7 発散法
アイリスとブレイドの仕事が始まって、一週間が経った。
この一週間は、午前中はアイリスの治癒にブレイドが付き添い、午後からはブレイドの政務にアイリスが付き添うという日々を繰り返していたが、ブレイドの執務室には相変わらず政務官たちが頻繁に出入りしていた。
ブレイドは初日以来心情を吐露することなく、ただ淡々と政務をこなし続けている。
そして、時々仮眠室で休んでいるアイリスの元へ来ては、体調確認など短い会話をして少し触れあうと、また執務室へと戻って行く。
何でもないような風を装っているが、きっと無理をしているはずだ。
そんなブレイドにただ寄り添い続けることしかできない自分がもどかしかった。
ブレイドとアイリス達が医療棟へ行くと、先に仕事を始めていたロナルドが二人の姿を見て駆け寄ってきた。
「おはよう、ブレイド、アイリス。今日もよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
いつもの挨拶を交わすと、ロナルドは手に持っていた資料をペラリと捲った。
「二人が協力してくれたお陰で、一日の治癒量とアイリスの魔力の回復速度の目安が出来上がったよ、ありがとう。それで相談なんだけど・・・」
ロナルドはアイリスとブレイドを見た。
「治癒が必要な患者の数がまだまだ多くてね、帝国外からの患者も集まってきているんだ。だからアイリスには休憩をこまめに取ってもらいながら一日かけて患者たちの治癒に当たってほしいと思うんだけど、どうかな?」
「!」
ロナルドの言葉にすぐに反応したのはブレイドだった。
ブレイドはアイリスを横目で見た後、ロナルドを見据えた。
「アイリスはまだ丸一日治癒に当たった事がない。数値上問題なかったとしても、魔力の回復が追いつくか分からないだろ?」
「そこはきちんと見極めながら進めていくから大丈夫だよ。絶対にアイリスには無理をさせない。元気に歩いて君の元へ行けるくらいの量に設定するよ」
「・・・・・・」
ロナルドの言葉にブレイドは口をつぐむとアイリスを見た。
心配そうにこちらを見つめているブレイドに、アイリスは微笑みかけた。
「大丈夫よ、ブレイド。絶対無理しないって約束するから」
「とか言いながらまたフラフラになるんじゃねぇのか?」
「ならないように気をつけるよ」
「信用ならねぇ。」
ブレイドの表情が段々と険しくなっていく。
アイリスは自分の信用のなさに思わず苦笑した。
アイリスは初日以来フラフラになるまで魔力を使うような無茶はしていない。無理すれば他の患者の治癒も遅れるし、関係者全員に迷惑をかけてしまうからだ。
それなのに、ブレイドは初日の出来事を持ち出してアイリスを必死に引き留めている。
どうしたものか、とアイリスが悩んでいると、突然ロナルドがクスッと笑った。
「そっかぁ、そういう理由ね。」
「っ!!」
ブレイドが、バッ!と顔を動かしてロナルドを見ると、彼の深海色の瞳は淡く光っていた。
ニコニコと笑顔を浮かべてこちらを見ているロナルドに、ブレイドは顔を引き攣らせた。
「お前また勝手に・・・っ!!」
「だぁってブレイドが何も言わないから、心眼使わないと君の考えていることが分からないじゃないか。ちゃーんと言わないと何も伝わらないよ」
「・・・っ」
ロナルドはそう言いながらブレイドの肩に腕を乗せて寄りかかった。
「ね?」
「え?は、はい・・・」
ロナルドからいきなり振られてアイリスが首を傾げながら肯定してブレイドを見ると、ブレイドは気まずそうに視線を逸らした。
そんなブレイドを見てロナルドは楽しそうに笑うと、近くで控えていたルイスを見た。
「ルイス。今日は急ぎの仕事ってある?」
「いえ、本日は急ぎのものはありません。昨日の時点でブレイド様がほとんど終わらせてありますので。」
ルイスの言葉にロナルドは頷いた。
「なら、ブレイドは今日一日こっちにいなよ。アイリスが無理しないか心配なんだろう?それに、一日付き添えば流れが分かって明日以降の休憩時間にお互い会いに行けるじゃないか。待ち合わせ場所とか決めてもいいし、ね?」
ロナルドはそう言ってニコッと笑った。
