8 二人の父親
アランと別れ、ブレイドとアイリスが廊下を歩いて行くと、最初に入ってきた玄関ホールへと繋がった。
ブレイドと共にアイリスが玄関ホールに入ると、その場にいた官僚や政務官達の視線が一斉に二人へと向けられた。
「・・・アイリス、手を。」
ブレイドがそっと自身の右腕をお腹の辺りで曲げて言った。
アイリスは頷くと、ブレイドの腕に自身の手を入れてそっと腕を組んだ。
二人で前を見据えて、最初に入った外へと続く扉へ向かって歩いていく。
「ブレイド殿下と金眼の天使様が並んで歩いているぞ・・・」
「どういうご関係なんだ・・・?」
「お二人で皇太子宮にお住まいになるらしいわよ」
囁き声が聞こえてきて、アイリスは少し顔を俯かせて頬を赤く染めた。
「(なんの関係でもないんだけど・・・)」
ただ周りの人達から声をかけられたくないからエスコートをしてもらっているだけに過ぎない。
皇太子宮に一緒に住むのも、ブレイドがアイリスを護衛するためだと言っていたから深い意味はない。
チラッとブレイドを見上げると、アイリスの視線に気づいたブレイドがアイリスを見下ろして口角を上げた。
「どういう関係なんだろうな?」
「・・・っ、揶揄わないでよ!」
アイリスは顔を赤くしたまま頬を膨らませてブレイドから視線を逸らした。そんなアイリスの反応に満足そうにククッと笑うブレイド。
少し前にここを通った時は、アイリスもブレイドも固い表情をしていたのに、今は二人とも自然な雰囲気だ。
互いに気を許しているようなその親しげな様子に、貴族達は驚きながら二人を見送った。
騎士が扉を開けると宮廷前の広場に馬車が停めてあり、その前にアイリスの見知った人物が立っていた。
「!ルイスさんっ!」
「先日ぶりです、アイリスお嬢様」
ルイスはそう言ってアイリスとブレイドに頭を下げた。
皇太子宮までの距離はそこまで遠くないが、馬車で移動すると言われ、アイリスはブレイドに手を引かれながらそっとキャビンに乗った。
ルイスが御者として御者席に乗ると、馬車がゆっくりと動き出した。宮廷のさらに奥にある城壁へ向かって進んでいく。
アイリスは隣に座るブレイドを見上げた。
「・・・でも、本当に私なんかが皇太子宮に住んでいいの?」
「あぁ」
頷いたブレイドに、アイリスはまだ納得していないというように首を傾げた。
護衛のためとはいえ本当に皇太子宮に一緒に住んでいいのか?ブレイドが婚姻したときは一体どうするつもりなのか?アイリスの頭の中は疑問符だらけだった。
「私、皇太子妃になるわけでもないのに、なんで皇帝陛下は許可したのかな・・・」
アイリスの呟いた言葉に、ブレイドの肩が小さく揺れた。
「・・・さあな。」
ブレイドはそう言うと、アイリスの追求から逃れるように窓から外の景色を眺めた。
宮廷に残ったアランは、アイリス達と別れた後、すぐに皇帝陛下の待つ執務室へと向かった。
コンコンッ・・・
「入れ。」
中から声が聞こえてきて、アランはドアを開けた。
ゼインは先程謁見を終えたばかりだというのに、既に執務机に向かって仕事をしていた。
アランは、書類に目を通しているゼインの前に立つと、恭しく頭を下げた。
「お忙しい中失礼いたします。アラン・クレディでございます。本日は――・・・」
「固い挨拶はお前に似合わん。普段通りにしろ。」
ゼインはアランの言葉を遮って言った。
そして書類から顔を上げると、アランを見て笑みを浮かべた。
「お前と私の仲だろう?」
そう言って机に肘をついたゼインに、アランは笑った。
「たまにはちゃんとしないといけないかなと思ってね?」
「いらん気遣いだ」
ゼインは書類を机に置いた。
ゼインとアランは主従関係だが、幼い頃は友人関係にあった。
騎士を志し、最年少で騎士団に入団したアランに感化され、歳の近いゼインも彼と共に訓練場に入り浸り、互いに切磋琢磨してきた。
当時帝国一と称されたルイスが近衛騎士団長をしていた時代のため、ルイスから受ける鬼の指導を共に乗り越えてきた。
「なら、遠慮なく普段通り行かせてもらうよ」
アランはそう言って笑うと、正していた姿勢を崩して腰に手を当てた。
「それで?久しぶりに息子に会った感想はどうだったかな?」
ニコニコと笑顔を浮かべて尋ねたアランに、ゼインは口角を上げた。
「あぁ、ブレイドが世話になったな、感謝する。お陰で面白いものが見れた。」
「面白いもの?」
「あぁ。」
ゼインは頷くと、先日の出来事を話し出した。
――ブレイドが執務室を訪れたあの日。
「父上。俺を、皇太子に任命してください。」
「俺に、"金眼の天使"アイリスの護衛として傍に在り続ける許可を願います。
俺は、彼女と共に離宮入りすることを望みます。」
