20 初めての舞踏会
アイリスの謁見が終わった翌日。
ブレイドの成人の儀と皇太子就任式典が執り行われた。
案の定、宗教国家ディアロスから来たアトロイ大司教は欠席した。
女神信教の者たちからすれば、アイリスの決断は受け入れ難いものだろう。
しかし、宗教の教え上、女神の遣いとして崇めている金眼の天使の言葉を無下にすることもできないため、アトロイがブレイドやゼインに対して何か嫌味を言うことは無かった。
結果的に両国の関係悪化は防ぐことができたのかもしれない。
ラドリス帝国の宮廷内にある儀典用広間で多くの来賓に見守られながら、ゼインとブレイドは向かい合っていた。
「ブレイド・アレクシアン。ラドリス帝国皇帝――ゼイン・アレクシアンの名において、其方を我が国の皇太子に任命する。」
ゼインの手によって皇太子に任命された者が付けることの許される紋章がブレイドの正装服に付けられ、そして彼の頭に冠が乗せられた。
「拝命いたします。この命尽きるまで、ラドリス帝国に尽くすことをここに誓います。」
ブレイドはゼインに向かって誓いを立てると踵を返して歩き出した。
そして儀典用広間からバルコニーへ出ると、宮廷の外に集まる民衆たちにその姿を見せた。
ブレイドの皇太子としての姿に民衆たちから歓声が上がった。そして、ブレイドの隣にゼイン陛下も並ぶと、ゼインとブレイドは顔を見合わせて頷きあい、また民衆たちへ視線を戻した。
この歓声も全てアイリスのお陰だと思うと、彼女に対して愛おしく思う気持ちがより一層強くなった。
その日の午後から行われる舞踏会。
アイリスはラドリス帝国皇族の正装服の色である白と深海色の使われたドレスを目の前に頭を抱えていた。
「だから露出が多いんだって・・・っ!」
「慣れてください。」
エマは抵抗するアイリスを手慣れたように避けながら使用人たちと共にドレスを着せていった。
「恥ずかしすぎて死にそう・・・っ」
両手で顔を覆ったアイリスに、エマは溜息をついた。
「昨日は王族方を目の前にしてあんなに堂々と演説していたじゃないですか。この肌が見えている姿で。」
「っ!?言わないでっ!!単にスイッチをプレゼンモードに切り替えてただけだからっ!」
アイリスが顔を真っ赤にして抗議したが、エマは動じることなく腰紐を手早く結んだ。
「ぷれぜん?よく分かりませんが、諦めてください。」
エマは首を傾げながらもアイリスの着替えを終わらせて彼女を椅子に座らせた。
アイリスの長く綺麗な黒紫色の髪を櫛で丁寧に梳いていく。
アイリスは羞恥に顔を染めながら鏡の中の自分を見た。
どんなに美しいドレスで着飾っても、十四歳であることには変わりなく、顔がまだ女性ではなく少女なのだ。
謁見の時に玉座の間にいたレディアンスを始めとする貴族女性たちの華やかさと美しさ。
そして、今回の舞踏会にエマもアイリスの補佐として出席するため同じようにドレスを見に纏っており、彼女本来の美しさが際立ってさらに美人になっている。
彼女たちに自分は到底敵わない。
アイリスは自身の魅力の無さに顔を俯かせた。
「・・・私がこんな綺麗なドレス着たって似合わないって・・・」
「そんなことありません。とてもお似合いですよ?」
エマはそう言いながら使用人と共にアイリスの髪を綺麗に結い上げ、彼女の顔に化粧を施した。
舞踏会の会場へと続く廊下をアイリスとエマが歩いていると、会場の扉の前に正装服に身を包んだブレイドと燕尾服姿のルイスが立っていた。
「!アイリス」
ブレイドがこちらに気付いて振り返った。
「遅くなってごめんね・・・」
アイリスはブレイドの前で立ち止まると、そっと彼を見上げた。
「―――・・・っ」
ブレイドはアイリスの姿に息を呑んだ。
黒紫色の髪と、白と深海色のドレスの色合いがとても似合っている。
今回のドレスは先日皇太子宮で着ていたドレスと同じ、肩や背中が大きく出ているデザインだった。
華奢で綺麗な首と鎖骨、肩、そして背中。
それに加えて髪が纏めて結い上げられており、綺麗な頸が露わになっていた。
「これはまたお美しい」
ルイスがアイリスを見て微笑みながら感嘆の声を上げると、エマが満足げに頷いた。
「・・・っ」
ブレイドは思わず口元を手で覆った。
両想いになったことも相まって純粋な色気を漂わせる彼女から目を逸らせない。
