていくのが見えた。
「―――・・・っ」
傍で見守ってきた、我が子同然のブレイドを手に掛けなければならないという苦しみを、ずっと胸に抱えてきたルイス。
きっと誰よりもブレイドの"その言葉"を待ち望んでいただろう。
ゼインは視界が滲むのを必死で抑えた。
「(・・・ソフィア、聞こえたか?ブレイドが、"生きたい"と言ったぞ。)」
ゼインは顔を俯かせた。
"死なせてください"。
そう言わせてしまった己を、ずっと恨んできた。
後悔し続けていた。
どうすればよかったのか。
ずっと悩み続けてきた。
それが、今・・・報われた。
パタン、とドアが閉まると、アランはゼインの肩にそっと手を置いた。
「・・・良かったな、ゼイン・・・っ」
「・・・っ、あぁ・・・」
ゼインは肩を震わせながら、何度も頷いた・・・。
ずっと自分を責め続けてきたゼイン。
ブレイドが前を向いたことで、彼もまた救われました。
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作者のやる気に繋がります!
今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




