6 宮廷
翌日の早朝。
クレディ侯爵家の屋敷で、アイリスは使用人たちの手を借りてお風呂に入っていた。
丁寧に体や髪を洗われ恥ずかしいながらも、"アイリスに最高の門出を迎えてもらうために身支度をさせてほしい"という使用人の女性たちの願いを叶えるために、アイリスは彼女達にすべて任せていた。
「ドレスは、これにしましょう?」
そう言ってフロリスが取り出した服は、初めて彼女がアイリスに買ってくれたワンピースと同じ深緑色の正装ドレス。
所々に白い刺繍が入っているところも同じで、アイリスは懐かしむように微笑んだ。
フロリスにコルセットを巻いてもらい、その上からドレスを着る。
このドレスは貴族が公的な場所に出る時に着る、スカートに膨らみがあるものだ。アイリスの好みに合わせて胸元は鎖骨だけが見えている、華やかさがありながらもシンプルなデザインのドレスだった。
「これからこんなドレスをたくさん着ることになるわよ」
腰元にある大きなリボンを整えながら言ったフロリスに、アイリスは慣れないコルセットに深呼吸しながら苦笑した。
「貴族ってお洒落も大変なのね」
「そうよ〜、でも慣れたら大丈夫。きっとドレス選びも楽しくなってくるわ」
フロリスはそう言ってクスクスと笑いながらアイリスを化粧台の前に座らせた。
丁寧に櫛で髪を梳いてくれて、その心地よさに目を閉じる。
フロリスは梳いた髪を綺麗に結い上げると、そこに髪留めを差した。
「はい、出来たわ」
そっと目を開けると、鏡に映るアイリスの髪にピンクと白のスイートピーの髪飾りが付けられていた。
それは窓から差し込む日の光を浴びてキラキラと輝いている。
「とっても似合ってるわ」
「・・・ありがとう、お母さん」
アイリスがフロリスを振り返ってそう言うと、フロリスは嬉しそうに微笑んでアイリスを抱き締めた。
クレディ侯爵家の屋敷の前に、帝国の馬車が停まる。
屋敷の周りには昨日から警護に当たってくれていた近衛騎士達が並んでいた。
アイリスはコツコツとヒールの音を響かせて馬車の前に立つアランの前に立った。
「おお!どこの綺麗なお姫様かと思ったら私の娘だったよ」
「!ふふっ」
ドレスに身を包んだアイリスを見て大袈裟に驚きながら言ったアランに、アイリスはクスクスと笑った。
アランは貴族の男性が着るような細かい装飾のついた正装に身を包んでいた。
「お父さんも、すごく似合ってる。かっこいいよ?」
「そうかい?ありがとう、アイリス」
アランは少し照れ臭そうに笑って頭を掻いた。
宮廷にいる皇帝陛下との謁見は、アイリスの父であるアランと共に行うことになっている。
馬車の前で屋敷を振り返ると、フロリスとテオ、使用人達が見送りのために外に出てきてくれていた。
「アラン、アイリスのことお願いね」
フロリスはアランに歩み寄ると、そっとアランにキスをした。
「あぁ、任せてくれ。皇帝陛下ともきちんと話をしてくるよ」
アランは力強く頷くと、フロリスを抱き締めた。
フロリスはアランから体を離すと、アイリスに向き直った。
「アイリス。必ず貴女に会いに行くわ。何度でも、毎日でも・・・」
そう言ってフロリスはアイリスの額にキスをしてくれた。
「ふふっ、ありがとう、お母さん」
アイリスは頬を染めて微笑んだ。
そして、フロリスの足元でアイリスを見つめているテオに気づいて、アイリスは彼の前にそっと身を屈めた。
「テオ、ちゃんとパパとママの言うこと聞くのよ?」
そう言って優しく頭を撫でると、テオは口をキュッと結んだ後力強く頷いた。
「・・・うん!おれ がんばって たくしゃん まほうのれんしゅう しゅる!ひとのしゅがたになって あいしゅに あいにいくよっ!」
「!」
一生懸命言葉を紡ぐテオに、アイリスは胸が熱くなった。
そしてふわりと綺麗に微笑むと、テオをそっと抱き締めた。
「うん、待ってるね」
アイリスはアランに手を握ってもらい、キャビンに足をかけて乗った。
そして、アイリスの後にアランも乗ると、御者は二人が座ったことを確認してドアを閉めた。
アイリスが窓を開けると同時に馬車はゆっくりと進み出した。
「ばいばーい!!」
フロリスに抱き上げられ一生懸命に遠吠えをするテオと手を振るフロリスに、アイリスは窓から顔を出して手を振った。
屋敷が見えなくなるまで手を振ると、アイリスはアランに促されてそっと座席に座った。
アランはすぐに窓を閉めて、カーテンも閉めると、アイリスの隣に座った。
「フロリスとテオには、私が戻るまで騎士が護衛してくれるから、心配しなくていいからね」
アランの言葉に、アイリスは頷いた。