無言でひたすら自分を見つめているブレイドに、アイリスは胸元を手で隠しながら頬を赤く染めて俯いた。
「あんまり見ないで・・・、その、恥ずかしいから・・・」
「―――っ、」
容赦なくブレイドの理性を削ってくるアイリスに、ブレイドは一度目を閉じてゆっくりと深呼吸をすると、アイリスに微笑みかけた。
「・・・似合ってる、綺麗だ。」
「!」
アイリスの頬がさらに赤くなった。
そして視線を彷徨わせた後、またブレイドを見上げた。
「ありがとう・・・、ブレイドもカッコいいよ?」
アイリスは恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに微笑んだ。
片思い中の二年間耐え続けた俺の理性もそろそろ限界かもしれない、と思いながら、ブレイドはアイリスの化粧が落ちないように指先でそっと頬を撫でた。
ブレイドとアイリスは扉の前に立つと、アイリスをエスコートするために腕を組んだ。
「・・・いくぞ。」
「うん」
アイリスが頷くと、ルイスが扉を開けた。
「いってらっしゃいませ。」
ルイスが恭しく頭を下げた。
扉の向こうの明るさに、アイリスは目が眩んだ。
眩しいくらいのシャンデリアの灯り。
そして、煌びやかな衣装を身につけた人々。
「ブレイド皇太子殿下っ!」
「金眼の天使様だわ!」
ブレイドとアイリスの姿を見て歓声が上がった。
華やかな光景に圧倒されながら、ブレイドとアイリスが会場全体に向かって頭を下げると、会場内に拍手が巻き起こった。
「やぁ、アイリス。今日もとっても綺麗だね」
中に入ってすぐに声をかけてきたのは、ロナルドだった。
ロナルドはアイリスの前に立つと、彼女の手を持ち上げて手の甲にキスをした。
「ありがとうございます、ロニーさん」
アイリスはそう言って軽く膝を曲げて挨拶を返すと、ロナルドをそっと見上げた。
「あの、ロニーさん・・・先日は・・・」
申し訳なさそうに言葉を紡ぐアイリスに、ロナルドは小さく微笑んだ。
「アイリス、君がそんな顔をしたら折角の可愛い天使が台無しだよ」
「!」
「君は笑ってるのが一番さ。」
ロナルドはアイリスの頭にポンっと手を乗せた。
「これから薬師として精一杯君を支えていくつもりだから、よろしくね」
いつものように優しい笑みを浮かべるロナルド。アイリスは彼を見つめて口を結んだあと、ロナルドにそっと頭を下げた。
「・・・ありがとうございます、ロナルド殿下」
「うん。これから一緒に頑張ろう、アイリス」
「はいっ」
ロナルドに頭を撫でられて、アイリスは安心したように微笑みながら頷いた。
その様子を静かに見つめるブレイド。ロナルドはブレイドの視線に気付いて彼に向き合った。
「ブレイド、皇太子就任と成人、おめでとう。」
「あぁ。・・・色々と迷惑かけたな、ロナルド。」
ブレイドが伏目がちにそう言うと、ロナルドは少し驚いたような表情をした後すぐにいつものように微笑んだ。
「互いに、帝国のために頑張ろうね、ブレイド」
「!・・・あぁ。」
ロナルドが手を差し出し、ブレイドがその手を握った。
握手を交わしている二人を見て、会場にいた者達から自然と拍手が起きた。
その光景にアイリスとエマは顔を見合わせると、そっと微笑みあった。
「あらまぁ!これまた可愛らしいお姫様だねぇ!」
「!」
後ろから声を掛けられてアイリスが振り返ると、そこにはマリニエル諸島連合国の女王であるレディアンスが立っていた。
レディアンスは昨日よりも煌びやかなマーメイドドレスに身を包んでいてさらに妖艶で美しかった。
彼女は手に持っていたワイングラスを近くのテーブルの上に置くと、ブレイドとアイリス達の元へ歩いて来た。
「ブレイドちゃん、皇太子就任と成人おめでとう!」
「ありがとうございます。」
ブレイドはレディアンスと向き合うと、右手を左胸に当てて頭を下げた。
アイリスもそれに倣ってドレスの裾を上げてレディアンスに向かって頭を下げた。
「レディアンス女王、先日は――」
「あらあら天使ちゃん、貴女は固い挨拶なんかしなくていいのよ?せっかくこんなに可愛いお姫様なんだから」
レディアンスはそういうとアイリスの腰に手を回してアイリスの体を思い切り引き寄せて抱き締めた。
「ひゃっ!」
レディアンスは妖艶な笑みを浮かべながら、そっとアイリスの耳に唇を寄せた。
