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蕾は転生し、深愛に咲く。  作者: 紗羽
第二章

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9 宮殿と使用人

 皇宮の敷地内に馬車が到着し、ブレイドに手を握ってもらいながらアイリスは宮殿の前にそっと降り立った。

「!」

 目の前に広がる光景に、アイリスは息を呑んだ。


 皇太子宮。

 そこは先ほどの宮廷とはまた違った豪華さを持っていた。

 宮殿は赤茶色の温かみのある色合いで、左右対称の外観をしている。玄関へと続く大理石の庭にはドラゴンを象った石膏像が左右に据え置かれていた。

 宮殿の前に広がる庭は隅々まで手入れが行き届いており、様々な種類の花や木が植えられていた。


「・・・凄い・・・」


 それしか言葉が出なかった。


「俺もここに来るのは初めてだ」

 ブレイドも宮殿を見上げながら言った。

「そうなの?」

「あぁ」

 現皇帝であるゼインが皇太子時代の頃にこの宮殿を使用していたことは知っているが、ゼインが皇帝になった後は長年誰もこの宮殿に住んでいなかった。

 ブレイドが皇太子に任命されることが決まったため、急遽この宮殿を使用することが決まった。

 本来ならブレイドは式典後にここへ移り住むべきなのだが、皇帝陛下の計らいによりアイリスの宮廷入りに合わせて移り住むことが許された。


 玄関へ向かって歩いていくと、玄関前にある大理石の庭に使用人たちが立っている姿が見えた。

 使用人たちは左右に分かれて綺麗に整列している。

 彼らはブレイドとアイリスの姿を見て一斉に頭を下げた。


「「お待ちしておりました、ブレイド・アレクシアン皇太子殿下、"金眼の天使"アイリス・クレディ様」」


 燕尾服の男性たちとメイド服の女性たち。

 アイリスは彼らを見て、種族は多種多様だが人族の姿をしている者たちも全員魔力を有する異種族であることに気づいた。

 数人の使用人は混血なのか、獣耳や尻尾が生えている者もいる。

 アイリスは、使用人たちの中に見知った人物がいることに気づいた。

「エマさんっ!」

 アイリスに名前を呼ばれ、エマはそっと顔を上げて控えめに微笑んだ。

「お久しぶりです、アイリス様」

 エマはアイリスの前に立つとドレスの裾を握って優雅に頭を下げた。


「本日よりアイリス様の侍女となりました、エマ・ウェインライトと申します。精一杯アイリス様にお仕えさせていただきたく存じます。」


「えっ・・・侍女?」

 エマの言葉にアイリスは目を見開いた。

 自分なんかに侍女なんてつけてもらっていいのだろうか・・・。


 自分への待遇の良さに戸惑っているアイリスに気づいて、ブレイドがアイリスの顔を覗き込んだ。

「二年間一緒にいたエマが傍にいるなら、お前も安心だろ?」

「うん、それは有難いけど・・・」

「なら問題ないな。」

 特に追及するな、といった様子のブレイドに、アイリスはとりあえず全部陛下の配慮だと思うことにした。


 ブレイドは綺麗に整列している使用人たちを手で示した。

「この使用人たちは皇妃・・・俺の母に仕えていた者たちだ」

「!」

「母上は信頼できる者たちしか傍に置いてこなかった。だから安心していい。」

 ブレイドの言葉を聞いてアイリスがそっと使用人たちを見ると、彼らは誇らし気に微笑んだ。

 優しい雰囲気の使用人たちに、アイリスも安心したように微笑んだ。

「よろしくお願いします、皆さん」

「「はい、よろしくお願いいたします、アイリス様」」

 彼らはまた一斉に頭を下げた。


 使用人達によって宮殿の扉が開かれると、皇太子宮の中が露わになった。

 一番最初に目に入ったのは、玄関ホールの天井にある巨大なシャンデリア。奥には左右に分かれている螺旋階段。そして模様の描かれた大理石の床。どれも綺麗に手入れされており、シャンデリアの光をキラキラと反射していた。

