6 自己満足
初日の仕事を終えて、ブレイドとアイリスは馬車に乗り皇太子宮へと戻っていた。
アイリスは馬車に揺られながら宮廷での出来事を思い返した。
あの後、仮眠室にゼインが入ってきた。
ゼインは険しい表情をしていたが、何も言わずにブレイドの頭に彼の大きな手を乗せた。
「・・・悪いな、アイリス。ここでゆっくり休んでくれ」
ブレイドはそう言うと、ゼインと共に仮眠室を出た。
彼らと交代でエマが入ってくると、アイリスの背中を撫でてベッドで休むよう促された。
アイリスが横になって休んでいる間も、貴族たちがブレイドに挨拶をしに来る声が何度も聞こえてきたが、同時にゼインの声も聞こえてきたため、ブレイドが取り乱すことのないよう、彼に付き添っているようだった。
政務官の中にはブレイドとゼインに労りの言葉をかけてくれる者も数名いた。
彼らは昔からブレイドに対し邪竜などという偏見を持っていない者たちだったのかもしれない。
「・・・・・・」
アイリスは馬車に揺られながら、隣に座るブレイドを見た。
普段と変わらない様子で、いつものように仏頂面をしている彼。
その視線は窓から見える景色へと向けられているが、彼の手はアイリスの手をしっかりと握り締めていた。
そばにいて欲しい。
どこにも行かないで欲しい。
いつも通りを演じているブレイドの、控えめなサイン。
アイリスは彼にそっと寄り添い続けた。
一日が終わり、夜を迎えた。
アイリスはベッドに腰掛けて溜息をつくと、膝の上で拳を握りしめた。
結局ブレイドは、いつも通りを演じきった。
アイリス達に心配をかけさせまいとしての行動かもしれないが、それがどうしようもなく不安になった。
「(これからずっと、ブレイドはこんな思いをし続けないといけないの・・・?)」
私が、彼を選んでしまったから・・・。
アイリスは深く溜息をついた。
隣の部屋にいるであろうブレイド。
彼のことが心配でならなかった。
「・・・・・・」
アイリスはベッドから立ち上がると、薄いワンピースの上からストールを羽織って部屋を出た。
そして廊下に出て、彼の部屋の前に立つ。
彼の部屋を訪ねたところで、自分にできることなど何もない。
そう分かっているのに、どうしても彼の様子が気になった。
コンコンッ・・・
「入れ」
すぐにブレイドの返事がきた。
いつもより少し低い声。何か作業をしているのだろうか。
アイリスはそっとドアを開けた。
「・・・ブレイド?」
声を掛けながら顔を覗かせると、ブレイドは訪ねてきた人物に驚きながらこちらを振り返った。
「!アイリス」
ブレイドは風呂上がりだったのかタオルで濡れた髪を拭いているところだった。
彼の服装は、上は薄いブラウス、下はスラックスととてもラフな格好。
しかもブラウスは羽織っているだけでボタンを留めていないため、彼の筋肉質な体が露になっていた。
「――っ!ご、ごめんね!お風呂上がりだとは思わなくて・・・!」
ブレイドの姿を見てアイリスは頬を染めた。
慌てて顔を逸らしてドアを閉めようとすると、ブレイドが口角を上げながら右手をフイッと上げた。
すると、風がふわりとアイリスの体を包み込み、彼の部屋の中に押し戻された。
「!」
「俺に用があったから来たんだろ?勝手に出て行くなって」
後ろでドアが閉まり、鍵がかけられる音がして驚いて顔を上げると、ブレイドは楽しそうに目を細めながらアイリスの前に立った。
「で?どうしたんだ?」
「・・・っ」
からかいながらも色気を帯びた表情でアイリスの顔を覗き込むブレイド。
分かっててやってるな?、と思いながらアイリスが真っ赤になった顔でブレイドを睨むと、ブレイドはククッと笑いながらアイリスの頭を撫でた。
ブレイドはブラウスのボタンを留めると、アイリスの手を引いてソファーに座った。
アイリスは彼の前に立ってブレイドを静かに見下ろす。
アイリスはそっと口を開いた。
「ブレイド、その・・・」
「心配して来てくれたんだろ?」
ブレイドはアイリスを見上げながらそう言った。
考えていることすべてお見通し、といった様子でアイリスを見つめるブレイドに、アイリスは開いていた口をそっと閉じた。
何も言わずに労わるような眼差しでこちらを見つめているアイリスに、ブレイドは小さく溜息をついた。
「・・・なんか俺、最近お前に情けねぇとこしか見せてねぇな。
今日といい、謁見の時といい・・・、もう少し男らしくなりたいんだが」
顔を俯かせながら自嘲気味に言うブレイド。
アイリスはそんな彼を見つめながら首を横に振った。
「情けなくなんかないよ。充分男らしいし、頼りにしてる。」
アイリスの言葉に、ブレイドがゆっくりと顔を上げた。
