8 ゼインの思い
静かな宮廷。
ゼインは、自身の執務室で政務官たちの持ってくる書類に目を通しながら小さく溜息をついた。
「(ブレイドは大丈夫だろうか・・・)」
ゼインはブレイドの執務室のある方を見た。
ブレイドが皇太子として最初に宮廷へ赴いた日。
隣の部屋に用意させていたブレイドの執務室からブレイドの鋭い魔力を感じた。
それはものの数分で弱まったが、ゼインが急いでブレイドの執務室を訪れた際にルイスから事情を聞いて納得した。
政務官たちの言動に関してそれが貴族の性なのだと割り切るしかないことを理解しているゼイン。
いくらゼインが牽制して止めさせたところで、結局言わなければ落ち着かない連中だ。
ブレイド自身が断り、拒絶していくしかない。
そう分かっていながらも、ゼインはブレイドのことがずっと気がかりだった。
黒竜だと嫌悪されてきたのに、いきなり掌を返して擦り寄ってくる奴らに対して腹が立たないわけがない。それはブレイドの父であるゼインも同じだ。
しかし、ゼインがあからさまに何度も様子を見に行くと、ブレイドはきっと嫌がるだろう。
ゼインと性格がよく似ていてプライドが高く、尚且つ思春期で難しい年頃である息子、ブレイド。
ゼインは、深く溜息をついた。
「(こんな時、ソフィアならどうするだろうか・・・)」
ゼインは執務机の上に飾っている妻の写真を見た。
綺麗な笑顔をこちらへ向けている彼女。
きっとソフィアなら迷いなくブレイドの執務室に何度も入ってブレイドを慰めるだろう。
それを照れながら拒絶するブレイドの姿が容易に想像できてゼインは小さく笑った。
「(仕方ない、一度様子を見に行ってみるか・・・)」
ゼインは書類を机に置くと椅子から立ち上がった。
ブレイドの執務室をノックして中に入ると、そこには誰もいなかった。
「・・・?」
今日は宮廷にくる日だった筈。
ゼインは訝し気な顔をしながらも、大方アイリスのところにいるのだろうと予想して宮廷を出た。
どのみち金眼の天使として働いているアイリスの様子も見ておかないといけなかったから丁度いい。
ゼインは医療棟へ向かって歩き出した。
すると、宮廷と医療棟の近くに位置する騎士団の詰所から何やら騒がしい声が聞こえてきた。
騎士達が戦闘訓練でもしているのだろうか。
後で見に行ってみよう、と思いながら通り過ぎようとすると、詰所から聞き覚えのある声が聞こえた。
「お前ら帝国一の実力を誇る近衛騎士団なんだろ!?それがこの程度なわけねぇよなぁ?おらさっさと立って構えやがれっ!」
苦悩している筈の、・・・息子の声。
「・・・・・・。」
ゼインは詰所の方を見て汗を流した。
なんとなく状況が想像できる。
若くして皇帝となったゼインが政務官達に日々苛立ちを募らせていた時に、近衛騎士団長兼ゼインの側近を務めていたルイスがゼインに放った言葉を思い出す。
「・・・・・・。」
・・・よし。
とりあえずブレイドは元気そうだから後回し。
二つ目の目的である医療棟に入ると、そこでは医師や看護師達が忙しなく働いていた。
突然部屋に入ってきたゼインに場が騒然となるがそれを手で制してそのまま歩いていく。
すると、一番奥にあるベッドの横に立つアイリスの姿を見つけた。
彼女は患者に両手を翳して丁度治癒魔法を使っているところだった。
ゼインに気付いて頭を下げるエマとロナルドに軽く手を上げると、アイリスの様子を離れた場所から眺めた。
真剣な表情をしているアイリス。
彼女が責任感を持ってこの仕事に向き合っていることが伝わってきた。
「・・・・・・」
ゼインが静かにアイリスを眺めていると、アイリスは治癒が終わって目覚めた患者にそっと微笑みかけた。
そしてゼインの視線を感じたのか、アイリスがゆっくりとこちらを振り返ると、優し気な金色の瞳が見開かれた。
「っ、陛下・・・!」
慌てて頭を下げるアイリスを手で制し、ゼインはアイリスを見据えた。
「不便はないか?」
「!はい、ありません。皆さんからとても良くしていただいて・・・体調もこまめに気遣っていただき、申し訳ないくらいです」
そう言ってまだ驚いた名残からか胸を押さえながら苦笑気味に微笑んだアイリスにゼインは頷いた。
そしてエマやロナルド、医師達と会話を交わしているアイリスを静かに見つめる。
こうやって見ると、アイリスは本当にただの十四歳の少女だ。
金眼の天使だと崇められているが、金色の瞳と治癒能力を持っているというだけで、あとは他の者たちと変わらない、この世界の者たちと同じ、人族の少女。
"金眼の天使がこの世界にいる"という状況に世界が慣れるまで、きっと何年もかからないだろう。
アイリスがこの世界に生きる者たちの病を治せば治すほど、特別感が無くなり、アイリスの存在がより身近なものへと変わっていく。
それと同時に、金眼の天使を崇めよう、敬おうという思いは薄れていく。
"アイリスは人族の少女"。
