12 君の幸せのために
アイリスは広い宮廷内をエマ、ルイスと共に歩いていた。
ブレイドが「会議の報告をするために陛下の執務室へ行く」と言ったため、アイリスも一緒についていこうとすると何故かブレイドから拒否された。
理由は分からないが、とにかくアイリスを陛下に合わせたくないらしい。
「なんでそんなに私を陛下に合わせたくないんだろう?」
「さぁ、何故でしょうね・・・」
エマはそう答えながら小さく溜息をついた。
その様子を楽しそうにフォッフォッと笑って見ているルイス。
「まぁ、ブレイド様にも色々あるのでしょう。また陛下にお会いできる機会はありますよ」
ルイスに促されて宮廷の横にある広い庭園に入ると、様々な花が咲き誇る木々に囲まれたテーブル席があった。
アンティーク調のお洒落な椅子とテーブル。
エマに椅子を引いてもらい、アイリスはそこに座った。
ブレイドが待ち合わせ場所として指定したのがこの庭園だった。
「みんなお仕事してるのに、私だけこんなにのんびりしていいのかな・・・」
ルイスの淹れてくれた紅茶を口に運びながら、アイリスはぽつりと呟いた。
テーブルの上にはお洒落なティーセットとスイーツが並べられている。
宮廷は帝国の政治を動かす大切な場所なのに、そんなところで優雅に紅茶を飲んでいる自分はどれだけ偉い人なのだろうか・・・。
アイリスの呟きを聞いて、エマは小さく笑みを浮かべた。。
「アイリス様は先ほど会議というお仕事を終えられたばかりではありませんか。」
「でも、ほとんどブレイドがやってくれたから、私座ってるだけだったよ?」
「それが貴女様の仕事でしたので大丈夫です。」
「えぇ~・・・」
アイリスは納得がいかないというような、そんな表情をして目の前に置かれたケーキを見つめた。
ルイスはそんなアイリスを見てそっと微笑んだ。
「アイリスお嬢様も各国の使者との謁見が終わりましたら忙しくなりますよ。今のうちにこの美しい庭園を満喫なさってください。」
ルイスはそう言いながら、アイリスのカップに追加の紅茶を注いだ。
皇帝陛下の執務室。
「まだ自分の女にしてないのか。早く口説いてしまえ。」
ブレイドが執務室に入るや否や、ゼインから掛けられた言葉がそれだった。
「(アイリス連れてこなくて良かった・・・)」
ブレイドは執務室を出ると、頭を抱えたまま深く溜息をついた。
これでアイリスを連れてきていたら、ゼインがブレイドの気持ちを暴露しかねない。
流石にそれは情けなさすぎる。
ブレイドは額に当てていた手を下ろすと、また溜息をついた。
自分でも分かっている。
アイリスに"好きだ"と伝えなければならないと。
"皇太子妃になってほしい"と言わなければならないと。
「(だが、それを"命令"と取られてしまったら・・・)」
アイリスがブレイドのことを"男"として意識してくれていることは分かる。
しかし、そこに恋愛感情があるかと言えば・・・、わからない。
仮に恋愛感情がなかった場合、好きでもない相手と添い遂げなければならないという苦しみと哀しみを彼女に与えてしまうことになる。
それに、もし・・・
この左手首に残された最後の腕輪が壊れたら・・・。
「・・・・・・」
皇太子宮にアイリスと共に入ると決めた時、覚悟をした筈なのに。
アイリスのことが好きだから、
愛しているからこそ、
考え出したら止まらなくなる。
「本当にアイリスのことが好きなんだね。」
「!」
突然聞こえた声に顔を上げると、いつの間にか廊下の先にロナルドが立っていた。
彼の瞳は淡く光っている。
ブレイドは顔を引き攣らせた。
「・・・見たのか?」
「見ちゃった!」
ロナルドはテヘッと可愛く舌を出した。
それに対しブレイドは不覚だと言わんばかりに額に手を当てて項垂れた。
「〜〜〜〜っ、アイリスには言うなよ・・・っ」
「分かってるよ」
ロナルドは楽しそうに笑って頷いた。
そして、気まずそうに顔を逸らして頬をほんのりと赤く染めているブレイドを見て、クスッと小さく笑った。
「・・・でもさ、ブレイドのその考え方で行くと、
僕がアイリスを狙ってもいい、ってことだよね?」
「は・・・?」
ロナルドの言葉にブレイドが驚いて顔を上げると、ロナルドはいつものようにニッコリと笑っていた。
