3 異種族の存在
フロリスはハンカチで私の涙を拭いてくれた。
「さ!アイリス、顔を上げて。これからやる事が山ほどあるわよ」
フロリスが笑顔でそう言い終わると同時に、窓の外を何か大きなものが横切った。
バサバサという羽の音も聞こえる。
「ちょうど彼が帰ってきたみたいだね」
アランはそう言うと玄関の扉を開けた。
その先に見えた光景・・・。
「(鷲っ!?)」
そう、鷲だった。
白と焦茶色の羽毛、綺麗なカーブを描く鋭い嘴、立派な二本の足。
しかし、問題は大きさだった。
地面から頭のてっぺんまでの高さが一メートルを優に超える大きな鷲だった。きっと翼を広げたらもっと大きく見えるだろう。
その大きな鷲の体が光に包まれると、次の瞬間には燕尾服に身を包んだ初老の男性へと変わっていた。
鷲の頭部の羽毛と同じ白色の髪が綺麗にセットされている、完璧な容姿の紳士。
「!?(鷲が人になった!?)」
「ご苦労様、どうだったかな?」
驚く私を他所に、アランは私やフロリス達と話す時と全く変わらぬ様子で彼に話しかけた。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。近くを巡回していた者達を呼びましたので、もう間も無く到着するかと思います」
そう言って恭しく頭を下げた男性にアランは「いつもありがとう、助かったよ」、と労いの言葉をかけた。
アランに続いてフロリスも屋敷の外に出て男性に話しかけている。
「(えっ・・・ええっ!?)」
完全に置いてけぼりの私。
目の前で起きた光景についていけず思わず後退りすると、それに気付いたクレディ夫妻、ブレイド、鷲だった男性の視線が一斉に私へと集まった。
「あら、アイリスどうしたの?・・・!もしかして異種族のことも・・・」
フロリスの言葉に私は小さく何度も頷く。
きっとフロリス達は私を記憶喪失だと思っているだろうが、それをありがたく使わせて頂く。でないとこの世界に全くついていけない!
男性はフロリスと私のやり取りを見て察しがついたのか、申し訳なさそうに眉を下げた。
「これは驚かせてしまい申し訳ありません。お嬢様は異種族の姿を見るのは初めてでいらしたのですね」
「いしゅぞく?」
初めて聞く単語に首を傾げると、隣に立っていたブレイドが話し始めた。
「この世界には大きく分けて人間である人族と、動物の姿をしている異種族がいる。人間は魔力を持たないのに対して、異種族はみんな多かれ少なかれ魔力を持っている。
魔力を多く持つ者たちはこうやって自在に姿を変えられるんだ」
「私めはこの姿にしかなれませんが、中にはいろんな姿になれるほど強い魔力をお持ちの方もおられますよ」
男性は、ブレイドの説明に補足するように言ってフォッフォッ、と笑った。
「そうなんですね・・・」
二人の説明に戸惑いながらも頷くと、男性は右手を自身の左胸に当てて言った。
「申し遅れました。私、ブレイド様のお屋敷で執事をしております、"ルイス"と申します。以後お見知り置きを。」
子供である私に対しても丁寧に頭を下げるルイスに、私も慌てて頭を下げた。
「アイリスです、よろしくお願いいたします」
「アイリス様、でございますね。本日からよろしくお願いいたします」
ルイスは目を細めて上品に微笑んだ。
「では、私どもはアイリスお嬢様のお部屋のご準備をさせていただきますので、一度失礼いたします」
「ああ、よろしく頼むよ」
ルイスはもう一度頭を下げると屋敷の傍に控えていたらしい男女複数の使用人達を連れて屋敷の中に入って行った。
「失礼いたします!」
突然下の方から声が聞こえた。
驚いて下を見ると、いつの間にか私達の足元にたくさんの鼠達がいた。
彼らは二本の小さな後ろ足で立ち、背筋を真っ直ぐ伸ばして綺麗に整列している。
「我ら騎士団、只今到着いたしました!」
「「「チューー!!!」」」
先頭に立っていた鼠の掛け声に合わせて後ろの鼠達が一斉に敬礼した。
大きさは三十センチメートルくらいだろうか。先程のルイスの鷲姿を見て考えるならば彼らは獣人の中で小さい方なのかもしれないが、私の知ってる鼠よりかは何倍も大きい。
"騎士団"と名乗った鼠達は、一様に騎士団の団服と見られる装飾の付いた紫色の帽子とジャケットを羽織っている。
全員大人の鼠なのだろうが、つぶらな瞳と忙しなく動く鼻と髭がとても愛くるしい。
「(か、かわいい・・・)」
「やぁ待っていたよ。任務の途中で呼び止めてすまないね。実は宮廷へ大事な書類を届けて欲しいんだ」
アランは鼠の騎士団にそう言うと、フロリスに言って筒状に丸められた羊皮紙と羽ペンを持って来てもらった。
羊皮紙を広げると、アランは私を見て言った。
「今から君を養子にするという書類を彼らに届けてもらうよ」
「!」
