16 行きたい場所
アイリスがドレスに着替え終えて玄関ホールへと続く階段へ行くと、アナベルの鬼の指導を受けるブレイドの姿が見えた。
「歩き方がなっていませんわ!もっと背筋を伸ばして前を向く!」
「はい・・・」
「違いますわ!もう一度やり直しですっ!」
「「・・・・・・」」
頭に数冊の本を乗せてホール内を行ったり来たりさせられているブレイド。
その様子をアイリスとエマは顔を引き攣らせながら眺めた。
「おや!アイリス、ドレス姿も綺麗だね!」
「!」
声を掛けられて下を見ると、階段の下からこちらへ向かって手を振るロナルドの姿があった。
「ロニーさん、いらしてたんですね」
「うん、明日の謁見で君が着るドレスを選びに行くためにブレイドを呼びに来たんだけど・・・、まさかアナベル伯爵夫人に捕まっていたとはね」
ロナルドはそう言って苦笑した。
彼も定期的にアナベルの指導を受けている。
そのため、ブレイドの気持ちが痛いほどわかるが、助け舟を出してしまうと自分も被害にあってしまうため、見守るだけに止めている。
「(ごめんねぇ、ブレイド・・・)」
必死に指導を受けているブレイドに、ロナルドは心の中でそっと謝った。
「アナベル伯爵夫人は昔から教育熱心ですからな。」
ロナルドの隣に立っていたルイスは、フォッフォッと笑いながら言った。
「アイリス、階段気を付けて」
ロナルドは階段を上がってくると、アイリスの手を握ってエスコートしながら階段をゆっくりと降りてくれた。
「ありがとうございます」
「いえいえ、美しいレディーの為だからね」
そう言ってロナルドはアイリスの手の甲にキスを落とした。
すると、アイリスの姿に気付いたアナベルが、こちらを振り返ってニコッと笑いかけた。
「あら、アイリス様がお戻りですわね!では、ブレイド坊ちゃんはこれくらいでおしまいにいたしましょう。」
「!やっと終わった・・・っ!」
ブレイドは頭の上に乗せていた本を下ろすと、盛大に溜息をつきながらその場に崩れ落ちた。
「もうやりたくないっ!」
「あら、性根を叩きなおす必要もありますかしら?」
「っ!!いえ!大丈夫ですっ!!」
アナベルの言葉に慌ててブレイドは立ち上がった。
それを見てクスクスと笑うアイリスと、顔を逸らして笑いを堪えているエマとロナルド。
「!アイリス・・・」
ブレイドはアイリスに気付いて口をつぐんだ。
アイリスは淡い紫色のドレスに身を包んでいた。
黒紫色の長い髪をハーフアップに結い上げて、彼女の白く綺麗な肌が惜しみなく出されている。
とても美しいアイリスの姿。
しかし、そのアイリスの手を握っているのは、自分ではなくロナルド。
ブレイドの視線に気付いて、ロナルドはアイリスからそっと手を離した。
「・・・さ!ブレイド、アイリスのドレス選びに行こうか!」
「!」
ロナルドはそう言うとブレイドの背中を押して玄関へ向かって歩き出した。
「ちょ・・・押すなって!」
「時間が押してるんだよ。ほら、早く早く!」
じゃーねぇ!アイリスー!エマー!、と言って手を振りながらロナルドはブレイドと共に宮殿を出て行った。
パタン、と玄関の扉が閉まると、アナベルはクルッとアイリスを振り返った。
「さぁ!アイリス様っ!次は貴女様の番ですわよ!」
キラキラとした笑顔で言ったアナベルに、先ほどまでのブレイドの様子を思い出して、アイリスは引き攣りそうな顔を必死に抑えて微笑んだ。
「よろしくお願いします、アナベル伯爵夫人・・・」
皇太子宮を出ると、ブレイドとロナルドは馬車に乗って宮廷へと向かった。
馬車に揺られながら、ロナルドは向かいの座席に座るブレイドを見た。
「気持ちはちゃんと伝えられたかい?」
「・・・・・・」
ロナルドに問いかけられ、ブレイドは窓の外に向けていた視線をチラリとロナルドに向けた後、またすぐに窓の外へ戻した。
「その様子だとまだみたいだね。」
