9 布教活動
――ブレイドとアイリスが宮廷で各々の仕事を始めて約二ヶ月が経った。
アイリスが治癒に携わっている間、ブレイドは休憩の合間にアイリスのいる医療棟を訪れ、二人でティータイムをしたり、宮廷と医療棟の間にある庭園を散歩しながら雑談したりという日々を送っている。
そして、時々騎士団の詰所へ行くと、木剣を振るい、騎士たちと手合わせをして、"鍛錬"という名目の元、政務中の鬱憤を晴らしている。
ブレイドのその生活リズムが段々と話題になり、アイリスが治癒の仕事を終えてブレイドのいる詰所へと向かう頃には、いつも詰所に令嬢達が集まっていた。
「今日はブレイド殿下のお髪が一段と輝いていて本当にお美しいですわっ!」
「これは写し絵必須ですわねっ!!」
「汗を拭われるお姿も麗しいですわっ!!」
キャッキャと騒いでいる令嬢達。
イメージとしては高校の体育館で部活をしている男子高生を見て騒ぐ女子高生、といった感じだが、彼女達から聞こえてくる言葉が少々オタクじみていてアイリスは思わず苦笑してしまった。
ちなみに写し絵というのは、前世の世界でいう"写真"のことで、魔法石を入れたカメラのような物で撮影したものを、指定の紙に絵として書き出したものだ。
カメラはこの世界では高価なものだが、貴族の令嬢たちはそれを当たり前のように手に持って、ブレイドのことを撮影している。
ブレイドの元へ行くには、ブレイドのことを一生懸命見ている令嬢たちの前を通らなければならないため、なんとも行きづらい。
そのため毎回彼女たちがいなくなってからブレイドに声をかけるようにしているのだが、今日に限って彼女たちは中々帰ってくれなかった。
さてどうしたものか・・・、と悩んでいると、一人の令嬢がアイリスに気付いてハッとこちらを見た。
そして、その令嬢は他の令嬢にも声をかけて三人でこちらへ駆け寄ってきた。
「アイリス様!」
令嬢たちはアイリスの前に立つと、スカートの裾を握って優雅に頭を下げた。
「"金眼の天使"アイリス・クレディ侯爵令嬢、お会いできて光栄ですっ!」
「私たちアイリス様にお会いできる日をずっと心待ちにしておりましたっ!」
令嬢たちがアイリスに挨拶をすると、一番先頭に立っていた令嬢が手に持っていた小さなバッグをゴソゴソと漁って一枚の小さな厚紙をアイリスに差し出した。
「私たち、こういう者でございます。」
アイリスは差し出された紙を受け取ると、それに書かれている文字を読み上げた。
「"黒竜様の尊さを布教し隊"?」
「左様でございますっ!!」
令嬢たちはにっこりと微笑んだ。
彼女達は詰所と宮廷の間にある庭にアイリスを連れて行くと、アンティーク調の四人がけのテーブル席にアイリスを座らせた。
そして向かいの席に名刺を渡してくれた令嬢が座り、その左右に他の令嬢が座ると、彼女達はニコッと綺麗に微笑んだ。
「まずは、"黒竜様の尊さを布教し隊"隊長のこの私、フローラ・コールマンからアイリス様に、この隊の活動についてご説明させていただきますわ」
アイリスの向かいの席に座る令嬢――フローラは、近くに控えていた従者から資料を受け取ると、アイリスに見えるようにテーブルの上に置いた。
「私達は、主に帝都に住む民たちへブレイド殿下の素晴らしさを伝えるための活動を行っております」
フローラに差し出された資料に視線を落とすと、そこには五年ぶりに帝都へ戻り、アイリスと二人で初めて宮廷を訪れた日から今日までのことが写し絵付きで記録されていた。
「多くの民たちは、ブレイド殿下のことを"邪竜"というイメージでしか知らず、殿下がお生まれになってから一度もそのお姿を目にしたことがない者達ばかりです。きっと直接ブレイド殿下を拝見したのは、前回の皇太子就任式典が初めてという者の方が多いでしょう。」
