10 好意と敵意
ゼインとの謁見を終えたその数日後、"金眼の天使が我が帝国内に現れた"と国内外に向けて正式に公表された。
この世界の暗黙の了解として、金眼の天使が現れたその領地を治める国が天使の管理権を所有する。
そのため、金眼の天使であるアイリスがラドリス帝国内に現れたため、管理権は必然的に帝国の代表であるゼイン・アレクシアン皇帝陛下が持っているのだ。
"金眼の天使"の存在は、この世界にとって女神に等しい存在。
宗教国家ディアロスがアイリスを狙っていると分かっていても、各国平等に公表しなければ国家間の摩擦が起きてしまう。
それを避けるためにも、ラドリス帝国は"金眼の天使"の存在を一斉に公表するしかなかった。
それに合わせて、帝都全体と皇太子宮の警護がより一層強まった。
アイリスは部屋に備え付けられた化粧台の鏡に映る、自身の金色の瞳を静かに見つめていた。
今日は宮廷で"金眼の天使の在り方"を決める会議が行われる。
話し合われる内容としては、どの程度の怪我や病気を治癒対象とするかの基準決めや、各国への訪問頻度。また"金眼の天使"目当てで当国を訪れた者への対応など、その他多くのことが議題として上げられる予定だ。
これらすべてを決めた後、帝国の貴族や近隣諸国に決定事項を伝えた上で、各国の使者を宮廷に招いてアイリスと謁見する、という流れだ。
アイリスが宮廷に赴くのは二回目。
今回の会議には、皇帝陛下との謁見の時に同席していた一部の政務官や官僚たちも参加する。
一体どんな会議になるのだろうか・・・。
「大丈夫か?」
ブレイドが鏡越しにアイリスを見つめながら尋ねた。
「・・・うん、少し緊張してるだけ」
アイリスはブレイドを振り返ってそっと微笑んだ。
今回の会議に、ブレイド、エマ、ルイスも出席する。
ブレイドは勿論皇太子として。
ルイスはブレイドの従者として同席するが、アイリスの護衛も担ってくれる。
彼らの存在はアイリスにとって支えになっていた。
ブレイドは、鏡の前に立つアイリスの髪をそっと撫でた。
アイリスに尋ねても"大丈夫だ"というような内容しか口にしないが、彼女の表情はいつもよりも不安気だった。
宮廷ではなるべくアイリスの傍にいようと考えているものの、ずっと彼女に付き添い続けるわけにはいかない。
宮廷には多くの貴族が出入りする。下心でアイリスに近づく者がほとんどだろう。
もしかしたらアイリスと婚姻を結ぼうと考える不届者もいるかもしれない。
いつ誰がどのタイミングで接触してきてもいいように対策しなくては・・・。
「ブレイド・・・?」
アイリスが小首を傾げた。
アイリスは、彼女の長い髪を指で梳くように何度も滑らせながら真剣な表情で考え事をしているブレイドの顔を覗き込むようにして見上げている。
自然と上目遣いになっていることに彼女は気付いているのだろうか。
「・・・・・・。」
こんな可愛らしい表情をしているアイリスを他の貴族に見られたら・・・、そう考えるだけで無性に腹が立ってきた。
ブレイドはアイリスに向かって手を伸ばすと、彼女のおでこを思い切りデコピンした。
ぺちっ、という可愛らしい音が響く。
「いたっ!いきなり何するの!?」
突然おでこにデコピンされて、その痛みにアイリスは両手で額を覆ってブレイドを睨んだ。
すると、アイリスの目の前に大きな魔法陣が現れた。
「!これって・・・」
「・・・守護魔法だ。俺が"悪意がある"と判断したものはすべて防いでくれる。これなら多少離れても平気だろ?」
ブレイドの言葉に、アイリスは頷きながらも、ん?と首を傾げた。
「・・・でも、デコピンする必要あった?」
「ねぇな。」
「っ!」
平然と答えたブレイドに、怒ったように頬を膨らませて抗議の視線を向けるアイリス。
ブレイドは不機嫌そうな顔をしたまま、少し赤くなった彼女の額を撫でた。
皇太子宮の外に用意されていた馬車に乗って宮廷へ移動すると、宮廷の前では多くの貴族たちが集まっていた。
「・・・野次馬か。」
ブレイドはキャビンの窓から外を見て呟いた。
宮廷で会議があることを聞きつけたのか、官僚ではない貴族たちの姿にブレイドは溜息をついた。
「大丈夫か?」
「うん、平気」
ブレイドの問いかけにアイリスが微笑みながら頷くと、ブレイドも小さく頷いて開かれたキャビンの扉から先に降りた。
「・・・あ!降りてこられたわっ!」
貴族の女性が声を上げた。その声に釣られて、その場に集まっていた貴族たちの視線が一斉に馬車へと集まる。
多くの貴族たちが見守る中、皇族の馬車から降りてきた青年は、
先日皇太子に任命されたばかりのブレイド・アレクシアン殿下だ。
彼が人目を引くのは"厄災だから"、"邪竜だから"だけではなく、その容姿のせいでもあった。
黒竜の特徴である黒曜石色の髪と深紅の瞳。
そして、ゼイン皇帝陛下の男らしさと、ソフィア皇妃の美しさを併せ持つ端正な顔立ち。
貴族たちは彼の姿に息を呑んだ。
「あれが邪竜・・・?」
「帝都を破壊した皇族だよな?」
そんな内容が囁かれる中、別の声も上がっていた。
「邪竜と言われていた人があんな美形だったなんて・・・!」
「数年前に一度お見かけしたときはまだ可愛らしかったのに・・・っ」
主に貴族令嬢たちから上がる黄色い声に、近くにいた貴族男性たちは顔を引き攣らせたり苦笑したりしていた。
そして、ブレイド殿下がそっとキャビンの中に手を差し出すと、その手を握って一人の少女が降りてきた。
