5 憤り
アイリスの仕事が終わった後、今度はブレイドの仕事のために宮廷へ向かった。
ゼイン陛下の執務室の隣に、皇太子となったブレイドのための執務室が用意されているらしい。
「俺の執務室に仮眠室が併設されている。そこで体を休めるといい。回復するまでの時間も把握しておきたいからな。」
ブレイドの言葉にアイリスは頷いた。
医療棟で仮眠を取ったため問題なく動ける程度には魔力も回復しているが、アイリスが人族ということもあり魔力回復速度などその他の懸念があったため、しばらくの間はブレイドの仕事中も彼の側にいることになった。
宮廷に着くと、宮廷前にある広場に朝にはなかったはずの人だかりができていた。
そのほとんどが貴族。大方政務官や官僚たちの身内だろう。
「黒竜様!」
「ブレイド殿下!」
「金眼の天使様もいるぞ!」
ブレイドとアイリスの姿を見て一斉に歓声が上がった。
「・・・・・・」
ブレイドはそんな彼らを一瞥して軽く右手を上げると、戸惑いながらも貴族達に向かって軽く頭を下げているアイリスを促してすぐに宮廷の中へ入った。
宮廷の中も賑やかだった。
ことあるごとにブレイドやアイリスに話しかけようとしてくる官僚たちが二人に接触しないよう、エマとルイスは庇いながら執務室へ足早に移動した。
「・・・・・・」
アイリスは隣を歩くブレイドをそっと見上げた。
ブレイドは険しい表情で真っ直ぐ前を見据えて歩き続けている。
アイリスは前に視線を戻すと、先程よりも歩く速度を上げた。
なんとか宮廷の奥にある執務室に辿り着くと、ブレイドはすぐにドアを開けて中に入った。
彼に続いてアイリス、エマ、ルイスも執務室に入ると、中には二人の政務官が立っていた。
「!」
「おおっ!これはこれはブレイド皇太子殿下!お待ちしておりました!」
ブレイドの姿を見るや否や二人の政務官がニコニコと近寄ってきた。
この二人の政務官のうち一人は、以前アイリスの治癒方法についての会議の最中に挙手をし、「他の候補者が皇太子に相応しいと認められたら政界から潔く身を引くのか?」と質問した政務官だった。
ブレイドとアイリス達が身構える中、彼はニコニコと笑顔を浮かべて言った。
「いやぁ〜、素晴らしいですなぁ。ゼイン陛下の威厳あるお姿を立派に受け継いでおられる。それに金眼の天使様とも婚約なされて、今やラドリス帝国一の期待の星でございますぞ!」
「・・・・・・」
「今こそブレイド殿下のお立場を確固たるものにするべき時。・・・どうです?私共がお力添えをいたしましょうか?」
愛想の良い笑みを浮かべながらも、スッと向けられた眼差しは欲に塗れている。
ブレイドはそんな彼らを冷めた目で見据えた後、ゆっくりと息を吐きながら言った。
「・・・ゼイン皇帝陛下からお前達にも連絡が入っていると思うが、俺の側近はルイスだ。今は彼以外の助力を受けるつもりはない。」
ブレイドの言葉に、後ろに控えていたルイスが政務官に挨拶するように頭を下げた。
ルイスは元近衛騎士団長だが、ブレイドと草原に行く直前までアランと共にゼインの側近をしていた。
皇太子としての政務についてもルイスが一番把握しているため、ゼインが彼をブレイドの側近に指名したのだ。
ブレイドの返答を想定していたように政務官は うんうんと頷いた。
「左様でございますか。・・・でしたら、もう一つ提案がございます。」
政務官はブレイドを見てニッコリと笑みを浮かべた。
「私の一人娘を殿下の妾にする、というのはいかがでしょうか?」
政務官の言葉に、アイリスは目を見開いた。
ブレイドの目が細められ鋭くなる。
政務官は言葉を続けた。
「天使様が先日おっしゃられた通り、女神様の寵愛を受ける黒竜様の血を受け継ぐことこそ、この国にとって一番の財産となるでしょう」
「・・・・・・」
「うちの娘は殿下より年上ではありますが、器量もよく、社交界にもよく顔を出しており人脈もございますので、天使様が治癒に当たられている間、殿下の支えになることができるかと思います。」
ペラペラと話している政務官。
ブレイドを"邪竜"と言って嫌悪してきた政務官達のあまりにも鮮やかすぎる掌返しに、アイリスとエマは眉を顰めながら顔を見合わせた。
貴族の強かさを目の当たりにして怒り以上に嫌悪感が湧き上がってくる。
ルイスも険しい表情で政務官を見ていた。
「・・・・・・っ」
ブレイドは拳を握りしめた。
部屋の空気が徐々にピリピリし始め、針を刺すような感覚が部屋を取り巻いていく。
それに気づいたルイスは、すぐにブレイドの耳元に顔を寄せて囁いた。
「落ち着いてください、ブレイド様」
「・・・・・・」
「冷静に」
「・・・・・・」
ルイスの言葉に、ブレイドは政務官を睨んでいた瞳を一度閉じた。
そして、ゆっくりと息を吸って、吐いた。
「「!!」」
その行動に、政務官たちが一瞬ビクッと体を震わせたのが見えた。
「・・・?」
アイリスは初めて見るブレイドのその行動と、それに対する政務官たちの反応に違和感を覚えたが、そのままブレイドの後姿を見つめ続けた。
「――――・・・」
ブレイドはゆっくりと目を開けると、深紅の瞳で政務官達を見据えた。
「俺は側室を迎える気はない。」
「「・・・・・・」」
「この話はこれで終わりだ。他に用がないなら出ていってくれ。」