「わぁ・・・!」

 まさにお城のようだった。不思議の国にでも自分は迷い込んでしまったのかもしれない。

「行くぞ、アイリス」

 ブレイドに手を差し出され、アイリスはそっと彼の手を握った。

 ブレイドとアイリスの靴の音が広いホールの中で反響している。

 驚いた表情で辺りを見渡しているアイリスに、ブレイドは小さく笑った。


 エマに案内されて二階に上がり、一つの部屋に案内された。

「こちらがアイリス様のお部屋になります。」

 そう言ってエマは部屋の扉を開けた。

「!」

 優雅。まさにその言葉が似合う部屋だった。

 美しい装飾の施された家具類、そしてシンプルながらもお洒落なシャンデリア。上品で落ち着いた空間がそこに広がっていた。

「本当に私なんかがこの部屋を使っていいの・・・?」

「当たり前だ。お前のために用意された部屋なんだからな」

 ブレイドは笑いながらアイリスの髪を優しく撫でた。


 ブレイドの部屋はアイリスの部屋の隣だった。

 彼の部屋を少し覗かせてもらったが、自分が入るのもおこがましいと思うくらい更に豪華だった。

 家具類は至る所に金があしらわれており、一目で高級品なのだと分かるくらいの物ばかりが据え置かれていた。

「お前は堂々と入って来ていいんだぞ?」

 ブレイドの部屋の入り口から顔だけ覗かせているアイリスに、ブレイドは苦笑しながら言った。



 ブレイドと別れた後、アイリスはエマと使用人に促され、正装のドレスから着替えるために浴室へと来ていた。

 使用人達の手を借りて着ていたドレスを脱がせてもらう。

 この流れはあれだ。湯浴みの手伝いをされるやつだ。

「あ、あの・・・私一人で入れますから・・・」

 アイリスが胸元を両手で隠しながらおずおずと言うと、使用人たちはキラキラとした笑顔でアイリスを見た。

「いいえ!ぜひ私たちにやらせてください!」

「ブレイド様が生涯を誓われた女性がこんなにも愛らしい方だなんて、使用人一同感無量でございますっ」

 そう言って幸せそうに微笑む使用人女性たちに、アイリスは頬を赤く染めた。

「ブレイドと私はそんな関係じゃ・・・!」

「あら、そうでしたわね!私としたことが先走ってしまいましたわ!」

 使用人たちはそう言うとクスクスと楽しそうに笑った。

 ブレイドと皇太子宮に住むことになってあらぬ誤解をされていると、アイリスは湯船に浸かりながら赤くなった顔を俯かせた。

 そんなアイリスの体を綿飴のような泡で優しく洗いながら、一人の使用人がぽつりと呟いた。


「・・・でも、今のブレイド様を皇妃様がご覧になられたら、さぞお喜びになられたでしょうね」


「・・・!」

 アイリスが顔を上げると、使用人たちは少し寂しそうに微笑んだ。

 過去を振り返るような・・・亡き皇妃に想いを馳せているような使用人女性たち。

 アイリスはそんな彼女たちを見て、そっと口を開いた。


「・・・皇妃様は、どんな方だったのですか?」


 アイリスの問いかけに、使用人たちはそっと目を伏せた。


「――・・・とてもお優しい方でした。太陽のように温かくて、民からの信頼も厚いお方でした。」

「黒竜としてお生まれになったブレイド様のことを本当に大切に思われて、愛しておられました。」


「私たちはブレイド様が苦悩されてきたお姿を皇妃様と共にずっと見てきましたので・・・、今のブレイド様の勇ましいお姿を見るとつい涙が・・・」


 そう言って涙を拭った使用人たちに、アイリスは胸が苦しくなった。

 こんなにも愛されていた人が亡くなられて、みんな辛かっただろうと思う。

 それでもブレイドを責めることなく寄り添い続ける彼女たちに、皇妃様の人望の厚さと使用人たちの深い愛情を感じた。



 湯浴みを終えて、使用人たちに手伝ってもらいながら用意されていた貴族の普段着用のドレスに袖を通した。

 部屋に戻り、アイリスの髪をヘアブラシで梳いた後、使用人達は頭を下げて退室していった。


 アイリスは窓辺にいくと、外の景色を眺めた。

 いつの間にか日が沈んでおり、夜空には大きな月が浮かんでいる。

「―――・・・」

 窓を開けてベランダに出ると、夜風がアイリスの髪を優しく揺らした。


 馬車に乗っていた時、カーテンの隙間から見えた帝都は、とても活気に溢れていた。

 きっとゼイン陛下は、いつか戻るであろうブレイドの為に尽力したのだろう。

 ブレイドが皇太子に任命された時、非難の声を上げようとした政務官を見据えたゼイン陛下の表情は、一国の主ではなく、我が子を守ろうとする父親の顔をしていた。


「(ブレイドは家族に愛されていたのね・・・)」


 ただ、"愛されている"ということに気付けないくらい、"厄災"や"邪竜"という言葉が幼い彼の心を苦しめ続けていたのだろう。

 アイリスは幼いブレイドの姿を想像して、そっと目を閉じた・・・。




「アイリス」


 声をかけられて目を開けると、隣のベランダからこちらを見ているブレイドの姿があった。

 彼も湯浴みを終えて着替えたらしく、装飾の少ない普段着用の貴族スーツに身を包んでいる。


「この生活に馴染めそうか?」


 優しく問いかけられた。アイリスを労わるような、そんな声。

 アイリスは小さく微笑みながら頷いた。



「・・・うん、使用人さんたちもみんな優しい人たちばかりだし、

 ――・・・それに、ブレイドも傍にいてくれるから・・・」



 そう言って、アイリスは少し恥ずかしそうに笑った。


 着慣れないドレスに、見慣れない高級品に囲まれた宮殿。

 慣れないものばかりで少し疲れるけど、貴方がいればそれだけで素敵な世界に変わるような、そんな気がした。


「・・・そうか」

 ブレイドは小さく笑うと、そっと夜空を見上げた。


 夜空には綺麗な星が散りばめられている。

 草原で見た空と、同じ。


「綺麗だね・・・」


 アイリスの呟いた言葉に、ブレイドがアイリスを見ると、彼女も夜空を見上げていた。

 金色の瞳に星々が映っている。


「――・・・あぁ、綺麗だな。」


  ブレイドはそう言って、その星々を愛おしむように目を細めた。

どんなに愛情を与えても、幼いブレイドに一部の使用人や貴族たちが嫌悪の目を向ければ、この世界のすべてから否定されているような、そんな気持ちになっていたのかもしれません。


少しでも面白いと思っていただけましたら、ブックマークやいいね、評価を頂けますと嬉しいです。

作者のやる気に繋がります!

今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。

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