3 守りたいもの
「拘束された者たちが口封じのために殺害された。」
アランから聞かされた言葉に、フロリスとアイリスは目を見開いた。
この屋敷を襲撃し、アイリスを連れて行こうとした黒いローブの男たちと、ブレイドの屋敷に潜入していた人族の使用人の末路。
そして、皇帝陛下からの提案である、"アイリスを離宮に住まわせること"、そしてそれに対する懸念。
アランの言葉一つ一つに、現実を突きつけられていくようだった。
静まり返ったリビング。
アランがゆっくりと息を吐いて、フロリスとアイリスを見た。
「二人の意見を、聞かせてほしい。」
アランの言葉に、アイリスは俯いた。
一人で離宮に住む、というのは正直不安だった。
帝都や宮廷、皇宮というアイリスにとっては未知の世界に行くだけで不安なのに、家族とも離れて暮らさなければならないなんて。
使用人や護衛騎士がいたとしても、彼らがもしあの時の人族の使用人のようにスパイだったら・・・、そう考えると怖かった。
しかし、それよりももっと怖いことがあった。
襲撃された時、フロリス達が犠牲になること。
それがアイリスにとって一番怖いものだった。
襲撃された"あの日"。
黒いローブの男達に囲まれたフロリス、エマ、テオを見た時、大切な人たちが怪我をしてしまう、死んでしまう、そう思うと恐怖に足がすくんだ。
自分が人族の使用人に拘束されていることなど、どうでもいいくらいに。
とにかく大切な人たちに危害が加わらないよう、主犯の男を刺激しないよう会話を続けた。
もし、すぐにブレイドが来てくれなかったら・・・。
そう思うと今でもゾッとする。
「(私のせいで、誰かが傷ついてしまうことが、一番怖い・・・)」
離宮に一人で住むことになっても、アランやフロリス、テオと全く会えなくなるわけではない。
アランとフロリスは宮廷に出入りできる地位にあるため、宮廷に来る時はきっとテオも一緒だろうから、短時間でもきっと会える時間は確保できると思う。
それならば、アイリスの答えは一つ。
アイリスは顔を上げてアランを見た。
「私が離宮で・・・」
「駄目よ。」
アイリスの言葉を遮って、フロリスの鋭い声が響いた。
「やめて・・・」
フロリスが怒ったような哀し気な表情で、アイリスを見ていた。
フロリスはゆっくりと深呼吸をすると、アイリスに向き合った。
「貴女の考えていること、分かるわ」
「・・・!」
「だから、駄目。そんな理由で離れて暮らすなんて、私は許さないわ。」
フロリスにまっすぐな瞳で見つめられ、アイリスは小さく微笑んだ。
彼女の愛に溢れた、優しい言葉。
血の繋がっていないアイリスのことを大切に思ってくれていることが伝わって来て、アイリスは胸が温かくなった。
フロリスのこの優しさと愛情に何度救われたことか。
だからこそ、守りたかった。
アイリスはフロリスの手をそっと握った。
「ありがとう、フロリス。
でも、私と一緒にいたらテオがまた怖い思いをするかもしれないでしょ?」
「!それは・・・」
フロリスが口をつぐんだ。
黒いローブの男たちに襲撃された時のテオは、とても怯えていた。
その事件から数日間、彼が毎日夜泣きをしていたことも知っている。
アランとフロリスなら魔法も使えるし、ライオンの姿になって逃げることもできるが、テオは違う。
言葉を喋れるから勘違いしそうになるが、テオは一歳になったばかりの赤ちゃんだ。
魔法も使えなければ、人の姿になることもできない。
アイリスはゆっくりと息を吸って、アランとフロリスを見た。
「私、テオは絶対に守りたいの」
アイリスの瞳には、揺るぎない意志があった。
ブレイドは、執務机に座って目を閉じていた。
先程、ブレイドの書斎にアランとフロリスが来た。
「アイリスが、離宮に住むと言っている」
アランはそう言った。
どんなにフロリスが一緒にクレディ家の屋敷に住むよう説得しても、アイリスは首を横に振り続けたそうだ。
アランとフロリスの要望は、"アイリスの住む離宮にクレディ夫妻とテオが出入りできるようにしてほしい"、というものだった。