不安げな表情をしているブレイドの深紅の瞳を見つめながら、まだ水の滴っている彼の綺麗な黒曜石色の髪を優しく撫でる。
彼の顔はいつもより疲れているように見えた。
"辛い思いをさせてごめんね"。
そう言ってしまいそうになって、飲み込んだ。
こんな言葉をかけても、何の意味もない。
誰よりも優しい彼が、さらに自分を責めてしまうから。
アイリスは小さく息を吐くと、そっと口を開いた。
「ブレイドは一人で我慢しすぎだよ。・・・もっと、自分勝手になって、我儘言っていいんだよ?」
アイリスの言葉に、ブレイドが口を結んだ。
アイリスは真剣な彼の表情を真っ直ぐ見つめて、言葉を続けた。
「気持ちを抑え込まないで、もっと吐き出していいと思う。・・・じゃないと、ブレイドの心が壊れちゃうよ」
「・・・・・・」
「無理して、何でもないふりをしないで・・・」
アイリスは髪を撫でていた手を滑らせて、ブレイドの頬を両手で包み込んだ。
ブレイドの瞳が細められ、頬に触れるアイリスの手の上にブレイドの手が重ねられる。
ブレイドの手に包まれている私の手は、小さい。
きっと、どんなに頑張っても、ブレイドにとって私は守るべき存在なのかもしれない。
それでも・・・。
「私じゃ頼りないかもしれないけど、貴方の思いを受け止めることはできるから」
アイリスはそう言って微笑んだ。
今、私にできることは、これくらいしかない。
それがブレイドにとって救いになるのかは分からない。
ただの私の自己満足。
それでも、この気持ちだけは伝えておきたかった。
何も言わずにアイリスを見つめているブレイド。
アイリスはそんな彼に優しく微笑みかけながら彼の頬から手を離した。
「夜遅くにごめんね、ブレイドも疲れたでしょ?早くベッドに入って休まないと!」
「・・・・・・」
「でもその前に、ちゃんと頭拭かないと風邪ひいちゃうよ?」
アイリスはクスクスと笑いながらブレイドの肩にかけられていたタオルを手に取ると、まだ濡れているブレイドの頭をわしゃわしゃと拭いた。
アイリスが立ってブレイドを見下ろしているからか、顔を俯かせてアイリスにされるがままになっているブレイドが、いつもよりも小さく、幼く見えた。
「――・・・傍にいてくれ。」
ぽつり、と呟かれた。
ブレイドの髪を拭いていた手を止めると、ブレイドが顔を上げてアイリスを見た。
ブレイドは、羞恥と葛藤しているような、そんな表情をしていた。
言うか言わないか迷っているように、何度も瞬きをしながら言葉を紡いだ。
「なんって言えばいいか・・・、その、もっとお前に触れていたい」
「!」
「変な意味じゃねぇぞっ!ただ、その・・・」
頬を染めながら視線を泳がせているブレイド。
アイリスはブレイドのその様子を見つめながら、彼が一生懸命伝えようとしている言葉の意味が分かった。
人肌が恋しいのだ。
ずっと孤独に耐えてきた彼。
本当はもっと両親に甘えたかっただろう。
しかし、自分が黒竜として生まれたことで苦労している両親の姿を見て「甘えたい」などと言えずにその思いを無理矢理抑え込んで我慢してきたことが容易に想像できた。
何も言わずにブレイドを見つめているアイリスに耐えかねて、ブレイドは慌てて顔と手を横に振った。
「悪い、やっぱりいい!今のは無しに――・・・っ!」
アイリスはブレイドの言葉を遮るように、彼の体をふわりと抱き締めた。
ビクッと肩を揺らすブレイドを気にすることなく、彼の頭を自身の肩に押し付ける。
そのまま、ブレイドの頭に頬を寄せてゆっくりと息を吐きながら言った。
「私なんかでいいなら、いつでも傍にいてあげるよ」
「・・・っ」
「抱き締めてほしいならするし、手を繋いでほしいならする。だから、我慢しないで何でも言って?」
優しく囁きながら、ブレイドのしっとりと濡れた頭を撫でた。
緊張で強張っていたブレイドの体からゆっくりと力が抜けていき、彼の手がアイリスの背中へと回された。
そして、アイリスの肩に顔を埋めて彼女の体を優しく抱き寄せる。
「・・・お前なんかじゃねぇよ。」
ブレイドはそう言うと、ゆっくりと深呼吸をした。
アイリスの香りがする。
彼女に包まれて、心が少しずつ満たされていく。
「アイリス」
「ん?」
「・・・ありがとうな。」
呟かれた言葉にアイリスが頷くと、ブレイドはアイリスの体に顔を摺り寄せた。
そんな愛おしい彼の、黒曜石色の綺麗な髪に、アイリスはそっと頬を寄せた。
愛情を求めるブレイド。
それを受け止めるアイリス。
ブレイドの葛藤が書けてよかった。
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今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