「・・・だったらなんだよ。」
不機嫌そうなブレイドの様子に、ロナルドは小さく笑った。
「・・・相手に気持ちを伝えるときはね、深く考えちゃいけないんだ。」
ロナルドは自身の両手を見つめながら言った。
「考えれば考えるほど、なんて言えばいいか分からなくなっていく。だから、思ったことをそのまま相手に伝える感じで言葉に出していけばいいんだよ。」
「・・・・・・」
「取り繕う必要なんてない。正直な自分でいれば、相手も振り向いてくれるさ。」
ブレイドがロナルドを見ると、彼はいつものようにニコッと笑った。
「・・・なんで俺にそんなこと言うんだよ」
ブレイドが目を細めながら言うと、ロナルドは楽しそうに笑った。
「君のライバルである先輩からのアドバイスさ!このままだと僕の一人勝ちになるだろう?すんなり勝てたら楽しくないじゃないか。」
「・・・っ、俺にアドバイスしたこと、後悔させてやる」
ブレイドがイラついたようにまた視線を窓の外に向けた。
それを見てロナルドは小さく微笑んだ。
「・・・うん、楽しみにしてるよ」
宮廷の控室。
そこに沢山のドレスが用意されていた。
「こちらのドレスは全てアナベル伯爵夫人が確認済みの物でございます。この中からでしたらどれを選んでも良いとのことですので、ブレイド殿下、ロナルド殿下、それぞれ一着ずつお選びください」
皇族御用達のブティックの店主はそう言って頭を下げた。
「どれにしようかなぁ」
ロナルドが楽しそうにドレスを見ている中、ブレイドは全体を見渡した。
どれも高級感の漂う、カラフルで煌びやかなドレス。
きっとどれを着てもアイリスは似合うだろう。
謁見用のドレスなら、金眼の天使のイメージである純白や金に近い黄色などだろうか、と考えながらドレスの飾られた部屋の中を歩いていく。
そんな中、一つのドレスが目に入った。
「――――・・・」
ブレイドは導かれるようにドレスの前に立つと、そのドレスをそっと撫でた。
「・・・これにする。」
ブレイドはドレスを見つめたまま、言った。
ドレスを選び終えて宮殿へ戻ると、空はもう薄暗くなっていた。
ブレイドは溜息をつきながら空を見上げた。
あと数分もすれば夜になるだろう。
大理石の中庭を抜けて宮殿の中に入り、アイリスを探す。
しかし、彼女の姿はどこにもいなかった。
「・・・?」
気配はある。
なのに、宮殿内のどこを探してもいない。
ブレイドは目を閉じて、アイリスの魔力を探した。
「――・・・外?」
宮殿の外に出てアイリスの魔力を辿って庭園の中に入りひたすら歩いていくが、近くに行ってもアイリスの姿は見えない。
ブレイドは首を傾げた。
「・・・?、アイリス、どこだ・・・?」
「ここです・・・。」
声がした。
下から。
「うおっ!!」
下を向くと、ブレイドの足元の芝生の上で寝転がっているアイリスがいた。
ドレス姿のまま死んだように横たわっている。
「だ、大丈夫か・・・!?」
「だいじょばないです・・・っ、スパルタでした・・・、エマのママン、ハンパないっす・・・」
アイリスは、くすん、と鼻を鳴らした。
ブレイド達がドレスを決めている間、挨拶の仕方からダンス指導まで細かく指導を受けた。
何度もエマに助けを求める視線を送ったが、エマはひたすら顔を逸らしていた。
「もう本番やらなくてよくない?ってくらい踊ったよ・・・」
「大変だったな・・・」
ブレイドは苦笑しながらアイリスの横に屈んで頭を撫でた。
すると、アイリスは溜息をつきながら言った。
「なんか、色々考え過ぎて疲れた・・・」
「!」
「もう嫌だ、草原に行きたい・・・っ」
アイリスはそう言って芝生を撫でながら顔を両手で覆った。
ずっと我慢していた言葉。
こんな我儘を言ってはいけないと分かっている。
宮殿での慣れない生活。帝国の未来の選択。期待の眼差し。そして、婚約者・・・。
