13 政務官の提案
翌日も同じようにブレイドとアイリスは馬車に乗って宮廷へ向かった。
今日は、成人の儀と皇太子就任の式典についての会議が行われる。
その会議に、ゼイン陛下とブレイドが出席する予定だ。
二日後に行われるアイリスとの謁見のために近隣諸国の使者たちが集まるため、その謁見が行われた翌日にブレイドの式典を行うことが決まった。
ブレイドの式典後に、そのままブレイドとアイリスを主賓とした社交パーティーも行われる。
使者を何度も行き来させないための配慮でもあり、アイリスが狙われないための対策でもあった。
「これから数日間は他国の使者が帝都に集まる。お前は必ずルイスとエマか、俺と一緒に行動すること。いいな?」
「・・・うん、わかった」
ブレイドの言葉に、アイリスはこくりと頷いた。
ここは昨日ブレイドと待ち合わせのために使った庭園。
宮廷でも奥まった場所にあるため人目につきにくく、貴族たちから声をかけられにくい。
会議までまだ少し時間があったため、ブレイドとアイリスは椅子に座ってティータイムをしていた。
エマとルイスはいつものようにアイリスとブレイドの後ろに控えている。
「何事もなく会議が終わればいいが・・・」
ブレイドは昨日の政務官のことを思い出して溜息をついた。
「やぁ!こんなところにいたんだね!」
「!」
突然声を掛けられてブレイドとアイリスが顔を上げると、こちらへ向かって手を振りながら歩いてくるロナルドの姿があった。
「ロナルドさん」
「ロニーでいいよ」
ロナルドはそう言うと、アイリスの隣の椅子に腰掛けた。
「ロナルド様の紅茶をご用意いたしますね」
「ありがとう、エマ」
ロナルドはティーカップの用意をし始めたエマにそう言うと、テーブルに肘をついて手を組んだその上に顔を乗せた。
そして、アイリスに向かってニコッと笑いかけた。
「「・・・・・・」」
ニコニコと笑顔で真っ直ぐアイリスだけを見ているロナルド。
アイリスはチラリとブレイドを見た後、自分の顔を見て笑顔を浮かべているロナルドを見た。
「あの・・・ロニー、さん?」
「んー?」
「どうしました?」
アイリスが問いかけると、ロナルドは優しく微笑んで言った。
「アイリスが可愛いなぁ、と思って。」
「えっ・・・」
アイリスの頬がほんのりと赤く染まった。
予想していなかった言葉に視線を彷徨わせると、ロナルドは身を乗り出した。
アイリスとロナルドの距離が近くなり、アイリスが反射的に体を引くと、椅子の背もたれに当たってアイリスの体が止まった。
ロナルドはアイリスの椅子の背もたれに手を乗せると、反対の手でアイリスの顔にかかった髪にそっと指を通した。
「昨日もね、君のこと可愛いなぁって思いながらずっと見てたんだよ?気付かなかった?」
「・・・っ」
「次からはさ、僕のことも見てよ」
そう言ってロナルドがアイリスの頬に触れようとした、次の瞬間――
――パァッ・・・
「「!」」
アイリスとロナルドの間に魔法陣が現れた。
ロナルドはその魔法陣を見て目を細めると、優雅に紅茶を飲んでいるブレイドに視線を向けて口角を上げた。
「おや?これはブレイドの守護魔法だね。」
「・・・・・・」
「これじゃあアイリスに触れられないから、解いてくれないかな?」
ロナルドは、アイリスと彼の間に浮かび上がる魔法陣を指差しながら言った。
それに対し、ブレイドはティーカップを受け皿の上に置くと、スッ、とロナルドを見据えた。
「その守護魔法はアイリスを守るためのものだ。これから隣国の使者が集まる。今それを解くわけにはいかない。」
ブレイドは淡々と言った。
しかし、ロナルドは声を上げて笑った。
「アハハ、違うよ!僕だけがアイリスに触れられるようにしてってこと!」
「・・・!」
「君ならそれくらい、簡単にできるだろう?」
そう言って楽しそうに笑みを浮かべるロナルドに、ブレイドは目を細めた。
ピリピリとした空気が流れている。
「(一体何が起きてるの・・・?)」
睨み合っているブレイドとロナルド。
アイリスが助けを求めるようにエマを見ると、エマは静かにロナルドを見つめていた。
「(・・・エマ?)」
アイリスが首を傾げると、アイリスの視線に気付いたエマはすぐにロナルドから視線を逸らした。
「・・・?」
アイリスがそのままエマを見つめていると、突然視界に鮮やかな水色が入ってきた。
「!」
「こら、アイリス!僕を見てって言っただろう?」
ロナルドはアイリスの視界に入るように顔を覗き込んでニコッと笑った。
「アイリスには僕を好きになってもらわないと困るんだよ」
「えっ・・・」
アイリスが驚いてロナルドを見上げると、彼は楽しそうに目を細めた。
「だって僕、君と結婚したいって思ってるからねっ」
「「「!!」」」
ロナルドの突然のプロポーズにブレイド、エマ、ルイスは目を見開いた。
アイリスは目をぱちぱちさせてロナルドを見た。
「私と、けっこん・・・?」
「うん、そうだよ?だって、ブレイドとアイリスは一緒に皇太子宮に住んでるけど、婚約してないじゃないか。」
「――っ!」
ブレイドが眉間に皺を寄せてこちらを睨んだのが分かったが、それに気づいていないふりをしてロナルドは言葉を続けた。
「僕ならそんな中途半端なことはしないよ。絶対に君を幸せにしてあげる自信がある。
だから、そのためには君自身が僕のことを好きになってくれないといけな――・・・」
――ガタンッ!!
