2 本心
皇太子宮の使用人たちとエマに見送られながら、ブレイドとアイリスは馬車に乗った。
各国の代表らは全員帰国したらしいが、用心のために近衛騎士たちも数名同行することになった。
ルイスが御者として馬車を御すキャビンの窓からアイリスは外の景色を眺めた。
帝都を見るのは、アランと共に宮廷に来た時以来。
いつか華やかな帝都を散策してみたいと思うが、謁見の際に感じたこの世界での自分の地位の高さを考えると、帝都の道を歩くだけで大騒動になってしまいそうだ。
アイリス自身、別に"自分は偉い人だ"とか"女神様の遣いだ"、などと思ったことは一度も無い。
ただのどこにでもいる十四歳の小娘だ。
それなのに、金色の瞳を持っているから、この世界では珍しい治癒能力を持っているから、というだけで"金眼の天使"だと崇められる。
そんな自分の存在が、少し怖くなった。
「どうした?」
アイリスが拳を握りしめているのに気づいて、ブレイドがアイリスの顔を覗き込んだ。
ブレイドの深紅の瞳が真っ直ぐこちらを見ている。
きっと、彼も自身の存在について何度も悩んだに違いない。
厄災、邪竜と言われ続けて・・・。
アイリスは無意識に握り締めていた手をそっと開くと、ブレイドに微笑みかけた。
「なんでもないよ。馬車の揺れが気持ち良くて少し眠くなっちゃっただけ」
そう言ってクスクスと笑うと、アイリスはまた窓の外へ視線を戻した。
舗装された道の端で子供たちが遊んでいる姿や、婦人たちが雑談している姿が平和な日常を表している。
アイリスはそれを眺めながらそっと微笑んだ。
「・・・そうか。」
そんな彼女の横顔を、ブレイドは静かに見つめていた。
馬車がクレディ侯爵家の屋敷の前に停まった。
一日だけ滞在した、帝都の屋敷。
それでもその一日が濃厚だったからか、この屋敷が懐かしく感じた。
ルイスが御者席から降りてキャビンの扉を開けていると、屋敷のドアが勢いよく開け放たれた。
「あいりしゅ!!」
ライオン姿でぱたぱたと走ってきたテオ。
ブレイドに支えてもらいながらキャビンを降りたアイリスは彼の姿に顔を綻ばせた。
「テオ!」
「あいたかったよ~!」
テオはジャンプしてアイリスの胸に飛び込んだ。
咄嗟に抱き留めたが、テオの勢いによろけたアイリスをブレイドが支えた。
「また少し大きくなったね!」
「しゅごい?」
「凄いよ!」
アイリスがテオのふわもこな頭に頬ずりすると、テオは嬉しそうに、キャハハッ!と笑った。
「おかえりなさい、アイリス、ブレイド」
フロリスが微笑みながらこちらへ向かって歩いてきた。
「二人ともお疲れ様。さぁ、屋敷に入って、ゆっくりお茶会をしましょう?」
そう言ってフロリスはアイリスとブレイドの頭を撫でた。
"ちょっと二人で草原に寝転んで帰ってきただけ"。
そう感じてしまうくらい いつも通りのフロリスに、アイリスとブレイドはゆっくりと息を吐いて微笑んだ。
フロリス、テオと共に屋敷の中に入ると、リビングに置いてある大きなテーブルの上にたくさんのお菓子やケーキが並べられていた。
「みんなで張り切って作っちゃったの。紅茶もたくさんあるから、ゆっくりお話ししましょう?」
フロリスに促されてアイリスとブレイドは椅子に座った。
しかし、一人だけこの屋敷内で見当たらない人物がいた。
「ねぇ、お母さん」
「なあに?」
「お父さんは?」
アイリスが問いかけると、フロリスはニコッと微笑んだ。
「部屋で拗ねてるわ」
「・・・・・・へ?」
アイリスは目を見開いた。
フロリスに促されてブレイドがアランの書斎のドアをノックすると、中から返事が聞こえた。
ガチャっとドアを開けると、そこには執務机に向かって座るアランの姿があった。
机に両肘をついて顔の前で手を組んでいる、神妙な面持ちのアラン。
彼の前にはたくさんの冊子が積み上げられていた。
彼はブレイドを見据えて言った。
「アイリスは誰の嫁にもやらん!!」
「・・・・・・。」
ブレイドは顔を引き攣らせた。
事の発端はこうだ。
アイリスの謁見が終わってすぐ、各国の王の従者たちがひっきりなしに見合いの話を持ってくるのだそうだ。
