5 ブレイドの覚悟
アイリス達が帝都へ行く日の前日。
ブレイドはクレディ家よりも一日早く帝都へと向かった。
帝国の馬車に揺られ、帝都の中を進んでいく。
「・・・・・・」
ブレイドは馬車の窓から帝都の街並みを眺めた。
約五年前。
ブレイドはこの帝都に多大な被害を与えた。
多くの建物が崩壊し、帝都にいた多くの民が怪我をした。
民に死亡者が出なかったのは、皇帝陛下の魔力と魔法石で作り出した結界と、今ブレイドが身に着けている腕輪を命がけで付けてくれた皇妃のお陰だった。
ブレイドが草原にある別荘へ移り住んだのは、その事件のすぐ後。
皇帝陛下の指示のもと、彼の側近だったアラン・クレディ侯爵とルイス卿と共に別荘へ移り住んだ。
それから一度も、ブレイドはこの帝都を訪れたことはなかった。
数年ぶりに訪れた帝都は、ブレイドが生まれ育った頃の形を取り戻し、盛んに活動していた。
活気溢れる街を、ブレイドは静かに眺めた。
「到着いたしました。」
馬車が停まり、ブレイドはそっと前を向いた。
ブレイドの住む皇宮。その前に馬車は停められていた。
御者が降りて、キャビンの扉を開けると、ブレイドは皇宮の前に降り立った。
「ブレイド・アレクシアン殿下のお戻りです。」
ルイスの言葉に、左右一列に整列していた皇宮の使用人たちが一斉に頭を下げた。
ブレイドは使用人たちを一瞥すると、皇宮へと続く道を歩き出した。
皇宮の中は昔と変わっていなかった。
煌びやかなのに、無機質で息苦しい。
無駄に天井の高い廊下に、ブレイドとルイスの足音がコツコツと響いた。
二人の行きついた場所は、ブレイドの自室。
ルイスが扉を開けると、部屋から懐かしい香りがした。
昔、ブレイドの母が好んで付けていた香水の香り。
「・・・帰ってきたんだな。」
ブレイドの呟いた言葉に、ルイスは静かに頭を下げた。
ブレイドは部屋を見渡した後、足元に視線を落とした。
何も変わっていない。
使用人たちの自分を見る目も、この部屋も、息苦しさも。
でも、ここに戻ってくると決めたのは、他でもない、ブレイド自身。
「(すべては、俺を受け入れてくれた・・・、俺自身を見てくれた、彼女のために。)」
金色の瞳に、黒紫色の長い髪を靡かせて微笑む愛しい彼女。
アイリスの笑顔を思い浮かべるだけで、この息苦しさも、周りの目もどうでもよくなった。
「ククッ・・・どんだけだよ」
俺はどれだけ彼女に惚れ込んでいるのだろうか。
ブレイドは笑いながら、そっと母が笑っている写真の飾られた棚に手を滑らせて歩き出した。
今まで着ていた服を脱ぎ捨て、クローゼットの中に入っていたブレイドの正装を取り出し、それに袖を通した。
髪を整えて鏡の中の皇族の自分と向き合うと、ブレイドはゆっくりと深呼吸をした。
「・・・行くぞ。」
「はい、ブレイド様」
ブレイドは踵を返してルイスと共に部屋を後にした。
賑やかな宮廷。
貴族や使用人達が任された仕事をするため宮廷内を行き交う中、宮廷の前に一台の馬車が停まった。
皇族のみが使える馬車。
一体誰が来たのか、と視線が集まる中、キャビンの扉が開かれた。
「!!」
馬車から降りてきたのは、皇帝陛下の一人息子。
ブレイド・アレクシアン殿下だった。
最後に貴族達が彼を見たのは約五年前。
あの魔力暴走を起こした事件以来だった。
それでも彼がブレイド・アレクシアン殿下だと分かったのは、黒竜である彼の特徴――漆黒の髪と赤い瞳を持っていたから。
「ブレイド殿下が帝都に戻られた」
その話は一気に貴族界に広がった。
「本物か?」
「生きていたのか?」
遠巻きに囁き声が聞こえる中、ブレイドはルイスと共に宮廷内を歩き、そしてある部屋の前で立ち止まった。
「・・・・・・」
ブレイドは部屋の扉を見上げた。
ここは、皇帝陛下である父――ゼイン・アレクシアンの執務室。
最後にここを訪れたのは、魔力暴走事件の後、ゼインから"クレディ夫妻とルイスと共にあの草原の別荘へ行け"、と言われたあの日以来。