ブレイドが低い声で言うと、政務官二人は慌てて頭を下げてすぐに退室して行った。
パタン、とドアが閉められると、執務室に静寂が生まれた。
重たい空気が流れる中、ブレイドはまたゆっくりと息を吐いた。
「・・・すまない、助かった。」
ブレイドの言葉に、ルイスは恭しく頭を下げた。
アイリスが二人のその様子を見つめていると、ブレイドがこちらを振り返った。
「悪かったな、アイリス。隣の部屋に仮眠室があるから行こう」
ブレイドはそう言ってアイリスの手を握ると、部屋続きになっている仮眠室のドアを開けた。
そして、アイリスと共に中に入ると、執務室に立っているルイスとエマを振り返った。
「・・・少しだけ時間をくれ」
「「承知いたしました。」」
ルイスとエマが頭を下げたのを確認して、ブレイドはドアを閉めた。
仮眠室にブレイドとアイリスの二人だけになると、ブレイドはドアに寄りかかって片手で顔を覆った。
そしてまたゆっくりと深く溜息を吐く。
「ブレイド、大丈夫?」
俯いているブレイドの様子を伺うようにそっと問いかけると、ブレイドは小さく頷いた。
「・・・あぁ。」
短く返事をしたブレイド。
アイリスがブレイドの顔にかかった前髪を指で優しく払うと、ブレイドの瞼が震えた。
そんな彼を静かに見つめていると、ブレイドが唇を震わせながら呟くように言った。
「・・・悪い、少しだけでいい・・・愚痴らせてくれ。」
「・・・うん」
アイリスがそっと頷くと、ブレイドは顔を上げて叫んた。
「アイツら全員・・・クソ腹立つ!!」
吐き捨てるように叫んだブレイド。
憤りを必死に抑えている彼の表情に、アイリスは哀し気に顔を歪めた。
アイリスが彼の言葉を受け止めるように頷くと、ブレイドは拳を握りしめた。
「どいつもこいつも自分のことしか考えてねぇっ!厄災だ、邪竜だって散々俺のことを拒絶してきたくせに!たったの数日でコロッと態度変えやがって・・・っ!」
「・・・・・・」
「今まで俺がどんな思いをして・・・っ、ここにいたと思ってんだっ!・・・みんなして・・・、今まで俺にしてきたこと無かったことにしやがって!!」
前髪をグシャリと握り締めた。
「ふざけんな・・・っ」
彼の体が怒りに震えている。
彼が憤るのは当然だ。
今までブレイドに嫌悪の眼差しを向けてきた貴族たち。
それが突然ニコニコと歩み寄ってくるのだ。
これまでブレイドが受けてきた心の痛み、思いを度外視して。
自分の利益だけを考えて・・・。
アイリスが彼の頬にそっと手を差し伸べると、ブレイドがその手を掴んでアイリスを引き寄せた。
痛いくらいに抱き締められて小さく呻いてしまったが、こんな痛みは彼の心の痛みに比べたら大したことない。
アイリスはブレイドの背中に手を回して、自分よりも大きな背中と、黒曜石色の髪を優しく撫でた。
「アイツらのせいで、どれだけ俺が・・・っ、母上が苦しんできたと思ってんだ・・・っ」
「・・・・・・」
「クソ野郎・・・っ」
温かいものが、アイリスの肩を濡らした。
アイリスは、ブレイドの震える体を強く抱き締めて何度も撫でた。
息がしづらくても、
体が痛くても、
それで彼の心が少しでも癒されるなら、
これくらいの痛み、いくらでも耐えられる。
ふらついたブレイドを支えて後ろにあったベッドに座らせる。
ブレイドの顔を見ないよう、アイリスは彼の顔を胸に抱き寄せて彼の頭と背中を撫で続けた。
「(ごめんね、ブレイド・・・っ)」
自分の発言のせいで苦しむブレイドに、アイリスは心の中で謝罪を繰り返した。
――・・・廊下を走る足音が聞こえてくる。
その足音がこちらに近づいてくるのが分かり、ブレイドの憤る声を聞いていたルイスとエマは俯かせていた顔を上げた。
「ブレイドッ!!」
執務室のドアを勢いよく開け放ってゼインが入ってくると、息を切らしながら部屋の中を見渡した。
そして、悲痛な表情を浮かべるルイスとエマを見た後、姿の見えないブレイドとアイリスの気配が仮眠室にあると分かると、ゼインはゆっくりと息を吐いて肩の力を抜いた。
「・・・何があった?」
眉間に皺を寄せているゼインに、ルイスとエマは頭を下げた。
・・・ブレイドの呼吸が落ち着いてくるのに合わせて、少しずつ部屋を取り巻いていた刺すような空気が和らいでいく。
「・・・お前のせいじゃないからな」
ブレイドが掠れた声でぽつりと呟いた。
こんな時でも気遣ってくれる彼の優しさに、アイリスは泣きそうになりながらそっと目を閉じた。
ブレイドの腕が緩められて、アイリスの背中を優しく撫でる。
「お前のお陰で俺はやっと他の皇族たちと同じ土俵に立つことができたんだ。・・・だから、お前があんなことを言ったから・・・なんて間違っても責めんじゃねぇぞ。」
ブレイドの言葉に、アイリスは頷いた。
ブレイドはアイリスの胸に埋めていた顔をゆっくりと起こして体を離すと、アイリスの頬に触れた。
「愛してる・・・」
掠れた声で囁くと、ブレイドはアイリスの唇に自身の唇を重ねた・・・。
やられた側の苦悩。
ブレイド、辛い思いばかりさせてごめんよ。
ブレイドの魔力を感じて駆けつけるゼイン。
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今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