昨日の舞踏会でもアイリスに求婚する不届き者が数名いたためブレイドが牽制したが、直接アプローチしなかった者たちもコッソリとクレディ侯爵宛に見合い写真を送り付けていたようだ。
アランが「ラドリス帝国の皇太子であるブレイドと婚約しているから受け取れない」と一人一人に説明しても、「婚姻したわけではないじゃないか」と言われて無理やり押し付けられた。
それがたったの二日のうちに行われたのだから、アランがこうなるのも無理はない。
しかし、まさかそれにブレイドも含まれているとは・・・。
「なんで俺も駄目なんだよ」
ブレイドが不服そうに言うと、アランが両拳を握りしめて机を叩いた。
「謁見の後にブレイドとキスしてるアイリスを見たら嫁に出したくなくなったんだよっ!!」
駄々をこねるように叫んだアランに、ブレイドはまた顔を引き攣らせた。
許可してくれた的な雰囲気で終わったあれはなんだったんだと思ったが、これが娘を持つ男親の性なのかもしれない。
アランはゆっくりと息を吐くと、眉間に皺を寄せながら机に積み上げられた見合い写真の山を見た。
「・・・アイリスは物なんかじゃない。ただの女の子で、私とフロリスの娘だ。」
「・・・!」
「この王たちはみんな、アイリスを"金眼の天使"としてしか見ていない。ただの政治の道具として・・・」
アランはブレイドを見据えた。
「ブレイド。君はアイリスのことをどう思っているんだい?この王たちと同じように、アイリスを"金眼の天使"として・・・政治の道具として見ているのかい?」
アランの茶色の瞳が淡く光った。
そして彼の魔力がブレイドの全身を包み込む。
「!」
これは帝国騎士の中でも一部の者しか使いこなせない、虚偽を暴く魔法だ。
尋問の際に使用され、その者が真実でない言葉を言った場合は全身に痛みを与える。
ブレイドには、この魔法を振り解くだけの能力を持っている。
しかし、ブレイドは敢えてそれを受け入れると、アランを真っ直ぐ見据えた。
「――・・・違う。金眼の天使としてじゃない。俺は、アイリス・クレディが好きだ。」
「・・・・・・」
「アイリス自身を、俺は愛している。仮にアイリスが金眼の天使じゃなくなっても、俺は彼女一人を愛し続ける。」
これは嘘偽りの無い、ブレイドの本心。
ブレイドの体にも痛みが走ることなく、彼を取り巻くアランの魔力も動かない。
アランはブレイドの真剣な表情を静かに見つめた後、魔法を消してそっと微笑んだ。
「君を信じているよ、ブレイド。」
アランの言葉に、ブレイドは頷いた。
アイリスを裏切るようなことは絶対しない。
彼女の存在は、ブレイドにとってかけがえの無いものなのだから。
アランから尋問されるとは思わなかったが、それだけアイリスを大切に思っているということだろう。
ゆっくりと息を吐いて緊張を解いたブレイドを見ながら、アランは口を開いた。
「私のところに見合い話がこれだけ来てるんだ、ゼインのところにも君の見合い話が来ている筈だよ。君がそれを受けるつもりがないことは分かっているが、彼らが君の決断を受け入れてくれるとは限らない。」
「!」
「宮廷に出入りする限り君もアイリスも貴族や王族達から接触されることが増えるだろうから、気をつけなさい、ブレイド。」
アランはそう言ってゆっくりと息を吐いた。
貴族は、自分の利益を優先する者も多い。
それを過去に何度も目にしてきたアランの忠告に、ブレイドは頷いた。
そして、スッ、とアランを見た。
「一つだけいいか?クレディ。」
「ん?なんだい?」
アランがブレイドを見ると、ブレイドは真剣な表情でアランを指差した。
「その尋問魔法は父上の許可がないと使えない筈だが、ちゃんと許可を取ってるのか?」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「見逃して?」
「無理だな。」
ダラダラと汗を流し始めたアランに、ブレイドは呆れたように溜息をついた。
拗ねるアラン。
ブレイドの気持ちを分かってても尋問しちゃうアラン。
きっと八つ当たりの延長だと思う。
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