3 スキンシップ
ブレイドとアランが書斎から出ると、リビングから賑やかな声が聞こえてきた。
「ねぇ!あいりしゅ!」
「なぁに、テオ?」
テオとアイリスの話し声。
「ぶれいどと あいりしゅって、けっこんしたの?」
聞こえてきた内容に、ブレイドは笑みを浮かべた。
"婚約"という言葉は、一歳になったばかりのテオにはまだ難しいだろう。
アイリスもそう思ったのか、テオの言葉にクスクスと笑う声が聞こえた。
「結婚はしてないの。"結婚しましょ"ってお約束してることを婚約って言うんだよ」
「へぇ~」
「だから、"やっぱり貴方とは結婚できません"って言ったらバイバイできるの」
「っ!!?」
アイリスの言葉に、リビングへと続くドアノブに手をかけていたブレイドは固まった。
ブレイドがリビングのドアを開けると、アイリス、テオ、フロリスが笑顔でこちらを見た。
「あら、お帰りなさい。話は無事に纏まったかしら?」
「あぁ、問題ないよ」
ブレイドの後ろから入ってきたアランはフロリスにそう答えながら彼女の頬にキスをした。
ブレイドはアイリスを見つめながら彼女の隣の席に座った。
アイリスは仲睦まじいアランとフロリスの様子を微笑みながら眺めている。
「・・・・・・」
分かっている。
アイリスは婚約についてテオに説明しただけだと。
それなのに無性に心がモヤモヤする。
「(アイリスは俺と別れる可能性があると思っているってことか?)」
やっと恋仲になれたのに・・・?
頭の中に浮かぶのは、アランの書斎にあった見合い写真の山。
もし、アイリスが自分と別れて他の男の元へ行く、なんて言いだしたら・・・などと考えるだけで心の中に黒い感情が渦巻き始める。
「・・・?どうしたの、ブレイド」
ジッとこちらを不機嫌そうに見つめているブレイド。
いつも以上に仏頂面をしている彼に気付いたアイリスが小首を傾げながら声をかけると、ブレイドはアイリスの髪に指を通しながら口を開いた。
「俺は、お前が別れるなんて言い出しても、絶対に別れないからな。」
「・・・え?」
いつもよりも低い声で唐突に言われた言葉に、アイリスが、きょとん、としながらブレイドを見ると、ブレイドは指で掬い上げたアイリスの髪にそっとキスをした。
そしてブレイドの指からアイリスの髪がするりと落ちて、アイリスの元へと戻ってくる。
少し怒っているような表情をしていながらも熱を持った鋭い眼差しを向けられて、アイリスの頬が少しずつ赤く染まってきた。
「あ、えと・・・うん」
よく分からない返事をしながらアイリスは赤くなった顔を俯かせた。
そんなアイリスを見つめながらムスッとした顔でアイリスの髪を指で梳くように何度も撫でるブレイド。
「あいりしゅ、おかお まっかだねっ!」
「フフッ、そうね」
「やっぱりゼインの子だなぁ・・・」
独占欲と嫉妬心を全面に出しているブレイドと、それに翻弄されるアイリス。
皇太子宮での二人の生活が垣間見えて、アランとフロリスは顔を見合わせて笑った。
クレディ侯爵家の屋敷でゆったりとした時間を満喫したアイリスとブレイドは、アラン、フロリス、テオにお礼を言って馬車に乗った。
各国の使者がクレディ侯爵家に出入りしていることを考えると、あまり長居するわけにはいかなかった。
それに、休みは今日一日しかない。
"あとは皇太子宮に戻ってゆっくり休もう"、というブレイドの提案にアイリスも頷いた。
皇太子宮である宮殿に戻ると、ブレイドと一緒に彼の部屋へ向かった。
ドアを開けた先に広がる豪華さも少しだけ見慣れた。
ブレイドは片手で服の襟元を緩めながらソファーに座ると、部屋の入り口に立つアイリスを見て手招きをした。
"ブレイドの部屋で紅茶を飲みながら雑談する"時間。
これは皇太子宮に住み始めた頃、あまりの豪華さにブレイドの部屋に近づけなかったアイリスを慣らすためにブレイドが始めたこと。
今までと変わらない筈なのに、恋人同士になったというだけで特別なもののように感じた。
アイリスがブレイドの隣に座ると、使用人がお洒落なティーカップに紅茶を注いでくれた。
使用人が退室した後、二人きりの部屋に沈黙が流れる。
この沈黙が、草原で二人で寝転んでいる時と似ていてアイリスは好きなのだが、今は少しだけソワソワする。
アイリスが隣に座るブレイドを見ると、彼がその視線に気付いて小首を傾げた。クレディ家にいた時の不機嫌さはもうなくなっているようで、いつもの仏頂面で少し釣り目の彼の深紅の瞳が真っ直ぐこちらに向けられている。