「だってそうじゃないか。君はアイリスの幸せを願ってる。だから、僕がアイリスにアピールして、それでアイリスが僕のことを好きになったら・・・彼女を僕のお嫁さんにしていいってことだよね。」
「・・・っ」
「違うかい?」
ロナルドはブレイドの黒髪にそっと指を滑らせた。
「僕ね、会議の最中、ずっとアイリスの心の中を覗いてたんだ。"どんな子が金眼の天使様なんだろう"って思ってね。」
「・・・・・・」
「そしたら彼女の心の中すっごく綺麗でさぁ、しかも純粋でまっすぐで・・・すぐに彼女を好きになったよ。」
"草原での君たちの思い出、とっても素敵だったよ"
耳元で囁かれた言葉に、ブレイドは目を見開いた。
草原での穏やかな日々の中、
アイリスから与えられる優しさ、温かさ、愛おしさ、
それら全てに幸福を感じてきた。
あの日々は、ブレイドにとってかけがえのない時間。
特別な時間だった・・・。
それを全て"視た"ロナルド。
その思い出は、俺とアイリスだけのものだったのに。
「―――・・・っ!」
ブレイドは拳を握りしめると、目の前に立つ男を鋭く睨んだ。
それに顔色一つ変えずに笑みを浮かべ続けるロナルド。
ロナルドは、ニコッと笑った。
「アイリスは、僕が幸せにしてあげるよ。」
"明日から毎日アイリスに会いに行くから皇太子宮に出入りできるようにしといて"
ロナルドはブレイドにそう言うと、手を振りながら去っていった。
ブレイドは薄暗い廊下の壁に寄りかかると、深く溜息をついた。
「・・・・・・っ」
ブレイドの心の中は、ぐちゃぐちゃだった。
嫉妬。嫌悪。そして、アイリスへ向けた恋慕・・・。
・・・分かっている。
この感情はすべて自分の考えていることと矛盾しているのだと。
「(俺は、アイリスが幸せであればそれで・・・)」
そうだ、それでいい筈なんだ。
なのに・・・。
「ブレイド・・・?」
「!」
声を掛けられて顔を上げると、こちらへ向かって歩いてくるアイリスの姿があった。
彼女の後ろにはエマとルイスの姿もある。
アイリスはブレイドの前で立ち止まると、そっとブレイドの顔を覗き込んだ。
「・・・大丈夫?庭園で待ち合わせって言われてたけど、ブレイドが戻ってくるのが遅かったから、心配で様子見に来たの。」
アイリスはそう言うと、ブレイドの表情を見て、彼の頬を両手で包み込むように触れた。
「何かあった・・・?」
ブレイドはアイリスの問いかけに口をつぐんだ。
アイリスがとても心配そうな顔で俺を見ている。
それくらい、俺は情けない顔をしていたのだろう。
金色の瞳に映る、自身の姿。
「・・・・・・、」
アイリスが俺を見てくれている。
今、俺だけをその瞳に映してくれている。
たったそれだけのことなのに、心の中の黒い感情が、ブレイドの心に傷跡を残しながら少しずつ消えていく。
ブレイドはゆっくりと息を吐くと、自身の頬に触れているアイリスの手の上に、自身の手を重ねた。
「あぁ・・・、大丈夫だ。」
ブレイドは頷くと小さく笑みを浮かべた。
「遅くなって悪かったな。今日の分は全部終わったから宮殿に帰ろう」
ブレイドがいつものように右腕を腰のあたりで曲げると、アイリスは少し安心したように小さく微笑んだ後、彼の腕に自身の手を入れてそっと腕を組んだ。
馬車に揺られながら、ブレイドはロナルドの言葉を何度も頭の中で繰り返した。
『君はアイリスの幸せを願ってる。だから、僕がアイリスにアピールして、それでアイリスが僕のことを好きになったら・・・彼女を僕のお嫁さんにしていいってことだよね。』
「・・・・・・」
ブレイドは隣に座るアイリスを見た。
「アイリス。」
「ん?」
「お前はロナルドのこと、どう思う?」
ブレイドの突然の問いに、アイリスは目をぱちくりとさせながらブレイドを見上げた。
「どうって・・・ん~、いい人そうだなぁとは思うよ?まだ会ったばかりで分からないけど・・・」
ロナルドを思い返しながら答えているのか、キャビンの天井を見上げて考えながらアイリスは答えた。
「でも、あの優しい雰囲気は好感持てるかな!」
そう言ってアイリスはいつものように綺麗に笑った。
「・・・そうか。」
ブレイドはそう言うと、そっと窓の外を見た。
自分で聞いておいて、心が抉られるようだった。
『アイリスは、僕が幸せにしてあげるよ。』
「・・・・・・っ」
結局俺は、どうしたいんだ。
ブレイドは嫉妬に狂いそうになる感情を、拳を握りしめることで無理やり抑え込んだ。