ゼインを見据えてそう言ったブレイド。
最後に見た息子と同一人物だとは思えないくらい覚悟を決めた男の顔をしている息子に、ゼインは口角を上げた。
ブレイドの心の闇であった"あの事件"、そして邪竜、厄災といった言葉・・・。
ブレイドはそういったものを全て払い除けて困難に立ち向かおうとする強い男に成長しようとしていた。
しかし、ゼインにとってブレイドの言葉で一つ引っ掛かることがあった。
「"護衛として”、か・・・」
ゼインはそう呟くと、ブレイドを見て言った。
「お前に皇太子となる覚悟があるのなら、離宮ではなく"金眼の天使"と共に皇太子宮に住めば良いだろう?」
「!それは・・・」
ゼインの言葉にブレイドは視線を泳がせた。
アイリスと一緒に皇太子宮に住むとなると、周りの貴族達から見れば
"アイリスは将来ブレイドと婚姻し皇太子妃になる"
と思われるに違いない。
それは、アイリスにとって良いことなのだろうか。
皇太子宮のことはブレイドも考えたが、アイリスに余計な悩みや負荷をかけないためにも離宮に自分が移り住む方がいいという考えに至ったのだ。
「・・・・・・」
押し黙ったブレイドをゼインは静かに見つめた後、ブレイドから視線を逸らし執務机の引き出しから一枚の手紙を取り出した。
そして、それをブレイドに差し出す。
「これを読め。」
「・・・?」
ブレイドは首を傾げながらもその手紙を受け取った。
一体なんの手紙だろうか。
ブレイドは手紙に視線を落とした。
【ゼインへ。
とうとうブレイドに春がきたよ!
彼は私の娘のアイリスに恋してるみたいでさ、彼女を見る時はすごく表情が柔らかくなるんだ。あの仏頂面のブレイドがだよ?信じられるかい?
時々、アイリスを眺めながら「あー、可愛い」なんて呟いてるけど、本人は口に出してること全く気付いてないみたいなんだよ。
なのにアイリスが来たらキリッと男らしくしちゃってさ!そこがまた可愛くてねぇ。もう青春だね!
そんな彼をいつもフロリスとニヤニヤしながら見てるよ!
これは将来"皇太子になったブレイドが金眼の天使アイリスと結婚"、なんて未来もあるんじゃないかな?
あ、でもアイリスは私の娘だからそんな簡単にゼインの義娘にもブレイドの嫁にもしてあげないけどね!
とにかく帝都に戻る日を楽しみにしていてくれ!
アラン・クレディ】
「っ!!?クレディ・・・っ!!」
ブレイドは顔を真っ赤にして手紙を握りしめた。
まさか近況報告でこんな手紙をゼインに送っていたとは思わなかった。
「他にもあるぞ。読むか?」
「な・・・っ!!」
さらに引き出しから数枚の手紙を取り出したゼインに、ブレイドは羞恥のあまり片手で顔を覆った。
羞恥に顔を赤く染めているブレイドを見て、ゼインは呆れたように溜息をついた。
「お前が自ら皇太子となる決断をするほどアイリスが好きなんだろ?」
「・・・・・・」
「なら二人で皇太子宮に入ってさっさと自分の女にしてしまえ、このヘタレが。」
「・・・っ、うるせぇ・・・っ!」
ブレイドは手紙をゼインに突き返すと、顔を赤くしたまま舌打ちをした。
そんなブレイドにゼインはまた溜息をつきながら机に頬杖をついた。
「で?皇太子宮入りはどうするんだ?」
「・・・・・・お願いします。」
ブレイドは小声で呟くように言った。
ゼインの話を聞いて、アランは声を上げて笑った。
「まさか私の手紙が役立つ時が来るとは思わなかったよ!」
「そうだな。アイツの反応、お前にも見せてやりたかった」
ゼインはそう言ってククッと笑った。
覚悟を決めた男の姿を見せたかと思えば、恋心を知られて年相応に動揺するブレイド。
息子の成長を喜んでいるような楽し気なゼインの様子に、アランは昔をそっと振り返った。
「・・・好きな女性のために尽くすところは、君に似たみたいだね」
アランの言葉に、ゼインはそっと目を細めた。
「・・・そうだな。だが、奥手なところはお前に似てしまったようだ。」
「なっ!それは余計だよ、ゼイン!」
頬を赤くして怒ったアランにゼインはまた小さく笑った。
「(あんなやり取りをしたからアイリスが皇太子宮に住むことが決まったなんて言えるわけないだろ・・・っ)」
ブレイドはゼインとの会話を思い出して赤くなりそうな頬を必死で抑えながら、アイリスにそれを悟られないよう、ひたすら窓の外を眺め続けた。
思春期息子で遊ぶ父親ズ。
玉座の間でアランと再会したあの時、ブレイドは思い切り彼を睨んでいたでしょうね。
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今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




