4 みんなで楽しく勉強会
カーテンの隙間から差し込んだ光が顔を照らし、ベッドで眠っていた私はそっと目を開けた。
二階にあったゲストルームの一室。
昨日クレディ夫妻は、使用人たちの手により綺麗に掃除されたその部屋を子供部屋仕様にして私に分け与えてくれた。
「狭くてごめんなさいね」と夫妻に言われたが、部屋は全く狭くないし、孤児だった私にここまでしてくれることに感謝しかない。有難く使わせてもらっている。
私はベッドから体を起こすと、机の上に飾られたアイリスの花を見た。
綺麗な紫色と黄色の花びらを広げている立派な花。
それを眺めながら、昨日の出来事を思い返した。
"これからやることが山ほどある"、と言っていたフロリスの"やること"のメインは、養子にするための届け出、私の部屋の準備、ではなく、まさかの"私の歓迎パーティー"だった。
鼠の騎士団たちが去った後、私はフロリスと一緒にケーキや料理を作ったり、アランと飾りつけをしたりした。
「主役も一緒に準備させるスタイルかよ」というブレイドの指摘に、
「みんなで準備した方が楽しいじゃない?」
とフロリスは笑いながら答えていた。
そして面倒くさそうなブレイドを巻き込んで、パーティー会場であるリビングの飾りつけを完成させた。
あとは料理を運んでくるのみ、とクレディ夫妻と私がキッチンに行っている間、飾りが少しズレているのが気になったのか、誰もいないのを見計らって一人せっせと修正しているブレイドの姿を見つけて三人で笑った。
ルイスや他の使用人たちをも巻き込んで行われた、笑い声の絶えない、賑やかなパーティーだった。
「(楽しかったな・・・)」
パーティーの時にテーブルの上で堂々と咲いていた花がこの子だ。
机の上のアイリスの花弁を優しく撫でてそっと微笑んだ。
窓辺へ行き、カーテンを開いてそっと窓を開けると、朝の冷たい風が優しく頬を撫でた。
この窓から草原が一望できる。
歩いてくるときには気づかなかったが、近くに小川や森もあるようだ。
顔を出したばかりの朝日が、それらを力強く照らしていた。
私は、アイリス。
私はこれから、この世界で生きていく。
アランとフロリスの三人で朝食を終えた後、フロリスは食後の紅茶をアイリスに差し出しながら言った。
「さぁ、アイリス。今日は何をしましょうか」
お散歩もいいしお菓子作りもいいわね、と楽しそうに提案してくれるフロリスに、アイリスは昨夜ベッドの中で考えていたことをそっと口にした。
「文字を、教えていただけないでしょうか?」
「文字?」
フロリスが小首を傾げながら聞き返した。コーヒーを飲んでいたアランも顔を上げてこちらを見ている。
「本が読めるようになりたいんです」
二人はアイリスの願いをすぐに聞き入れてくれた。
フロリスが自室から羊皮紙と羽ペンを持ってくると、それに一文字ずつ書き出して表を作ってくれた。
「この国の子供達はみんなこの表を見て文字を覚えていくのよ」
文字の基礎からのスタート。
フロリスに表を指差しながら何度も繰り返し読み上げてもらい、とにかく一文字の読み方を頭の中に入れていく。
「私の手持ちはこんなものしかないけど・・・」
アランは書斎にあった図鑑を持って来てくれた。
それを受け取り開いてみると、この世界の生き物や植物の名前がイラスト付きで載っていた。
「絵と文字を照らし合わせていけば少しずつ読める文字が増えていくんじゃないかと思ったんだけど、どうかな?」
「ありがとうございます、アランさん、フロリスさん」
アランとフロリスにお礼を言うと、それと同じタイミングで玄関のドアが開いた。
「!ブレイドさん」
入ってきたのはブレイドだった。彼の後ろから執事のルイスも入ってきて、クレディ達に丁寧に頭を下げた。
「はよ。・・・何やってんの?」