「私達夫婦の名前は既に書いているから・・・アイリス、あとは君がサインするだけだ」
そう言ってアランは羊皮紙を持って私の前に屈んだ。
羽ペンを持たされて書類と向き合う。
・・・が。
「文字が、書けません・・・っ」
全く分からない!羊皮紙に書かれている文字はアルファベットとは少し違う形をしているため、これはきっとこの世界で作られた文字なのだろう。
クレディ夫妻に教えてもらいながら一文字ずつ書いていき、なんとかサインをすることができた。
アランとフロリスに比べたらとても雑で汚い文字だったが、よく頑張って書けたね、と二人は褒めてくれた。
「これで正式に私達は家族ね」
クレディ夫妻は微笑みながら私を見た。
私の横に立っているブレイドも、私を見ている。
心優しい彼らに出会えたこと、言葉が通じたこと、これらは全て奇跡だったんだと改めて思った。
アランはサインした書類を丁寧に筒状にすると、騎士団の先頭に立つ隊長らしき鼠騎士に手渡した。
「頼んだよ」
「承知致しました」
隊長は書類を恭しく受け取ると、彼の額にそれを当てた。
ぽう、という音と共に魔法陣が浮かび上がって彼の手から書類が消えた。
「凄い・・・」
私の呟いた声が聞こえたのか、隊長が笑った。
「我々の魔法を凄いと言ってもらえたのは何年ぶりでしょうか」
隊長は少し恥ずかしそうに鼻を大きく二回動かした。
「それでは、我々はこれで失礼致します」
隊長がビシッと敬礼をすると、後方の団員達も一斉に敬礼した。
そして彼らは隊長の指示のもと一斉に走り出した。
「あの鼠さん達も魔法が使えるんだ・・・」
騎士団達の後ろ姿を見ながら呟いた私の言葉を聞いていたブレイドがこちらを横目で見た。
「アイツらはさっきの保護魔法・・・まぁ書類に対して鍵をかけるみたいな魔法のことだ、それらの簡単な魔法くらいなら使える」
ブレイドは視線を走り去る鼠騎士団達へと戻しながら言った。
「だいたい体の大きさと魔力の大きさは比例すると思えばいい。だからアイツらは人間に擬態することができない」
「そうなんですね」
「ちなみにここにいる五人の中で人間はお前だけだぞ?」
「・・・ぇえ!?」
ブレイドの言葉に驚いて彼を見上げた。
そして続けてクレディ夫妻を見る。
アランとフロリスは顔を見合わせた。
「そういえば」
「言ってなかったわね」
そして二人は私に向き直って話し始めた。
「私達はね、ライオンなの」
「人の姿でいるのに慣れすぎてしまって、私たちが異種族だと説明するのをすっかり失念していたよ・・・」
すまなかったね、とアランは苦笑しながら言った。
「ライオン・・・」
言われてみれば、フロリスの髪色は小麦色で、アランはそれよりもオレンジに近い髪色をしている。メスライオンの体毛の色とオスライオンの立て髪の色だと考えると確かにそうだった。
「さっき貴女の洋服を買いに行った時も私がライオンの姿になって街まで走って行ったのよ?だいたい往復五、六分くらいかしら?気に入った服がお店に無くて、店主に魔法で取り寄せてもらったのよ!」
そう言って笑ったフロリス。彼女の言葉で"服を取り寄せた"と言っていた意味が分かった。
ライオンの姿で往復五、六分ということは、ライオンは時速八十キロメートルで走ると言われているから、ここから街までおよそ四キロくらいだろう。
「驚かせてごめんなさいね」
フロリスが私の頭を軽く撫でて言った。
申し訳なさそうな二人に、大丈夫です、と答えた後、ふと疑問が沸いた。
「二人がライオンならブレイドは?」
私以外異種族ならばブレイドも異種族ということになる。
彼の髪色は綺麗な黒。日に当たると黒曜石のようにキラキラと輝いて見える。
そして、ルビーのように綺麗な真紅の瞳。
彼が何の動物なのかとても気になった。
私の質問にブレイドの顔が一瞬強張ったような気がしたが、すぐにいつもの表情に戻るとブレイドは静かに言った。
「俺は・・・トカゲだ」
「・・・トカゲ?」
「トカゲ。」
ングッ、という声が聞こえた。
見るとクレディ夫妻が肩を震わせながら懸命に笑いを堪えていた。しかし、結局堪えることができずに笑い声が漏れている。
ブレイドは眉間に皺を寄せて二人を睨んだ。
「・・・なんか文句あんのかよ」
「す、すまない・・・ククッ」
睨んでもなお必死に堪えながら笑い続けている二人にブレイドは諦めたのか小さく溜息をついた。
きっとブレイドは本来の姿にコンプレックスを持っているのかもしれない。
私は彼の姿についてあまり聞かないようにしよう、と思った。
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今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




