4 治癒開始
今日からいよいよ、"金眼の天使"アイリスの治癒師としての仕事が始まる。
ブレイド、エマ、ルイスと共に宮廷へ行くと、宮廷の外でロナルドと宮廷医師がアイリスの到着を待っていた。
「やぁ、アイリス。待っていたよ」
「ロニーさん、おはようございます。今日からよろしくお願いします」
そう言って頭を下げたアイリスにロナルドが笑った。
「それはこっちのセリフだよ。"金眼の天使"アイリス・クレディ様、私共に天使様のお力をお貸しください。」
ロナルドはそう言うと、宮廷医師と共にアイリスに向かって頭を下げた。
ブレイドはそんなロナルドを静かに見つめた。
ロナルドは皇太子の件が終わってすぐ、ゼイン陛下によって"金眼の天使による治癒及び医療管理責任者"に任命された。
以前ロナルド自身が言っていたが、ロナルドの父親は彼が薬師をしていることをよく思っていないらしい。
今回の皇太子の件でも父親が"ロナルドが薬師なんぞに現を抜かしているからだ"と言って騒ぎ出し、それをゼイン陛下が一喝したらしい。
皇帝であるゼインがロナルドに金眼の天使と密に関わる役職を与えたことで、ロナルドはそれ以上薬師をしていることを責められることなく、以前と同様に薬師を続けられることになった。
そんな騒動があったということを全く感じさせずに普段通り振舞うロナルドに、ブレイドが心の中でそっと謝罪すると、ブレイドの視線に気付いたロナルドがニコッと笑った。
「今日は初日だからブレイドも一緒に行くだろう?」
「・・・あぁ、そのつもりだ。」
ロナルドの問いにブレイドが頷くと、ロナルドは満足げにうんうんと頷きながらブレイドの頭を撫でた。
帝都にはラドリス帝国一を誇る大病院がある。
その大病院は宮廷から目と鼻の先の距離にあるのだが、アイリスがそこに出入りしてしまうと混乱を招く恐れがある。
そのため、戦争の時など多くの負傷者が出た場合に使用される小さな宮殿――医療棟に該当患者を入院させてアイリスが治癒をする、という方針を取ることとなった。
「取り決め通り、現在の医学で治癒することのできない患者を優先していくよ。今回はその患者たちを数名入院させているから、まずはアイリスの魔力の消耗具合を見て一日の目安を決めていこう」
ロナルドの説明を聞きながら医療棟に入ると、そこでは多くの医師、看護師が忙しなく働いていた。
彼らはアイリスとブレイドの姿を見て一斉に頭を下げた。
「!」
医療棟に並べられたベッドの上で眠る患者たち。
アイリスは順番に回るために一番手前の患者の横に立った。
異種族――獣人の女性患者だ。
その患者は荒い呼吸を繰り返しながら眠っている。
アイリスがその患者を見ると、患者の全身にぼんやりと白い靄がかかっているのが見えた。
その中で特に濃い靄がかかっているのは胸の一部。
「・・・心臓、ですか?」
「!はい、そうです!」
近くに立っていた医師が目を見開きながら頷いた。
ブレイドはアイリスの隣に立って患者を見た。
「靄が見えるのか?」
「うん、全身に靄がかかってるんだけど、胸の辺りが特に濃くて・・・。あと頭も少し濃く見えるから、先にその二箇所を治したらいいかも。とりあえずやってみるね」
アイリスは患者の胸に手を翳してそっと目を閉じた。
久しぶりの治癒能力。
今まで草原で練習してきたのは、健康体である使用人たちばかりだったため、入院が必要なレベルの患者の治癒は今回が初めて。
アイリスは最新の注意を払いながら魔力を両手に集めた。
白い光が患者に降り注ぐ。
「(やっぱり弱ってるから魔力が小さい・・・)」
患者の生命を維持するための魔力量が少ないため、患者が今持っている魔力だけでの治癒は無理そうだ。
アイリスは自身の魔力を注いでそれを核にして患者の魔力生成を促した。
そして患者自身の増えた魔力で自己治癒を促していく。
全身にかかっていた靄が無くなったのを確認して、アイリスは治癒を止めてゆっくりと息を吐いた。
「これで治ったと思う。・・・あとは患者さんが目覚めてくれたら・・・」
アイリスの言葉に反応するように、患者の瞼が震えてゆっくりと上げられた。
「!」
「――・・・、」
アイリスはぼんやりとしている患者の顔をそっと覗き込んだ。
「おはようございます。体調はいかがですか?」
「・・・なんだか、とても心地よかったです・・・」
患者はぼんやりとしたまま呟いた。
わぁ!と医師、看護師達から一斉に歓声が上がった。
すぐに彼らは患者の容態を確認し始める。
あとは彼らに任せておけば患者の体力も回復していくだろう。
「これが治癒魔法か・・・」
ロナルドが驚きながら呟いた。
彼の呟きにブレイドはうなずくと、アイリスの背中に手を当てた。
「上手くいったようだな。」
「うんっ」
アイリスはホッと息を吐きながら嬉しそうに微笑んだ。
それからアイリスは次々と患者の治癒をしていった。
金眼の天使について本に書かれていたように、患者の魔力を生成して自己治癒を促すことでアイリスの魔力消費量を減らすことができているようだ。
しかし、やはり問題なのは人族の治癒だった。
人族は異種族のように魔力を持っていないとされているが、人族にも自身の生命を維持するための極少量の魔力を持っていることが二年前の練習段階で分かっていた。
しかし、アイリスが人族の患者に魔力を流して魔力生成を促しても、異種族のように魔力は増えなかった。
それに治癒のために人族の持っている極少量の魔力を消費するわけにもいかないため、彼らを治癒するのに必要な魔力をすべてアイリスの魔力で補うしかなかった。
「・・・・・・っ」