ブレイドはテーブルの上に広げられた羊皮紙を覗き込んだ。
「アイリスに文字を教えてあげてるんだよ」
「本を読みたいんですって」
「ふーん」
ブレイドは暫く無言で表を眺めた後、アイリスを見て言った。
「・・・お前はこの世界のことどこまで覚えてんだよ?」
「え?」
「この世界にどんな国がある、とか」
ブレイドの質問に周りの視線がアイリスへと集まった。アイリスは俯きながらそっと口を開いた。
「・・・すみません・・・全く分かりません」
申し訳なさそうに答えたアイリス。彼女の答えを予想していたブレイドは、小さく溜息をつきながら言った。
「お前、この世界のことを知りたいから本を読めるようになりたいって言ったんだろ?」
「はい・・・」
「文字を覚えるのは時間がかかる、まずはクレディか俺に分からないことは何でも聞け」
ブレイドは俯いているアイリスの頭に手を乗せて、優しくポンポンと撫でた。
「!」
「子供が気ぃ使ってんじゃねぇよ」
そう言って小さく笑ったブレイド。
初めて見る彼の優しい表情だった。
アイリスが彼の表情を見つめていると、二人の様子を向かいの席から見ていたクレディ夫妻がニヤニヤしているのが見えた。
「っ!なんだよ、その顔」
ブレイドはアイリスからパッと手を離してクレディ夫妻を睨むと、二人は楽しそうに笑いながら言った。
「いやぁ、ブレイドも人を思いやる優しい心が育ってたんだなぁ」
「アイリスが来てくれてよかったわぁ。この草原にもようやく春が来てくれたわね」
しみじみと言う二人にブレイドは椅子から立ち上がって叫んだ。
「そんなんじゃねぇ!俺はこいつを拾ってきた責任があるから・・・!」
「あら?誰もあなたに春が来たなんて言ってないわよ?」
「~~~~っ」
フロリスの言葉に、ブレイドは怒りと羞恥に体を震わせながらゆっくりとまた椅子に座った。
それを見て声を上げて笑うクレディ夫妻と控えめに微笑みながら見守るルイス。
なんだかブレイドが少し可哀そうになってきた。
「アランさん、フロリスさん・・・ブレイドさんはそんなつもりじゃ・・・」
「うんうん、分かってるよ」
アランは頷きながらアイリスの頭を撫でた。そんなアランにブレイドは舌打ちした後、少し気まずそうにアイリスを見て言った。
「とりあえず、お前はもうクレディ侯爵家の子供なんだ。アランさん、フロリスさんなんて他人行儀な呼び方じゃなく、呼び捨てか・・・お前がいいならお父様お母様とでも呼んでやれ」
「侯爵家・・・」
アイリスの呟きにブレイドは頷いた。
屋敷の雰囲気と、クレディ夫妻から溢れる貴族感から何となく地位が上の方々なのだろうとは思っていたが、まさか侯爵だったとは。
そう思いながらアイリスがアランとフロリスを見ると、二人はニコッと笑った。
「パパでもいいよ?」
「あら、なら私はママね!」
「!・・・ふふっ」
気を使わせないように冗談を言う二人に、アイリスも釣られて笑った。
アイリスの笑顔にアランは安心したように微笑んで言った。
「私たちに気を使う必要はないんだよ、アイリス」
「この国では他種族の者が養子になることは珍しいことではありませんからな」
ルイスがそう言ってフォッフォッと笑うと、それを肯定するようにアランとフロリスが頷いた。
「そうなの?」
「えぇ、異種族と人間の混血もいるわよ」
そう言ってウインクしたフロリスをブレイドが睨んだ。
それからはみんなでお勉強会という名のお茶会をした。
勉強は楽しみながらやるのが一番!とお菓子や紅茶、コーヒーなどを飲みながらみんなでこの世界のことについていろんな話をしてくれた。
まずは、アイリスたちのいるこの土地を統治している国――多種族国家ラドリス帝国について。
人間と異種族が共存する、近隣諸国の中でも一番大きく平和な国なのだそう。
帝都はここから馬車で半日程の距離にあるらしい。