"金眼の天使"アイリス・クレディ侯爵令嬢。
人族でありながら魔力を有する、世界的にも歴史的にも特別な存在。
黒紫色の長い髪、そして金眼の天使のみが持つと言われている"金色の瞳"。
キャビンを降りるときに下げていた視線をそっと前に向けると、その綺麗な金色が露わになった。
「金眼の天使様だ!」
「お綺麗ね・・・!」
様々な声が歓声のように一斉に飛び交い、アイリス様は恥ずかしそうに頬を染めた。
それを見て引き締まった表情をしていたブレイド殿下が小さく微笑んだ。
「「「(推せる・・・!!)」」」
流れるように腕を組んで歩き出した二人の仲睦まじい姿は、一部の貴族たちの心を掴んだ。
「なんか、前来た時と雰囲気違うね・・・」
アイリスが貴族たちを控えめに見渡して歩きながら言った。
ゼインとの謁見があった時のブレイドに向けられる視線は、どちらかというと冷たいものが多かった。
しかし今は好意的な視線も混ざっていることにアイリスは気付いていた。
「お前の存在が大きいんだろう」
ブレイドはそう言って、アイリスの顔にかかった髪を優しく払った。
ブレイドは帝都を破壊した過去を持つ"厄災"、"邪竜"と呼ばれる存在だが、彼の存在がなければ"金眼の天使"は現れない。
"金眼の天使"が現れた今、過去のことより未来の明るさに目を向ける者が多くいるという事だろう。
政務官や官僚は、この場にいる貴族たちのように簡単には受け入れられないだろうが・・・。
ブレイドに対し肯定的な意見があることに、アイリスはホッと息を吐いた。
「俺が過ちを犯したことには変わりない。精一杯向き合っていくつもりだ」
そう言って前を見据えたブレイドに、アイリスは微笑みながらそっと頷いた。
会議室に入ると、そこには既に政務官と官僚が集まっていた。
彼らは一斉に椅子から立ち上がると、ブレイドとアイリスに向かって頭を下げた。
ブレイドとアイリスは上座の席に並んで座った。
「会議を始める。」
ブレイドの声に合わせて、彼らは一斉に着席した。
会議は、エマによって綴られたこれまでの記録を見ながら進められた。
「アイリスは複数の患者を連続で治癒した経験がほとんどない。少しずつ見極めながら治癒を進めていきたいと思っている。」
ブレイドは政務官たちに向かって言った。
その言葉に対しては皆同意してくれたが、一部の政務官や官僚はブレイドに対して嫌悪の眼差しを向けていた。
「もう皇太子気取りやがって・・・」
「お付きの騎士にでもなったつもりか?」
「帝都を破壊したくせによく戻ってこれたよな」
政務官たちの中から聞こえてきた囁き声に、ブレイドは顔を上げた。
「・・・帝都にも、宮廷の者たちにも被害を与えたことについては謝罪する。しかし、皇太子の件は俺を皇太子にすると決めた皇帝陛下に直接異議を申し立ててくれ。この会議は俺の皇太子就任を賛否する場ではないからな。」
「「・・・・・・」」
ブレイドの言葉に、政務官たちは沈黙した。
"皇帝陛下に直接言いに行くことはしないが、ブレイドには攻撃する。それでブレイドが政界から引いてくれればいい。"
政務官たちの考えが手に取るように分かり、アイリスは膝の上で拳を握りしめた。
「一つだけ、よろしいですかな?」
一人の政務官が手を挙げた。
「何だ?」
ブレイドが問いかけると、その政務官は椅子から立ち上がった。
「もし、皇帝陛下に"皇太子として別の者が相応しい"と進言し、それを認めてもらえましたなら、ブレイド殿下は潔く政界から身を引かれる、ということでよろしいですかな?」
「!」
政務官の言葉に、アイリスは驚いたように顔を上げた。
アイリスがブレイドを見ると、彼は政務官を真っ直ぐ見据えていた。
「・・・あぁ。皇太子を決めるのは皇帝陛下だからな。」
ブレイドの言葉に、政務官は口角を上げた。
「承知いたしました。」
政務官はそう言うと、ブレイドに頭を下げて椅子に座った。
政務官の言葉に動揺する事なく、また真剣な表情で資料に視線を落としたブレイド。
アイリスはその横顔を静かに見つめた後、机の上に乗せられている彼の手の上にそっと自身の手を重ねた。
「!」
ブレイドが驚いてアイリスを見ると、彼女は心配そうな表情でこちらを見つめていた。
「ブレイド、大丈夫・・・?」
そっと小声で尋ねられた。
「・・・・・・」
ブレイドは自身の手に重ねられたアイリスの綺麗な手を見つめた。
ブレイドの冷たくなっていた手が、アイリスの温かい手によって少しずつ温められていく。
ブレイドはゆっくりと息を吐くと、その温かい彼女の手の上に、自身の反対の手を重ねた。
「・・・あぁ、大丈夫だ。」
ブレイドはそう言って小さく微笑んだ。
それに少し安心したようにアイリスも頷く。
アイリスがブレイドからそっと手を離しても、ブレイドの手は温かいままだった。
「会議を続ける。」
ブレイドの凛とした声が会議室に響いた。
政務官たちはみんな男性をイメージしています。
だからブレイドを見ても「かっこいい!」とはならないのです。もしかしたら密かに「かっこいい!」って思ってる人もいるかもしれませんね!
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作者のやる気に繋がります!
今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




