19 天使の言葉
夜空のような輝きを放つ漆黒のドレスに身を包んだアイリス。
金眼の天使に、
厄災、邪竜と呼ばれる黒竜――ブレイド・アレクシアンが選ばれたのだ。
ざわつく会場内を真っ直ぐ見据えているアイリス。
凛としている彼女の姿に、自然と会場が静かになった。
皆の視線が集まる中、アイリスの綺麗な唇が動いた。
「皆様、この度は私のためにお集まりいただき感謝申し上げます。」
いつものように澄んだ声。
「女神様の御心の元、私はこうしてこの地に降り立つことができました。女神様より授かりましたこの治癒の力を、この世界のすべての者たちのために使います。」
アイリスは、ゆっくりと深呼吸をして、ゼインを見据えた。
「ゼイン・アレクシアン皇帝陛下。貴殿の治める地に降り立つことができたこと、嬉しく思います。貴殿の治めるラドリス帝国の皇太子について、もうこのドレスを身に着けている時点で皆様お分かりのことと存じますが・・・」
アイリスは真っ直ぐ前を向いた。
「私、アイリス・クレディは、
ブレイド・アレクシアン殿下を愛しております。」
アイリスの凛とした声が、玉座の間に響いた。
「・・・っ」
ブレイドは彼女のその姿を見て、拳を握りしめた。
声が出そうになるのを必死で抑えていた。
"俺も、お前を愛している"
そう叫びたかった。
「愛する彼の元で、共にこの世界を救っていくことを、ここに誓います。」
なんで、そこで言うんだよ・・・。
すぐ、お前を抱き締めたいのに、
できないじゃねぇか。
「―――っ、」
ブレイドは泣きそうになるのを必死で堪えるように歯を食いしばった。
視界の端で、手が上がるのが分かった。
「!」
顔を上げると、アトロイがアイリスに向かって右手を上げていた。
「金眼の天使様。私から一つよろしいでしょうか?」
一気に空気が凍り付いた。
肌に突き刺さるほどの沈黙と圧。
アイリスは、アトロイを見下ろした。
「・・・発言を許可します。」
アトロイは手を下ろして真っ直ぐアイリスを見据えた。
「納得がいきません。
邪竜はこの世界の厄災そのもの。女神信教の教えに反する行為です。それを選ぶ理由をお聞かせください。」
ゼインがアトロイを睨んだのが分かった。
レディアンスも真剣な表情でアトロイを見ている。
そして、アイリスへと視線が集まった。
アイリスは小さく頷いた。
「アトロイ大司教の問いに答えます。・・・黒竜について、貴殿の国の信仰する宗教では、女神様が厄災、邪竜という言葉で黒竜の存在を忌み嫌っているとのことですが、果たしてそれは本当に女神様のご意志なのでしょうか?それならば何故、女神様は黒竜をお創りになるのでしょうか?・・・私なりに女神様の教えを解釈いたしましたので、一つの意見として皆様お聞きください。」
アイリスは、ゆっくりと深呼吸をして、玉座の間に集まっている者たちを見据えた。
「私は、黒竜こそが"女神様に最も愛された存在"ではないか、と解釈しております。」
「「!!」」
「黒竜が厄災と恐れられ、言い伝えられているのは、"地上で生きる者たちの絶えることのない争いを治めるためにその力を振るうからだ"と私は考えています。
それは、地上で生きる者たちにとっては都合の悪い事かもしれません。しかし、女神様は慈愛に満ちたお方の筈です。地上の者たちの争いを望んでおられないのではないでしょうか。
女神様の意志を全うするために、地上での争いを治め傷付く黒竜のために、女神様は黒竜のために治癒能力を持った天使を遣わせている、と捉えることもできるのではないでしょうか。
女神様は黒竜の魔力を頼りに天使を遣わせる。だから、ブレイド殿下の魔力が放出されたその数年後に金眼の天使である私が彼のいる地上へ降り立つことができたのです。
この世界の者たちは女神様と黒竜によって与えられた天使の恩恵を受けられているのです。
"帝国に黒竜が舞い降りた時に、天使が現れる"
言い方を変えますと、
"帝国に黒竜がいなければ、天使は現れない"のです。