「元々私たちも帝都に住んでいたんだが、今はいろいろあって帝国の外れにあるこの別荘で生活しているんだ。」
「いつかは帝都に戻らないといけないんだけど・・・、まだ暫くはここにいるつもりよ」
フロリスはそう言って微笑みながらブレイドの頭を撫でた。
「やめろって」
ブレイドはフロリスの手を軽く払い除けてそっぽを向いた。
「あとは、異種族についてかしら」
異種族は大きく四つに分類される。
アラン、フロリスは獣人。ルイスは鳥人。海で独立国家を築いている魚人族。そして、高貴な存在と言われている竜族。
「ブレイドは・・・」
「トカゲだったわね」
アランとフロリスがクスクスと笑って言った。
「ブレイドのような爬虫類族もいるが数は極めて少ないよ」
笑いながら言ったアランに、ブレイドが不機嫌そうに鼻で笑った。
「あ、あともう一つ教えておかないといけないね」
アランはそう言うと、窓の外に見える草原を指さした。
「この草原は魔法石の結界に囲まれていてね、私たちが許可をしたものたちしか出入りできないようになっているんだよ。勿論、アイリスも出入りできるようにしているんだが、この結界の外には危険な魔獣がいる」
魔獣。知性を持たない凶暴な動物。
「魔獣は森の奥にいることが多いからこの草原までは滅多に出てこないが、時々出てきて近くにある街を襲うこともある」
「それで鼠の騎士団が巡回してるのね?」
アイリスの言葉にアランが頷いた。
「今度境界まで連れて行ってあげるよ、結界がどれか分かった方がいいだろうからね」
アランがそう言うと、いつの間に席を外していたらしいルイスが本を抱えて戻ってきた。
「ブレイド様のお屋敷に子供向けの歴史書がございました。他にも何冊かありましたので、文字のお勉強の際にどうぞお役立てください」
「ありがとうございます、ルイスさん」
ルイスから本を受け取ってお礼を言うと、ルイスは軽く頭を下げて微笑んだ。
「さぁ、今日のお勉強はおしまいにして、あとは楽しく過ごしましょう?」
フロリスはアイリスにケーキを差し出しながら言った。
「これから長い時間私たちとここで過ごすんですもの。お勉強も急がずゆっくり覚えていけばいいのよ」
そう言って彼女は優しく微笑んだ。
お勉強会という名のお茶会が終わって立ち上がったブレイドに、アイリスは慌てて呼び止めた。
「ブレイドっ」
「ん?」
すぐにこちらを見たブレイド。アイリスはいつもの仏頂面のブレイドに少し安心しながら言った。
「今日はありがとう。この世界のこと色々知れて良かった」
「あぁ・・・」
ブレイドは短く返事をすると軽く首の後ろを掻いた。
そして、クレディ達が周りにいないことを確認して、アイリスと目線を合わせるように少し身をかがめて言った。
「俺は裏の屋敷でルイス達使用人と住んでる。暇なときに来い。勉強教えてやるから」
「本当?」
ブレイドは小さく頷いた。
「あぁ。クレディ達じゃあ娯楽優先になっていつまで経ってもお前が文字習得できなさそうだからな」
そう言ってブレイドが指差した方を見ると、そこにはクレディ夫妻が「次はお菓子作りをするか、洋服を買いに行くか」を楽しそうに話し合っていた。
「な?」
「ふふっ、本当だ」
仲良しなクレディ夫妻にアイリスが笑うと、ブレイドも小さく笑った。
ブレイドがルイスと共に帰っていく後姿を見送りながら、彼がこの屋敷の裏にあるあの広いお屋敷で使用人たちと一人で住んでいることについては触れない方がいいんだろうと思った。
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作者のやる気に繋がります!
今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