突然、大きな音を立ててブレイドが椅子から立ち上がった。
全員の視線がブレイドへと集まる。
ブレイドはテーブルに両手をついて顔を俯かせていた。
「ブレイド・・・?」
アイリスが戸惑いながらブレイドに声をかけると、ブレイドは暫しの沈黙の後、ゆっくりと息を吐いて顔を上げた。
「・・・時間になった。会議に行ってくる。」
ブレイドはそう言うと、踵を返して宮廷へ向かって歩き出した。
足早に去っていくその後ろ姿を、アイリス達は戸惑いながらも静かに見送った。
宮廷の会議室。
「会議を始める。」
ゼインの声と共に、政務官達は一斉に着席した。
ゼインの隣の席に座ったブレイドは、ゆっくりと息を吐いた。
・・・息苦しい。
イライラする。
『だって僕、君と結婚したいって思ってるからねっ』
「・・・・・・っ」
ブレイドは拳を握りしめた。
もし、アイリスがロナルドのことを好きになったら・・・。
「皇帝陛下。」
会議室に声が響いた。
顔を上げると、初老の政務官が椅子から立ち上がって上座に座るゼインを見据えていた。
ルイスよりも一回りほど年齢が上だろうか。
その政務官は立派な長い白髭と眉毛をしている。
「会議を始める前に、一つよろしいですかな?」
ゼインは目を細めた。
「・・・何だ。」
政務官はゆっくりと息を吐くと、口を開いた。
「・・・私はゼイン陛下のお父上――先皇帝陛下の時代から長年、政務官として政治に携わってきました。なので、一意見としてお聞きいただきたいことがございます。
ブレイド殿下が皇太子になられることに強く反発する国があることは、陛下もご存知であられますな?」
「・・・あぁ。」
ゼインは頷いた。
反発する国。
それは宗教国家ディアロスしかない。
黒竜であるブレイドのことを"厄災"、"邪竜"だと言っているのもこの国の信仰する宗教が原因だ。
「皇太子に"邪竜"と呼ばれているブレイド殿下が就任なさると、宗教国家ディアロスが"女神信仰をする我が国への冒涜だ"と解釈し、その政治的摩擦が原因で将来的にディアロスとの戦争へと発展してしまう可能性がございます。
その国を納得させるには、"女神の遣いである金眼の天使様――アイリス侯爵令嬢に選ばれた"という事実があることが最適だと私なりに考えました。
金眼の天使様であるアイリス侯爵令嬢のお言葉ならば宗教国家ディアロスも聞き入れる可能性がございます。」
初老の政務官は細い目を開けてゼインを見据えた。
「・・・先程こちらへ来る途中、小耳に挟みましたが、ブレイド殿下とアイリス侯爵令嬢はまだ婚約関係にないそうではないですか。」
初老の政務官の言葉に、ゼインは目を細めた。
一気に政務官たちがざわつく。
「婚約していなかったのか?」
「なら何故ゼイン陛下はブレイド殿下と一緒に金眼の天使様を住まわせているんだ?」
「婚約関係でもないのに魔力暴走の可能性のある者と住まわせるなど・・・!」
初老の政務官はざわつく他の政務官たちを手で制止させ、言葉を続けた。
「先ほど別のものから聞いた話によると、ロナルド殿下はアイリス侯爵令嬢を非常に好いておられ、既に求婚までしておられるそうです。
またアイリス侯爵令嬢はそれをお受けするか検討中とのこと。」
「・・・!」
「"金眼の天使様の婚約相手にふさわしいのは皇太子である"。それに関して異論はございません。
ぜひ一度、ブレイド殿下の皇太子就任を白紙に戻していただき、皇太子就任式典が行われる前に、アイリス侯爵令嬢のお言葉で"将来の婚約相手となる皇太子"を、ブレイド殿下とロナルド殿下のどちらかを選んで我々の前で宣言していただく、というのは如何でしょうか?」
初老の政務官はそう言うと、目元を細めてニヤリと笑った。
ロナルドはぐいぐい行く派です。
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今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