これこそが、"黒竜が女神様の寵愛を受けている証"なのではないかと私は考えています。」
アイリスは真っ直ぐアトロイを見据えた。
「黒竜を忌み嫌うのではなく、女神様や金眼の天使と同様に崇めるべきではないでしょうか。」
「・・・・・・」
「これは、黒竜であるブレイド殿下を愛している私の偏った解釈かもしれません。・・・アトロイ大司教。私は貴殿の国の思想や宗教を否定するつもりはありません。ですが、今ある教えを様々な角度から解釈することで、より深く女神様の御心を知ることができるのでは、とも思います。
女神信教の聖職者であり最高責任者である貴殿が筆頭となって、是非様々な角度で教えを解釈し、女神様の愛するこの世界に生きる者たちの様々な意見を許容した上で、さらに知見を深めて頂きたいと切に願います。」
アイリスはそう言って、綺麗に微笑んだ。
「私を地上へ導いてくれた、黒竜ブレイド・アレクシアン殿下に感謝を。」
ふわりと、風が吹いた気がした。
「――――・・・」
ブレイドは、窓から差し込んだ光に照らされる、綺麗な紫色の髪と、金色の瞳を見つめた。
アイリスの言葉が地上へと舞い降りてきて、
今まで止まっていた地上の時間をゆっくりと動かしていく。
一つの道しか知らなかったこの世界の生き物すべてに、複数の道があることを教える。
まさに女神の遣いそのものだった。
「・・・ブレイド。」
ゼインが前を向いたまま呼びかけた。
「お前の好きになった女は、いい女だな。」
「!」
「生涯かけて・・・お前の命に代えても、彼女を守り抜けよ。」
「・・・っ、はい・・・」
ゼインの言葉に、ブレイドは頷いた。
アイリスは右手をそっと左胸に当てた。
「最後に・・・大国の王である、ゼイン・アレクシアン皇帝陛下。レディアンス女王陛下。アトロイ大司教。そしてご臨席いただいた各国の皆々様。私をこの場に立たせてくださったことに、深く感謝いたします。
私のこの命尽きるまで、皆様の国の民を救うことに尽力することを、ここに誓います。」
アイリスの言葉に歓声が上がった。
アイリスは綺麗に微笑むと、優雅に頭を下げて踵を返した。
彼女の姿が扉の向こうへと消える。
その姿をブレイドは拳を握りしめて見つめた。
「・・・っ」
すぐにでもアイリスの後を追いかけたい。
抱き締めて、
キスをして、
君に"愛してる"って伝えたい。
でも、まだここでやることが残っている。
ここにいる者達に挨拶をして、見送って――・・・
「行っておいで、ブレイド。」
ロナルドの声が聞こえた。
驚いて顔を向けると、ロナルドが小さく笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「大丈夫。あとは僕がやっておいてあげるからさ。」
ロナルドはブレイドの背中をそっと押した。
「お姫様を迎えに行くのが選ばれたナイトの仕事だろう?」
「・・・っ、すまないっ!」
ブレイドが走り出すと、それを見たレディアンスが笑いながら手を振って見送った。
「アハハッ!青春だねぇ!いけいけーっ!」
「・・・あとで説教だな。」
ゼインはそう言って小さく鼻で笑った。
ブレイドは、アイリスの出て行った扉から廊下に出て見渡すと、廊下の先にアイリスの後ろ姿を見つけた。
「アイリス・・・っ」
気持ちが昂り過ぎて声が出ない。
息切れがする。
ブレイドの声に気付かず歩き続けるアイリス。
ブレイドはアイリスに向かって走り出した。
「アイリスっ!!」
自分でも情けないと思う声で彼女の名前を叫んでいた。
すると、アイリスが立ち止まって、ゆっくりとこちらを振り返った。
「ブレイド・・・?」
驚いたような表情をしている彼女に駆け寄り、アイリスの腕を掴んだ。
息切れがするのを必死に呼吸をして落ち着かせる。
「ブレイド、まだ来ちゃ駄目なんじゃ・・・」
「そんなんどうでもいいっ」
ブレイドはそう言うと、アイリスの手を引いて強く抱き締めた。