「とっても可愛くて美味しそう・・・、さて、天使ちゃん。貴女はどんな声で鳴くのかしら?」
吐息混じりに耳元で囁かれ、アイリスの体がビクッと反応した。
「んぁっ・・・!」
「ん~、いい声だねぇ・・・、開発しがいがありそうじゃないか」
「んっ、やめ・・・っ」
耳元で囁きながらアイリスの首筋や鎖骨、背中を指先でするりと撫でられ、アイリスはレディアンスの服を握りしめながら甘い吐息を漏らした。
「――っ!!レディアンス女王!!アイリスに変なことするのはやめてくださいっ!!」
ブレイドが顔を赤く染めてレディアンスからアイリスを無理矢理引き剥がした。
必死にこちらを睨んでいるブレイドに、レディアンスは声を上げて笑った。
「アハハ!いいねぇ、その初心な反応!ブレイドちゃんの理性もそろそろ限界じゃないかい?」
「・・・っ、」
「夜の生活で困ったことがあったらいつでもアタシの城に来な?女の子の体についてじっくり教えてあげるよ」
そう言ってレディアンスはブレイドの顎に手を添えた。うっとりとした表情でブレイドの顎を撫でるレディアンスの手を払い除けるようにブレイドは顔を逸らした。
「・・・っ、お言葉ですがレディアンス女王、俺はまだ彼女とそのようなことをするつもりはありません」
ブレイドがレディアンスを睨みながらアイリスを背中に隠してそう言うと、レディアンスは楽しそうに目を細めた。
「へぇ、紳士だねぇ。・・・でも、そう言われるとさ、その年齢でいつまで我慢できるか試してみたくなっちゃうんだよねぇ」
レディアンスは睨みを利かせているブレイドを見てうっとりと舌なめずりをした。
「「(この人の傍にいたら食われる・・・!!)」」
妖艶な色気を漂わせるレディアンスを見て、ブレイドとアイリスは顔を赤くしたまま冷や汗を流した。
「やり過ぎだ、レディアンス。」
低い声が聞こえて顔を上げると、ゼインがこちらへ向かって歩いてきていた。
ゼインはブレイド達とレディアンスの間に立つと、レディアンスを見下ろして呆れたように溜息をついた。
「全く・・・、婚約したばかりの奴らに言うセリフではなかろう。」
「何言ってんだい、これでもいつものアタシに比べたら抑えてる方じゃないか」
「だとしてもアイリスは未成年だということを忘れるな。」
ゼインはそう言ってまた溜息をつくと、ブレイドの背中に隠されているアイリスに向き合って深海色の瞳でアイリスを見下ろした。
「・・・"金眼の天使"アイリス・クレディ。」
「!はい」
アイリスがブレイドから離れて返事をすると、ゼインは右手を左胸に当ててアイリスに向かって頭を下げた。
「私と一曲踊ってくれないだろうか。」
ゼインからダンスのお誘い。
ゼインとアイリスのダンスが舞踏会開始の合図となる。
アイリスは、ゼインの仕草があまりにも様になっていて思わず顔を赤く染めた。
ゼインの容姿はブレイドと似ている。髪と瞳の色、体格は勿論違うが、少し吊り目なところなど顔のパーツはそっくりだ。きっとブレイドが大人になったらゼインのようになるのだろうと思うと余計に顔に熱が集まった。
「(落ち着け落ち着け・・・っ)」
アイリスは深呼吸してゼインを見た。
「・・・はい、喜んで」
アイリスが右手を差し出すと、ゼインはその手を優しく握った。
「いいなぁ!ゼインちゃんと踊れるなんて羨ましいっ!」
「後で踊ってやるから我慢しろ。」
ゼインはレディアンスに向かってそう言うと、ジッとこちらを見ているブレイドを見て口角を上げた。
「悪いな、ブレイド。恋人のファーストダンスを奪ってしまって」
「・・・いえ、それが決まりと分かっていますので。」
ブレイドはそう言ってゼインに頭を下げた。
普段通り振舞っているつもりで不機嫌さを滲ませているブレイドに、ゼインはククッと笑った。
レディアンスは歩く18禁です。彼女のことを書くときは規制に引っ掛かるのではとハラハラします。
ちなみに私の中ではゼインも歩く18禁認定しています。大人の色気が凄そう。
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作者のやる気に繋がります!
今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