「そうなんですか・・・!?」
アイリスが驚いてフローラを見ると、フローラは真剣な表情で頷いた。
「私たちは、今までブレイド殿下の事を何も存じておりませんでした。殿下の存在については、殿下がお生まれになった時に帝国から説明があったと父から聞きましたが、宮廷を出入りすることのできるコールマン子爵家である私も、ソフィア皇妃と共に宮廷へ出向かれているお姿を何度か目にした程度でございます。」
「帝都でもお忍びで来られたという噂を耳にする程度で、帝都民はブレイド殿下の事を"厄災"、"邪竜"という言葉からのイメージで勝手にお人柄を決めつけておりました。勿論、私たちも・・・」
令嬢達はそう言って少し悲しげに顔を俯かせた。
申し訳ないという罪悪感を滲ませている彼女達の表情に、アイリスは口をつぐんだ。
宮廷内での政務官や官僚たちの態度を見ていれば、帝都民からの反応も予想がつく。
ゼイン陛下やソフィア皇妃がブレイドを表に出さなかったのは、彼を想うからこそだったのだろう。
フローラは、記録の一番始めのページに貼られた写し絵――初めてブレイドとアイリスが二人で宮廷へ赴いた時の姿を指で撫でた。
「しかし、五年ぶりに宮廷へ来られたブレイド殿下のお姿・・・、アイリス様との仲睦まじいお姿を見て、この"厄災"、"邪竜"というイメージを払拭せねばと思い、私たちは立ち上がりました」
フローラは数枚の紙をテーブルに広げた。
「すぐにブレイド殿下のご様子を記録して広報紙に書き起こし帝都民へ配りましたが、やはり厄災、邪竜としてのイメージが根強く、私たちの活動は中々受け入れてもらえませんでした。」
「・・・・・・」
「しかし、そんな中、"金眼の天使"様であられる貴女様が王族方の前で"あのお言葉"を発言してくださったのです」
フローラはアイリスの謁見の時の言葉を思い返した。
――会場の外まで響いた、凛と澄んだ声。
『私は、黒竜こそが"女神様に最も愛された存在"ではないか、と解釈しております。』
『黒竜を忌み嫌うのではなく、女神様や金眼の天使と同様に崇めるべきではないでしょうか。』
『私を地上へ導いてくれた、黒竜ブレイド・アレクシアン殿下に感謝を。』
フローラは、そっと目を閉じた。
「・・・アイリス様のお言葉は、この世界を変えましたわ。」
そう言って、祈りを捧げるように胸の前で両手を握り締める。
「たったの一日でアイリス様のお言葉が帝都民たちへと広まり、それまで私たちの活動に関心の無かった者たちも興味を持ち始めました。それに合わせて私達もすぐに大量の広報紙を用意いたしました。そしてその翌日に迎えた皇太子就任式典。・・・民衆達の歓声に感動いたしましたわっ」
フローラは目尻に浮かんだ涙を拭った。
そしてアイリスへ優しい眼差しを向ける。
「そこから瞬く間に私たちの活動の幅が広がり、今では帝都民で私たちの活動を知らぬ者などおりません」
フローラは椅子から立ち上がると、アイリスの両手を握った。
「ありがとうございます、アイリス様っ!全ては貴女様のおかげです!」
「・・・!」
「貴女様のお言葉が私たちの活動を後押しし、ブレイド殿下をお救いになっておられるのです!心より感謝致しますっ!」
フローラがそう言って頭を下げると、椅子に座っていた二人の令嬢も立ち上がってアイリスに頭を下げた。
彼女たちの行動に、アイリスは戸惑ったように視線を泳がせた。
「そんな、私は何も・・・」
そして、フローラに握られた手へと視線を落とした。
「私はあの場で演説をしただけで、その後は何もしておりません。私の言葉を活動へと結びつけたフローラ様達こそがブレイド殿下をお救いになっているのです。私はただ、ブレイド殿下のお傍にいるだけなのですから・・・。」
アイリスはそう言って口を結んだ。