「!」
「お前、あそこで言うなって・・・!我慢すんの、大変だったんだぞっ」
アイリスを抱き締めてゆっくりと深呼吸をするブレイド。
いつもとは違う化粧や香水の香り。その中に彼女の香りを感じる。
「!ふふっ、そうなの?」
アイリスは驚いたように目を見開いた後、クスクスと笑いながらブレイドの背中に腕を回した。
アイリスの手がブレイドの背中を優しく撫でる。
ブレイドは、またゆっくりと息を吐くと、アイリスの頭に頬を寄せた。
「・・・ありがとうな。黒竜のこと、ああ言ってくれて。」
「うん・・・」
アイリスは小さく微笑んだ。
アイリスは今回の決断について、宗教国家ディアロスの代表であるアトロイ大司教から問われることを事前に想定していた。そのため、昨夜エマの母であるアナベル伯爵夫人にお願いして、女神信教についての歴史を教えてもらったのだ。
その時に分かったのは、女神信教の教祖――ディアロスは"天界にいた頃に女神から直接言葉を聞いた"、ということだった。
しかし、教祖ディアロスは異種族を毛嫌いしていたとして有名。宗教国家ディアロスの思想も"人族こそが女神に最も愛された存在"と偏ったもの。
そのため、ディアロスの言葉が本当に女神の言った言葉かどうかも疑わしい。
それなのに黒竜は厄災だ、邪竜だ、という教えのみが信者以外にも広まり、この世界の民たちの心に根強く残っていた。
その点を、アイリスは今回の謁見で指摘したのだ。
女神信教を信仰していない者たちへ向けて、黒竜に対しての考え方を改めさせるために・・・。
アイリスはブレイドの胸に顔を埋めたまま、そっと目を閉じた。
「私の言葉だけじゃ変わらないかもしれないけど・・・それでも、少しでも考え方を変えてほしかったの」
「そうか・・・」
ブレイドは自分よりも華奢で小さいアイリスの体を労わるように撫でた。
多くの王族たちの前で意見するのは相当なプレッシャーだったろう。
それでも、ブレイドのことを想って言ってくれたアイリスが愛おしくて堪らなかった。
ブレイドはアイリスの頭を撫でると、そっとアイリスの体を離した。
「なぁ、」
「ん?」
「あの言葉、もう一回、言ってくれ・・・」
ブレイドは愛おしむようにアイリスの頬をそっと撫でた。
「"金眼の天使"としてじゃない。
アイリス、お前の言葉でちゃんと返事が聞きたい」
ブレイドの言葉にアイリスは目を見開いて頬を赤く染めた。
真っ直ぐこちらを見つめている深紅の瞳。
アイリスはその熱を持った視線を一身に受けて恥ずかしそうに微笑むと、アイリスの頬を撫でているブレイドの手に自身の手を重ねた。
「好きだよ、ブレイド。
・・・愛してる。」
ブレイドは、幸せを噛み締めるように微笑んだ。
「俺も、愛してる。」
そっとアイリスの頬に手を添えて上を向かせる。
親指でアイリスの唇を撫でると、アイリスは恥ずかしそうに顔を逸らした。
そんな彼女に微笑みながらまた上を向かせて、彼女の唇に触れるだけのキスをした。
「・・・口紅付いちゃうよ?」
アイリスの吐息がブレイドの唇にかかった。
「関係ない」
ブレイドはアイリスの後頭部に手を回して引き寄せた。
「良かったわね」
「あぁ・・・」
フロリスとアランは愛し合う二人を見て、互いに体を寄せ合って微笑んだ。
今回の謁見で"金眼の天使"アイリスの発言した黒竜に対する考え方は、すぐに世界の者たちに広まった。
賛否はあったが、金眼の天使アイリスと黒竜ブレイドの婚約の話も相まって、未来に期待する声が多く上がったという――。
やっと!やっとここまできたっ!!
両片思いから、ようやく両思いにさせてあげることができました。
書いててホッとしました。
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作者のやる気に繋がります!
今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