患者が眠っているベッドの横に立ち、治癒を終わらせたアイリスは患者にそっと声をかけた。
「具合はどうですか?」
「すごく、体が楽になりました・・・」
目覚めたばかりで夢心地の患者がそう答えると、アイリスは微笑んで次の患者の眠るベッドへと移動する。
エマはアイリスに付き添いながらチラリと部屋の端へ視線を向けた。
椅子に座ってこちらをひたすら眺めているブレイド。
そして彼の後ろに控えるルイス。
エマは治癒を始めるアイリスへと視線を戻した。
「・・・凄く居心地が悪いです。私が。」
「我慢だよ、エマ」
眉間に皺を寄せて呟いたエマに、ロナルドは苦笑した。
かれこれ二時間くらいこの視線を受け続けている。
アイリスはブレイドから見られていることに慣れているのか気付いていないのか分からないが、特に気にすることなく患者たちを淡々と治癒していっている。
ロナルドは時計に視線を向けて時間を確認すると、丁度目の前の患者の治癒を終えたアイリスの肩にポンと手を置いた。
「さぁ、アイリス。休憩の時間だよ」
「えっ、でもまだ魔力は充分・・・」
「ブレイドと"無理しない"って約束したよね?だから、魔力に余裕があっても決められた時間にきちんと休憩をとるよ。じゃないと僕がブレイドから怒られちゃうし・・・もしかしたら燃やされちゃうかも!」
ロナルドが笑いながらアイリスをエスコートするように彼女の背中を優しく押すと、アイリスがロナルドの言葉にクスクスと笑いながら頷いた。
アイリスはロナルドや医師たちに軽く頭を下げると、ブレイドの元へと歩いて行った。
ブレイドの眼差しが少し柔らかくなったのが見えて、ロナルドとエマはホッと息を吐いた。
アイリスを隣の椅子に座らせて、何やら会話をしてるブレイドを眺めながらロナルドは小さく笑った。
「ブレイドにとっての癒しであり心の支えはアイリスなんだね。」
「執務室で政務をされている間も仮眠室におられるアイリス様を頻繁に訪ねてありましたので、きっとそうなんでしょう。」
ロナルドの言葉に同意するように頷きながらエマが言った。
初日のように政務官たちがあからさまに媚びを売ってくることは無くなったが、自分を蔑んできた者たちがニコニコしながらすり寄ってくる姿を見るのは気分が悪い。
ブレイドが皇宮に住んでいた当時の様子を知っているエマも、政務官たちの態度に内心腹を立てていた。
しかし、エマもアイリス同様、ブレイドを見守ることしかできない。
ブレイドの精神安定剤が婚約者であるアイリスなのは良いことなのかもしれないが、皇太子、金眼の天使という立場にある以上、今後別行動しなければならない場面が増えてくることを考えると、このままアイリスに頼り続けるわけにもいかない。
「何かブレイド様のストレスを緩和させる手段があれば良いのですが・・・」
どうしたものか・・・、とエマが頭を悩ませていると、ティーセットを台車に乗せて運んできたルイスがエマとロナルドに微笑みかけた。
「私に良い案があります。」
「「!」」
「ブレイド様の件は私にお任せください。」
そう言って意味深な笑顔を浮かべているルイスに、エマとロナルドは顔を見合わせた。
アイリスが治癒の仕事を再開し、その様子を定期的に眺めながら病室の隅で執務室から持ってきた政務をこなしていくブレイド。
そんな彼が一息ついたタイミングを見計らって、ルイスはそっとブレイドに声を掛けた。
「ブレイド様、少しお時間よろしいでしょうか?」
「なんだ?」
ブレイドが顔を上げると、ルイスは小さく微笑んだ。
「ブレイド様にお力添えを頂きたいことがあるのです。」
ルイスに連れて行かれた場所は、騎士団の詰所だった。
主に近衛騎士が駐在して訓練を行っているこの場所は、医療棟、宮廷と等距離に位置している。
木剣がぶつかり合う音や金属音が辺りに響き渡っていた。
「ここになんの用があるんだ?」
ブレイドが前を歩いているルイスに問いかけると、ルイスが少しこちらへ顔を向けた。
「皇太子というお立場であるブレイド様は、今後、皇帝であるゼイン陛下の代わりに騎士を動かさねばならない場面も出てきます。ブレイド様は皇太子になられてからまだ騎士たちに挨拶をしておりませんでしたので、今回はそのためにこちらへ赴いていただきました。」