ブレイドは深呼吸をすると、扉をノックした。
――コンコンッ
「入れ。」
数年ぶりに聞く、父の声。
ブレイドは扉を開けて中に入った。
ゼインは、最後に彼を見た時と同じように執務机に向かって仕事をしていた。
銀色の短髪に深海色の瞳。
「父上、ただいま戻りました。」
ブレイドの言葉に、ゼインの手が止まった。
ゆっくりと顔があげられ、深海色の瞳がブレイドへと向けられる。
「ブレイドか・・・」
ゼインの低く響く声が、ブレイドの鼓膜を揺らした。
「はい、父上。」
ブレイドは父親であるゼイン皇帝陛下を見据えたまま短く答えた。
ゼインは、そんなブレイドの体に視線を走らせた後、また彼の顔を見つめた。
「・・・息災か?」
「はい」
「・・・そうか。」
ゼインはそう言うと、深く息を吐いて手に持っていた羽ペンを机に置いた。
執務室の空気が重い。
ブレイドはゆっくりと深呼吸をすると、ゼインに向かって頭を下げた。
ずっと、言わなければならなかった、あの言葉を父に伝えるために。
「父上。俺の魔力暴走のせいで帝都を破壊し、皇妃である母上を殺めてしまい、本当に――・・・」
「言うな。」
「!」
ゼインの声にブレイドが顔を上げると、ゼインは真剣な表情でブレイドを見つめていた。
「ソフィアも、お前の謝罪など望んでいない。」
「・・・っ」
ゼインはそっと執務机の上に飾られた写真を見た。
昔と変わらず綺麗な笑顔でこちらを見ている、美しい女性。
「・・・ソフィアはお前を愛していた。お前はそれを忘れず、アイツの分まで生きてやれ。それがお前にできる唯一の弔いだ。」
ゼインの真っ直ぐな、母ソフィアへ向けた愛の言葉にブレイドは拳を握りしめると、また頭を下げた。
「・・・はい。」
ソフィア・アレクシアン。
今は亡き皇妃――ブレイドの母の名前。
そして、ゼインが愛した唯一の女性。
太陽のように温かく、民からも愛されていた、まさしく帝国の母のような素晴らしい女性だった。
ブレイドが厄災と言われる黒竜として生まれたにもかかわらず周りから危害を加えられなかったのは、ブレイドを健気に守り続けた彼女の存在が大きかったからだろう。
ゼインはゆっくりと息を吐くと、頭を下げているブレイドを静かに見つめた。
「・・・お前は今日、それを言いに来たのではないんだろう?」
ゼインの問いかけに、ブレイドは顔を上げて頷いた。
「・・・はい。」
今日、ブレイドがここへ来た理由は謝罪だけではない。
「父上。
俺を、皇太子に任命してください。」
ブレイドの声が執務室に響いた。
ゼインの眼差しを、ブレイドは真っ直ぐ受け止めながら言葉を続けた。
「俺は、帝国に・・・父上に多大なご迷惑をお掛けした分、この命尽きるまで帝国のために在り続けると誓います。
だから俺に・・・」
ブレイドは言葉を切ると、一度ゆっくりと息を吐いた。心臓が痛いくらいに音を立てている。
ブレイドは拳を握りしめて顔を上げた。
「俺に、"金眼の天使"アイリスの護衛として傍に在り続ける許可を願います。
俺は、彼女と共に離宮入りすることを望みます。」
アイリスを国内外のあらゆる障害から守るためには、自分が帝国内で権力を持つ必要がある。
ブレイドが皇太子となることを反対するものや嫌悪するものも多いだろう。
それでも・・・
ブレイドを愛し、自分の命と引き換えに帝国を守り抜いてくれた母ソフィアのためにも。
ブレイドの過去や真実を知ってもなお、変わらず受け入れてくれたアイリスのためにも。
俺が次期皇帝として皇太子になり、この帝国と、アイリスを、生涯守り続ける。
・・・これが俺の、"後悔しない生き方"だ。
ブレイドの深紅の瞳には、揺るぎない信念の光が宿っていた。
自分の進むべき道を見つけて歩き出したブレイド。
頑張れ!
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今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