これくらいで根を上げるなんて情けないと分かっている。でも・・・
もうアイリスの心は、限界だった。
ブレイドはそんなアイリスを静かに見つめた後、自身の着ていたジャケットを脱いでアイリスの背中にそっと掛けた。
「・・・なら、行くか?草原に」
「・・・えっ」
アイリスが顔を上げると、ブレイドは小さく笑っていた。
「行くって・・・草原まで馬車で半日かかるんだよ?明日までに帰って来れないじゃない」
戸惑いながら首を傾げているアイリス。
ブレイドはアイリスの手を握って彼女の上体を起こしてやると、ジャケットを肩から綺麗に羽織らせた。
「あぁ、だから俺に乗っていけばいい」
ブレイドはそう言ってアイリスから少し距離をとると、彼の体が光に包まれた。
そして、次の瞬間にはブレイドの姿は黒竜へと変わっていた。
「!」
「これならあっという間に行って帰って来れる」
ブレイドはアイリスに向かって頭を下げた。
「ほら、背中に乗れ」
「・・・っ」
アイリスは肩にかけられたブレイドのジャケットが落ちないように握ると、こくりと頷いて彼の背中に乗った。
アイリスが背中に乗ってブレイドの首に手を回したのを確認すると、ブレイドは背中の羽を大きく広げた。
「!」
「行くぞ」
バサッ!と大きな音が響き、風が吹き荒れた。
ゆっくりと黒竜であるブレイドの身体が浮き上がる。
木に当たらない高さまで上がると、羽を大きく動かして前へ進み出した。
「凄い・・・!」
帝都の建物が小さく見え、景色が次々と後ろへ流れていく。
アイリスはブレイドの首を撫でた。
「みんなに見られて大丈夫なの?」
「なるべく森の上を通るようにすれば大丈夫だろ。・・・速度上げるぞ」
ブレイドはそう言うと、もう一度大きく羽を動かした。
夜の帝都の灯りが小さく見えて、まるで夜空に流れる天の川のようだった。
とても美しい光景に、アイリスは、ほうっと息を吐いた。
「綺麗・・・」
アイリスが感嘆の声を上げると、ブレイドの笑う息が聞こえた。
「着いたぞ」
ブレイドはゆっくりと草原に降り立つと、上体を下げた。
アイリスがブレイドの背中から降りると、ブレイドは一度大きく羽を動かして人の姿へと戻った。
「―――・・・」
アイリスはゆっくりと深呼吸をした。
草の上を歩く音。
土の香り。
少しひんやりとした夜風。
帝都に行ってまだ半月しか経っていないのに、とても懐かしく感じた。
「会いたかったよぉー!」
草原に向かって両手を広げて叫ぶアイリスに、ブレイドは微笑んだ。
少しでもアイリスの息抜きになってくれれば、それでいい。
この場所が、彼女の心を癒してくれるなら・・・。
アイリスは夜空に向けていた視線をそっとブレイドに向けた。
「ブレイド。」
「ん?」
「・・・連れてきてくれてありがとう」
アイリスはそう言って、幸せそうに微笑んだ。
「―――・・・」
とても美しいアイリスの笑顔。
久しぶりにこの笑顔を見た気がする。
愛おしい。
その笑顔を、俺は好きになったんだ。
この草原で、
君と過ごした愛おしい日々――・・・
ブレイドは、夜空を見上げているアイリスに、そっと手を伸ばした。
「アイリス。」
「なぁに、ブレイド?」
「・・・好きだ。」
アイリスの動きが止まった。
ゆっくりとこちらを振り返り、金色の瞳がブレイドの姿を映す。
その美しい瞳を見つめながら、ブレイドはアイリスの顔にかかった髪にそっと触れた。
「お前が、好きだ・・・」
ブレイドの声が、静かに響いた――・・・。
年内の更新はこれでお終いです!
皆様、11月から更新を始めて約二ヶ月。本当にお世話になりました。
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作者のやる気に繋がります!
今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




