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蕾は転生し、深愛に咲く。  作者: 紗羽
第二章

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閑話 キミの幸せのために

 これは、ロナルドが薬師になる少し前のお話――。



「よっと!」

 ロナルドは皇宮の塀によじ登ってぴょんと乗り越えた。

 皇宮周辺の警備に当たる騎士たちの監視の目を掻い潜って、彼はとある宮殿に忍び込んでいた。

 この宮殿には、"厄災"、"邪竜"と呼ばれている従兄弟が住んでいる。

 その従兄弟の名前は、ブレイド・アレクシアン。

 神の時代から存在すると言われている竜族に稀に生まれる黒竜だ。


 黒竜は忌み嫌われる存在と言い伝えられている。

 そのため他の皇族や貴族たちとの接触を避けていたブレイド。

 過去に何度か宮廷にいるところを見かけたことはあるが、彼は人目を避けるように行動しているため、黒竜の特徴である黒曜石色の髪と深紅の瞳をしていること、そして七歳の男児であることくらいしか分からなかった。


 黒竜であるだけで多くの者達から嫌悪されているブレイド。

 彼がどんな人物でどんな性根の持ち主なのか、心眼で覗いてみたくなった。



「(あ、いた!)」

 ロナルドが宮殿前に広がる庭園の木の影に隠れながらブレイドを探していると、彼は庭の隅で一人しゃがんでいた。

 ロナルドは彼に気付かれないよう、すぐに心眼で心の中を覗いた。

 邪竜と言われるくらいだ。他の大人達と同じで心が醜いんだろう。そう思って・・・。


「―――・・・!」


 しかし、

 彼の心の中は、とても綺麗だった。


 世の中の理不尽さに絶望し、哀しみに暮れながらも、それでもどうにか抗ってやろう、という強い思いが伝わってきた。


 それと同時に、突然伝わってきた労わるような感情・・・。


 ロナルドはそっとブレイドの後ろに立った。

「何してるの?」

「っ!」

 ブレイドは肩をビクッと揺らした。

 すぐに振り返って睨むようにこちらを見上げる。


【また誰か俺に嫌がらせしに来たのか?】


 ブレイドの心の声が聞こえた。

 それに答えるよりも先に、ブレイドの屈んでいる足元に怪我をしている子猫が鳴きながら蹲っている姿が目に入った。

「その子、怪我してるんだね」

 白く綺麗な猫の胴体の一部が赤く染まっている。

 ブレイドはロナルドを警戒しながらも、口を開いた。

「・・・さっき大きな鳥に襲われてたんだ。」

 そう言ってブレイドはまた子猫に視線を戻した。


【どうにかしてやりたいけど、やり方が分からない・・・】


「そっかぁ」

 ブレイドの心の声に返事をすると、ロナルドはブレイドの頭を撫でた。

「わっ!」

「へへーん!お兄さんに任せなさいっ!」

 ロナルドはそう言って笑うと、すぐに走って自室から薬を取ってきた。


 趣味として、独学で勉強して作った傷薬。


 "皇族が薬なんか学んでどうするんだ"

 "お前は将来皇太子になって俺がなれなかった皇帝になるんだ!"


 そう父に言われ続けて育ったロナルドの密かな抵抗。



「はい!僕が作った薬と包帯っ!これで治せると思うよ!」

「!本当か?」

「効くといいけどなぁ」

 ブレイドが優しく子猫を抱き上げると、ロナルドがそこに消毒をして薬を塗って手早く包帯を巻きつけた。

 処置を終えて子猫の頭を撫でてやると、薬に即効性のある痛み止めを混ぜていたからか、子猫は落ち着いた様子でロナルドとブレイドに感謝するように可愛らしく鳴いた。

「・・・よし!あとは毎日薬塗って包帯変えて様子を見よう!」

 ロナルドの手際の良さに、ブレイドは感心したように彼を見上げた。

「すごいな、お前」

「"お前"じゃなくてロナルドだよ、ブレイド」

 ロナルドが笑いながら言うと、ブレイドはこくりと頷いた。

「ロナルドは薬師になれるんじゃないか?」

「え〜、でも僕は皇族だから薬師にはなれないって言われてるんだよねぇ」

 ロナルドは苦笑しながら言った。

 本音を言うなら、薬師を目指して本格的に勉強してみたいが、それを父が許すとは思えない。

 ロナルドの言葉に、ブレイドは眉間に皺を寄せると首を傾げて言った。


「皇族だからって・・・、それが薬師になれない理由になんでなるんだ?」


「・・・え?」


 ロナルドがブレイドを見ると、ブレイドは深紅の瞳で真っ直ぐロナルドを見据えて言った。


「以前父上が"薬師になるには素質がいる"と言っていた。独学でこんな薬が作れるんだ、ロナルドにはその素質があるんだろう。今辞めるのは勿体無い。だから、皇族にそんな奴がいなくても、ロナルドが一番最初に皇族から出た薬師になればいいだけなんじゃないか?」