それに世界が気付いた時が一番恐ろしいのだ。
世界が気付いたその瞬間に、アイリスは"政治の道具"ではなく、"ただの道具"と化す。
他国との争いが起きるのは、その時期が訪れてからだ。
記録としては残されていないが、金眼の天使がその存在を露わにして数年で命を落としているのは、"天使"が"道具"に変わったからだろう。
それを防ぐためにも、ゼインはブレイド達が草原にいる段階でアイリスに教育係をつけて、その頃から彼女に好意を寄せていたブレイドの妻にすることを決めていた。
そして、ブレイドが皇太子に就任する辺りでアイリスをブレイドの婚約者にしてしまえば、例え彼女が"ただの道具"だと世界から見られたとしても彼女の地位は守られ、国を挙げて彼女を守ることができる。
そう考えての決断だったのだが、ゼインが思っていた以上に、ブレイドにとって、アイリスはかけがえのない存在となっていた。
それはアイリスの謁見の時や、先日の執務室でのブレイドの様子を見ていれば分かる。
ブレイドの怒りから溢れ出た魔力を抑えることができたのは、間違いなくアイリスの存在があったからだ。
昔、妻ソフィアが担っていた役割を、今はアイリスが担っている。
特にアイリスは、ブレイドの心の奥深くまで入ってブレイドを支えているとゼインは感じていた。
昨日、執務室でアイリスと話していたブレイドは、今まで見たことがないくらい穏やかな表情をしていていながら、その表情の裏で、必死に彼女を求めていた・・・。
「・・・・・・」
ゼインは、金の腕輪の付いていないブレイドの右腕が頭を過ぎった。
今、ブレイドを抑える物は左手首に付けられている腕輪のみ。
次魔力が暴走すれば、ブレイドは・・・。
・・・絶対に、アイリスを失うわけにはいかない。
ブレイドも、アランも、フロリスも・・・アイリスと深く関わっている者たち全てが、初めからアイリスのことを"金眼の天使"ではなく、"人族の少女"として彼女を愛し、大切に思っている。
アイリスを"道具"なんかにさせて、死なせてはならない。
「・・・アイリス。」
ゼインが呼びかけると、アイリスが顔を上げた。
金色の瞳が真っ直ぐこちらへ向けられる。
ゼインは真剣な表情でアイリスを見据えて言った。
「お前はブレイドにとって必要不可欠な存在だ。だから絶対に、アイツよりも先に死ぬようなことはあってはならん。」
「!」
「お前の命は、お前ひとりだけのものではないということをよく理解しておけ。」
ゼインの言葉にアイリスは目を見開いた。
そして戸惑ったように視線を泳がせた後、こくりと頷いた。
そんなアイリスの様子を静かに見つめる。
今は理解できなくてもいい。
しかし、いつかはきっと、起きてしまう。
アイリスが他国から求められ、狙われ続ける限り。
妻、ソフィアの身に起きたように。
彼女にも・・・。
ゼインはゆっくりと息を吐くと、険しい表情でこちらを見ているロナルドとエマを見た。
「休憩はきちんと取っているか?」
「!はい、勿論です。ちょうど今から休憩時間に入りますので、ブレイドのいる詰所に行こうかと思っていたところです」
ロナルドがそう答えると、ゼインは頷いた。
「ならば私も一緒に行こう。きっと面白いものが見れるぞ。」
ゼインはそう言って口角を上げた。
ゼインと共にアイリス達が騎士団の詰所へ行くと、そこには地獄絵図が広がっていた。
ボコボコに叩きのめされた騎士たちの転がっている真ん中に、一人佇むブレイド。
「マジで弱すぎだろ、お前ら。」
顎を伝う汗を手の甲で拭いながら呟いたブレイドに、ゼインは深く頷いた。
「やはり俺の息子だな。我が国の戦力増強に丁度いい。」
「陛下ならそうおっしゃっていただけると思っておりました。」
ゼインの言葉に、鍛錬場の端の方で控えていたルイスは、フォッフォッと笑いながらゼインの隣に立った。
そんな二人に反して、目の前の光景にドン引きしているエマとロナルドの隣で一番最初に我に返ったアイリスが慌ててブレイドに駆け寄った。
「ブレイド!!ちょっとこれどういうこと!?何があったの!?」
「あ?ちょっと騎士たちに挨拶をな。」
「挨拶!?」
「あぁ、お陰でスッキリした。」
そう言って口角を上げたブレイドと、戸惑いながら心配そうにオロオロと騎士たちを見ているアイリス。
そんな二人の姿が、昔の自分とソフィアの姿と重なって、ゼインはククッと笑った。
ゼインの行動基準はソフィアであることが多いです。
ブレイド達がまだ草原にいた頃、ゼインはアランの手紙のおかげでブレイドがアイリスに好意を寄せてることが分かっていたからこそ、教育係としてエマを派遣したのです。
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今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