「離宮に私たちが住むことができないのは制度上理解できる。だが、彼女が離宮に一人でいることで心が病んでしまわないか心配なんだ・・・。
だから、いつでも娘に会えるよう許可が欲しい。」
それが、アランとフロリスの妥協点だった。
「分かった。父上にそう伝えておく」
ブレイドがそう言うと、二人は頷いた。
まだ納得していない、というアランとフロリスの表情。
しかし、そうするしかアイリスとテオを守る方法がないことも二人は理解していた。
ブレイドは深く息を吐いた。
すべては、己が口封じの印を見抜けなかったのが原因。
アイリスに負担をかけぬようにと思ってしたことが、余計に悪い方向へ進んで行っているように感じた。
「・・・・・・」
ブレイドは窓の外を見た。
いつの間にか夜になっていたらしい。
クレディ家のリビングの灯りは既に消えており、ブレイドは自分が思っていたよりも長い時間ここにいたのだと気付いた。
アイリスは、どうしているだろうか。
未来への不安と恐怖に怯えて一人泣いていないだろうか。
ブレイドはまたゆっくりと息を吐くと、書斎を後にした。
ブレイドが階段を降りていくと、キッチンの方から話し声が聞こえてきた。
「!」
ここにいないはずの彼女の声。
ブレイドはそっとキッチンへと近づいた。
「夜遅くに付き合わせてしまってすみません」
「いいのですよ。ですが、ブレイド様をお呼びしなくて本当によろしいのですか?」
アイリスとエマだった。
ブレイドはキッチンの入り口横の壁に寄りかかって二人の会話に耳をすませた。
「はい、少しだけ息抜きしたくて・・・」
アイリスはゆっくりと息を吐いた。
「アランもフロリスも、すごく心配してくれて、さっきもまた説得されちゃって・・・。今ブレイドに会ったらたぶん同じように心配されちゃうかもって思ったらなんかお腹いっぱいで」
そう言ってクスクスと笑ったアイリス。
「心配してくれて嬉しいんですけどね・・・でも、私一人で離宮に住むって決めてるから」
コトン、とコップを置く音が聞こえた。
「アイリス様は、怖くないのですか?」
エマがそっと尋ねた。
彼女の質問の中に、一人で離宮入りすること以外に"金眼の天使"欲しさに手を出してくる者たちに対して、という意味が込められていることが分かった。
暫しの沈黙の後、アイリスが話し出した。
「もちろん怖いですよ?けど、怖いって思ってばかりじゃ、何もできないから。」
アイリスの言葉に、迷いは見えなかった。
優しくも芯のある決意のような言葉。
「私は、やらなかったことへの後悔をしたくないんです。大切な人たちを守るためなら、どんなことにだって、耐えてみせます。」
そう言って、彼女は笑った。
ブレイドはそっと目を閉じた。
アイリスが何かを決断する時、誰かを説得する時に使う言葉。
"後悔したくない"。
それはアイリス自身が"過去に後悔してしまうようなことがあった"、と言っているようだった。
何があったのか分からない。
しかし、その出来事が彼女の生きる道を指し示している。
そう感じた。
「後悔、したくない、か・・・」
ブレイドはそう呟くと、前を見据えた。
目の前に広がるのは暗い廊下。そして、揺れる蝋燭の灯り。
壁から背を離してブレイドは二階にある書斎へ向かって歩き出した。
「ルイス。」
「はい、ブレイド様。」
呼びかけると、書斎の前に立っていたらしいルイスはブレイドに向かって頭を下げた。
「早朝、クレディとフロリスをここに呼んでくれ。」
「承知いたしました。」
ブレイドは窓の外を見た。
屋敷の裏に広がる森は月に照らされて淡く輝いているように見える。
「(・・・俺も、お前のように後悔しない道を選ぶ。)」
たとえ、それが茨の道だろうと。
俺が守りたいのは、
アイリス・クレディ、君だけだ。
お前が守りたいもの、俺がすべて守ってやる。
みんな、守りたいものがあるんです。
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今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