「!」


 ロナルドは目を見開いた。

 ブレイドの純粋な言葉が、どうしようもなく心に響いた。

 はじめて薬師を目指す自分を肯定してもらえた。


 ・・・そうだ。

 皇族だからって、諦める理由になんてならないじゃないか。



 ロナルドは拳を握りしめた。


「・・・僕、薬師になれると思う?」


 そっとブレイドに尋ねると、ブレイドは仏頂面のまま言った。



「お前自身がなりたいと思って努力するなら、薬師にでも何でもなれるだろ。」




「・・・そっか、そうだよね」


 ロナルドは笑った。

 何気ない彼の言葉が全てを変えた。

 それと同時に、ブレイドは皇太子になるべき器なのだと思った。

 たった少しの言葉だけで人の心を動かせるほど、真っ直ぐで綺麗な心をしているのだから。



 ブレイドと話した数日後。

 突然ゼイン陛下から呼び出された。

「ロナルド。お前は独学で薬について学んでいるらしいな。お前が望むならその道に進ませてやるが、どうする?」

「!」

 すぐにブレイドの姿が頭をよぎった。

 彼が陛下に話を通してくれたのだとすぐに分かった。


 ゼイン陛下の計らいにより、ロナルドは薬師の道へ進めることになった。




 ブレイドのお陰で、今の自分がある。

 彼に感謝しながら薬師見習いとして勉強に励んだ。

 だから、数年後に帝都で魔力暴走が起きた時はすぐにブレイドのために怪我人の救護にあたった。


 薬師を目指していて良かったと、本当にそう思った。



 ・・・しかし、

 ブレイドを一番愛していた、

 ブレイドが一番大切にしていた皇妃の命を、

 救うことができなかった。



 全てが終わってブレイドに会いに行くと、彼の強い心は、砕け散ってしまっていた。



「ブレイド・・・」

「・・・・・・」

 ブレイドの耳には、ロナルドの声も届かなかった。

 そっとブレイドを抱き締めたが、彼の反応は一切なかった。

 "自分のせいで皇妃が死んでしまった"

 その事実があまりにも重すぎたのだ。



「ごめんね、ブレイド・・・」

「・・・・・・」

「本当にごめん・・・っ」


泣けない彼の代わりに、涙を流した。



 だから、"別荘でルイスやクレディ達と療養することにした"とゼイン陛下から聞いた時は正直ホッとした。

 彼の心を癒すためには、たくさんの時間が必要だったから。



 ブレイドが別荘にいることを知っているのは、ゼイン陛下とロナルドと極一部の政務官のみ。


 ブレイドが帝都から姿を消したことで、ブレイドを"邪竜"と蔑んできた政務官や官僚たちはこれ幸いというように騒ぎ出した。

「邪竜がいなくなってよかった」

「なら、皇太子は誰にするのか?」

「後継者はもうロナルドしかいないのでは?」

 そいつらはロナルドが皇太子になるのだと決めつけて擦り寄ってきた。

 その心の汚さに、ロナルドは反吐が出そうだった。


 誰が何と言おうと、皇太子になるのはブレイドだ。

 彼以外に適任はいない。

 ゼイン陛下も同意見だったのか、政務官たちの言葉を無視してブレイドが戻ってくるのをひたすら待ち続けた。






「・・・本当に、よく戻ってきてくれたよ」


 "金眼の天使"アイリス・クレディ。

 彼女のおかげで、ブレイドはまた前を向くことができた。

 また、あの綺麗で強い心を持った彼に・・・いや、もっと強い想いを胸に、帝都へ帰ってきた。



 アイリスのことを想うが故に、考え過ぎてしまうブレイド。


「本当にアイリスのことが好きなんだね。」

「・・・見たのか?」

「見ちゃった!」


「〜〜〜〜っ、アイリスには言うなよ・・・っ」

「分かってるよ」



 あの時は、わざわざブレイドの心を読まなくても良かった。

 だって、彼の表情は"恋に苦悩する男"のそれだったから。


 草原の記憶だって見ていない。

 見なくても分かる。

 彼にとって草原での時間はかけがえのないものだったんだって、今の君の姿がすべて証明しているから。


「(本当、分かりやすくなったなぁ。)」


 ロナルドは小さく笑った。

 昔のブレイドは、いつも怒っているような表情をしていた。

 ブレイドの側に誰かが近付くと、いつもその相手を睨んでいた。

 笑う姿、泣く姿・・・、ロナルドは過去をどんなに振り返っても彼のそんな顔を思い出すことができなかった。


 それなのに、今は自然に感情が出ている。

 勿論仏頂面は彼の標準装備なのだが、それでも昔とは全く違う。


 ロナルドは口角を上げた。



 君が前に進めないなら、

 僕が押してあげる。


 昔、君が僕の背中を押してくれたように――。




「・・・でもさ、ブレイドのその考え方で行くと、


 僕がアイリスを狙ってもいい、ってことだよね?」




 さぁ、君のために僕はライバルになってあげるよ。


 アイリスも、ブレイドのことが好きだってことは心眼で覗いた時にもう分かってるし、

 "皇太子になることに興味がない"って言っておけば、アイリスの性格上、帝国のことを考えて皇太子になりたがっていない、適していない僕を選ぶようなことは絶対にしない。




 これは、君が勝つためだけに用意された舞台だ。




「(君には、幸せになってほしいんだよ・・・)」


 ロナルドはそう、心の中で呟いた――。



ロナルドとブレイドの過去と、第二章12話をロナルド視点で少し書かせていただきました。

実はかなり早い段階でこの閑話を書いていました。

だからロナルドがライバルとして頑張っている間、心の中で彼をずっと応援していました。

ありがとう、ロナルド・・・。


次回から第三章がスタートします!

拙い小説ですが、お付き合いいただけますと幸いです。

よろしくお願いいたします!

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