その眼差しから視線を逸らすことが出来ずにその瞳を見つめていると、ブレイドがクスッと小さく笑った。
彼のその行動だけで、胸が少しだけ苦しくなる。
ブレイドからの告白を受けた今なら、そんな些細な行動も彼が自分のことを好きだと思ってしてくれているということがアイリスにも伝わっていた。
しかし、一つだけ、ずっと気になっていたことがあった。
「ねぇ、ブレイド」
「ん?」
「ブレイドは草原にいた時から私のこと、その・・・好きだったんだよね?」
アイリスの突然の問いかけに、ブレイドは少し驚きながらも頷いた。
「あぁ、そうだが・・・」
迷いなく肯定したブレイドに、アイリスは少し頬を染めながら視線を落とした。
「でもさ、私から見たら好きって思ってくれてるって分からなかったの。普通に頭撫でたり、抱き締めたりしてたから、妹だと思われてるってずっと思ってた」
「!」
「好きな人に対しては緊張してそんなことできないだろうなって思ってたんだけど・・・ブレイドは違うの?」
アイリスの言葉に、ブレイドは真剣な表情になった。
自分の行動をアイリスがそのように感じていたとは思わなかった。
ブレイド自身、幼少期の頃から誰かと親しくするという経験をほとんどしたことが無かったため、アイリスに対しての自身の行動は彼女を特別に扱っているつもりだった。
ブレイドはアイリスの頬を指先で撫でた。
「俺としては好意のつもりでしてたんだが、すまなかったな」
「!謝らなくていいよ。ごめんね、そんなつもりで言ったんじゃなくて――・・・」
「あぁ、分かってる」
ブレイドは申し訳なさそうに慌てて言うアイリスの言葉を遮るようにアイリスの肩に手を回すと、彼女の体を引き寄せた。
ブレイドの肩にアイリスの体を寄り掛からせ、アイリスの頭を手で自身の体に優しく押し付ける。
さり気ないその行動にアイリスの胸が騒がしくなった。
ブレイドは考えながらゆっくりと息を吐いて口を開いた。
「そうだな・・・、あとは人族と異種族の感覚の違いもあるかもしれねぇな。」
「感覚の違い?」
ブレイドは頷いた。
「異種族は元を辿れば動物だ。女神から魔力を与えられて異種族という形になっているだけ。クレディとフロリスを見てたら分かるかもしれないが、よく頬擦りしたりキスしたりしてるだろ?それも名残だ。」
ブレイドの言葉にアイリスは納得したように頷いた。
確かに、アランとフロリスはよくアイリスやテオがいる前で頬擦りやキスをしたり抱き締めあったりしている。
二人がライオン姿になった時はアイリスの体に自身の体を擦り付けていた。それが動物の本能であり、親しい者同士のコミュニケーションの手段として成り立っているのだろう。
納得してくれた様子のアイリスに、ブレイドはそっと顔を寄せた。
「だから、俺の行動の理由も分かるだろ?・・・好きだからお前に触れてた。俺は一度もお前を妹だなんて思ったことねぇよ」
ブレイドはそう言って笑った。
近い距離にあるブレイドの顔に、アイリスは頬に熱が集まるのが分かった。
それを満足そうに見つめるブレイド。
アイリスが恥ずかしくなって顔を俯かせると、ブレイドの小さく笑う息が聞こえてアイリスの頭を優しく撫でてくれた。
胸の鼓動は忙しなく動いているのに、彼の温もりは落ち着く。
優しく頭を撫で続けてくれる彼の温かい手。
ブレイドがゆっくりと呼吸をしているのが触れている体から伝わってくる。
それがまるで揺籠のようで、アイリスの瞼が段々と重たくなってきた。
「―――・・・」
アイリスはその心地よさにそっと目を閉じた。
・・・穏やかな寝息が聞こえてくる。
ブレイドがそっと顔を覗き込むと、アイリスはブレイドの肩に頭を預けて眠っていた。
きっと、疲れているのだろう。
可愛らしい寝顔に小さく微笑むと、ブレイドは彼女の頭に頬を寄せて、彼女の寝息に耳を傾けながら静かに目を閉じた。
ブレイドも異種族なのでよくアイリスの頭に頬擦りします。
心の中で思っていたことを一度言葉に出すと、それを皮切りに感情表現が豊かになっていく感じを出したかったのですが、私の執筆能力で伝えられているでしょうか・・・。笑
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今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