そう、私はこの数ヶ月間、何もしていない。
彼の傍にいて、寄り添ってるだけ。
ゼイン陛下は、私のことを"ブレイドにとって必要不可欠な存在"と言っていたが、あの皇太子就任式典の時の歓声も彼女たちのお陰なのだと思うと、私は本当にブレイドにとって必要な存在なのだろうかと疑問に思えてくる。
フローラはアイリスの言葉を聞いて目を丸くすると、令嬢たちと顔を見合わせて突然クスクスと笑い出した。
「"お傍にいるだけ"・・・ふふっ、それがどれほどブレイド殿下を支えていらっしゃるかアイリス様はご存知ないようですわね。」
「え・・・?」
「まぁ、確かにそうですわよね。アイリス様からは、このお優しいお顔しか見れないでしょうから」
フローラ達はアイリスと写し絵の中のブレイドを見てクスクスと笑い続けた後、アイリスにそっと微笑みかけた。
「ブレイド殿下をお救いになっているのは、間違いなくアイリス様ですわ。アイリス様がいなければ私達の活動は成り立ちませんから。」
フローラはそう言った後、少し表情を暗くした。
「・・・ですが、だからこそ一部の者たちから不安の声も上がっているのです。
アイリス様がブレイド殿下の魔力暴走の"引き金"になるのでは、と。」
フローラの呟いた言葉に、アイリスは目を見開いた。
「引き金・・・?それってどういう――・・・」
「アイリス!」
フローラの言葉の意味を尋ねようとすると、突然ブレイドの声が聞こえた。
振り返ると、ブレイドが小走りでこちらへ向かってくる姿が見えた。詰所から急いで来たのか、いつも鍛錬をしている時の格好――ブラウスのボタンを半分まで外し、腕まくりしている姿のままだ。
令嬢達が控えめに黄色い声を上げた。
「お前こんなところにいたのか。別の場所に行くなら一言言っていけ、全く・・・」
ブレイドはそう言いながらアイリスの前で立ち止まると、少し怒ったように溜息をついた。
そして、テーブルの周りに立っている令嬢達を見渡して目を細めた。
「お前達はアイリスとここで何をしてたんだ?」
「あ、いや・・・その・・・」
フローラ達は頬を赤く染めてオロオロとし始めた。
推しであるブレイド本人を目の前にして、緊張と興奮、そして自分達の活動のことを言っていいものか葛藤をしているのだろう。
こんな状態の彼女達からは、もう先ほどの言葉の意味は聞けそうにない。
アイリスは、そっと椅子から立ち上がった。
「今日はお声がけいただきありがとうございました。フローラ様達の活動は本当に素晴らしいです。また今度ゆっくりお話を聞かせてください。」
「は、はいっ!ぜひ!こ、今度お茶会をいたしますので、招待いたしますわっ!」
ブレイドに見られて羞恥の汗をかきながらフローラはそう言ってアイリスに頭を下げた。
アイリスは、そんな彼女に微笑みながら頷くと、彼女たちの反応を訝しげに眺め続けるブレイドを促してその場を離れた。
「アイツらと何を話してたんだ?」
アイリスの隣を歩きながら不機嫌そうに問いかけたブレイドに、アイリスはコッソリと頂いてきた新聞をブレイドに差し出した。
「"黒竜様の尊さを布教し隊"の方々で、ブレイドの魅力を帝都民に向けて発信してるんだって!良かったね、ブレイド」
「「「アイリス様っ!!?」」」
ブレイドと会話をするアイリスの声が聞こえて、令嬢たちから小さな悲鳴が上がった。
"推し活"をしているご令嬢たち。
彼女たちはブレイド単体推し派、竜族箱推し派などに別れ、広報紙、ブロマイドなど多種多様な推し方で布教活動をしています。
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今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