「うん、ありがとう・・・」
アイリスがアランに微笑みかけると、アランも優しく笑いかけてくれた。
アイリス達を乗せた帝国の馬車は舗装された道をどんどん進んでいく。
そして帝都の中心部に入った。
ここには政治基盤である宮廷や、皇族の居住空間――皇宮と呼ばれる宮殿などがある。
馬車が停まり、アランはそっとカーテンの隙間から外を見た。
「着いたようだね」
御者がドアを開けて、アランは先にキャビンから降りた。
「さぁ、アイリス、おいで」
アランに手を差し出され、アイリスは座席から立ち上がると、アランの手を握ってそっとキャビンから降りた。
コツン、という自分のヒールの音が響き、アイリスはそっと顔を上げた。
「――・・・!」
目の前に広がる光景は、まるで夢の国のような世界だった。
目の前には白を基調とした豪華な建物が佇んでいた。
建物には細かい装飾が施され、女神や天使を形取った複数の石膏像が壁に埋め込まれるようなデザインで飾られている。
この建物が、政務や皇族主催のパーティー等を行う宮廷なのだろう。
アイリスがそっと辺りを見渡すと、宮廷のさらに奥にある城壁と森に囲まれた空間があった。
そこには更に豪華な宮殿が佇んでおり、その宮殿こそがブレイドや皇帝陛下の住む皇宮なのだろう。
アランにエスコートされながら、アイリスは宮廷へ向かってゆっくりと歩き出した。
扉の前まで行くと、扉の左右に立っていた騎士二人が敬礼し、宮廷の扉を開け放った。
外観も豪華だが、中は更に煌びやかだった。
大理石の床の上をアイリスはコツコツとヒールの音を響かせながらアランと共に宮廷の中に入った。
「「!!」」
玄関ホールにいた使用人や官僚の貴族達はアイリスの姿を見てざわついた。
それを気にすることなく歩き続けるアランに合わせていると、彼らはアイリス達に向かって一斉に頭を下げた。
「!」
この場にいる全ての大人達が自分に頭を下げている。アイリスは戸惑いながらアランの手を強く握った。
そんなアイリスの手を優しく引き寄せて、アランはアイリスに彼の右腕を握らせた。
「大丈夫だよ、アイリス」
アランはアイリスに微笑みかけると、アランの腕にかけられたアイリスの手をそっと撫でた。
官僚や使用人達は一様にお洒落なドレスやスーツに身を包んでおり、人族だったり、二足歩行をしている異種族だったり、人間の姿で獣耳だったりと多種多様だ。
ラドリス帝国が他種族国家と謳われる理由がよく分かる光景だった。
「金眼の天使様だ・・・」
「実在していたなんて・・・!」
アイリスが目の前を通り過ぎると、彼らは顔を上げて囁き始めた。
「本当に治癒能力なんて持ってるのかしら?」
「歴代の天使様は全員短命だったんだろ?」
様々な声が聞こえてきて、アイリスは口をキュッと結んだ。
周りの好奇の視線が身体中に痛いほど突き刺さる。
いかにクレディ夫妻やブレイド達がアイリスに対して金眼の天使だと贔屓せずに自然に接してくれていたかを痛感する。
それと同時に、生まれた時からこの視線を受け続けてきたブレイドの気持ちを考えると、胸が苦しくなった。
「ここを抜けたら大丈夫だからね」
アランの言葉にコクン、と頷いた。
広いホールの突き当たりにある扉の前に立つと、騎士が扉を開けた。
その奥にさらに広がる長い廊下。
アランと共に扉を抜けると、後ろで扉が閉まる音が響いた。
広い廊下にアランとアイリスの二人きりになり、ようやくアイリスは息ができるようになったというように深呼吸をした。
これからこの息苦しさにも慣れていかなければならない。
アイリスは前を見据えた。
この廊下の奥にある大きな扉。
扉の先は皇帝陛下と謁見する部屋なのだとすぐに分かった。
扉のデザインが他のものと違う、金の装飾の施された重厚感のある扉。
その前に立つ近衛騎士二人。
アランは緊張している様子のアイリスの頬を優しく撫でて顔にかかった髪を払った。
「私がいるから大丈夫だ。何も怖くないよ」
「うん・・・」
アイリスはアランを見上げると、小さく頷いた。
「さぁ、行こう」
扉の前に立ってアランとまた腕を組むと、ガチャン、という重く響く音と共に扉が開かれた――。
子供目線から見ると大人の世界って怖いですよね。
初めての場所なら尚更。
次話、ようやくあのお方とご対面します!
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作者のやる気に繋がります!
今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