アイリスは人族の男性患者の治癒をしながらゆっくりと息を吐いた。
あともう少しでこの患者の治癒も終わる。
そんなアイリスの手をブレイドが掴んだ。
「!」
「アイリス、そこまでにしろ」
ハッとして顔を上げると、ブレイドが真剣な表情でアイリスを見ていた。
すぐに治癒を止めると、途端に眩暈を感じてアイリスの体が傾いた。
「・・・っ」
「!」
ブレイドはすぐにアイリスの体を支えると眉間に皺を寄せてアイリスの顔を覗き込んだ。
「やはり消耗が激しいな・・・」
荒い呼吸を繰り返しているアイリス。
もう少し早く治癒を止めさせるべきだったとブレイドは息を吐いた。
「ごめん、ここまで魔力消費してるって気づかなかった・・・」
申し訳なさそうに言うアイリスに、ブレイドは首を横に振った。
そして、ブレイドが隣に控えているロナルドと宮廷医師を見ると、彼らは頷いてブレイドに支えられているアイリスに向き直った。
「アイリス、今日はもう十分だよ。無理させて悪かったね。」
「いえ、力不足ですみません・・・」
アイリスはそう言いながら目の前で眠る人族の患者に視線を戻した。
あと少しだけ靄が体に残っている。それさえ終わらせることができれば・・・。
アイリスがそう考えながら人族の患者を見つめていると、患者の瞼が震えてゆっくりと開けられた。
「!」
「――・・・あれ、ここは・・・?」
ゆっくり顔を動かして辺りを見渡す患者に、アイリスは安堵した。
会話などが出来るレベルまで患者を治癒することができていたようだ。
ホッと息を吐いたアイリスに、ロナルドは微笑みかけた。
「ありがとう、アイリス」
「あとは我々にお任せください」
宮廷医師の言葉に合わせて医師や看護師達はアイリスに向かって一斉に頭を下げた。
「はい、よろしくお願いいたします」
アイリスは頷いて彼らに向かって頭を下げた。
ブレイドに支えられて医療棟の宮殿内にある個室に入ると、アイリスはそこに置かれていた医療用ベッドに横になった。
エマとルイスは部屋の入り口に立つと、ブレイドとアイリスに向かって頭を下げた。
「何か温かいお飲み物をお持ちいたします」
「私めは部屋の外で待機しておりますので、何かありましたらお声がけください。」
「あぁ」
エマとルイスの言葉にブレイドが頷くと、二人は部屋を出て行った。
広い部屋にブレイドとアイリスの二人になり、アイリスはベッドで横になったままゆっくりと息を吐いた。
「大丈夫か?」
ブレイドが問いかけると、アイリスは小さく微笑みながら頷いた。
「大丈夫だよ。眩暈も落ち着いたし、少し休憩すれば平気」
全回復するには時間がかかるかもしれないが、不自由なく動けるようになるまでならそんなに時間はかからない筈だ。
呼吸が安定してきたアイリスに、ブレイドは安心したように息を吐いた。
「無理はするなよ。」
「うん」
「"あとであの患者の治癒をもう少しやって終わろう"なんて考えてんだろうけど、全部分かってんだからな。」
「・・・・・・。」
ブレイドの言葉にアイリスがそろーっとブレイドを見ると、ブレイドは目を細めた。
「やっぱりする気だったな。」
「・・・だめ?」
「駄目。」
キッパリと言ったブレイドに、アイリスは申し訳なさそうに顔を俯かせながら言った。
「・・・せめて原因の箇所の治癒が終わってるかだけ、きちんと確認させてほしいの。中途半端だったら患者さんが辛い思いしちゃうから。」
「・・・・・・」
「次する時はこんなことにならないように余裕持ってやめるから・・・今日だけ、お願いします・・・!」
アイリスはそう言って両手を合わせて頭を下げた。
アイリスの言葉に、ブレイドは暫しの沈黙の後、深く溜息をついた。
「・・・分かった。今回だけだぞ。」
「・・・!はい!」
アイリスは安心したように頷いた。
そんなアイリスの横顔を見つめながらブレイドはまた小さく息を吐いた。
久しぶりで手探りだったとはいえ、早めに治癒する手を止めさせなかった自分にも非がある。
"今回だけ"。
そう言い聞かせながらも、一抹の不安がブレイドの頭を過ぎった。
個室で仮眠を取った後、アイリスの魔力がある程度回復したのを確認して、アイリス、ブレイド達はまた患者たちのいる部屋へと戻った。
アイリスが途中で治癒を止めてしまっていた人族の患者の治癒をしていると、患者は力を抜くようにゆっくりと息を吐いた。
「天使様、ありがとうございます・・・、凄く楽になりました」
「良かったです。途中で離れてしまってすみませんでした」
アイリスが謝罪すると、患者は首を横に振った。
「この身体の重さが私にとっては当たり前だったので、感謝こそすれ貴女様を責めるようなことは致しません」
人族の患者の言葉に同意するように、他の患者たちも頷いた。
そんな優しい患者たちに、アイリスは安心したように微笑んだ。
今後彼らは寝たきりだった体を回復させるために、医師や看護師などの指導、支えを受けて、少しずつ元の生活へと戻って行けるだろう。
アイリスはゆっくりと息を吐くと、心配そうにこちらを見ているブレイド、そしてロナルド達を見て、そっと微笑んだ。
責任感が強いアイリス。
やるからにはきちんと最後まで!というタイプです。
多少無理してでも終わらせようとしちゃうのは日本人の性かもしれません。
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作者のやる気に繋がります!
今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