ルイスはそう言うと、詰所内にある訓練場に入った。
天井がない、広いグラウンドのようなその場所で騎士たちが木剣を打ち合って手合わせをしている。
「・・・・・・」
ブレイドはその様子をしばらく眺めた後、眉間に皺を寄せた。
「・・・なんか、ぬるくないか?」
ブレイドはアランとルイスに稽古をつけてもらっていた時のことを思い返した。
最初に木剣に触れたのは皇宮にいた時だった。
"魔力ばかりに頼らずとも人の姿になれば剣一本で対等に戦うことができる"。
そうアランに言われて興味を持ったブレイド。
ブレイドに魔力コントロールをさせることを重視する政務官や官僚たちとは真反対の考え方だったが、試しに手に取って振ってみたのが始まりだった。
草原に行った後は、何もすることがなくひたすら考え事ばかりして引き篭もっているブレイドのために、二人がずっと稽古をつけてくれた。
元近衛騎士団員であるアランと、元近衛騎士団長であるルイスの稽古をずっと受けて来たからか、騎士たちの訓練がとてものんびりとして見えた。
「ブレイド殿下が来られたぞ!」
「整列!!」
騎士団長の声が響き渡り、騎士たちがブレイドとルイスの前に整列した。
ブレイドは姿勢を正すと、騎士たちを真っ直ぐ見据えた。
「ラドリス帝国皇太子、ブレイド・アレクシアンだ。金眼の天使の件で以前から接点のあった者たちも多いと思うが、この国の盾であり剣であるお前たちと共に帝国の為に尽くしていくことを誓おう。日々鍛錬に励み、お前たちの力を磨き上げてくれ。」
「「「はっ!!!」」」
騎士たちの返事に、ブレイドは頷いた。
挨拶はこれで終わりだ。
ブレイドが息を吐いて踵を返そうとすると、ルイスがそれを制した。
「ブレイド様、まだ挨拶が終わっておりません。」
「ん?挨拶なら今しただろ?」
ルイスの言葉にブレイドが訝し気な表情で首を傾げると、ルイスは微笑みながら頷いた。
「はい、挨拶は終わりました。ですが、こちらの挨拶がまだ終わっておりません。」
「!」
ルイスは魔法陣を出してそこから木剣を取り出すと、それをブレイドに差し出しながら彼を見据えた。
「この騎士たちの訓練の緩さ、ブレイド様ならすぐお気づきになられると思っておりました。このままではラドリス帝国の戦力は落ちていく一方。それはゼイン陛下の本意ではありません。」
ルイスはそっと目を細めながら言葉を続けた。
「・・・それに、ブレイド様が視察などに出られてアイリスお嬢様のお傍を離れている間、アイリスお嬢様を守る者達がこの程度の実力では心許ないとは思われませんか?」
「・・・!」
「アイリスお嬢様のためにも、騎士一人一人に対し挨拶も兼ねて彼らを可愛がっていただきたく存じます。ブレイド様の手で是非、彼らにお力添えを。」
そう言って、ルイスは恭しく頭を下げた。
「・・・そうだな、確かにお前の言う通りだ。」
ブレイドは目を細めて、呟くように言いながらジャケットを脱いだ。
そして、それをルイスに渡し、ブラウスの袖のボタンを外して捲り上げる。
「・・・どの程度で可愛がれば良いんだ?」
「ブレイド様の全力で構いません。」
「分かった。」
ブレイドはそう言うとルイスから木剣を受け取り、騎士達の方へ向かって歩き出した。
ブレイドの鋭い眼光が騎士達に向けられる。
彼のその気迫に騎士達は冷や汗を流しながらも、「よろしくお願いしますっ!!」と一斉に声を上げた。
ブレイドの闘気にルイスは満足げに微笑むと、ブレイドに向かって頭を下げた。
「ブレイド様。騎士たち全員に挨拶をお願いいたします。」
「あぁ。一人残らず鍛え抜いてやる。」
一番手の騎士と向かい合うと、ブレイドは口角を上げながら木剣を振り上げた。
アイリスの名前に反応するブレイド。
ルイスも悪よのう。
きっとルイスが騎士達全員を相手にしたら一瞬で終わるでしょうね。
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作者のやる気に繋がります!
今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




